ネイティブアプリの使用率をも上回るか!?中国で爆発的に普及するミニプログラムとは

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の加藤です。私は日頃からテクノロジーが生活をどう変えるのか、という視点で、日本や海外の生活者を研究しており、たびたび取材で現地に赴いています。その中で特に「中国の生活者はスマートフォンのアプリの使い方が何か違う」ということに気づきました。よくよく聞いてみると、彼らはただアプリを使っているのではなく、“ミニプログラム”と呼ばれるプラットフォーム的なアプリ上で動作する様々なプログラムを駆使していることが分かりました。

代表的なのは、騰訊(テンセント)のSNS「WeChat」上で動作する「ミニプログラム」です。店舗やタクシーなどの予約、メニューの注文、決済などの様々な機能を持つミニプログラムを、素早く簡単に使い分けることが出来ます。
本記事では中国トレンドマーケターの黄未来(こうみく)さんに、中国におけるミニプログラム活用の現状や、主要プレイヤーの動向などについてお聞きしました。

加藤:中国のミニプログラムの概要と、市場にはどのようなプレイヤーがいるのか、お聞かせいただけますか。

黄:SNS「WeChat」を運営しているテンセント、決済サービスAlipayを提供しているアリババ、検索エンジンで有名なバイドゥ(百度)、TikTokの運営会社であるバイトダンス、スマートフォンメーカー10社が共同で作った快应用連盟(クイックアプリ)の5プレイヤーがいます。

各社が、ミニプログラムの推進に力を入れている一番の理由として、「流量(ユーザー、アクセス、滞在時間など)を確保したい」という意図があります。独立した様々なアプリを自社プラットフォームに集中させることによって、ビックデータを集めることができるとともに、プラットフォーマーとして確固たる地位を築くことに繋がります。

ユーザーにとっても、ひとつひとつのアプリをダウンロードする手間がなく、使用する毎にクラウドから呼び出すミニプログラムは、手軽である上に、携帯の容量を節約できるというメリットがあります。

テンセントはミニプログラムの先駆者で、2017年1月にサービスを開始しました。その次が、2018年の夏にサービスを開始した阿里巴巴(アリババ)になります。

加藤:開始時期にかなり差があるのですね。それぞれのプレイヤーの特徴をお話しいただけますか?

黄:現在、テンセントが一番初めにサービスをスタートさせて、世に普及させたこともあり、中国でミニプログラムといったら、現状ではテンセントのミニプログラム(ユーザー累計6億人、Daily Active User[以下DAU] 2.3億人、2019年1月現在)を思い浮かべる人が多いです。

ですが、今後は、変化がある可能性も十分にあります。

何故ならば、各社強みが違う上に、中国のIT業界は動きが早く、環境も業界順位も目まぐるしく変化するからです。ミニプログラムで勝てば、新たプラットフォームの雄になれるということで、開発者である各社は、互いに猛烈にしのぎを削っている状況です

例えば、テンセントから見て、中国国内のEC市場はアリババに取れられてしまった領域であり、今更、独立系のサービスやアプリで戦っても厳しい状況に思えます。しかし、WeChat(DAU10.1億人)のミニプログラム上でのEC展開に注力することで、巻き返しのチャンスを狙えるのです。

同様に、アリババはECが強い一方で、SNS領域ではテンセントに追いつくことは厳しいでしょう。そこで、決済サービスのAlipay(DAU1.7億人、2019年1月現在)上にあるミニプログラムを通して、決済を中心にプラットフォーマーとしての地位を確固たるものにしたいという思惑があります。

百度(バイドゥ)は、検索エンジン(検索の独立APPのDAU1.5億人)やAIに強みを持っています。そしてテンセントやアリババよりも、ミニプログラムへの参入が遅れた分、「WeChatやAlipayで動くミニプログラムをそのまま移植できる」というのを売りにしています。

バイトダンスは2018年9月に参入を発表し、2019年3月のリリースを予定しています。同社のメインサービスは、ニュースアプリのToutiao(今日頭条、DAU2.5億人、2019年1月現在)と、中国版TikTok(DAU2億人)です。TikTokはグローバルでも展開しており、2018年第一四半期で、アップルストアで全世界で最もダウンロードされた無料アプリにランクインしました。バイトダンス社の強みは、独自アルゴリズムによって最適化されたコンテンツを、ユーザー毎に適切にレコメンドする技術です。

それによって、同社のサービスは、どれもユーザーの滞在時間がとても長い。滞在時間の合計で比べると、テンセントの次につけています。ユーザーの時間を“奪う”のが上手な企業といえますね。 

図1 スマホにおけるユーザーの利用時間比率(各IT会社毎)。1年前と比べて、バイトダンス(今日头条)が3.9%から10.1%へ猛烈に追い上げていることがわかります。
出典:https://www.questmobile.com.cn/research/report-new/33

加藤:バイトダンスは凄くユニークですね。ユーザーの時間を“奪う”のが得意、というのはとても興味深いです。

黄:バイトダンスは社員が3万人ほどなのですが、社員の平均年齢は20代で、常識に捉われずに攻める企業なんです。そういう企業文化なので、ミニプログラムでは後発であっても、テンセントを追い越す可能性はあるんじゃないかなと思っています。
利用時間という観点から言うと、現状ではBATにバイトダンスを加えた4社の資本が入ったサービスの利用時間は、中国人全体のネット利用時間の90%を超えています。4社独占、とも言える状況ですが、バイトダンスが急浮上したことを考えると、新しいプレイヤーがそこに割り込んでくる可能性は、まだまだあると思っています。

また、バイトダンスに限らず、中国のIT企業の考えを理解する上で、大前提として知っておいたほうがいいのは、彼らはとにかく自社のプラットフォームへのアクセス数や滞在時間を稼ぎたい、という強迫観念に近い思いを持っている、ということです。

日本だとIT企業はこうした考えに理解があっても、投資家や株主は「アクセス数や滞在時間が長くても、マネタイズ出来ないと仕方ない」と考えることが多いと思います。中国ではIT企業、株主、投資家が皆「アクセス数と滞在時間さえ稼げれば、マネタイズは後から勝手についてくる」と強く信じています。
実際にテンセントは収益の大半がゲーム事業から立っています。そのゲームで稼いだ利益も、アクセス数や滞在時間を多く取れであろう、新規事業に投資している状況です。

加藤:面白いですね。また、ユーザーの滞在時間は、提供するコンテンツのジャンルによっても変化しますか。

黄:そうですね。例えばWeChatのミニプログラムの場合、、平均利用時間は13分です(出典: 2018年小程序生态进化报告)。利用時間が割と長いのは、ゲームのミニプログラムを利用する人が多いからです。一方でアリババはAlipayのミニプログラムの場合は、ペイメントや機能系がメインであるため、ユーザーの利用時間が短い傾向にあります。

ミニプログラムで摩擦が無くなる

加藤:ミニプログラムはどういった分野のものが多いんでしょうか。

黄:ミニプログラムの利用者数のランキング200位くらいまでを見ると、上位4割はゲーム系が占めています。ただ直近のデータ、2018年9〜10月のランキングを見ると、以前よりもゲームの割合が徐々に減って、ECや検索、ムービーといったジャンルのミニアプリが増えているのです。これによって、ミニプログラム市場のコンテンツやユーザが、徐々に多様化していることがわかります。

また、WeChatのミニプログラム数にフォーカスすると、2018年の年始には58万個くらいだったのですが、1年後の2018年12月時点で、なんと倍の100万個まで急増しているのです。

ミニプログラムの開発数が一気に増えたきっかけ、それは2018年年始に「跳一跳」というゲームが爆発的にヒットしたことが理由に挙げられます。このゲームは、累計ユーザー数で3億人ほどいますが、いちばん勢いがあったときはDAUが最高で1.7億人に達したこともありました。その人気にのって、5日間の限定広告が3.4億円で売れたのです。この結果、「WeChatにミニプログラムを置くと儲かる」と多くの企業が考え、半年間で72%の増加率を記録しました。

↑跳一跳イメージ図(http://www.sohu.com/a/214845712_391464)

中国では北京や上海などの大都市を1級都市と呼び、規模によって2級、3級などに区切っています。1級ではすでにミニプログラムが普及しており、いまは2〜4級都市に広がっている段階です。ミニプログラムは地方都市(2級都市、3級都市)のユーザーが46%を占めています。
日本だと、比較的画一的なペルソナを設定してマーケティングが出来るんですが、中国では都市によって本当に状況が異なり、ペルソナが分散します。先ほどお話したゲームの跳一跳は、例えば私がすむ1級都市である上海の周りの友人に聞いても、誰も「もうやっていないよ」と言う方ばかり。ですが、ミニプログラムのランキングではずっと3位以内にいます。つまり、どこかの地方都市では今まさに爆発的に流行している、といった具合なんです。ペイメントのミニプログラムでも、上海と広州ではWeChatが強く、杭州ではAlipayが強い、といった都市間での違いもあります。
1、3、4級都市ではミニプログラムのほうが、使用割合が高いという調査結果も出ています。

加藤:メディア環境研究所では、ここ数年の生活変化を語る上で「情報のデジタル化から、生活のデジタル化へ」というメッセージを出しています。実際にミニプログラムでは、スクリーンの中のゲームから、決済などの生活の中へ、ということが起きているんですね。

黄:私の場合は、ミニプログラムを使う一番の理由はペイメントですね。個別アプリでECやると、いちいち支払い情報を紐付けなくてはいけませんが、ミニプログラムだとその必要がありません。この便利さを覚えると、支払いは全部これ、ってなりますね。

実際に、ミニプログラムを導入するレストランも急激に増え、2018年の第二四半期だけで85%伸びています。私が住んでいる上海の大型レストランでは、ほとんどの場所には、もうレジがないんです。席にQRコードがあって、それを読み込んでミニプログラム を立ち上げると、支払いが出来る仕組みになっています。

加藤:やはりそこが、手間などの摩擦がない“フリクションレス”な状態になるんですね。支払いは、AlipayなどでQRコードを読み込めば、ミニプログラムを使わなくても可能だと思うのですが、何故ミニプログラムを使うのでしょうか。

黄:確かにQRコードだけでも決済ができますが、ミニプログラムを導入すると、注文も合わせて一緒にスマホでできるようになります。お客さんがスマホを通して、注文と決済を勝手にすませてくれるならば、ウェイター係やレジ係を置く必要が無くなりますよね。すると、人件費が多いに削ることができるので、お店にとって大きなメリットになります。

上海のとあるレストラン。100席ほどある店内は、すべてミニプログラムで注文&決済を行う仕組み。

各テーブルに置いてある、こちらのQRコードを、WeChatのQRコードリーダーで読み込むと・・・


このように、ミニプログラムが立ち上がり、注文&支払いができるようになります!

ユーザービリティはアプリと遜色なし

加藤:ユーザーはミニプログラムをどうやって見つけているんでしょうか。

黄:それまで使っていたアプリをミニプログラムに切り替えるような場合は、検索しますね。もしくは、実際にお店や広告で見かけて、QRコードを読んでミニプログラムを立ち上げて、そこから使い始めることも多いです。

加藤:ユーザービリティの部分ではアプリと違いがありますか。

黄:一般的には、ミニプログラムのほうが機能が少なくて簡潔だと言われています。なので、さくっと使いたい場合はミニプログラムで、ちゃんと細かく使いたい場合はアプリで、と使い分けている人が多いようです。

ただこの状況はもう変わって来ているようにも感じています。ミニプログラムの技術が凄いスピードで上がっていて、一部ではアプリと全く違いがないという状況なんです。出来ないことはほぼありません。進化が早すぎて、これを認識出来ている人が少ないような状況です。

↑中国のぐるなび的存在の大众点评。左がミニアプリ、右が独立APP。UIは大きく違うものの、使える機能に遜色はない。

例えば、今、上海の多くのマクドナルドでは、レジはもう商品を受け渡しするだけの場所になっています。店員さんが「アプリかミニプログラムをダウンロードすると注文と決済が出来る」と教えてくれて「どちらがいいですか」と聞くと、「アプリはダウンロードが遅いからミニプログラムのほうがおすすめです」と言われました。それくらい、ミニプログラムは便利で使いやすい、という共通認識になっています。

加藤:ミニプログラムは日本など中国国外へ何らかの影響があると思いますか。

黄:ミニプログラムの開発には莫大な資金力、高度な技術力、そしてプラットフォームとして既に多くの利用者を抱え込んでいるといった条件が必要で、参入障壁はとても高いです。日本市場で、それを展開できそうな企業といえば、LINEが一番近いようにも思えますが、それでも技術面や資金面で難しいと思います。

加藤:現在は中国にしかミニプログラムはありません。仮に日本にミニプログラムが入ってくるとしても、中国企業が進出する以外にはないのではないでしょうか。

黄:ミニプログラムが日本で普及することはないかもしれませんが、「認証が楽で使いやすい」といったUX体験は日本企業にもヒントになるかもしれないと思いますね。

中国でも特に40〜50代は「ECサイトやアプリは機能が沢山あり過ぎて使いにくい、ミニプログラムのほうが買いやすい」という人が多いようです。

加藤:今日いろいろなお話を伺って、ミニプログラムはDAU、滞在時間、データの取得が可能、という3つの観点から見ると特徴が分かりやすいということを感じました。本日はありがとうございました。

編集後記

「中国の生活者はスマートフォンのアプリの使い方が何か違うのでは」という疑問から、このたび黄さんのお話を伺ってみたら、ミニプログラムという意外な背景が見えてきました。今、私たちが当たり前のように使っている日本のアプリは、ひょっとしたら中国の生活者からみると「縦割り」で「摩擦」だらけに感じられるのかもしれません。想像以上のスピードでテクノロジーが生活に根ざしている中国のお話を、今後もこうみくさんにお聞きしてみたいと思います。「中国トレンドマーケターこうみくさんに聞いてみよう」、第2回も企画中です。ご期待ください!

プロフィール

黄 未来(こう・みく)
1989年中国・西安市生まれ。6歳で来日。南方商人である父方、教育家系である母方より、華僑的ビジネス及び華僑的教育の哲学を引き継ぐ。早稲田大学先進理工学部卒業後、2012年に総合商社に入社。伝統的な日系企業で国際貿易及び投資管理に6年半従事したのち、2018年秋より上海交通大学MBAに留学中。 Twitter: https://twitter.com/koumikudayo
加藤 薫(かとう・かおる)
メディア環境研究所 主席研究員
1999年博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの担当営業を経て、2008年より現職。生活者調査、テクノロジー系カンファレンス取材、メディアビジネスプレイヤーへのヒアリングなどの活動をベースに、これから先のメディア環境についての洞察と発信を行っている。2018年4月より東京大学情報学環 非常勤講師。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。