「メディアイノベーション調査2019」からみる、日本と各国の比較③後編 ~博報堂生活総研アセアンDeeさん、伊藤さんと考える、日本とタイの比較~

生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。このコラムでは、メディア環境研究所が2019年に日米中タイの4カ国で調査を行った「メディアイノベーション調査2019」(ご参考:プレスリリース)の結果について、各国に詳しい方に語っていただきます。

第3弾はバンコク在住、博報堂生活総研アセアン(以下、HILL  ASEAN)の研究員Deeさんと、同じくHILL ASEANの研究員であり、メディア環境研究所の客員研究員でもある伊藤祐子さんに、メディア環境研究所の小林がタイの結果についてお聞きします。

★前編はこちら

タイの10代は、基本的にアルバイトをしない

小林
「未来生活イノベーター」の性別や年代を見ていきたいと思うのですが、タイに関していうと、女性が多く、10代が少ない結果となっています(図1)。このような結果になったと思われる背景を教えていただけますか。

■図1:「未来生活イノベーター」の性別・年代(出典:メディアイノベーション調査2019)

Dee
まず、男女比に関していうと、タイではそもそも平等に働く女性がとても多いので流行っているものに対する興味も高いです。日本だと、子どもが生まれると仕事を辞める人も多いと思いますが、タイでは子どもが生まれても親やナニー、ヘルパーなどに預けて働きます。

小林
タイにも育休の制度はありますか?

Dee
あるのですが、3か月程で復帰しますね。専業主婦になるのは、本当にお金持ちの人のみなので、割合としてはとても少ないです。

伊藤
未来生活イノベーターに女性が多いのには、調査への回答態度も影響している可能性があります。日本人はよく考えて回答するので、テクノロジーに詳しい男性の比率が高いのかもしれません。先程も言及しましたが、タイはあまり深く考えずにサクサクと回答するので、女性も多くなるのではないでしょうか。中国も女性が多い結果となっていますが、タイと中国の理由は違うと思います。

小林
ありがとうございます。それでは、タイの10代が少ない理由についてはいかがでしょうか?先ほどスマホ利用でリテラシーが上がっているというお話がありましたが、10代に限ってはあまりスマホを持っていないのでしょうか?

Dee
タイの10代は、日本や他国のようにアルバイトをしないという大きな違いがあります。10代でアルバイトをするのは、SEC の低い貧困層です。

小林
学生は勉強が大事ということでしょうか?

Dee
もちろん勉強は一番大事だと考えられていますが、一番の原因は、子どもの時給が低すぎるためです。1時間働いても¥100程度にしかならないので、ある程度所得のある家の子どもは働きません。割に合わないのです。

働いていないと、新しいガジェットがでてきてもポケットマネーがないので買えません。親にお願いしようとすると勉強しなさいと言われるのでそれも面倒くさい。これがタイの10代の「未来生活イノベーター」の少なさに影響しているのだと思います。

小林
1時間¥100…もちろん物価が違うことは承知ですが、それにしても低いですね。

Dee
時給はお店によって変わりますが、時給の最低限が1日325バーツです。これはバンコクの話なので、他の地域に行くともっと低いです。 18歳以下でアルバイトをしている人はほとんどいないですね。

基本は外食。でもひと手間増えても自動調理には興味あり

小林
それでは、タイの「未来生活イノベーター」が注目している「食」の分野について聞いていきたいと思います。まず、タイの全体と「未来生活イノベーター」の各サービスに対する興味度の差を見てみると、このような結果になりました(図2)。お話ししている通り、食に関する項目が多く入ってきています。まず、このランキングを見てどう思われたでしょうか?

■図2

Dee
まず、3位の「分子レベルに分解し、再構成する調理法」というのは、私も最初意味がわからなくて調べてしまいました。私でさえ知らない言葉にこれだけ反応しているのは、逆に、読んでわからないことだからのような気もします。タイでこの調理方法を行っているのは、ミシュランを獲得している店のみなので一般的な人は食べたことがあるわけではなく、知らないから新しいものとしてチェックしたのではないかなと思います。また、食材のサブスクリプションサービスもまだタイではないので、未来的な感じがします。

伊藤
日本のような下ごしらえされている食材が定期的に届くようなサービスはタイにはありません。ごはんを家で作る人も少ないので…

小林
料理する人は実際どのくらい少ないのでしょうか?

Dee
半分もいないと思います。タイにはStreet foodがたくさんあり、自炊するより安く便利なんです。本当にこだわりのある人は作りますが、安くて味もそこそこなら、それで満足する人が多いですね。

伊藤
アセアンのディベロッパーの方によると、近年狭小化が進むマンション設計では、部屋をスリムにしようと考えたとき、タイではまず台所の空間を削るそうです。小さい冷蔵庫と電子レンジさえ置ければ、調理スペースは必須ではないという話もありました。

Dee
家にキッチンがない場合は、IH調理器を別途買って使っている人も多いようです(図3)。

■図3:

伊藤
タイ人は、食に関して興味はあるけれど、外で食べられる/買えるものが「安い」「おいしい」「種類が多い」ので、調理の手間を省いている人や外食をする人が多いです。

小林
どの年代でも同じですか?9位の「食材を入れるだけで自動調理」は日本ではとても手間が省けて便利そうなサービスですが、タイだと逆に家で最後のひと手間を加えないといけないのは手間が増えてしまいそうな気もしますね。

Dee
どの年代でもそうです。台所が自動で調理してくれるのは楽しそうですよね。手間は別として、家族みんなで楽しめそうだと思うので、受け入れられるのではないかと思います。

小林
なるほど。それでは、最後にその他にタイでこの1年間で特徴的だと思われる変化などあれば教えてください。

Dee
キャッシュレス以外にコンシャスアウェアネスがこの1年で急激にあがりました。何か法律が発表されたわけでもないのですが、SNS上で温暖化の話などが話題になりました。また、動物好きの人が多いので、プラスチックで負傷してしまった動物の話なども大きく取り上げられたこともあり、デパートやコンビニなどが一斉にプラスチックのレジ袋を廃止しました。

これが昨年とすごく違うところですね。セブンイレブンがタイで一番大きいコンビニなのですが、レジ袋をどの程度削減できたかをレジ横で可視化できるようにしています。削減分を寄付していて、その合計額が表示されているのですが、全店舗分の合計なので、大きな金額になっています。これだけのことに貢献できているんだということが実感できるようになっています。

小林
Deeさん、伊藤さん、今年もアセアン各国の話も含めてタイの状況についてのお話しどうもありがとうございました。

メディア環境研究所 まとめ

タイの現状について他のアセアン各国との比較も交えて教えていただきました。昨年はとにかく他の国と比較しても新しいサービスへの興味が高かったタイですが、今年はわりと地に足のついた回答が得られたのではないかと思います。それだけ、タイでも各種サービスが浸透し始めて、物珍しいものではなくなってきているのだと感じました。そして、外国のサービスがそのまま定着するのではなく、たった1年でタイ独自のサービスがタイ人用にカスタマイズされ生まれてきていることに驚きました。

まだスマートスピーカーなどの浸透には言語の問題が大きく立ちはだかっているようですが、このスピード感を見ていると、サービスインした時の、そこからの一気に追い上げる力は、とても楽しみです。今回、まだ認知度の低そうな項目の多かった「食」の分野にランクインしていた項目も、数年後にはより身近なものとしてタイの生活に浸透しているのではないかと思います。

今回で、「メディアイノベーション調査2019」からみる、日本と各国の比較はおしまいですが、メディア環境研究所では次世代のメディア環境の分析を引き続き行っていきたいと思います。

プロフィール

伊藤 祐子
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) ストラテジックプラニングディレクター
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、トイレタリー、自動車、飲料、食品、教育など幅広いクライアントを担当。生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザインに加え、DMPを活用した業務も多数実施。また、「働く女性」を研究対象とした社内シンクタンク機関「キャリジョ研」を発足し、社内外に女性マーケティングに関するナレッジを提供している。 2018年4月より現職。
Prompohn Supataravanich (Dee)
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) シニアストラテジックプラニングスーパーバイザー
立命館アジアパシフィック大学卒。タイ語、日本語、英語のスキルを活かし、大学卒業後は日本での勤務や、日系企業のタイ拠点での勤務を経験。2014年に博報堂グループのPRODUCTS Bangkok に入社、2017年から現職。トイレタリー、自動車、化粧品などのブランドマーケティングやデータマーケティングに従事。
小林上席研究員
小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。