#3 Withコロナ時代の「人とのつながり」後編 ~博報堂生活総研アセアンDeeさん、伊藤さんと考える、新しいライフスタイル~

MEDIA NEW NORMAL

新型コロナウイルスの影響により、私たちの生活や社会、ビジネスは、これまでにない大きな変化を余儀なくされています。Withコロナ、Afterコロナ時代をどのように過ごしていけばよいのか。

メディア環境研究所では、一つの仮説として、次世代のメディア環境や人々の生活、社会環境を考える際に、「”人と人”とのつながりを主体に、情報の受発信だけではなく、社会活動や経済活動を生み出す場」としての”コミュニティ”のあり方がとても重要になってくると考えています。

これからの生活や社会のありようを考える上で、家族や地域など身近なコミュニティを大切にするアセアン生活者の態度や行動が一つの参考になると考え、まさに新型コロナウイルスが欧米やアジア諸国に広まっていた今年3月下旬に、タイ・バンコクの生活者20名に簡単なアンケートを実施しました。その結果も参考に、博報堂生活総研アセアン(以下、HILL ASEAN)の研究員Deeさんと、同じくHILL ASEAN所長であり、メディア環境研究所の客員研究員でもある伊藤祐子さんに5月下旬に話をお聞きしました。

前編に続き、後編をお送りします。

タイの生活者は他者とのつながりや、即時レスポンスへの欲求が強く、既存のコミュニティをより良くしようとする意欲が調査結果でも示された。

※メディア環境研究所「アセアン生活者調査(2020年3月実施)」

冨永: タイ・バンコクのアンケート結果では、発見された10個の欲求のうちの、4個が家族をはじめ、地域、コミュニティの絆とつながりへの欲求、円滑なコミュニケーションへの欲求などであり、人とのつながり、コミュニティ欲求が特に強かったというものでした。これは新型コロナウイルスの時だから強く現れたのでしょうか?

Dee:コロナ禍のさなかにあらゆる欲求が強まったと思いますが、コミュニティのつながりやフリクションレスへの欲求はもともと強いと思います。日本人とは違い、タイ人は仕事中でもLINEでチャットしますし、早く返事が欲しいと相手を促します。(私自身も)電話がかかってきて、すぐに出ないと怒られます

冨永:調査結果を見ると、「すぐに確実にコミュニケーションを取りたい」、「テクノロジーが誰でも利用できるようになって欲しい」以外のところで、「コミュニティにおけるコミュニケーションをもっと円滑/活発にしたい」という欲求が出てきました。

例えばLINEでグループを作った時に、その中のコミュニケーションが人によってはすぐにリアクションしてくれないとか、情報が集まっていないとかで満足できない状況があり、それをもっと良いコミュニティにしていきたいという欲求が見えているような気がします。

困っている人の為にSNSで集まった人達が作ったコミュニティがオフラインでも活性化され、新しいテクノロジーやサービスを誰でも気軽に利用できる。生活者一人ひとりのコミュニティの輪が広がると同時に、お金の使い方やブランド選択基準、購買視点も変容する。

冨永:良いコミュニティ作りは、誰かがやってくれればよいと思っているのか、自分自身で作りたいと思っているのか、その辺りはどんな感じですか。

Dee:いま注目されている活動は「ハピネスキャビネット」というプロジェクトです。始まりはFacebook上で関心のある人が集まり、コミュニティ内に棚を置いて、食料など不要なものがあればそこに入れ、誰でも気軽にもらって持ち帰れるようにしています。このプロジェクトが好評で、政府から協力も得られ、現在ではタイ全国に広がっています。

他にも、新型コロナウイルスの影響でFacebookのマーケットプレイスで物が売れなくなった人が出てきたので、大学の敷地で開催するマルシェが生まれたのです。物を売る他、「自分で作ったパンをマルシェに持っていきます!」と掲示板にコメントした人もいます。物を買いたい人とサポートしたい人達が集まって助け合う感じです。

※マーケットプレイス(Marketplace)とは、Facebookのフリマサービスです。ユーザー間で中古または新品の物を売買することが可能な機能です。

冨永:物のやり取りから、さらにコミュニティの繋がりが広がったのですね。コミュニティでの会話が増え、友達も増えたとか、そういう広がりはあるのですか。

Dee:あります。このハピネスキャビネットは元々少人数の活動だったのですが、今は全国区になっています。大学のマルシェもそうですが、知らなかった人から物を買ってみて、そこから新しいつながりができた訳です。

冨永:新型コロナウイルスが収まってきて、このような活動は廃れてしまうのか、それとも発展して違う形になるのでしょうか。

伊藤:新型コロナウイルスの影響で、自分の国のために、困っている仲間のためにお金を使おうという意識は高まっていくと思います。それが相まって、精神的な面でブランド選択や購買視点は変わっていき、生活者に根付いていくと思います。

ポジティブな行動喚起しながら、安心をしっかりとサポートするタイ。

※店舗に入店する前にQRコードをかざし、混雑を可視化(https://www.youtube.com/watch?v=JeE-jenzS6s)

冨永:その他、タイ人の行動や意識で、日本に参考になるものは何かありますか?

伊藤:タイ人は様々な情報を信じるためパニックになりやすかったり、目に見えない物に対する恐怖が強いようです。外に出掛けたい、買い物したいけど新型コロナウイルスに罹ったらどうしようという不安が強いので、それを払拭する意味で店舗に入店する前にQRコードをピッとかざし、混雑を可視化して不安を和らげたり、ショッピングモールに入る時に、靴用の除菌装置が設置されており、その上を歩くと靴の裏がしっかり除菌されるそうです。効果の程は置いておいて、そういう物を設置していると見せることで、生活者は安心できたようです。

愚直に「ソーシャルディスタンスを守ろう」と呼びかけても、不安な気持ちは拭い切れません。とあるレストランではソーシャルディスタンスを守るために、基本的には相席できないので、一人席の向かい側席にぬいぐるみを置いて対応しているお店もあります。このような取り組みがSNSでシェアされ注目を集めると、自分もそのお店でぬいぐるみと食事をして、その様子を撮影したいという前向きな行動喚起に繋がります

このような外出したくなるソーシャルディスタンス、旅しに行きたいソーシャルディスタンスのようなポジティブな行動を喚起しつつ、安心をサポートし不安を取り除くという事は、日本でも学ぶことがあるのではないでしょうか。いまの(緊急事態宣言解除前の)日本は何事も自粛モードで、タイに見られるポジティブなマインドセットが足りないと思います。

ターゲットである若年層にとって一番大切な「家族」を政策のコミュニケーションに取り入れたタイ政府。生活者が気持ちよく楽しく受け取れる情報を作り出したことで、ポジティブなマインドセットでコロナ禍を乗り切っている。

林:日本では自粛期間は我慢しないといけない、耐えるしかないといった感じが強かったですが、タイではどのようにその心構えを生活者に持たせたのでしょうか。

伊藤:タイのみならず、アセアンの生活者の気質である「難しい局面もポジティブに乗り切ろう」というところがとても良いなと思います。

現状を深刻に伝えるとパニックになってしまうので、情報をかみ砕きやすいように伝えようとしたり、ミーム(※)を作ったり、気軽にSNSでシェアしたりすることで、人が気持ち良く楽しく受け取れる情報が作れるのです。そこでコミュニケーションが生まれてきます。

※ミームとは、インターネット上で拡散された笑いを誘う画像を指す用語。タイのインターネット上で話題を呼んだ新型コロナウイルス関連のミーム

Dee:ステイホームを呼び掛けた時に政府はPR的に発想したのです。どう伝えれば皆が協力したいかと考えたのですね。伝え方としては、「ステイホームはあなたのため」というよりは、「自分が愛している人、自分が大好きな家族のために」というメッセージが主体でした。発信する側が、若い人に協力してもらえるように、若者の「大切な人」を考えた時に「家族」にたどり着いたのだと思います

コミュニケーションの仕方も、「あなたの親が罹るかもしれない」というような訴え方でした。みんな親を大切にしているので「自分たちがしっかりしないとダメだね」と会話をし、自然な流れで皆が「そうだね」、「ステイホームしよう。ルールを守ろう」と言い合っていました。

3月22日にロックダウンだったのですが、その2週間後にはソンクラーン(Songkran)休暇※でした。ただ、今年のソンクラーンは新型コロナウイルスの影響で延期になり、4月の連休はなくなってしまいました。※ソンクラーン(Songkran)とは、タイの旧暦の正月

ソンクラーンの時期は通常であれば地元に帰省しますが、当時は情勢が一変して皆の考えも変わりました。「帰省を我慢する」ということではなく、「これを守れば、大好きな人(=地元の家族)を守れるのだ」という風にコミュニケーションされました。

林:日本は思いやりの精神を大事にしているので、伝え方を変えれば「我慢しないといけない」ではなく「周りのため、そうした方が良いではないか」のマインドセットにスムーズに移行しやすいかもしれません。

メディア環境研究所 まとめ

※メディア環境研究所「アセアン生活者調査(2020年3月実施)」

コロナ禍のさなかにみなぎった生活者欲求は、家族に加え、地域などのコミュニティとつながりたい気持ち。コミュニティのコミュニケーションや活動をサポートする、新しいサービス設計やテクノロジーの活用が求められてくるのではないでしょうか。

インタビューを通して、これまで「ウチ」(自分や家族)に目を向けてきたタイの生活者が、コロナ禍がきっかけに、「ソト・社会」(地域、コミュニティ)とのつながりも意識しはじめる傾向が見えました。

新型コロナウイルスの影響で、ステイホーム、外出や営業の自粛を強いられるさなか、家族の生活や地域社会を支えていたのは、デリバリーサービスのGrabや、元々タイに多くいるプロフェッショナルインフルエンサーによるインフォグラフィカルな関連情報編集、行動管理や体調管理アプリなどのテクノロジーでした。

Facebookグループからスタートした「ハピネスキャビネット」と大学の敷地で開催するマルシェは、コロナ禍のさなかにテクノロジーが用いられ、コミュニティと地域の輪を広げてくれた事例とも言えます。

アンケート結果をも見ても、性年代を問わず、「家族をはじめ、地域、コミュニティの絆とつながりを大切にしたい」、「テクノロジーが誰でも簡単に利用できるようになって欲しい」、「コミュニティにおけるコミュニケーションをもっと円滑/活発にする仕組みが欲しい」に関心を寄せたタイ人が多かったです。

Deeさんから若年層向けのPR施策等の事例を紹介して頂きましたが、アンケート結果と照らし合わせてみると、若者ほどテクノロジーを使いこなせていない高齢層でも、活発に参加するコミュニティの運営をテクノロジーの力を借りて改善したい欲求が高まっているとみられます。

第二波、第三波も想定される新型コロナウイルス感染拡大に直面し、日本の生活者も「ウチ」(自分や家族)だけでなく、「ソト・社会」(地域、コミュニティ)とのつながりをより意識し、そうしたつながりを支援してくれるテクノロジーを、世代を問わず取り入れるようになっていくのではないでしょうか。

欧米発のテクノロジーは、個人主義的なデータモデルでサービス設計されているため、こうしたツールの利用により、個人同士のつながりよりも彼我の差異が強調されてしまい、個人が他者と相互に関係しあうことで成立している 「縁起性」といった社会的な関係性に気づきにくくなるそうです。

このような、現在SNSなど世界中で利用されているテクノロジーの性質を理解し、対処していくことがこれから求められていくのではないでしょうか。コミュニティのつながりを大切にするタイの生活者の欲求を参考に、多様なリテラシーや態度を持つ生活者のコミュニティをサポートする、新しいサービスの設計とそのためのテクノロジー活用が、次世代のメディアやサービス開発を考える際の参考になりそうです。

*「わたし」のウェルビーイングから、「わたしたち」のウェルビーイングへ:ドミニク・チェン

プロフィール

伊藤 祐子
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) マネージングディレクター
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、トイレタリー、自動車、飲料、食品、教育など幅広いクライアントを担当。生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザインに加え、DMPを活用した業務も多数実施。また、「働く女性」を研究対象とした社内シンクタンク機関「キャリジョ研」を発足し、社内外に女性マーケティングに関するナレッジを提供している。
Prompohn Supataravanich (Dee)
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) シニアストラテジックプラニングスーパーバイザー
立命館アジアパシフィック大学卒。タイ語、日本語、英語のスキルを活かし、大学卒業後は日本での勤務や、日系企業のタイ拠点での勤務を経験。2014年に博報堂グループのPRODUCTS Bangkok に入社、2017年から現職。トイレタリー、自動車、化粧品などのブランドマーケティングやデータマーケティングに従事。 博報堂生活総研アセアンホームページ:http://hillasean.com/
冨永上級研究員
冨永 直基
メディア環境研究所 主席研究員
1984年博報堂入社。以来様々な業種の商品・サービスのマーケティングリサーチ/プラニングに従事しつつ、2003-2012年博報堂フォーサイト/イノベーションラボ(コンサルタント)、2004-2005年生活総研(研究員)業務にも取り組む。2013年からの博報堂中部支社MD局を経て現職。 著書は「亜州未来図2010~4つのシナリオ」(共著、阪急コミュニケーションズ、2003)「黒リッチってなんですか?」(共著、集英社、2007) 「未来洞察のための思考法」(共著、勁草書房、2016) 林 柚稘 メディア環境研究所 研究員 物流会社の営業企画職を経て2018年10月より現職。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。