「やりたいことがない」は「気づけていない」だけ 12歳で起業した加藤路瑛氏が語る「やりたいことで生きる」未来のヒント

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭におき、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

社会のオンライン化に伴い、学び方と働き方に変化が訪れました。これらの変化は不可逆的で、今後ますます加速していくと考えられます。2018年に12歳で起業した加藤路瑛さん。現在は、通信制高校で学びながら事業を展開しています。加藤さんに未来の教育、働き方、それらがもたらす新しい幸せの価値について話を伺いました。

加藤路瑛(Jiei Kato)
株式会社クリスタルロード 代表取締役
2018年、12歳で株式会社クリスタルロードを創業。創業当時は代表権を取れない年齢であったため、親が代表取締役、子どもが取締役社長になる「親子起業®︎」スタイルで事業をスタート。子どもの起業や親子起業の面白さを伝えている。2021年、15歳になったタイミングで代表取締役に就任。また、2020年に感覚過敏がある人が暮らしやすい社会を作ることを目指した事業「感覚過敏研究所」を立ち上げ、感覚過敏の啓発、サービスの開発と販売、研究を行っている。2021年4月に角川ドワンゴ学園S高等学校に入学。

10代で起業、オンラインで学びながら、やりたいことに時間を使う

――12歳での起業後から今まで、加藤さんが取り組んできた事業とその展望について教えてください。

2018年12月13日に株式会社クリスタルロードを立ち上げ、現在は代表取締役社長を務めています。

メイン事業は「感覚過敏研究所」です。感覚過敏とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの諸感覚が過敏になっていて、日常生活に困難さを抱えている状態のことを言います。現在はその困難さを解決するため、感覚過敏の啓発活動、感覚過敏に関する商品・サービスの企画・制作・販売、感覚過敏の研究という3つの軸で動いています。

これまでに啓発活動として、キャラクターを作って感覚過敏を可視化したほか、感覚過敏でマスクが着けられない人のために、肌に一切触れない「せんすマスク」を考案して販売しました。あとは、触覚過敏で服の縫い目やタグが痛いという人のための服を開発しています。

研究分野では、感覚過敏の把握ツールのほか、感覚の錯覚についての研究も行っています。具体的には、味覚過敏があり、食べられるものが限られていて体に必要な栄養を摂取できていない人が、実際の味を食べられる味のように錯覚させる研究です。

この実験はVR上で行いました。ただの炭酸水にコーラの香料などをつけて、VR上でコーラとすることで、コーラの味だと錯覚できないか、と。結果としてはまだうまくいっていませんね。今はいろいろなアプローチを模索している状態です。

会社以外ではロボットコミュニケーターの吉藤オリィさんの研究所でインターンをしています。他にもキャリア教育事業や親子起業支援など、やりたいことはたくさんあります。

――10代で起業することは大変だと思いますが、起業というチャレンジと教育の機会とのバランスはどのように考えていますか?

最低限の義務教育は必要だとは思います。僕自身、中学生のときは「なんで勉強しないといけないんだよ」と思っていましたが、今は「あのとき勉強すれば良かったな」と思うことがあります。

ただ、必ずしも通学する必要はないと思っています。例えば、今、僕は通信制高校に通い、アプリを使って動画を見て勉強しています。問題なく学べているので、オンラインやバーチャルの世界での勉強もいいのではないかと思います。

また通学のために時間を費やす必要がなくなったので、その分、自分のやりたいことに時間を使えています。

――通学時間を短縮する以外のオンライン教育の価値は何でしょうか?

対面の授業より内容が聞きやすい点です。対面授業は、授業が終わったらノートで見ないと復習できません。でもオンライン動画の授業なら、何回でも見直せます。わからなかったところはもう1回見ればいいし、何回でもテストは受けられる。結果的に、勉強自体はしやすい環境になったと思います。

また僕が通っているS高では、普通科目以外にもVRやゲーム開発用プログラミング言語、画像や動画などの編集・デザインツール、バリスタや声優の仕事を学ぶ機会があります。オンラインだからこそ、いろいろな人から学ぶことができる。

そうなると、学校の先生は「勉強を教える人」ではなく、「生徒の学びをサポートするメンター」になっていくのではないかと思います。

――オンライン化が進むと人とのコミュニケーション、人との出会いや新しい考えを知るなどの機会が減るという指摘もありますが、その点はどう感じますか?

オンラインのコミュニティをうまく使えているか、使えていないか次第ではないでしょうか。

今は、オンライン上で出会った人とリアルの世界で直接会うことも可能です。わざわざオンラインとオフラインの境目を作らなくていいと思います。

教育は「教えてもらう」から「自分主体で学びに行く」へ

――現在、日本では6歳になると一律で義務教育がスタートしますが、制度自体に対して思うところはありますか?

一通り、共通で学ぶ場は重要だと思います。小学生の頃あたりから、本人がいろいろなものを知っていれば、中学生くらいの、主体性が見えてくる頃には自分でやりたいことを見つけることができるのではないかと思います。

これまで教育は「誰かが物事を教える」という概念だと思いますが、これからは自分で知る、学ぶという時代になると思っています。

――物心ついたときから情報機器に囲まれた世代の「ネットで調べる力やリテラシー」は、やはり皆高いと感じますか?

そうですね。小さいときから調べ方の基礎は知っていると思います。ただ、活用できているかどうかに個人差があるのではないでしょうか。

つまり、わからないことをまずは調べてみるという発想になるか、ならないかということです。世代に関係ないことですが、スキルの有無より「調べたらわかる」ということを思いつかないことの方が問題ですね。

例えば、僕は画像や動画などの編集・デザインツールの勉強はあまりしていなくて使えません。でも、そうしたツールを使うのが前提の社会になったら、使える人と使えない僕に差があることになります。

ただ、その差はいろいろな方向に広がっていくと思います。ツールが増えることによって、そうした編集・デザインツールが使えなくても、他のものが使えるなど、それぞれの得意分野、個性が見えてくるのではないでしょうか。

未来は「やりたいことを諦めない人」が増えていく

――各自の得意分野がはっきりすると、それを生かして「やりたいことを諦めない人」が増えてくるのでしょうか?

環境に左右されると思います。今はやりたいと思ったときにネットで調べれば、すぐに方法が出てきますよね。でも現実には、調べるという発想がなく、その入口に気づけていない人が多いのではないかと思います。

今は気づけば、何でもできる社会です。僕は小さい頃から「働きたい」と思っていましたが、起業の存在を知るまで、僕の中には起業という選択肢はなかったのです。でも、知ったから起業しました。「やりたいことがない」ということは、「やりたいことに気づけていないだけ」だと思っています。

――「やりたいことをして生きる」世界では、人生の成功や目標の形が変わってくると思います。どう見つけていくことになるのでしょうか?

いろいろな情報が見えることによって、ちょっとしたきっかけで、自分のやりたいことを見つけやすい社会になるとも言えます。それぞれが自分の目標をたくさん持つことができるようになるのではないでしょうか。

――逆に、目標がありすぎて迷子になってしまうという可能性は?

やれることが多すぎるので、迷子になる人がどんどん増えると思います。今後、いろいろなオタクが増えていくと考えています。例えば、機械が好きな人は、機械を1つの柱としてさまざまな目標を持っていく。

その人の中に1つの柱さえできれば、迷子になったとしても、もう1回その柱からスタートすればやり直せる。僕もときどき迷子になることがありますが、進めば何とかなる気はするのです。

まずはやってみて、うまくいかなかったら方法や時期を変えてみる。そうすることで新しい学びが広がるのです。挑戦はずっとできます。ビジョンを難しく考えず、まずは自分のビジョンを持つことが大切ではないでしょうか。それに、掲げるビジョンはその時々で変わってもいいものです。

――起業の際、お金、技術、時間以外で難しかったところを教えてください。

「本当に自分のやりたいことをやる」という気持ちが根底にあったので、立ち上げ自体は難しくありませんでした。ただ、当時は周りに僕と同じ年齢ぐらいで起業している人がいなかったので、社会の逆風があったような気がします。

しかし、事業を進めていく中で、「この人はやっていく人だ」と思われたら、その逆風はなくなっていきます。むしろこれからは、若者の起業について批判や逆風がなくなって、ロールモデルがたくさんいる社会になっていく。だから、今後どんどん起業や挑戦するハードルは下がっていくのではないかと思っています。

――10代の起業も増えていきそうですね。

増えてくると思います。僕が起業した頃は、親子起業などの支援事業をしたくても「そんな子ども、いないよ」と言われる時代でした。しかし今、周りを見てみれば、編集・デザインツールを使ってめちゃくちゃ動画編集している人もいれば、noteで自分のことを書いている人もいる。ここ1~2年で起業をした人が増え、すごく変わったと感じています。

個人のビジョンや気持ちが重要視される時代へ

――起業のように能動的に「自分のやりたいこと」に挑戦する人はいいのですが、受け身でいたい人はどうすればいいのでしょうか? 未来に受け身の人が幸せになる仕組みはあるでしょうか?

挑戦したくない人は、別にしなくていいと思っています。僕自身は、挑戦したいからしているだけです。

やりたいことは身近なものから見つけてもいいですし、逆に、何かやって嫌な思いをするくらいなら、やらなくていいんです。本当に皆が多様な生き方をすればいいと思っていて、各自が満足しているなら、起業でもサラリーマンでもどんな生き方でもいいと思っています。

――会社員が多かった時代と比べて、当然、お金の稼ぎ方も変わってくると思いますが、社会にとって良いことで稼ぐことに価値があるようになるのでしょうか?

会社での仕事を含め、全ての人がすでに社会に貢献していると思います。ただ、自分の選択肢自体が増えていくので、選べる会社もその他の方法も増えていくのかなとは思います。人のビジョンや気持ちが重視される社会になっていくと思いますね。

――AIの発展に伴い、働き方が変わるとか、働かなくても楽しく生きられるという話もありますが、どう思いますか?

単純作業は全部AIに置き換わるとは思いますが、人はもっと違うことで働くのではないかと思っています。気持ちの部分で動くものは人でということです。だから、そこまで働かない人はいないのではないかと思います。

専門的な分野をひたすら攻めている人も多くなっているので、オタクの分野で働くことも増えていくのではないかと思います。好きなことに特化する人が増えるのではないでしょうか。

――2040年の世界において、メディアやコンテンツはどう変化していると思われますか?

テレビはもっとコンパクトになっていると思います。例えば、今のApple Watchぐらいの大きさになって、コンテンツがバーチャル上に出てくる状態になっているとか。VRゴーグルもメガネのようなサイズですぐにバーチャル世界に入れる社会になっていて、そこでニュースを見たりできるのではないかと思います。

今、VR上での感覚の感知や錯覚についても研究している人が多いので、リアルと同じようにVR上でファッションや香りを楽しんだりできるようになっているかもしれません。五感の感知の研究はどんどん進んでいます。2040年は、VR上で五感を体験できるようになっていると思います。視覚、聴覚、触覚が先行し、あとから味覚や嗅覚の技術がVR上でも実現されていくと思います。

なので、未来の人はリアルからバーチャルにも進んでいく。人間がリアルとは別にあともう1つぐらい世界を持つのではないかなと思います。


2022年1月6日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:沢井メグ+有限会社ノオト

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