メディアのSDGsって? 事例と調査から考える、次の一手とは @メ環研の部屋

世界全体での取り組みが求められるSDGs。メディア環境研究所が日本の生活者を対象に行った調査でも「SDGsという言葉を知っている人」は83.6%、「17目標のいずれかへの関心がある人」は74.3%と認知・関心が高まっています。しかし一方で、実際に行動をしているのは23〜34%。日本におけるSDGsは多くの生活者にとって「知っているけれど、具体的な行動に移せていない」という状態なのです。

このSDGsを行動に移すというフェーズにおいて、メディアにはどんな役割が求められるのでしょうか? 今回のメ環研の部屋では「メディアのSDGs〜マスメディアに期待される、次の一手とは〜」と題し、情報発信と企業としての取り組みの2つの視点から議論しました。モデレーターは瀧川千智上席研究員です。

SDGsへの関心は高いが、行動は不十分な日本

日本ではSDGsのうち環境のテーマが注目されがちですが、SDGsは誰一人取り残さない社会を目指し、2030年を達成期限に国際的に取り組まれている17の目標のことです。

今回、「SDGsは環境対策のスローガンではなく、『あたりまえ』を変える社会OSのアップデート」であることを共通認識として議論を進めました。

今回の調査ではSDGsに対し高い意識をもって行動し、かつ、情報を拡散する志向を有する層を「エバンジェリスト層」、SDGsに対しまだ十分に行動できていない層を「中間ボリューム層」、SDGsを知らない、または無関心な人を「無関心層」に分けて分析しました。

調査では、中間層はSDGsに興味があるにもかかわらず、行動が伴っていないことが数字でも現れました。例えば、「環境にかかわる問題」について中間層の興味・関心は76%でしたが、行動しているのは3割程度と半数以下になりました。他の項目も同様です。

さらに、中間層を取り巻く状況を掘り下げると「周囲に先行者がいない」「周囲から誘われたことがない」人が約8割を占めていることがわかりました。

一方で、誘われれば一緒に行動したいと思っている人が5割以上いることも判明。つまり中間層は「機会があれば行動したい」と考えていると言えます。

エバンジェリスト層の場合、誰かと共有・伝達・拡散する機会を求めている人が多いことが数字に現れました。

このような結果から、日本のSDGsを進めるには「誘われたい中間層」と「誘いたいエバンジェリスト層」の出会いが鍵だと言えます。その課題解決にメディアはどんな貢献できるのでしょうか?

SDGsの次のフェーズは「マッチング」

解決策を探るべく、エバンジェリスト・中間層にメディア利用について尋ねました。すると両者ともに7割弱の人が社会課題の情報源に「テレビのニュース」を挙げたのです。

またエバンジェリスト層が「SDGs行動を開始したきっかけ・要因」の最多はマスメディアであることも判明。さらにエバンジェリスト・中間層ともにマスメディアをSDGsの推進に最も期待を寄せるメディアNo.1に挙げています。

行動に違いはあるものの、ともにSDGsに関心がありメディアに期待を寄せるエバンジェリストと中間層。ここでメディアが果たすべき役割は「誘いたいエバンジェリスト」と「誘われ待ちの中間層」のマッチング機能を果たす情報発信だと言えるのではないでしょうか。


マッチングのための4つのポイント

情報発信によるマッチング機能を検討するために、瀧川は4つのポイントを示しました。

●ポイント1:マスメディアと口コミやSNSの動線を作る

エバンジェリスト層がSDGsの情報発信・交換するメディアは、口コミやSNSが多いため、マスメディアはSNSなどとの連携方法を考慮することが重要です。


●ポイント2:自分が行動する意義を見いだせる情報を

中間層が行動に移すために知りたい情報は「自分ごと化できるSDGs」。ありきたりな情報では行動につながらないのです。

●ポイント3:中間層への「具体的な情報提供の継続」

中間層は「もっといろいろな事例を知りたい」「地元の情報を知りたい」「海外の情報を知りたい」とSDGsに関する具体的で正確な情報を求めています。

●ポイント4:エバンジェリストへの「より広いテーマの情報発信」

エバンジェリスト層は環境問題のほか、貧困、女性の健康の問題などにも強い興味を持っています。さまざまなテーマを知ってもらうことで、中間層を誘う機会が増えるでしょう。

4つのポイントを抑えたコンテンツ作りの先行事例

・事例1:TikTokで「1か月プラ無し生活」

社会問題の解決策を実践するTomoshi Bitoの代表で、自らもTikTokerとして活動する廣瀬智之氏は、若年層ユーザーの多いTikTokの文脈に合わせて「1か月プラ無し生活」としてエンタメ要素をいれた動画を発信。教科書的な内容では届きづらいトピックに、エンタメ性を持たせたことで人々を巻き込んだという事例です。

・事例2:具体的で気軽な実践方法を見せる

憧れの人が、具体的な実践の仕方を、身軽なもの、気軽なものとして見せることが重要です。そもそもインフルエンサーや芸能人自身が変わっているということを見せていかないと、周りの人々も変わらないし社会全体が追随しません。

Z世代インフルエンサー・モデルのMiyu氏は「知らせるだけでなく、実践までの動線を引かないといけない。私はこういうお店でこういうのを買いますとか、実際にこういうことをしますということを紹介して、自分でもできそうということを見せることが大切です」と語っています。

・事例3:大手メディアが確かな情報を発信

New York Timesは学校教育機関と連携して、学生や教員にコンテンツを無料提供しています。フェイクニュースがあふれるなか、大手メディアが確かな情報を発信することでエバンジェリストは安心して広めることができます。その先で中間層も巻き込んでいこうという取り組みです。

・事例4:マイノリティのコミュニティをお祭り化

マイノリティのコミュニティを社会で見える化し、お祭り化する取り組みも。世界中のプライド団体が企画・運営するGlobal PrideとTimeOutは共同でLGBTQ+のバーチャルイベントを開催。

お祭り風なので今まで一歩踏み出せなかった当事者を含め、幅広い層が理解を深め参加したくなるという雰囲気を生みました。

・事例5:テレビ局が障がい者と雇用者をマッチング

テレビ番組からアプローチしたのは米国の放送局A+E Networksです。同局は知的障がい者を描いたテレビシリーズを制作。エミー賞を受賞しました。さらに連動して知的障がい者の雇用機会をつくる事業も展開。当事者である知的障がい者と家族、高い関心を持つエバンジェリスト層、今まであまり考えていなかった中間層、そして雇用主のマッチングにメディア企業が乗り出したのです。

これらの事例を踏まえて、きっかけを5つにまとめました。

信頼の情報源になるために メディアの企業活動のヒント

適切な情報発信のためには、メディア自身のSDGsへの正しい理解が必要です。しかし、メディア環境研究所の調査では「マスメディアは、他業界に比べてSDGsの取り組みが遅れている」というイメージを持たれていることがわかりました。

このような厳しい目が向けられるのは、メディア企業へ期待度の高さの裏返しです。特にエバンジェリストはマスメディアに対し高い期待を抱いていることがわかりました。

生活者の期待に応え、より信頼されるために日本のメディア企業はSDGsにどう取り組み、どう示していけばよいのでしょうか? 海外のメディア企業は、以下のような取り組みが行っています。

Netflixでは、コンテンツ制作の前にインクルージョン指標を設定。外部機関により達成度を調査し、レポートを公開しています。また、女性クリエイターの雇用、リーダー職の男女比率、キャストの男女や人種の比率にも目を配り、制作現場にダイバーシティを反映させています。

「外部機関によるレポートを出すことで、視聴者は『この企業は信頼できる』と思えます」(瀧川)

コンテンツ制作関係者を学習プログラムでサポートすることも、SDGsへの取り組みの一つです。例えばファッション雑誌『VOGUE』を制作している出版社Conde Nastはサステナブル・ファッション用語集を大学と共同でつくり、業界人や教育者にも提供しています。さらに、リーダーシップをもつ可能性のある女性に対して、メンタルプログラムも。

そのほか、社内の仲間づくりのサポートを取り組むケースも。Metaではマイノリティをはじめ共通のアイデンティティや興味関心を有する人たち同士のコミュニケーションの場を会社が提供しています。

コミュニケーションの場の重要性を「多様性あるコンテンツ作りに重要なのは、現場にもマイノリティの人達が、意見を言いやすい場があることなのです」と瀧川は話します。

SDGsの一環として「若者の育成」という取り組みも。NBCUでは人種や経済的背景により成長機会があまりない、正当な評価を得にくい学生への教育活動や、奨学金制度を設立。教育活動の中で学生を社員として採用することもあるそうです。

マスメディアに期待される、次の一手

最後に日本のSDGsイノベーター達はメディアをどう捉え、何を期待しているのか。具体的な指摘も含めて聞いてみました。

1.SDGsにおいて「賛否両論」や「フラットな姿勢」は必要ない
Miyu氏は、SDGsの課題は喫緊の問題として伝えるものであり、メディアによる賛否両論の紹介やフラットな姿勢は不要だと話します。

「興味のない人まで巻き込めるのはマスメディア、社会を変えられるのはマスメディア」とMiyu氏。「制作側もSDGsを学ぶ時間を増やし、制作現場の意志決定者に若手やSDGsがわかっている人の意見を反映させる仕組みが必要です」と訴えます。

2.制作現場も注目されている

マスメディアやドラマ等のコンテンツを取材しているライターの西森路代氏は、現在、制作現場の多様性理解度がそのまま作品に反映され、その作品が人気になっていくという現象が起きていることを指摘します。

反対に、多様性に理解がない現場の作品は見るだけで「ああ、わかっていない」と伝わるので支持されません。制作現場の空気を隠せない時代だと言えるでしょう。

また西森氏は、社会問題を知る場として堅実に制作されたドキュメンタリー作品に注目。社会への問題提起からドラマのようなフィクションが生まれることに期待しています。

3.知見や人材が足りないなら、外部を活用してほしい

IDEAS FOR GOODのKimika編集長やTomoshi Bito代表の廣瀬氏は「解決すべき社会問題よりも、目の前のPV数・視聴率を優先し、短期的な視点での伝達の繰り返しになっていないか。SDGsのためにメディア企業は社内の人事評価から変えることも必要では」とメディアの姿勢を問います。

その姿勢からの脱却方法として廣瀬氏は「SDGsコンテンツの作り手の名前を出す」ことを提案しています。また社内にSDGsの知見や人材が足りないなら、外部人材を活用してほしいとも。

まとめ

今回のメ環研の部屋では、SDGsの更なる推進において、マスメディアに求められる役割「メディアコンテンツ」と「メディア企業の活動」の2つの視点から議論しました。

まずメディアコンテンツに求められるニーズは、エバンジェリストには拡散しやすい武器を、中間層には行動しやすいきっかけを伝えていくことです。そして信頼あるコンテンツ作りのために、まずマスメディアが企業活動としてSDGsに取り組み、その取り組みをオープンにしていく、つまり社内の意識改革が必要だと言えるでしょう。

メディア環境研究所の山本GMは「SDGsでは何をやるともっとよくなるのかを伝えること、どう行動すれば良いかを知る機会が大切です」と議論を締めくくりました。

調査設計

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

瀧川千智
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員(複属研究員)
2005年博報堂入社。マーケティングプランナーとしてトイレタリー、化粧品などを担当。2012年より働く女性マーケティング組織「キャリジョ研」を共同創設。2013年より博報堂DYメディアパートナーズ雑誌局でメディアプランニングやプロデュースを担当し、2020年には編集部活用ソリューション「博報堂DYメディアパートナーズMATCH」を創設し、メディア・女性の立場からインサイト開発やプランニングを行う。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。