メディア環境研究所新旧GMクロストーク 2021年メディアのこれからを読む5つの視点

2021年3月25日、オンラインイベント「メディア環境研究所の部屋」。2021年からの予測されるメディア環境変化の兆しについて、4月より異動する加藤薫主席研究員と、後任をつとめる山本泰士上席研究員の新旧グループマネージャー(以下GM)で語り合いました。今回は、その内容をまとめてお届けします。

加藤より「お世話になりました」

2021年4月より、博報堂DYグループのコーポレートベンチャーキャピタルを担当する博報堂DYホールディングスの戦略投資推進室に異動することとなりました。今後もメディア業界も含みつつ、より広い視点で産業全体のナレッジやインフォメーションをお届けできればと思います。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。みなさま、これまで誠にありがとうございました。

新GMの山本泰士より「よろしくお願いいたします!!」

後任は、山本泰士(やまもと・やすし)。よく「ヤス」と呼ばれている40歳。2歳児の父でサウナが趣味。博報堂で買物研究所所長をつとめていました。

「モノも情報も多すぎて欲しいモノも選べない時代に買物をどう作るのか?」という視点で研究を行っており、書籍も出版しています。モノと情報の選択行動という視点を深掘りするために2年前からメディア環境研究所も兼務しており、その縁で今回の着任となりました。何卒よろしくお願い申し上げます。

2021年メディアのこれからを読む5つの視点 

ではそんな新旧GMはこれからのメディア環境の変化をどう考えているのか?
「これからのメディアを読む視点」ということで、冒頭下記の5つを提示しました。

この背景にあるのは、2020年までに生まれた新たなキャッシュレス、オンラインミーティング、VR、スマートスピーカーなどといった新しいテクノロジーが、コロナ禍の影響もあり一気に生活に実装化されはじめたということです。2021年以降は生活に実装化されたテクノロジーをベースに、メディア・企業が何をするべきかが問われる新たなステージに入ったのではないか?と加藤、山本新旧GMは考えています。では一体、これからの企業に重要な視点とは何なのでしょうか?5つの視点を見ていきましょう。

購読ファースト:良質なオーディエンスとの関係に広告商品がついてくる

ひとつめは、【メディアの「購読ファースト」、その先に広告】という視点。デジタル化に成功し大きな収益を上げているニューヨークタイムス(以下NYT)。その会長を長年つとめ、デジタル化をリードしたアーサー・サルツバーガー氏が昨年引退しました。そのNYTが語っているのが「購読ファースト(subscription first)」というキーワード。パブリッシャーは良質なプロダクトを作ることを旨とし、そのために優秀なコンテンツクリエイターをどんどん採用する。そこで作られたコンテンツにあつまる人々をサブスクリプション、すなわち購読に結び付け経営基盤を安定させることを目指しています。

ただこれは決して「脱広告」ということ意味しているわけではありません。良質なオーディエンスとの関係ができた上で広告商品がついてくるという考え方。継続的に記事を読む読者がついてくるとその読者の嗜好性が分かってくる。その嗜好性に向けて関連性の深い広告を提示する。そうすることで読者体験を阻害しない高品質な広告を届けることができます。結果的に、それが広告の価値そのものを高めパブリッシャーの利益にも資することになるのです。

さらに、ここで興味深いのが、高品質な広告体験を届ける出口は「記事」だけではないということです。いま米国のパブリッシャー各社はポッドキャストやニュースレターなどテキストの記事以外にも様々な有料のサブスクリプションサービスをリリースしています。そのような様々なコンテンツの継続的なつながりの中で、読者の嗜好性を掴み、プレミアムな広告を届けていく。これからはそんな視点がますます重要になるのかもしれません。

パーパス:なんでこのメディアに接してるんだっけ?が重要に

メディアとの継続性がますます重要視される中で注目されるのがメディアの持つべき「パーパス」。2つめは、「メディアとブランドはパーパスで握手」という視点です。数年前から「なぜブランドはその社会に存在し、生活者にどう役立つのか」という「ブランドパーパス」が重要視されています。モノがあふれコモディティ化する中で生活者は「自分はなんでこれを買っているんだっけ?どうせ買うなら社会にも自分にも意味のあるモノ買いたいよね」という意識が高まっているのです。このような意識が今後メディアにも問われてくるのではないでしょうか?

例えば英国で生まれたポッドキャストメディア「クリーンビューティーインサイダー」。化粧品業界の望ましくない添加物の利用や動物実験に反対する2人の女性が業界の内幕について語るポッドキャストを始めたところ、600万人の聴取者を獲得。もはや「マス」といっても差支えのない規模になりました。「社会にも良いエシカルで罪悪感のない化粧品を届けたい」というパーパスが生活者に大きく支持されたのです。そしてついには、情報を届けるだけでなく「それなら自分たちでコスメを作ろう」と化粧品ブランドを立ち上げ、大いに売れました。

ミレニアル世代、Z世代というこれからの消費の中核世代にとって、このようなパーパスを重要視する意識はますます高まってきます。その時に漫然とメディアに接するだけでなく「なぜこのメディアに日々接するのか」という自分にとっての意味合いがますます問われてくるのではないでしょうか。

融合:「メディア」「ブランド」「コマース」はひとつながりに

いまお話ししたクリーンビューティーインサイダーはメディアがブランド化し、さらにコマースも自分たちで行った事例ですが、このようなことが今後ますます増えていくのではないか?というのが3つの視点【「メディア」「ブランド」「コマース」が融合する】という視点です。

ドイツには「チボー」というライフスタイル雑貨やアパレル、家具を販売する自社製造販売の流通があるのですが、ここはプロダクトを作り、売るだけでなく昨年ポッドキャストを立ち上げ、2020年のドイツコミュニケーション大賞を受賞しました。コロナ禍を楽しく過ごすためのヒントや、サステナブルな生活を送るためのヒントを提供し、おすすめのものは店舗でもECでも買える。まさにメディア・ブランド・コマース三位一体の体験を提供しています。

さらに今年3月に米国最大の流通ウォルマートはTikTok上で化粧品のライブコマース実験を行いました。もちろんウォルマートにもECはあります。けれど若いユーザーを獲得するためのいわば「売り場」としてTikTokで番組をつくり、TikTok上で直接買える体験を提供しているのです。

いま中国で勃興している多くのD2Cブランドなどはこの典型といってもいいかもしれません。中国のスーパーアプリWeChatを通じてブランドアカウントと直接つながり会話ができる。さらに日々のコンテンツ配信を受け、人気インフルエンサーのライブコマースも楽しめる。そして当然アプリ内で直接買える。これまでメディアに「広告」を出す目的は最終的な購買に結びつけるためだったわけですが、一つのアプリの中でブランドがコンテンツで読者を楽しませ、購入させるまでがすべて完結してしまっているわけです。今後、このような傾向はますます強まっていくのではないでしょうか。

クリエイターエコノミー:メディアの役割が問われる

いまライブコマースの話も出てきましたが続いては、ライバーやインフルエンサー、クリエイターが生活者と直接つながりお金を稼ぐ【クリエイターエコノミーで人に人がつく】という視点です。メディア環境研究所では昨年、中国のライブコマースユーザーにインタビューを行ったのですが、そこで分かったことは「ライブコマースの目的は必ずしも買物ではない」ということでした。「普段からライバーのおしゃべりが楽しくて視聴していて、たまに買わないと楽しみにしている配信が見られなくなるから買う」というユーザーがほとんど。モノを買いたいから買うのではなく「これからも見たいから買う」。いわば視聴者がライバー=クリエイターを直接スポンサードするそんな「直接金融」的関係がそこに生まれていたのです。中国では人気インフルエンサーがライブ動画上で対決し同じ時間内にどれだけ投げ銭を集められるかのバトル企画もありますし、まさにこの直接金融が盛んなのです。

そして昨年末以降、米国でも「クリエイターエコノミー」と言われる、インフルエンサーやアーティスト、ジャーナリストの発信に対する課金システムが整い、そこの人が集まり、個人が直接お金を稼ぐ経済圏が成立しようとしています。価値あるコンテンツを発信する「人」にファンである「人」が集まり、有料課金で継続的につながっていく。このような関係性は今後世界的に広がっていく可能性があります。

この時代に問われるのが、これまでクリエイターや人気者を発掘し、世に広めてきたメディアの役割です。個人がメディア化し直接生活者と繋がれる時代に、従来のメディアは一体何ができるのか?例えば個人で狭く深いスーパーファンを持っているクリエイターを次のステージへと育成したり、全国規模に拡散するための役割が重要視されると考えられます。インフルエンサーの出現で単にマスの番組、コンテンツの作り方が変わるというだけでなく、そもそものメディアの役割とは何か?が問われている状況にあると言えるでしょう。

スローなデジタルテクノロジー:これまでの対立軸が溶ける

そして最後が「スローなデジタルテクノロジーに注目」という視点です。ここに注目したきっかけが最近、山本がOB訪問で出会った大学生の「短尺動画も好きだけど、夜に3時間以上もある著名な女性インフルエンサーのライブ配信を見ている」と言う発言でした。その配信では、著名インフルエンサーが夜「いただきます!」と言ってご飯を食べ始め、ダ話をし、途中でゲームをしたり、視聴者からのコメントに答えながらゆっくりと時間を過ごしていく。その大学生は、インフルエンサーと一緒に画面の前で夕食を食べ、その後入浴しながらもゆったり動画を視聴、ベッドに入っても見続け最終的に寝落ちしてしまうそうです。

これまでデジタルというと、まとめ記事、短尺動画、140文字投稿…と効率的でクイックな存在と思われがちでした。しかし、コロナ禍で生活全体がデジタル化する中で、これまでリアルに存在していた「スロー」な身体・時間感覚がデジタルの領域と融合している兆しを感じたのです。思えば、最近話題になった音声SNS「clubhouse」も録音もまとめもなくゆったりと音声を聞き続けるスローなメディアですし、昔の使い捨てカメラのUXを模して翌朝にならないと撮った写真を見られない、しかも加工もできない写真SNS「DISPO」も「加工もできず、待つ」という非常にスローな体験を大切にしています。

コロナ禍の生活の中で、かつてないスピードでデジタルサービスが暮らしに馴染んだあと、この「スロー」という概念は非常に重要になってくるのではないでしょうか?

そして、このような対立軸の溶解は他の様々な軸にも起きてきそうだと考えています。2020年12月のメディア環境研究所の発表では「ラジオがものすごくライブ感があっていいですよね」と言っている男子高校生のことを紹介しました。いつでもどこで見れる、聴けるといったオンデマンドが価値であった10年が過ぎ、それはもはや当たり前になりつつある。そこで一周まわって「ライブ」であることを非常に新鮮に感じている人たちがでてきています。

また、パーソナライズされているものがいいのか、人気のものが見たいのか?という対立軸で言うと、どちらもただのアルゴリズムで一番重要なのは「今の自分にとってなにが心地よいのか」ということだったりする。そう考えると「バーティカルメディアか、はたまた総合メディアか」という対立軸も実は重要ではなく、個別の情報のカテゴリというよりも、先ほどでてきた「パーパス」のように「自分にとって大切な情報が届けられること」が重視点になるとも言えるでしょう。

このようにデジタルと人間の生活全体が融合していくと、人間のスローな感覚である「心地よさ」「共感性」「価値観」などがますます大切にされていく時代になっていくのかもしれません。

2021年度のメディア環境研究所

加藤・山本の対話を通して、新しい視点をお届けしたこの日のメディア環境研究所の部屋。最後に「この5つのうちどの視点をよりメディア環境研究所に深掘りしてほしいですか?」と投票を呼び掛けたところ、5つの視点がほぼ横並びという結果に。実はどの視点にもその背景に通底したものがあるからこそ、みなさん全ての視点が気になっていたのかもしれません。この通底するものはいったい何なのか?アフターコロナを見据えたメディア環境にどう影響するのか?メディア環境研究所は今年も考え、情報発信し皆様のお役に立ち続けたいと思います。本年度も何卒よろしくお願い申し上げます。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。