アイデンティティを守り、時間の豊かさをシェアする働き方へ 日本女子大学名誉教授・大沢真知子氏が語る2040年の働き方とジェンダー格差

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭におき、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

今後、女性の働き方はどのように変わっていくのでしょうか。日本女子大学で労働経済学を教える大沢真知子さんに、2040年の労働のあり方やワークライフバランス、性別役割分業意識などについて伺いました。

大沢 真知子(Machiko Osawa)
日本女子大学名誉教授
南イリノイ大学経済学部博士課程修了。Ph. D(経済学)。シカゴ大学ヒューレットフェロー。ミシガン大学ディアボーン校助教授、亜細亜大学助教授・教授を経て、1996年から2021年3月末まで日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授を務める。また長年、内閣府「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」にて、ワークライフバランスの実現に取り組む。著作に『経済変化と女子労働』(日本経済評論社)、『新しい家族のための経済学』(中央公論新社)、『働き方の未来』(日本労働研究機構)、『ワークライフバランス社会へ』(岩波書店)、『ワークライフシナジー』(岩波書店)、『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社)など。専門は労働経済学。

お金ではなく、時間で豊かさをシェアする

――女性の労働を取り巻く環境は大きく変化していますよね。この分野をご専門にされる大沢さんは、今どういったテーマに注目しているのでしょうか?

最近は、夫婦が2人で子どもを育てていることが多いなと感じており、なぜそういうことが起こっているかについて考えています。コロナ禍で時期を1年半延ばして、赤ちゃんも生まれたという結婚式に出席したのですが、式中に子どもの世話をしているのは新郎であるパパだったのです。新郎が着替えている間は、独身男性3人が赤ちゃんの世話をしていました。会社も男性社員に育児休業の取得を奨励していますし、本人たちにも「今までとは違う家族を作りたい」という強い意欲があって。性別役割分業を超えたいという意識があるのではないかなと感じました。

以前は、仕事をしてお金を稼ぐことにすごく重要な意味がありました。だから、本来は生活のために仕事をしているはずだったのに、一旦会社に入ってしまうと、男性は出世やたくさんお金を稼ぐことに必死になるのが当たり前で、女性は子育てや趣味に時間を使う。今までそういった性別役割分業に反対の声を上げていたのは女性だったのですが、今では男性側が「自分は本当にそういう生き方をしたいのだろうか」と考えるようになっています。特にコロナ禍で在宅勤務が導入されたことで、家族が大切だと気づいた20〜30代は多いのです。

おそらく2040年には多様化が鍵になります。先日、学生から「晩婚化」について質問されました。データを見ると、早く結婚する人もいれば、もちろん遅く結婚する人もいるから、平均値で見ると晩婚化しているように見えるだけです。つまり、結婚適齢期がなくなっていると考えるべきです。二度結婚する人もいるし、三度結婚する人もいる。

しかし、そのような多様性に日本のシステムは適応できていません。そういう領域にどうアプローチできるのかが問題です。一部の人は多様性に適応でき、グローバル化や新しいテクノロジーを通じてうまく生活をしていく。でも、そういう人の多くはやはり親が豊かなのです。貧困世帯の子どもは、まずコンピューターが身近にない。それから、家族との関係がうまくいっていなくて、性被害やDVに遭いやすかったりする環境にいる場合もあります。

特に、女性の貧困問題は深刻になっていくと思います。それを回避するには、社会保険制度や税制度についても、現行の世帯を単位をするものから個人を単位とした多様性が活かせる制度に変える必要があります。しかし、日本には女性の研究者も政治家も少ないので、女性の貧困は社会問題化しづらい。そうやって女性が多い非正規労働者の賃金が低いままに放置されていけば、女性が活躍するために社会の制度を変えるのも難しくなっていきます。

――制度を変えるのが難しくなるとは、具体的にどのような部分でしょうか?

日本は国際的にみて、管理職の女性比率が低く、女性が活躍できない国と言われています。日本の多くの女性たちは、管理職になりたいとは思わないのですね。

他の国の女性たちは少しずつですが管理職になっています。その背景には、「女性の声が社会や経営に反映されないのはよくない」ことで、「自分たちの声が社会に届かないと、いつまでも二流市民のままでいることになる」という共通認識があります。

でも、日本にはそういう意識はあまりありません。日本の女性たちは、偉くなって自分たちの声を社会や経営に反映させたいと思っていません。結婚して子供を育てながら管理職として働くことが難しいからです。また、それを前提に人事制度が作られています。その結果、変化を起こしづらく、みんな黙っているので何も起きない。そうすると、旧来の考えをもつ政治家たちが今まで同様の政策を続けてしまい、女性が活躍する社会が実現できないのです。それが問題です。

女性たちも声をあげて発言していくことが必要です。そうしないと、会社内でもいつまでも男性が上にいて、女性は「ワークライフバランスが取れない」と言って上に行きたがらない状態が続きます。そうすると、男性は長時間労働になるし、生産性も上がらずイノベーションが起きない。そこを変えていく起爆剤が、アファーマティブアクションやポジティブアクションです。女性を上にあげていく動きを加速させることで「自分の意見を言っていこう」という女性の動きを作ることです。

――ワークライフバランスの取り方は難しい部分もあります。どのように取り入れていけば、日本にも定着するのでしょうか?

私の理想論ですが、ワークライフバランスが取れるのは非正規雇用、長時間労働は正規雇用、という考えを崩すことが必要だと思っています。

ドイツは2010年代に、リーマンショックをうまく乗り切った国として評価されています。ドイツは雇用保障と同時に、働き方のフレキシビリティを導入しています。最近ドイツに行った人から聞いたのですが、「あなたは何割(働いている)管理職なの?」「8割よ」という会話が管理職の間でされているそうです。つまり、2割は給与をカットされるが、その代わり仕事も2割減らすという形です。景気が悪くなっても雇用そのものは減らない。1人がそのポジションで管理職をやるよりも、2人が1つのポジションをシェアすることによって、それぞれが持っている特性による相乗効果が生まれ、むしろいい結果になっていると聞きます。

また、ドイツは職業教育訓練を重視している国で、仕事に必要なスキルをアップデートしながら、雇用保障を自ら得ていく国です。第四次産業革命(デジタル化)で柔軟な働き方を導入しましたが、その際に介護や育児だけでなく、若者が持つスキルのアップデートのために労働時間を短くする権利を付与しています。よほどのことがない限り、経営者はその希望に対応しないといけません。

時間の価値が非常に高くなってきた先進国で、どうやって社員に報いるか。お金だけではなく、時間で豊かさを付与するという発想の転換が必要な時期に来ています。正社員の場合は、給与ではなく自由に使える時間を増やすことで従業員の満足度を上げて、定着率を上げることも可能でしょう。

自分のアイデンティティを守れる仕事をする

――日本ではジョブディスクリプションについて決めている企業は少ないです。従業員の評価も含め、曖昧な部分を何とかする方法はあるのでしょうか?

日本人には、長時間労働がいい、頑張ることがいいというイデオロギーがあります。でも、無駄が増える場合もありますよね。

一方で、「ワークスマート」と呼ばれる、頭で考えて優先順位を付け、どうでもいい仕事は切り捨てていこうという考え方があります。Googleの社員に話を聞いたときに、「依頼されたすべての仕事を引き受けるのではなく、自分たちのアイデンティティを守るために、仕事を選ぶようにしている」と言っていました。自分たちの強みを活かせるのは何か、いかにそれ以外の仕事を切り捨てられるか。20年後は、個人もそういった発想で仕事をすることが大事になります。

現時点で企業の上層部にいる人たちはどうしても性別役割分業を意識しているケースが多いのですが、今の20代からはその考えが少し変わってきています。少子化や学校教育の変化を背景に、「なぜ女性だからといって差別されるのかがわからない」と、ごく普通に平等に扱われて当然だと考えている若い世代が出てきています。

――20年後には、そういった多様性やインクルージョンが日本でも当たり前になっているのでしょうか?

現時点では、日本では、他の国ほどには多様性やそれを包摂するインクルージョンが重要視されていないと思います。ただ、20年後には今と全く同じ状況ではなく、重要度は上がっているでしょう。今は組織がすごく強くて、その組織の枠組みの中で個人が守られている感じですよね。しかし、組織に生き方を左右されたくない、もっと個人の自律性を大事にしてほしいと考える人は確実に増えますし、そういう考えの人が組織においても大事になっていくと思います。

管理職志向が低いのは、女性だけではない

――20年後は、何を目標に人生を歩んでいくのでしょうか?

(人生の目標は)人によって違いますが、そういうことを考える力を育てていく必要はありますよね。他人との比較ではなく、自分にとっての幸せとは何なのかを知り、それを選び取る力です。

私はアメリカに10年くらい住んでいたのですが、とにかく現地では「自分の意見を言え!」と言われます。だから自然に意見を言えるようになりました。その後、日本に帰ってくると、アメリカとは対極で、空気を読む必要性を感じましたね。

日本では、他の国と比べ、男性も管理職志向が低いです。理由は、ワークライフバランスが取れないからとか、責任を取りたくないからなどでした。おそらく、他の国は管理職になって責任を取らないと給与が上がらないのですが、日本は責任を取らなくてもある程度の地位まではいける。しかし、管理職になると、組織のために自分の生活を犠牲にしなければならない。自分がやりたい仕事ができるとは限らない。そういった制度の違いが背景にあるのではないでしょうか。

お金がもらえるというだけで管理職になりたいとはもう誰も思わない。その代わりに、おそらく時間の重要度が上がっていきます。自由時間をどう使うかは誰にも何も言われたくない。自分の世界を大切にして、それを犠牲にする働き方はしたくない、というふうになっていくのだと思います。

20年後、男女平等教育は実現できたとしても、そういった個人を活かして生きる社会はまだ道半ばなのかもしれません。同調圧力の中で、既存の生き方に自分を当てはめるのではなく、自分自身の生き方を求めると言えればいいですよね。そのために働き方の柔軟度や選択肢を高めて、一度失敗してもまた色々なチャレンジができる社会であってほしい。セカンドチャンスがしっかり掴める社会になれば、2040年は明るくなると思います。

――現在、リアルな世界だけでなく、インターネット上にも多くの居場所ができています。若い人たちにとって、居場所の持つ意味はどのように変わっていくのでしょうか?

性被害などを研究していると、SNSによってすごく危うい社会が形成されていると感じます。特に親との関係が悪いときに、SNSで優しくしてくれる人に出会うと、そこから性被害に遭ってしまう。でも、親の知らないところで起きているので、親や社会は何もできずに後から気づくことになります。

他にも、いじめや選挙活動に利用されたり、個人情報を管理している会社が情報を売って、ある一定の方向に社会を向けてしまったり……。無法地帯になっているネット社会をどう制御したらいいのか、日本も考える必要があります。ネット社会では、出会いもあれば殺人事件もありますから。ここには、規制が必要だと思いますね。

――インターネットの悪用をどのように防げばいいのでしょうか?

日本の政治家の中には、ほとんどコンピューターに触ったことがない人もいます。だから、インターネット上の規制はあまりされないのではないでしょうか。そうなると、知識を持つNPOなどの取り組みで守ってあげるしかないと思います。

あとは、IT教育も重要になってきますね。ただ、先生たちがIT技術に追いついていないという問題もあります。そうなると、まずは先生たちの労働時間を短くして、雑用を減らし、先生が新しい技術を身につける時間を取らないといけません。

専業主婦神話は以前よりも強調されている?

――2040年は、ジェンダーギャップや教育機会の均等など、格差是正の状況はどうなっていると思いますか?

教育格差やジェンダー格差はまだ残っているでしょう。個人的にいま一番重要なのは、社会福祉制度の改革だと思っています。

その一つが、非正規雇用や正規雇用という分かれ方をしない社会の実現です。女性が補助的な仕事をして、男性が意思決定をしていく社会をどこまで崩せるか。今の日本社会には、「女性は家にいるべきだ」と考えている人たちが根強く残っており、制度を変えることがなかなかできません。女性の賃金が上がらないと、男女間の賃金格差もなくならず、結局女性は家事や育児、男性は仕事となってしまうのです。

――家族や友人など、人々のコミュニティは今後どのように変化していくのでしょうか?

戦後、一番変わったのは家族です。理想とされている家族と現実が全く違うような感じがしますね。理想は、夫と妻が対等な関係で、家事も仕事も育児も分かち合い、社会がそれを補完していくというパートナーシップです。しかし、子どもは女性が育てるのが当然だというイデオロギーが根強く残っていますよね。今は少し変わりつつあるかもしれませんが、PTAの活動などをこなすことなど働く女性にとっては大きな負担になっています。ただ、夫婦で協力して、夫が育児休業制度と取得したり、PTAの活動に参加するようになると変化が起こせるかもしれません。鍵を握っているのは、男性の家庭参加にあるように思います。

日本は特に、母親にかかるプレッシャーが大きい国です。幼稚園や保育園ができても、やはり母親は手作りのお弁当を作るし、子どもが小さい時に働いていいのかと悩む。近年、母親のそういった行動が愛情であり、子どもに欠かせないというイデオロギーは、より強調されているように思います。いま働いている女性たちも、そのような考えを内に秘めています。子どもを産んだ後は、一時的に仕事はやめたほうがいい、その後はパートでという選択をしたほうがいいという雰囲気は残ると思います。

専業主婦は、大正時代から始まり高度経済成長期に広がり、近代家族ができたとき、専業主婦神話が生まれ、専業主婦になって子どもを育てるのが、お母さんの理想的な生き方になりました。でも、いまは共働きが当たり前になっているし、離婚世帯も増えているし、家族の中にもDVがあったり、子供が性被害にあう場合もあります。

そういった家族の持つ問題を直視して、家族が担っている負担を軽くしたり、その役割を果たせない家族には社会がそこに介入することで、どの所得階層の子どもたちも幸せに生きられる社会を作らないといけない。でも、その目標には全然到達できていません。

――最後に、皆さんにお聞きしているのですが、2040年のメディアやコミュニケーションはどのようになっていると思うか、伺えますか?

メディアも多様化し、変わっていくでしょうね。今も新聞は紙ではなく、端末で読んでいますよね。Netflixは、どこの国でも見られるように多言語で試聴できますし。そういう面で、テレビ離れも起きるでしょう。若い人たちは自分の好きな映画やゲームを楽しみ、マスメディアの影響力は低下していくと思います。

また、会社や家族とは別のネットワークを持つことが重要になってくると思います。以前は出勤すれば親しい同僚に会えましたが、今の企業の中にはそこまで密な関係は作られていません。これからは自分の分野を超えた世界にネットワークを広げてゆるく繋がり、そこでのコミュニケーションを通じて広く情報を得ていく時代になっていき、それができる人とでない人の差が大きくなっていくのだろうと思います。


2021年12月16日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永 直基
編集協力:有限会社ノオト

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。