「メディアイノベーション調査2019」からみる、日本と各国の比較① ~博報堂生活綜研(上海) 包さんと考える、日本と中国の比較~

生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。昨年から続けているこのコラムでは、メディア環境研究所が日米中タイの4カ国で行った「メディアイノベーション調査2019」(ご参考:プレスリリース)の結果について、各国に詳しい方に語っていただきます。第1回は上海在住、博報堂生活綜研(上海)の主任研究員、包 旭(ホウ キョク)さんに、メディア環境研究所の小林が中国の結果について日中比較も交えてお聞きします。

急速に当たり前になるIoT家電

メディア環境研究所 小林(以下、小林)
包さん、こんにちは。昨年、2018年調査の結果について対談させていただきたましたが、今日は、「メディアイノベーション調査2019」について、中国でここ1年程で起きている変化などについてお伺いしていきたいと思います。今後生活を変えると言われる新しいサービスについて聞いている調査ですが、昨年の55のサービスから、今年は81のサービスに増やして聞いています。興味度ランキングにおいて、中国で10位以内にランクインしているサービスについて、まずはお話しをうかがいたいと思います(図1)。

■図1:生活を変える新しいサービスに対する中国の興味度ランキング トップ10(2019は81、2018は55のサービスについて聴取)※「生活を変える81のサービス」各国ランキングはこちら

2018年と2019年のランクインしている項目を見てみると、今年は1位「スマホアプリ・QRコード決済」、2位「スマホアプリで買物・宅配・荷物運搬」、3位「外出先からスマホで家電操作」でした。これは、各国共通の今年の傾向なのですが、スマホで享受できる生活に注目が集まっています。グローバルでスマホの中にリアルな生活が結びついてきたのではないかと思います。

昨年はこのように各国共通で10位以内に入っている項目はなかったのですが、中国では、このあたりいかがでしょうか。昨年、一番スマホアプリが発展していたのは中国かと思うのですが、ランキングがこのように変わった背景は何かあるのでしょうか?

博報堂生活綜研(上海) 包(以下、包)
まず、中国ではIoT家電の浸透がとても速いですね。日本人の、家電を長く使い続けたいという考えと異なり、中国生活者は家電を3年から5年で買い替えることが結構多いのですが、そのタイミングで所有している家電をどんどんIoT家電に切り替えていきます。日本のブランドは長くもち品質がいいと思っている人が多いですが、中国の製品より高い値段で売られています。

そうすると、中国ブランドの最新の家電を短い期間で買い替える方が新しい技術も備わっているので、若者を中心にそちらを選ぶ人が近年増えてきています。また、部屋のリニューアル頻度も日本より高く、約10年のスパンでリニューアルしています。内装も自分で各取扱店に行き、フローリング、浴槽やランプなど全部自分で選択するので、DIY感があります。そうすると、家自体のIoT化もどんどん進むのです。

また、2017年の年末設立のLuckin coffeeという店があるのですが、アプリで注文すると20分でコーヒーが手元に届くというサービスを行っています。1年で2073店舗まで増え、大手コーヒーチェーンとなりました。2019年にはスターバックスの店舗数を大きく超える4500店舗まで拡大予定と宣言しています。元々スターバックスよりも平均の値段が約半分と安いのですが、一杯無料や半額キャンペーンなどで急速に規模を拡大しています(図2)。

■図2:luckin coffeeの店舗マップ

小林
なるほど。クーポンのばら撒きは昨年のタクシー配車アプリの話と同じで企業が儲かるシステムにはなっていなさそうですが、店舗数の伸びはすさまじいですね。日本ではこれほどまでに急速に店舗数を増やせる企業は今ないと思います。

昨年から引き続き10位以内に入っているのは、7位の「VR×専門教育」と8位の「小型プロジェクター」の2つのみなのですが、中国の教育に関する考え方はどのようなものなのでしょうか?

教育は「投資」


教育に関していうと、中国では教育は投資と考える人が多いです。大学生の数もここ20年間で7倍以上になりました(図3)。

しかし、これだけのスピードなので、教育リソースが全体的に追いついていないです。例えば上海ではよい公立学校に子どもを入れるのはとても大変なことです。第一条件として近くに住んでいなければなりません。しかも、直前に引っ越したのではだめで、入学の五年前から住まなければいけません。

そこで、よい学校の通学エリア内の不動産が人気を集めているのですが、「学区房」と呼ばれ、30平米の部屋が1000万元程で販売されています。

■図3:中国の大学生の数の推移

小林
1000万元というと日本円では1億円程ということですよね。億ションですね。日本でもやはり人気の学区というのはあり、その通学圏の不動産は好まれますが、30平米で1億と聞くとその人気の高さがよくわかりますね。


はい、昨年話した1級都市の病院と同じで、学校も2級、3級都市から1級都市に人が集まりすぎてしまっているという問題を抱えています。よりよい教育を求めて、子供というより赤ちゃんの早期教育にも熱心です。我が家も子どもが3か月のころから赤ちゃん用の学校に通っています。そちらで、能力テスト、水泳、コミュニケーションなどの授業を受けています。

小林
すごいですね。少子化の日本とは全く違った状況ですね。そうすると、「VR×専門教育」というのは、海外から学ぶ部分もあるのかなと思っていたのですが、それよりも中国国内での教育リソースの確保という感じですね。

5位と9位にはAIロボット×高齢者の項目がランクインしています。昨年、介護施設にはいろいろと問題もあると聞きましたが、介護の面でも企業よりもロボットに任せる方が安心感があるのでしょうか?


中国も高齢化社会に向かっていますが、親は子どもの面倒を見るのがわりと当たり前になっています。女性はだいたい55歳、男性だと60歳で定年するのですが、国営企業だともっと早くリタイアします。そうすると、親がいるのは前提なんですよね。子どもの面倒を見てもらうために、3世代同居の家族が多いです。

一方、新しい家電の使い方がわからないと悩む親が沢山存在しているのも事実です。子どもはIoTの遠隔操作機能で解決することが多いですが、AIスピーカーなど音声操作で解決する家庭も増えてきている気がします。年配層にとって、音声が一番簡単な操作の仕方ですね。

情報が横漏れする

小林
それでは、次に「未来生活イノベーター」についてお話を伺っていきたいと思います。「未来生活イノベーター」とは、「科学技術は人間の生活や社会にとって重要なものだ」や「常に新しいテクノロジーを使った商品やサービスを取り入れたいと思っている」など16の意識項目の内、12項目以上について「とてもそう思う」と回答した、イノベーションに対する需要の高い層のことです。

各国で抽出したこの需要の高い人たちのことをメ環研で「未来生活イノベーター」と名付けたのですが、この層に着目することで、各国の「次の生活」潮流が見えてくるのではないかと考えています。

各国の「未来生活イノベーター」の割合を見てみると、図4のようになったのですが、こちらの数字についてどう思われましたか?そもそも中国では、新しいサービスについていかなければ取り残されてしまうというお話も昨年あったので、もっと高くてもよいかと思ったのですが、いかがでしょうか?

■図4:「未来生活イノベーターの割合」


この数字について違和感はないですね。タイの数字が高くてびっくりしました!あとは、データを見ていて思ったのが、中国でランキング最下位に、「買物の履歴など個人情報を提供するのに抵抗はない」がありますが、中国では提供したらすぐデータが横漏れするんです。

どういうことかというと、何かを購入すると、関連業界から電話で売り込みが来るのです。例えば、車のグッズをサイトで見ていると、車の売り込みが来たりなど。これは一つの社会問題になっていて、家庭用固定電話によく売り込みが来るため固定電話をやめた家庭も多いです。数年前には大手銀行で情報漏れが発生し、生年月日、身分証明書番号などの情報を全部把握した上での詐欺事件が多数発生しました。

また、クレジットカードをたくさん使った後にはお金借りませんか?というような電話もかかってきます。中国人にとって、こういった電話は日常茶飯事なのでもう慣れてしまっていますが、近年、プライバシー保護の法律などが進んでいるため、改善の傾向も見られています。

中国はこの20年程で3つの急成長を経験しています。3つというのは、「経済成長」、グローバルブランドまで選択肢が増えることになった「市場成長」、そして、「テクノロジーの成長」です。これだけの成長を短期間で経験しているので、価値観が定着しないんですよね。そのため、やりたいことが沢山存在し、それを効率的に楽しむ方法として、新しい商品やサービスを活用したい人が多いですね。

小林
なるほど。成長を続ける中国ならではの悩みですね。では、「未来生活イノベーター」について男女別と年代別で見てみたいと思うのですが、中国は女性の方が多い結果となっています(図5)。これは日米とは異なる結果です。また、年代別で見ると、日本と似たような配分となっている気がします。米国やタイに比べると10代、20代の割合が多いように感じますが、いかがでしょうか?

■図5:「未来生活イノベーター」の性別・年代


まず、男女差ですが、中国は女性が進出している国です。また、デジタル製品に対する関心の高い女性も多いです。PCの購入を例にすると、日本では企業が1つのパッケージに組み上げたPCを購入するのが主流だと思いますが、中国では基本的にPCは自分で組み立てます。それは、テクノロジーに対するリテラシーが違うのだと思います。それに加えて、女性の方が消費に積極的だし、買物情報もシェアするので、女性の方が多くなるのもうなずけます。

次に、年代別に関していうと、中国では10代でスマホを持ち始めますが、日本のように部活の文化がないので、スマホをたくさん使います。そうすると、リテラシーが高くなるのです。また、未来生活イノベーターの割合が20代が一番多いですが、中国の20代は、いろいろなものを取り入れようとしている世代です。日本では40代が使用する化粧品でも、中国では20代に人気があったりします。

人口の多い中国には、「平均」がない

小林
中国の若い世代は勢いがありますね。まだまださまざまな成長が生まれそうな気がしますが、各国の「未来生活イノベーター」を見ることで、各国ごとの「次の生活」潮流が見えてきます。中国は「健康」の領域から生活の在り方が変わっていきそうだという結果が出ました(図6)。

こちらに回答者全体と「未来生活イノベーター」の興味度の差分をランキングにしたものがあるのですが、中国は1位「VR×高度な手術」、3位「持病や服薬情報を薬局間で共有」4位「顔認証×病院受付・支払い」など、医療に関する項目に加え、13位「センサー付き電動歯ブラシ」17位「小型機器×肌ケア」などもう少し広い意味でヘルスケアや美容に関する項目もランクインしています。この結果についての見解をお聞かせ願えますか?

■図6:生活を変える81の新しいサービスに対する  各国全体と「未来生活イノベーター」の興味度差分ランキング トップ20(※網掛け=各国「未来生活イノベーター」の興味の高い生活領域)


そうですね、こちらの数字(図7)を見ていただきたいのですが、中国の生活の豊かさが上がると共に、働く時間が10年間で約1.5時間増加しています。また、スマホなどの影響で、睡眠時間も5年間で約2.5時間減少していることがわかります。こういったことからも、中国人は以前よりも疲れている状態にあるといえます。その結果、健康面への関心が高まっている可能性があります。

■図7:中国における働く時間と睡眠時間の推移(参考:(左)国家统计局[2018年全国时间利用调查公报]、(右)睡眠指数)


また、健康・医療という見方もあると思うのですが、カスタマイズを求めているのかな、とも思いました。去年もお話ししましたが、病院は何時間も待って診察が3分程度ですが、本当はもっと丁寧に見てほしいです。中国は広く、人口も多いので、日本のように平均というものがありません。その中で重要になるのは、提供されているものが自分に合うのかどうかです。

小林
そういう見方もあるのですね。確かに、電動歯ブラシや肌ケアも、これまでであれば平均をとってそれを提供されていたと思うのですが、このランキングに出てきているものは、どれも平均に沿って提供されるものではなく、個々に合うようにセンサーが内蔵されているものばかりですね。


はい。少し前にDNA診断サービスというものが流行ったのですが、これも世の中の平均ではなく、個人としてどうなのか、ということで一時的に流行っていました。また、最近流行っているのは、整形ですね。韓国や日本への整形ツアーが人気です。日本の整形は自然に仕上がるということで、日本への整形ツアーの人気が高まっています。親と一緒に整形旅行に行く親子も増えています。

小林
日本でもDNA診断は少し流行っていましたが、中国では日本とは別の理由で流行っていたのかもしれないですね。日本への親子での整形ツアーも気になります。

いろいろとお話を伺ってきましたが、その他この1年程で中国で起こっている変化があれば教えてください。

今後デバイスとしてのテレビはなくなるかもしれない


最近、中国の若者の間では、家庭用のスマートプロジェクターが流行っています。今まではビジネス用だったプロジェクターを、中国のメーカーが家庭用に全面的に改善したのが普及の大きな要因です。小型なので好きな部屋に自由に持ち運んで、スマホの投射もできるし、内蔵バッテリーや高性能なスピーカーがついているものもあり、動画などが楽しめます。値

段もそれほど高くなく、2000元程のものでもわりと性能はよいです。4000元程のものになると十分なので、若い人の間では、一度プロジェクターを買うと、通常のテレビはいらないと考える人も出てきています。今後テレビ受像機はなくなるかもしれないですね。

小林
家庭用のスマートプロジェクターというと、日本でも最近天井につけられるものから、小型のものまでさまざまなものが出てきていますが、まだまだ浸透している感じはしません。中国では家電を買い替えるスピードも速いので、その段階でテレビ受像機は選択されなくなっていってしまうのかもしれないですね。

冒頭のランキングでも昨年に引き続き「小型プロジェクター」が根強くTOP10に入っていることを確認しましたが、中国の方がここでイメージされている小型プロジェクターはきっと家庭用のものなのですね。


そうですね。家庭用のものをイメージしていると思います。

小林
メディアの環境もどんどん変わっていきそうですね。包さん、今年度も中国の状況を詳しく教えていただき、ありがとうございました。

メディア環境研究所 まとめ

昨年もそうでしたが、中国はテクノロジーの面でやはり他国の1歩先を行っている感じを受けました。そして、家電へのテクノロジーの取り込まれる速度がすさまじいです。3年から5年おきに家電を買い替えるのと同時に搭載されているテクノロジーがアップデートされるのですが、中国の人口を考えると、そのアップデート速度に他国はついていけなさそうです。

家の中だけでなく健康面においても、中国独自の事情もあり、今後実際にAIの活用なども含めてどんどん実装されていくのではないかなと、包さんのお話を伺って感じました。ディープラーニングが不可欠なAIはどうしても覚えることの数での勝負となります。そうすると、中国は人口が多い分強いですが、現在の情報の横漏れ具合などを聞いていると、今後の中国のさらなる発展が楽しみでもあり、少し怖くもあります。

今年は各国、全体ランキングとしては似た項目がランクインする結果となりましたが、来年、このランキングがどのように変わっていくのか、小型プロジェクター人気が高まるにつれて音声スピーカーの人気がどのように変わっていくのか、そしてテレビ受像機を買わない人が増えるのかなども併せてとても興味深いです。次回はアメリカとの比較をお送りします。今回話を伺った中国や日本との違いなど、アメリカの状況についてお話を聞いていく予定です。

包 旭
生活綜研(上海) 主任研究員
2013年日本の大学院を卒業後、中国へ帰国し、その後博報堂生活綜研(上海)に入社。社会環境の変化が激しい中国における生活者の行動、欲求を中心に、日々の研究活動を行っている。コンセプト開発、市場調査、書籍制作などの業務を担当。
小林上席研究員
小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。