「メディアイノベーション調査2019」からみる、日本と各国の比較③前編 ~博報堂生活総研アセアンDeeさん、伊藤さんと考える、日本とタイの比較~

生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。このコラムでは、メディア環境研究所が2019年に日米中タイの4カ国で調査を行った「メディアイノベーション調査2019」(ご参考:プレスリリース)の結果について、各国に詳しい方に語っていただきます。

第3弾はバンコク在住、博報堂生活総研アセアン(以下、HILL  ASEAN)の研究員Deeさんと、同じくHILL ASEANの研究員であり、メディア環境研究所の客員研究員でもある伊藤祐子さんに、メディア環境研究所の小林がタイの結果についてお聞きします。

E-Walletの浸透でスマホリテラシーが向上

-メディア環境研究所 小林(以下、小林)
Deeさん、伊藤さん、こんにちは。どうぞよろしくお願いいたします。今日は、「メディアイノベーション調査2019」で行った「生活を変える81のサービス」についてお話しをうかがいたいと思います(図1)。昨年の「メディアイノベーション調査2018」では、55のサービスについて聴取していましたが、今年度は新たなサービスの出現もあり、81のサービスに増やして聞いています。

■図1:タイの生活を変える81の新しいサービスに対する興味度ランキング トップ10(メディアイノベーション調査2019※「生活を変える81のサービス」各国ランキングはこちら

物珍しいものに興味を示していた昨年のタイの結果とは大きく変わり、各国共通なのですが、「スマホアプリ・QRコードで決済」「外出先からスマホで家電操作」「スマホアプリで買物・宅配・荷物運搬」など、スマホ一つで生活を便利にできるようなサービスがTOP10の、中でも上位にランクインしてきています。特にタイでは「スマホアプリ経由で送金」といったサービスもランクインしてきています。タイでこのようなランキングとなった背景やこの1年で起きていることなど教えていただけますか?

-HILL ASEAN Dee(以下、Dee)
まずタイの特徴として、この2年間でE-walletが浸透してきています(図2)。タイは政府が動かないとタイ人も動かない傾向がありますが、E-walletに関しては、政府のスマホ決済に関するサポートも後押しして、使用者の利用頻度が上がり、タイ人のスマホリテラシーの向上にもつながっています。決済に関しては、政府だけではなく銀行もサービス開発に力を入れているため、買物の仕方なども変わってきています。

■図2:タイで浸透し始めているE-wallet

小林
政府の後押しというのはどういったものですか?また、他のIT分野でも同じように政府のサポートはあるのでしょうか?

Dee
他のITまわりに関するサポートは特にありません。スマートスピーカーの開発は、タイの言語の難しさがあり進んでおらず、スマホやIT回りとなると決済中心になっています。決済だとオンラインショッピングやE-walletですね。タイの各銀行と他のプラットフォーマーが組むことでE-walletがどんどん浸透し、今年も新しいサービスがいくつか出てきています。配車アプリのGRABやバンコク都心を走る高架鉄道のBTS、コンビニなど、さまざまなところがサービスを開始しています。

-HILL ASEAN 伊藤(以下、伊藤)
昨年は、中国の観光客が増えた影響で、中国人が普段使っているものをタイでも使えるように、中国系のモバイルペイメントサービスが目立っていました。現在は、タイの銀行がタイや近隣諸国のプラットフォーマーと組んだ、オンラインバンキングやE-walletが出現してきています。

利用できるサービス数が増えたことで、利用者も増えているという実感があります。BTSの駅構内には飲食店のスタンドが多くあるのですが、そこでE-walletを使うと割引になるキャンペーンもあります。タイ人はお得好きなので、プロモーション価格で購入するために、銀行カードやクレジットカードと連携して登録しているのだと思います。

Dee
昨年話したときは、私もE-walletを1つしか持っていなかったのですが、今では5つの異なるE-walletがスマホに入っています。

伊藤
日本では、E-walletとクレジットカードとの連携が多い印象ですが、タイはクレジットカード所有率が低いので、銀行口座と連携しています。

小林
タイのE-walletが銀行と連携しているということを考えると、子どもでも使えるのでしょうか?

Dee
社会経済階級区分(SEC)の高い層では小学生から自分のスマホを持つ人もいて、その下の中間層でも、中学生くらいから持ち始めます。タイには安いスマホもいろいろあるので、子どもたちも割と早い段階から持っています。直接銀行と連携しているということもあると思いますが、現金のおこづかい代わりに毎月決まった額を親が子どものスマホにチャージしている人もいます。子どもはコンビニなどでそのチャージを使っておやつなどを買うんです。

小林
おこづかいのもらい方も変わってきているのですね。自分で残高の計算などもできるのでお金の感覚を養うのにもよさそうですね。

ところで、さきほどE-walletの一つとして挙げられていたタクシー配車アプリのGRABがタイではかなり浸透していると聞いているのですが、実際どうなのでしょうか?Uberが東南アジアから撤退する際に事業を売却したのがGRABですよね。

Dee
はい。GRABはタイ人にとって、なくなったら生活できないものになってきています。日本では想像できないと思うのですが、そもそも、タイ、インドやフィリピンのタクシーでは、行きたくないなどと適当な理由で乗車拒否することが日常茶飯事でした。連続10台に乗車拒否されることも珍しいことではありません。それが、こうしたサービスの登場によってなくなったんです。日本のタクシーは便利なのでなくてもよいサービスかもしれないですが、タイでは革命ですね。天国からのプレゼントかと思いました。

また、人の移動だけではなく、オンラインショップを経営している人が商品を届けるのにも使われています。今まではポストにいかなければいけなかったものも、タクシーで送れる時代になっています。

伊藤
日本で言う「バイク便」のような使われ方です。

小林
なるほど、自身の移動だけではなく、物流にも利用されているのですね。タクシーであり、配送網であり、、、たしかに生活から切り離せないサービスになっていそうですね。昨年最下位の55位だった「カゴで決済完了する無人店舗」が今年度は6位まで急浮上しているのもキャッシュレス決済やリテラシーの向上が要因になっているのでしょうか?

Dee
セルフレジは増えていますが、まだ完全に無人化されているところはありません。カゴに商品を入れてレジの横を通ると商品が一覧で表示される店もありますが、その後の決済は今も有人です。

どう思われるかよりも、何をしているかが重要

小林
今後各国がどの方向に進んでいくのかがあぶりだせないかと思い、今年は「未来生活イノベーター」という層を抽出してみました。「科学技術は人間の生活や社会にとって重要なものだ」「常に新しいテクノロジーを使った商品やサービスを取り入れたいと思っている」など、16の意識項目の内、12項目以上について「とてもそう思う」と回答した人を「未来生活イノベーター」と定義したのですが、彼らに注目することで、各国の「次の生活」が見えてきました。日本は「家」、中国は「健康」、アメリカは「移動」、タイは「食」の領域に強く反応しており、この分野から各国イノベーションが進展していくのではないかと考えています。

次は、この「未来生活イノベーター」についてお話を伺いたいのですが、各国の全体に対する「未来生活イノベーター」の割合を見ていると、タイは14.8%と一番多くなっています(図3)。この数字についてどう思われますか?

■図3 「未来生活イノベーター」の割合 

伊藤
タイについては、「未来生活イノベーター」が多いのではなく、調査への回答の態度で高く出ているのではないかと感じます。東南アジア全体の気質として、何事もポジティブに捉え、長考せずパッパッと答えていく方が多いです。アセアン6か国を比較しても、フィリピンやタイは調査結果が高めに出ます。反対に、もともと便利なシンガポールやマレーシアは、このような調査ではクールな結果が出る傾向があります。ただし、タイは需要度や柔軟性は高く、受け入れる力がある国だと感じます。

小林
「未来生活イノベーター」の考え方のランキングを見てみると、TOP5はこの様になっています(図4)。先ほど抽出するために使った意識項目とはまた違うのですが、「未来生活イノベーター」とは、自分にはやりたいことがたくさんあり、また、やらなければならないこともたくさんあると感じている人たちのようです。こちらもその需要度の高さと関係があるのでしょうか?

■図4 「未来生活イノベーターの考え方ランキング TOP5
(出典:メディアイノベーション調査2019)

Dee
そうですね。意識を聞いているので答えやすいのではないかと思いますが、実際タイ人は旅行でもグルメでも、多くのことを経験したいと思っている人が多いので、「自分にはやりたいことがたくさんあると思う」が高く出ているのだと思います。また、まわりの人がどう思っているかよりも、何をしているかが大事なので、4位に「身の回りの情報は多くても構わない」が入っているのも納得できますね。

伊藤
人から何か言われることを恐れるのではなく、自分のやりたいことをする。そして、みんながしていることは自分も体験したいので、新しい情報はたくさんあればあるほど良いんです。

Dee
はい。街中でも、日本と比べてファッションやメイクが派手な人が多いです。日本人は目立つことを避けると思うのですが、タイでは自分の好きなようにできている人の方が好まれます。

伊藤
タイには“みっともない”という考え方がありません。好きなことを好きなようにしていることが褒められますね。お互いがお互いの好きなことをすれば気持ちいいという国です。

小林
日本のように他人の顔色をうかがうのではなく、自分の好きなようにできるのは精神的によい環境のようですね。ところで、シニアもやりたいことがたくさんなのでしょうか?

Dee
そうですね。シニアもテクノロジーは歓迎しています。使うことでおしゃれになれると考えているようです。

後編へ続く

プロフィール

伊藤 祐子
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) ストラテジックプラニングディレクター
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、トイレタリー、自動車、飲料、食品、教育など幅広いクライアントを担当。生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザインに加え、DMPを活用した業務も多数実施。また、「働く女性」を研究対象とした社内シンクタンク機関「キャリジョ研」を発足し、社内外に女性マーケティングに関するナレッジを提供している。 2018年4月より現職。
Prompohn Supataravanich (Dee)
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) シニアストラテジックプラニングスーパーバイザー
立命館アジアパシフィック大学卒。タイ語、日本語、英語のスキルを活かし、大学卒業後は日本での勤務や、日系企業のタイ拠点での勤務を経験。2014年に博報堂グループのPRODUCTS Bangkok に入社、2017年から現職。トイレタリー、自動車、化粧品などのブランドマーケティングやデータマーケティングに従事。
小林上席研究員
小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。