求められるのは「ゆるやかなつながり」 多様化する生活者との新たな関係づくりとは @メ環研フォーラム2022冬
メタバースやAI、Web3.0など、新たなテクノロジーの登場によりメディア環境は大きく変化しています。メディアは見る・聞くだけのものではなく、体験して過ごす空間になっていくのではないか。そんなテーマで発表したのが、2022年夏に開催した「MORE MEDIA 2040~メディアは体験し、過ごす空間へ」です。
2022年冬のフォーラム「MORE MEDIA 2040 ~未来への3つのチャンス~」では、2040年に向けたメディア環境の変化をさらに掘り下げました。第3部のテーマは「情報でつなぐ~多地域、多世代、多様な意見」。リサーチの中で生活者は、好きな情報、居心地の良いコミュニティや空間へと分散していく姿が見えてきました。その分散を分断につなげないために、メディアに期待されていることは何なのでしょうか。
ゲストは、信濃毎日新聞社 取締役メディア局長の井上裕子さんとMUSVI株式会社 代表取締役の阪井祐介さん。モデレーターはメディア環境研究所上席研究員の新美です。
生活者とメディアの新たなつながり方
新美妙子(以下、新美):最新のメディア定点調査を踏まえると、現在の生活者は情報やコンテンツを「自分の好きな時に好きなだけ」見たいと考えるようになってきています。
「生活者のデジタル情報意識調査」からは社会の共通の話題になるような情報であっても無理におさえておく必要はないと半数近くが思っていることがわかりました。「必要な時に調べればいい」という感覚です。
新美:これらの意識はメディアのデジタル化によってますます高まり、世代間の断絶を大きくしていくと考えられます。従来のように情報を伝えるだけでは、人と人とをつなぐことは困難です。
新美:そんな状況で人と人とをつなぐために、私達はどんなアプローチをしていけばいいのでしょうか? そのヒントを求めて、人と人とをつなぐ2つの図書館を取材しました。
▼岩手県紫波町「紫波町図書館
http://lib.town.shiwa.iwate.jp
新美:紫波町図書館は、住民からの「交流の場、情報交換できる場がほしい」という願いによって作られました。館内はBGMが流れ、会話があり、人とのつながりを持ちやすい空間になっています。
同館の手塚美希主任司書は、人と情報をつなげるのが図書館だけれど、「人も情報だから人と人をつなげる」と語ります。
新美:人を情報として捉えるというのは、人が持っている知識知恵、特技や経験などを、価値として引き出すこと。そして、対話を通して人と人をつなぐことです。
図書館は、つなぐことに徹して、その先どうするかはつながった人達に委ねるゆるやかさがポイントです。図書館は「なんとなく誰かと話せる場」であってほしいというのが手塚さんの思いです。
▼長野県立長野図書館
https://www.knowledge.pref.nagano.lg.jp/index.html
新美:では、「好きなものだけでいい」と考える生活者をどうつなげたらいいのでしょうか。県立長野図書館にそのヒントがありました。県立長野図書館は、人と人がつながって共に学び、新たな価値を創る「共知・共創の広場」を設けています。
具体的にどのような場なのか、森いづみ館長に伺ったところ、静かにしている人もいれば、会議をしていたり、コーヒーを飲んでいる人もいたり……。やってはいけないことは人に「シーッ(静かに)」ということだけという、あらゆる人に開かれた何をしてもよい場所であるそう。常に色々な人がいて、なんとなく周りの人の声が聞こえる、ゆるやかなつながりが生まれることを目的として設計されているのです。
新美:森館長は、この場所を「余白のような場所」と表現しています。
「共知・共創の広場」ができたことで、図書館は本を借りに来なくても来ていい場所になった。目的がなくてもふらっと来られて、そこで今まで興味がなかったことに興味を持つ、そんな場所になっているそうです。
あまりお膳立てしすぎずに、人と人をただゆるやかにつなぐ。ここにメディアと生活者のこれからの関係のヒントがあるのではないでしょうか。
新美:これまでメディアは生活者と様々な形でつながってきました。従来型の情報発信である「伝える」、イベント開催に代表される「集める」。そして近年では、生活者の悩みや疑問に対し双方向で取材を進め社会課題として解決する活動に代表される、対等な関係で生活者に「応える」つながりが支持されています。
そして、図書館の事例から見えてきた新たな関係を「つなぐ」としました。デジタル化によって、世代間の断絶が進もうとしている今、メディアも「ゆるやかにつながれる場」をつくることが大切になってくると考えられます。
ゆるやかなつながりに明確な目的は不要
新美:ここからは、ゲストのお二人に伺っていきます。信濃毎日新聞社の井上さんは、ゆるやかにつながることについてどう思われますか?
井上裕子(以下、井上):私はデジタル化が進んでも、基本的な人同士の関係や、人間の「こうなったら嬉しい」という感情の部分はあまり変わらないと思っています。
信濃毎日新聞社では「応える」という点で、読者に疑問を寄せていただき、記者が取材して紙面でお答えする「声のチカラ(コエチカ)」という取り組みを行っています。西日本新聞さんが最初にやり始め、今は30社くらいの地方紙が実施していますね。
井上:最近だと、「子どもの声がうるさいという理由で公園が廃止になってしまってよいのか」と長野市民から疑問が寄せられ、取材して紙面とデジタルで掲載したところ、全国から反響をいただきました。日本全国、どこでも起きうる話題が共感されて巡っていったと感じています。
「つなぐ」場をつくる取り組みとして、2018年に松本市にある松本本社の「信毎メディアガーデン」が挙げられます。市民とワークショップを重ね、その意見にできる限り応えたものです。
4階・5階が当社のオフィス、3階がテナントとコミュニティスペース。1階はホールで、奥にはカフェスペースがあり、おしゃべりしたり、新聞を読んだり自由に過ごせます。集まって、ゆるくつながれる場所になっています。
▼信毎メディアガーデン
https://www.shinmai-mediagarden.jp
新美:新聞が読めるニュースカフェはたくさんありますが、記者とコミュニケーションできる仕掛けがあると、新しいつながりが生まれそうですね。
井上:そうですね。ここは一般市民も新聞社の人間もふらっと入れる場所なので、これからもう少し有機的にゆるくつながっていけるといいなと思っています。
もう1つ、紹介したい取り組みがあります。10年ほど前に私は地域活動部にいて、読者と実際に顔を合わせるイベントを担当していました。
長野県は製糸業で発展した地域なので、各地に着物の産地や昔の製糸業の遺産が数多く残っていて、関係者や研究者も大勢いるんです。
そこにかかわる人達をつなげたいと考えて、各地で交流会を開きました。その中の「着物が好き」というキーワードから誕生したのが、「キモノマルシェ」というイベントです。コロナ禍で一時中断しつつも、2022年10月で7回目を迎えました。
井上:「キモノマルシェ」の関係者は、コロナ前からオンラインでゆるゆるとつながり、何の利害も、お金も関係なく、ほとんどボランティアとして活動してきました。ゆるやかで対等な関係ができた一例だと思っています。
デジタル化がさらに進んだ今、もっと違う展開もできるのではないかと思っていますね。
新美:井上さんは、個人としてもゆるやかなつながりを作るのが本当にお上手ですね。「つながって何かやろう」ではなく、ただつないで、「そこから何が生まれるのか」の種を蒔く。
井上:ありがとうございます。「楽しい」「好き」「やっていてよかった」を原動力としてつながれるといいなと思っています。
技術で実現する「ゆるやかなつながり」とは?
新美:続いて、阪井さんに伺います。人と人のつながりを20年以上研究されていますが、ゆるやかなつながりについてどう考えていらっしゃいますか?
阪井祐介(以下、阪井):ゆるやかなつながり作りにおいて、実空間の果たす役割がすごく大きいと私は思っています。信濃毎日新聞社さんのホールや図書館のような空間が当てはまりますね。
ただコロナ禍を経て、オンラインの便利さや手軽さが広がるなかで、実空間での対面とオンライン、リアルとバーチャルのどちらがいいんだろうという議論が出てきました。
そんななかで、離れていながら本当に同じ空間にいるような感覚、つまり気配や雰囲気、何気なく耳に入る話し声が感じられる技術があると、ゆるやかなつながりはより面白くなると思いますね。
今日は、弊社のテレプレゼンスシステム「窓」を使ってMUSVI本社と会場をリアルタイムで実際につないでみています。
阪井:「窓」は「いのちをちかくする」というフィロソフィーでやっている事業です。ここには2つの意味を込めています。
1つは、テクノロジーと認知心理学とを組み合わせて、技術的な裏付けをもって「知覚」すること。もう1つは、特に会話がなくても、人がそばにいる感覚を感じてもらい、距離を「近く」したいという意味です。
阪井:例えば、コロナ禍で面会ができなくなった小児病棟での家族面会や、物理の教師がいない離島の高校生とカリスマ塾講師をつないで、子ども達に希望を持ってもらったり。
また、毎朝、介護施設にいるおばあちゃんとつながった「窓」のまえに、ワンちゃんが走っていって「窓」越しにおばあちゃんと遊ぶという例もあり、動物もコミュニケーションができることがわかってきています。
阪井:「窓」を使うことで、リアルで人に会っている感覚でありながら、バーチャルのメリットを享受できるんです。「窓」を複数つないだ空間、さらにその奥につながっている空間の人たちとも、独自の音響技術で、自然と会話することができます。
横にも縦にもどんどん空間が広がって、距離を超えてゆるやかなつながりを作っていけるのでないかと期待しているところです。
井上:私たちが普段やっているオンライン会議とは、全然違いますね。等身大で、すごく親近感があって、人の気配があります。
阪井:重要なのは音が生み出す「気配」なんです。「窓」では双方向の空間の音が常時つながり続けていて、「窓」のディスプレイを見なくても、誰かがキーボードが叩いている音やドアの音で人の気配がわかったりします。
テレビ会議などで、シーンとなってしまったり、相手のリアクションがわからなくて辛くなってしまったり、同時に話してぶつかってしまった経験はないでしょうか。オンラインの空間に、ちょっとした笑い声や、何気ない話し声が紛れ混むことで気配が生まれ、ゆるやかにつながりやすくなると考えています。
アクションがない生活者ともつながっていく
新美:これまでのメディアと生活者の間にも、ゆるやかなつながりはありましたよね。いつも机の上に新聞があるというのも一種のつながりでした。
井上:そうですね。今までは紙という媒体で、読者とメディアをつないでいたと思います。
ただ双方向という点では、読者が新聞に対してアクションを起こすのには、高いハードルがあります。新聞を読んでいるけれども何もアクションしない人たちと、どうやってゆるやかにつながっていくかを考える必要がありますね。
新美:さらに、読んでいない人ともつながっていく必要がありそうですね。
井上:本当にその通りです。読者の大半はアクションこそないけれど、信濃毎日新聞を読んでいる方です。その中からファンとまでいかなくても、信濃毎日新聞が好きと言ってくれる人を増やして、好きのサークルをつなげていきたいですね。
また個人的な見解ですが、松本本社の入口に「窓」のようなものを置いて、記者と来た方がなんとなく気楽に話せるとか、中の人と話せるという場を作っていけたら素敵ですよね。ただ、長野は広いので移動が悩みどころなんです。
阪井:例えば、松本市にある信濃毎日新聞社に行くのは大変な方向けに、遠隔からつながれる場所を県内にたくさん作っていくことのも一つのアイデアですよね。
これからは技術によって、気配のような「見えないものを見せていく」は可能になると思います。今までは、都市という空間の中にしかなかったものが変わってくるのではないでしょうか。
井上:今日の話を聞いて新しいテクノロジーを使って違う形の関係性を作ることが、私たちがやっていくべきことだと感じています。
阪井:井上さんが起こしたプロジェクトの中で、子ども記者を体験した子が実際に入社して記者になったと伺い、ぐっときました。
これからも距離を超えて、そういう関係性を広げていけたらいいですね。我々もメタバースやデジタル技術で何か役に立てると嬉しいです。
まとめ
情報の伝え方が変わる中、生活者といかにつながっていくか。社会や年代間の共通の話題への興味が少なくなっていく未来には、ちょっとした余白がある空間づくりにチャンスが生まれていきそうです。
余白ある空間とは、お膳立てしすぎず、「目的はなくても、なんとなく行きたくなる場所」。今回の事例にあったように、生活者と空間を通じて相互的対等な関係を結ぶのはリアルでもバーチャルでも可能です。
まずは、人としてつながる姿勢でいること。そうすることで、つながりはゆるやかでかつ豊かになっていくのではないでしょうか。
この記事で紹介した資料含め、「MORE MEDIA 2040 ~未来への3つのチャンス~」で発表したスライドは下記ページからダウンロードできます。ぜひ、詳細なデータをご覧ください。
登壇者プロフィール
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