AI時代だからこそ大切なのが「人間」。ソニー・グローバルエデュケーション会長・礒津政明さんが語るこれからのデジタル教育とメディアリテラシー

GIGAスクール構想により、日本でもついに全国規模のデジタル教育が始まりました。一方で、海外のデジタル教育先進国の中では、アナログへ回帰する国も出現。世界的にデジタル教育の模索が続いています。

今後、教育でも一律一斉からハイパーパーソナライゼーション(個別最適化)に舵が切られることが予測されるなか、デジタル教育はどのような形になるのでしょう。そして未来の学校は、家庭は、メディアは、テクノロジーを活用した教育をどう考えていけばいいのでしょうか。

今回は、「300年先の未来をつくる教育」をビジョンに掲げるソニーグループの教育事業会社である株式会社ソニー・グローバルエデュケーションの会長で、数々の未来を見据えたデジタル教材の開発に携わってきた礒津政明さんに、テクノロジーを用いた教育の将来と、新時代のメディアリテラシーについてお話を伺いました。

礒津 政明(いそづ・まさあき)
ソニー・グローバルエデュケーション会長、教育フューチャリスト。
1975年、千葉県銚子市生まれ。2000年、東京工業大学大学院修了。8歳からコンピュータとプログラミングに親しみ、大学と大学院はネットワークの研究に携わる。大学院修了後、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社。2015年、ソニーグループ初の教育事業会社・株式会社ソニー・グローバルエデュケーション(SGE)を設立、代表取締役社長に就任。2022年6月より現職。ロボット・プログラミング学習キット「KOOV®」や体験型プログラミング教材「PROC™」などを全国に展開。2016年、文部科学省のプログラミング教育に関する有識者会議の委員に就任し「プログラミング的思考」を提唱。著書に『2040 教育のミライ』(実務教育出版)。

暗記力から活用する力へ、デジタルがもたらす新たな「知識」の位置付け

――よく日本のデジタル教育は遅れていると言われます。デジタル教育に10年以上携わっている礒津さんは、日本の現状をどう見ていますか?

確かに2012~2015年頃はかなり遅れていたと言えます。中国では、2014年の時点で地方の公立学校でも宿題はタブレットで提出するのが一般的でしたが、当時の日本の教育現場はタブレット導入どころか、宿題は紙で提出し、教師が手で採点をしていましたから。

その後、GIGAスクール構想により、日本でも2020年頃からタブレットやコンピュータを利用した学習が根付き、デジタル教育の環境は大きく改善されました。

しかし世界に目を向けると、デジタル教育が進んでいたフィンランドでは、最近はアナログ回帰が進んでいると伝えられています。デジタルとアナログにはそれぞれ得意領域、不得意領域があることがわかってきたんですね。

漢字の書き取りならアナログの方がいいですし、新しい知識を入れるという点ではデジタルの方が効率的です。どちらをどう使うか、教育者が意識して取り組む必要があると見えてきたんです。

――今は、乳幼児時期からデジタル端末に触れはじめている子もいますが、やはりアナログも必要ということでしょうか?

そうですね。デジタルテクノロジーの出現はここ50年ぐらいの話で、何万年もアナログで過ごしてきた人類はまだ技術に追いついていない状況です。

なかでも精神的に未成熟な子どもがいきなりデジタルを与えられて、それを正とした場合に問題が出てくることが報告されています。デジタルテクノロジーに過度に寄ってしまうと、どうしてもアルゴリズムに支配されてしまうリスクがあります。だからこそ、フィジカルな体験が今まで以上に大事になるんです。

家族が与えられる教育的なフィジカル体験の1つに「おでかけ」が挙げられます。近くの公園ぐらいの小さなおでかけでいいんです。そういった物理的な体験や、家族みんなで遊んだ楽しい体験からちょっとした感動を得たり、新しいものへの興味が生まれたりする。

そうして、自分で何となく気になるものがわかってきたときに、AIの力を借りれば、さらに深掘りした学びを得られる。AIやアルゴリズムは便利です。でも、自分のやりたいことを知る最初のきっかけは人間です。AIは、あくまでも目的に向かう道筋を示してくれるツールなのです。

重要なのは、自分のしたいことをしっかりとAIに伝えること。そして、子ども自身が、そのきっかけをどうやって作ればいいのかわからないときに、家族や教育者のサポートが求められるのだと思います。

子どもにデジタル端末を渡すタイミングは学校や幼稚園、保育園に任せておけない部分です。家庭の介在が必要ですね。

――生成AIは教育をどう変えていくのでしょうか。

まず知識の位置づけが変わります。従来の教育では「何を知っているか」が重視されてきました。だからこそ暗記して、その定着度をはかるためにテストがあった。ですが、これからは暗記よりも、情報をどう評価し活用するかという能力が重視されるでしょう。

生成AIがさらに進化すると、AIエージェントの登場が予想されます。簡単に言うと、「教えて評価する」という教師の従来の役割をAIが担うようになるということです。そうなると人間の教師に求められる役割は、学びのファシリテーションやコーチングになりますね。

今、教師の負担が問題視されていますが、テクノロジーによって様々な業務が自動化、効率化することで、教師は児童・生徒との対話や専門性の向上に時間を使えるようになるでしょう。これは社会全体の教育としては非常にいい方向ではないでしょうか。

AIができるところはAIに任せて、AIができないところを人間がしっかりやる。人間ならではの創造性や批判的思考を育むことが、これからの教育だと思います。

評価のキーワードは「リアルタイム」「多面的」「学習者主体」

――今の日本の教育は、どちらかというと暗記詰め込み型ですが、子どもたちは、どのように創造性や批判的思考を身に付けていったらいいんでしょうか?

個人ができる取り組みで言えば、1つはAIを壁打ち相手だと思って、ひたすら学びたいことを探して学んでいくことですね。AIは質問に何でも答えてくれます。だから、疑問を持てる子、すなわち問いを立てる能力が高い子は、どんどん賢くなります。

また、多様性も変化していくこともポイントです。今までの日本の教育は画一的で、決まった尺度の中で、いかに良い点数を取るかという勝負でした。でも、KOOVやロジックラボといった私たちの教材では、答えは1つではなく、たくさんあるんです。そのうちどの答えがいいかは、簡単に決められるものではなく、その人の主観がかなり影響してくる。

その結果、人と比べることが、どんどん減ってくる。つまり、これからはいかに多様な考え方を持っているか、いかにユニークな人であるかが重視されるようになるでしょう。評価のあり方が大きく変化すると考えています。

――評価が変わると受験のあり方も変わりそうです。

変わります。今の受験は一発勝負ですが、これからはもっと長期的な変化を見るようになると思います。評価のキーワードは「リアルタイム」「多面的」「学習者主体」です。

まずリアルタイム。技術により、学習活動のリアルタイム収集と分析が可能になり、即時的なフィードバックができるようになります。今だと結果がわかるまで長くて2カ月かかる模試が、瞬時に返ってきたら、つまずいている部分に早期に適切なサポートを受けられて定着しやすくなりますよね。

次に多面的。評価項目は知識量から思考のプロセス、他者とのコラボレーションするスキル、創造性などの多様な側面に変わります。その人が行った問題解決の過程や試行錯誤のパターンを分析することで、深い評価が実現するんです。こういった複雑なスキルの計測も技術的には可能になってきています。

そして学習者主体。評価の尺度の多様化が進むと「誰がどう思っているか」ではなく、「自分がどう思うか」に沿って進むべき道を決められるようになります。先生の採点のような外部の評価から、学習者自身が主体的に自分を評価するという考え方も広まっていくのではないでしょうか。

これらを総合すると、長期的な成長が可視化できるようになります。例えば、幼稚園から大学までという長い期間の変化が蓄積され、その人の個性を正確に測れるようになれば、よりよい教育に繋がる可能性が高まるのではないでしょうか。

――新たな評価は、AIにより実現するのでしょうか。

そうですね。20年ぐらいのスパンで見ると、センシングデバイスに大きな進化の余地があると考えています。

腕につけているスマートウォッチのセンサーがリアルタイムに生体情報を得て、AIがそのデータからより細かく精神状態や体の状態を分析できれば、「今、この瞬間に数学をやるとすごく効率がいい」と算出して、効率的な学びのあり方を作れるようになるかもしれませんね。

海外の先進的な取り組み、そして日本の強み

――世界的に学習情報の利用は、どれくらい進んでいるのでしょうか。

現状はほとんど進んでいません。というのも、データにはプライバシーの問題があるからです。まず法整備が必要ですね。

その点をクリアしているのが中国です。民主主義と社会主義のいいところをうまく組み合わせ、自国の高性能生成AIをすごいスピードで教育分野に取り入れています。2018年頃から小学校でAI関連のカリキュラムを導入し、高校生が日本の情報系の大学生が学ぶレベルの内容を学び、全国民がデータサイエンスに触れている状態です。

日本と違って理系文系を問わずデータサイエンスの教育が行われているところに、国としての強い意志を感じます。欧米とは異なる独自路線で、AIを強化した教育が行われていると言えますね。

――日本だとプライバシーにかかわる個人情報の開示に根強い抵抗もあります。日本や中国以外の国ではどれくらい進んでいるのでしょうか。

実は日本のプライバシーの法律は比較的緩やかなんですよ。一番プライバシーに厳しいのが欧州。欧州には個人情報保護の法律「GDPR」によって、現地で得たデータは外に持ち出せないんです。

例えば、教育にブロックチェーンを用いれば、匿名性があるデータを個人の権限で自由に解放でき、活用法次第で第三者の適切なアドバイスを得たり、不要なデータは売ってお金に変えたりすることもできます。民主的で、社会的にも価値がある技術ですが、欧州の法律に照らし合わせると、ブロックチェーンを自由に使うのは簡単ではありません。

左:教育の未来 右:ソニー・グローバルエデュケーションの掲げるEDN構想

一方、AI教育にあれだけ先進的で、国の権限が強い中国もブロックチェーンだけは全面的に禁止しています。また、米国は子どものオンラインプライバシーを守る法律「COPPA」があり、情報の活用に非常にセンシティブなので、簡単には扱えません。

そう考えると、推進しようとすれば意外にも日本が一番進めやすいと言えます。ただ、どんなにいい技術でも社会の理解が得られないと、先に進めません。現状、教育現場での活用にはまだ抵抗があるので、機が熟したらチャレンジしたい領域ですね。

新時代のメディアリテラシーと日本の課題

――教育現場では、2020年の学習指導要領の大改訂、コロナ禍、GIGAスクール構想と大きな変化が起きています。そこからさらに変わったことはありますか?

GIGAスクール構想で、タブレットが子どもたち1人1台渡ったという点で、決定的な格差はなくなりました。

しかし、実は見えづらい格差が残っています。それは自治体ごとの予算の差です。高スペックの端末を配布した自治体もある一方で、予算的に厳しい自治体では予算に収まるレベルのスペックの端末を「とりあえず渡した」というのが現状です。この時点で、大きな格差が広がってしまっています。

本来なら全国統一のデバイスを配布できればいいのですが、それができない理由は予算以外にもあります。メーカーが国産の優れた端末を作れなくなってきているのです。

理想を言えば、国が投資をしてさまざまなメーカーに声をかけ、日本メーカー連合軍でいい端末を作ればいいのですが、コスト競争力の問題からOSも含めた日本の開発力が落ちているのが問題だと思います。

また、仕方のないことですが、教育現場自体がデジタル端末に慣れていないことから定型的な使い方しかできないのも、もったいない話です。コンピュータの持っている可能性は無限大で、ましてや生成AIによってやろうと思えば何でもできるようになりました。

しかし、学校では一律に平準化して教育を行っているので、せっかくいい能力を持っている子どもたちが潰されてしまう状況にある。できる子にはコンピュータを与えて、いくらでも好きなものを作らせれば一番いいと思うのですが、日本では実現が難しいのは残念なことです。

――EdTechの普及や教育のハイパーパーソナライゼーション化が起きた結果、未来のメディアに求められることはどう変わっていくのでしょうか?

メディアと教育の関係は大きく変わります。まずメディアリテラシーが再定義されるでしょう。情報が一瞬で収集できるのは当たり前、育成すべきは情報の真偽を見極める能力です。

また、メディア体験はリアルタイム参加型に移行していくと考えられます。これまでは学校の視聴覚室で映像を見るだけだったのが、教室から世界中の誰かと繋がってリアルタイムでコミュニケーションするインタラクティブ性が進んでくると考えられますね。

子どもにとってメディアとは、エンタテインメント性がある楽しいものです。メディアが教育の一翼を担うことで楽しさが教育とひと続きになれば、楽しみながら学び、学びながら楽しんで新しいものを生み出す循環がどんどん生まれてくるはずです。

また、これまでは一般人はメディアからただ受け取る側でしたが、これから能動的にメディアとして自分が発信していくという視点も出てきそうです。情報の受動的な消費者であると同時に、能動的な発信者になる。そんな経験が、教育の中で重要になるのかもしれません。

2025年3月21日インタビュー実施

聞き手:メディア環境研究所 小林舞花
編集協力:沢井メグ+有限会社ノオト

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