「モバイル決済の浸透によって、進む中国(上海)の生活イノベーション」~斎藤上席研究員

2017年の6月に、上海で開催されたCES ASIA 2017(Consumer Electronics Showのアジア版)と上海生活者調査の二つの取材を行いました。そこでは非常に興味深い光景を目にしました。同行した通訳の方も含めて、誰もが財布を持っていないのです。支払いの場面ではほぼ100%スマートフォンでの決済が行われていました。現金で支払いを行っている私は、なんだか「遅れている」ような、恥ずかしい思いをしたほどでした。帰国直後から今現在に至るまでも、中国においては生活イノベーションを感じさせるような新しいサービスが毎日のように膨大に発表されています。その後の動きや、日本におけるメディアイノベーション調査の結果を盛り込みながら、レポートしたいと思います。

浸透するモバイル決済 ~若年層だけでなく中高齢層も。大型店舗だけでなく屋台でも。

CES ASIA 2017の“Digital Lifestyles in China”セッションでは、実に中国人の約88%が「WeChat Pay」というモバイル決済を利用している、という発表がありました。中国におけるモバイル決済サービスは「テンセント」が運営するこの「WeChat Pay」と「アリババ」が運営する「ALIPAY」の二つが一般的です。これらのアプリは中国の銀行口座を持っている生活者であれば誰でも利用できます。買物の際にアプリを起動し、QRコードにスマートフォンをかざすだけで簡単に決済ができるのです。しかも、若年層だけではなく中高齢層も普通にモバイル決済を行っているという浸透具合には驚きました。また、店舗側も、登録されたQRコードを紙に印刷し店舗に置くだけで簡単に導入ができ、設備投資はいりません。そのため、大型店舗やコンビニエンスストアだけでなく、町の小さな小売店(写真1)や移動式屋台、三輪タクシーでさえも決済が可能となっていて、滞在中モバイル決済ができない店舗に遭遇することはありませんでした。

〈写真1:上海市内の小さなタバコ屋さんにも「WeChat Pay」 「ALIPAY」などモバイル決済専用のQRコードが。2017.6月〉

中国独自の調査データだけではなく、インターネットアナリストのメアリー・ミーカー氏が毎年発表しているグローバル調査“Internet Trends 2017”でも100元(=約1,600円/2017年8月現在)以下の少額取引においては2016 年には約80%がモバイル決済を利用しているということがわかります。(図1)対して日本のモバイル決済の利用は約6%に留まっています。(図2日本銀行調査)

〈図1:中国におけるモバイル決済額別利用率年別比較〉

〈図2:店頭でモバイル決済を利用すると回答した人の割合〉

モバイル決済の浸透が前提のシェアリングサービスが一気に普及。便利なものはまず試し、問題があればやりながら都度改善。

モバイル決済が当たり前のものとなった中国の生活者たちは、さらに、自転車やタクシー配車、食事の宅配代行といった各種のシェアリングサービスを利用し便利な生活を送っています。もともと自転車社会だった中国では、とりわけシェアリング自転車の浸透は著しいものがあります。専用のステーションだけではなく交差点の自転車置き場や道路沿いでも利用が可能です。(写真2・3)試しに30分ほど乗ってみましたが、とても快適でした。もちろん、当初は不法投棄や故障の問題もあったようですが、今や、借りようと思った自転車が故障していたら、アプリから知らせればその自転車は使えなくなり、ほどなくして修理の担当が回収に来る・・・とメンテナンスも万全です。タイヤはパンク防止のプラスチック製でした。

〈写真2:専用ステーションではなく、普通の交差点に置かれた数種類のシェアリング自転車。多くの人々が自由に利用。 2017.6月〉

〈写真3:シェアリング自転車の解錠シーン。専用アプリを立ち上げQRコードにかざすだけで簡単に利用可能。2017.6月〉

このようにモバイル決済の浸透が引き金となり、この一年ほどで一気に生活の利便性が向上しているという状況が起こっていました。また、問題点を事前に考慮し完璧なものにしてからサービスイン、という形ではなく、便利なものは今あるシステムやインフラを活用し、まずは導入してみる。問題があれば都度生活者の反応を見ながら、解決していく。新サービス導入には慎重な日本にはないスピード感がそこにはありました。

日本人に最も関心の高い先端サービス「無人店舗」がすでに試験導入

さらに、このモバイル決済が前提となった新たなサービス「無人店舗」が今年の6月下旬より上海にて試験導入されるという情報が帰国直後に飛び込んできました。スマートフォンベースで入店から支払いまで一連の流れをスムーズに行うことができ、2018年には本格始動とのこと。ちなみに、メディア環境研究所では「メディアイノベーション調査」(2017年7月)にて、次世代のメディア環境に連携すると考えられる「買物支援」、「健康・運動支援」、「新しいメディア・情報サービス」、「VR(仮想現実)で生まれるコンテンツ」 「運転支援」 「音声操作」の6つの生活領域のイノベーションにおける30の先端サービスについて生活者ニーズを調査しました。その結果、日本の生活者の先端サービスへの興味度は「無人店舗」が一位となりました。(参照: http://www.hakuhodody-media.co.jp/newsrelease/report/20170713_18703.html)日本人に最も関心が高く、かつ、未だ導入がなされていない未来の先端サービスがすでに上海で試験導入されているのです。

先行く中国のサービスが後から日本にやってくる

取材後にも、中国の3大シェアリング自転車サービスのうちの2社が正式に日本導入を発表しました。二大モバイル決済サービスの「ALIPAY」も、インバウンド向けには日本でも展開をしていますが、来春には日本人に対してもサービスを開始することが決まっています。このように、中国では一部の生活領域において、日本や欧米をしのぐほどのイノベーションが起こっています。そして中国で浸透したサービスが後から日本にやってくるという状況が起こり始めているのです。

メディア環境研究所としては、欧米の先進ケースはもちろんのこと、中国や新興国の生活におけるイノベーションにも引き続き注視していきたいと思っています。そして、それらを支持している生活者の感情を探り、生活者にとっての新しい価値は何なのか、情報行動や意思決定はどのように変化していくのか、ひいてはそれらが我々のメディア・広告を取り巻くビジネスにとってどのようなチャンスとなっていくのかということを考察していきたいと思っています。

斎藤 葵
メディア環境研究所 上席研究員
2002年博報堂入社。雑誌・出版ビジネスを中心としたメディアプロデューサーを経て2016年より当研究所にて、生活を変える新しいテクノロジーや新しいメディアビジネスについての研究に従事。2020年より、当研究所の発信イベントやメディア・テクノロジー・デジタルマーケティング業界のプレイヤーとのビジネスマッチングやディスカッションの場の企画・運営・プロデュース、リレーション活動を行っている。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。