韓国が圧倒する「縦型漫画」市場で、日本はどう戦うのか? @メ環研の部屋
スマホで読むのに特化した縦スクロール・フルカラーで作られた「縦型漫画」。「WEBTOON(ウェブトゥーン)」や「SMARTOON(スマートゥーン)」とも呼ばれ、従来の漫画のコマ割りに慣れていなくても、スマホで縦スクロールをするだけで手軽に読めるのが特徴です。
縦型漫画の世界市場では、先行者である韓国が圧倒的な勢力を誇っています。そんな中、日本はどのように戦っていけばいいのでしょうか。
今回は、縦型漫画市場の国内キープレーヤーの1社である株式会社Minto取締役・中川元太さんに、縦型漫画を取り巻く状況から制作環境、参入するのに求められるスキルまでを聞きました。担当は森永上席研究員です。
韓国の作品人気が根強い縦型漫画市場
森永真弓(以下、森永):まずは中川さんの自己紹介からお願いできますか。
中川元太(以下、中川): 株式会社Minto取締役の中川と申します。SNS漫画家のマネジメント会社を創業したのち、グローバルでコンテンツプロデュースを行うスタートアップと経営統合しましてMintoが誕生しました。現在、私は縦型漫画の制作スタジオをメインに、IPプロデュース事業の管掌役員をしています。
森永:ありがとうございます。現在、縦型漫画の市場はどういった状況なのでしょうか?
中川:縦型漫画は韓国から始まり、日本国内はもちろん、中国、東南アジア、さらに北米でも市場が拡大しており、引き続き「伸びる」と予測されています。
ただ、サービスへの課金率を見ると、韓国と日本では進んでいますが、他の国ではユーザー数に対して課金がそこまで進んでいません。しかし、その比率は徐々に上がってきているので、そこも含めてマーケットが広がっていくだろうという期待感はあります。
中川:「世界の書籍&漫画アプリ収益ランキングTOP10」では、2020年から2022年にかけて「ピッコマ」「LINEマンガ」がランキングの1位、2位に入っています。
また、2022年の「ピッコマ」のランキング1位〜10位の作品は全て韓国産。国内のヒット作も、現状では韓国産で占められている状況です。
森永:どうして、このように韓国発の作品の順位が高くなるのでしょうか?
中川:そもそも、縦型漫画に対するユーザーの期待値が従来の漫画と違うんです。
実は、縦型漫画を読む人の約40%は普段漫画を読まない人だと言われています。スマホで時間を潰す際、最近だとTikTok、あるいはカジュアルゲームのユーザーが縦型漫画に流れてきている。そのため、シンプルで理解しやすく、刺激を得やすい作品のほうがヒットしやすい傾向にあるのです。
そんな縦型漫画の制作経験がまだ日本にはあまりない一方、20年前からノウハウを培ってきた韓国に一日の長があるため、現状では人気作は韓国産が独占する結果となっています。
日本からも参入する企業は増加中。しかし、制作ラインはいまだ人手不足
中川:とはいえ、2022年下半期ごろから日本国内の作品も徐々に上位に出てくるようになりました。
最近、業界で話題になったのが『氷の城壁』(阿賀沢紅茶)です。広告経由で完結後に急成長しました。縦型漫画は、電子書籍以上に初速で売れ行きが決まると言われています。この作品のように完結してからヒットしたのはかなり珍しいケースでした。
また、良い意味で、カラーの塗り方や背景の作り方がシンプルで。韓国のヒット作を踏襲した縦型漫画の王道でない形でも戦えることに勇気をもらいました。
森永:読者の好みの幅が見えるきっかけの1つになったのですね。
中川:そうですね。現在、縦型漫画の市場にはエンタメ業界全般の会社が続々と参入しています。大きく捉えると、自社でプラットフォームを作るケースと、コンテンツに出資するケースの2つに分かれています。
その一方で、日本では縦型漫画を描いているクリエイターがまだまだ少ない。出資を考えている会社の投資額規模が大きく需要は非常に高いのですが、まだ日本ではクリエイターのほうが全く足りていないのが現状です。
森永:コマ割り漫画の場合は、基本的にクリエイターが1人で描き、足りない部分をアシスタントに頼むやり方が多いですよね。
それに対して、縦型漫画は原作やコマ割り、作画、着彩、背景を別々の人が担当して制作する。アニメーションスタジオが踏む工程に近いのでしょうか?
中川:はい。縦型漫画スタジオは、アニメーションスタジオをはじめ、ゲームソフト制作会社、YouTube漫画の制作会社、出版社、韓国で縦型漫画を作っていた会社の日本支社などの出身の方が多いです。
ですが、「そもそも縦型漫画を描きたい」というクリエイターがまだまだ多くないことが課題になっています。
森永:人材勧誘は行われているのでしょうか?
中川:かなり積極的です。現在、韓国の企業も日本に参入してきています。自分たちで支社を作るケースもあれば、日本の会社と組んで一緒にやるケースもあります。
日本に注力している理由の一つが、韓国でもユーザーのニーズに比べてクリエイターが足りていないこと。今まで絵を描いて生計を立てる道が少なかったため、クリエイターの母数自体が少ないと言われています。
漫画やアニメの分野では、やはり世界で一番日本が進んでいる。それで、「日本のクリエイターと一緒にやりたい」という理由からスタジオを作ったり、提携したりする形で参入してきています。
森永:韓国は、英語圏よりも日本の市場を優先しているのですか?
中川:話を聞く中では、「海外での優先順位は1番が日本、次にアメリカ」と言っていた韓国の会社がありましたね。アメリカでもユーザー数は伸びていますが、やはり日本は課金ユーザーも無料ユーザーも多いので。欧米は、デジタルコンテンツに細切れに課金していく発想がまだ根付いていないとも考えられます。
縦型漫画から展開した事例、Web3.0との掛け算は今後のトレンドとなるか?
中川:韓国では縦型漫画から、ゲームやドラマ、アニメ、バーチャルアイドルなど、さまざまなメディアへ展開された作品がたくさんあります。
日本でもようやく縦型漫画発のドラマ、アニメ化される作品も出てきました。最近の事例としては、「サレタガワのブルー」のドラマ化や「先輩はおとこのこ」のアニメ化が挙げられます。
森永:ちなみに韓国では、縦型漫画から映像やグッズ、テーマパーク、イベント展開など、そういったIPの多角化はされているのでしょうか?
中川:グッズは出ていますが、まだ十分に成功した事例は聞いたことがありません。
森永:日本のIPはキャラクターにとても魅力があるので、グッズが作られている印象があります。一方で現状の縦型漫画は、どちらかといえばストーリーが受けていて、キャラクターに思い入れを感じているわけではあまりない。そうなると、グッズとはやや距離のある作品がまだ多いのかもしれませんね。
中川:そういう意味で展開はまだまだ先かなと思います。
ほかにも、Web3.0×縦型漫画の事例として、有名映画監督によるDAOのプロジェクト『SUPER SAPIENSS』が開始されました。
森永:DAOのコミュニティメンバーになることで、作品世界に少なからず貢献ができるのは新しい体験ですね。実際、どういったモチベーションでの参加者が多いのでしょうか?
中川:投資目的でDAOに参加する人がほとんどです。しかし、縦型漫画市場が大きくなるにつれて、コンテンツを届ける人も増えていくのではないかと考えています。
ただし、さまざまな人が口を出しても、良い作品になるとは考えにくいので、線引きは非常に重要です。『SUPER SAPIENSS』では、会議に参加できる権や命名権を参加者に与えられるなど、上手に線引きをプロデュースしています。
森永:大筋はエンタメサイドが決め、それ以外の部分をうまく切り出してコミュニティ感を出しているのですね。
中川:そのとおりです。
今後も、僕はWeb3.0×縦型漫画の事例は増えていくと予想しています。たとえば、NFTのプロジェクトはNFTの価格が上がっていくための「物語」が必要で、そのためにメタバースや3Dアニメを作るケースもありますが、全プロジェクトがそれを出来るわけではありません。
アニメと比べると、縦型漫画はコストが格段に安く、グローバルなフォーマットであり、且つSNSより本格的なのでステップアップとして良いポジションにいるんですよね。
縦型漫画では複数工程を管理できるディレクションスキルが求められる
森永:実際に、縦型漫画はどのような工程で制作されるのでしょうか?
中川:日本では分業で作るケースが多く、1作あたり5人〜10人で制作しています。特に求められるのは、複数工程を管理できるディレクションスキルです。
森永:通常、漫画家は全ての工程を1人で行います。でも、業務を分担するのは、アニメーション制作に近い思想ですよね。キャラクターだけ描く、背景だけ描く、演出の画面構成だけ考える……など、縦型漫画の制作は専門職集団の集合体のようなイメージでしょうか?
中川:そうですね。最初の世界観設計をしっかり行わないと、パスする際にミスが発生して、結果的に時間をロスしてしまいます。そのため、弊社では指示書を作る専門のメンバーもいます。
森永:従来の漫画市場と同じ人材を求めているわけではないのですね。
中川:もちろん、漫画編集の出身で活躍している人はたくさんいます。ただ、素養としてはおそらくゲームやアニメ、あるいは映像を作っている方が採用イメージに近いのではないでしょうか。
また、マーケットインでの企画作りも大切です。どんなエンタメでも、市場の立ち上がりはトレンドに合わせてどういう作品を作るかが重要。今までさまざまなトライを重ねましたが、現状ではトレンドを踏襲しないと、ヒットに繋がっていかないことが証明されてきています。
森永:韓国と日本では、制作環境にどんな違いがあるのでしょうか?
中川:実際に韓国の現地を見に行きましたが、約200人のクリエイターを社員で雇って、年間50本ペースで作っているスタジオがありました。日本の漫画やWebスタジオでは見たことのない規模の景色が広がっていましたね。
森永:アニメーションスタジオに近い感じですか?
中川:おっしゃるとおりです。また、日本以上にエンタメやIPというキーワードで出資を集めやすい環境だと感じました。設立10〜20年以内の若い会社からBTSのような世界的アイドルグループが登場するなど、エンタメに対する成功体験の差もあると思っています。
また、今日本で売れている作品群とはちょっと傾向が違って、韓国ではいわゆる漫画っぽい作品も売れています。日本だと明確に縦型漫画と従来の漫画は区別されますが、韓国の縦型漫画市場は両方の要素を足していて表現の幅が広い印象です。
Mintoでは、2021年に縦型漫画スタジオを開設し、年間で30本以上を作れる体制を整え、現在テレビ局とも一緒に作品を手掛けています。縦型漫画のトレンドや作法をインストールしていただく必要はありますが、本質的に面白いものを作るという点では同じ。今後、テレビのプロデューサーが大ヒット作を生み出す可能性も大いにあると思っています。
森永:縦で流れていくというのもあって、絵コンテに近く、テレビ業界の方が才能をより生かしやすい領域なのかもしれないですね。
中川:我々の制作スタジオ「Minto Studio」の特徴は、海外を中心に複数の制作パートナーと手を組み、安定したクオリティが生み出せる制作体制を整えていること。
また、資本業務提携をしている「ピッコマ」をはじめ複数のプラットフォームと提携し、ノウハウやデータ、リソースの提供、優先配信枠などの連携があります。さらに、広告事業も展開しているので多数の縦型漫画プロモーション実績があり、その知見を縦型漫画制作やマーケティングに活かすことができます。
森永:最後に、日本の縦型漫画業界として、目指していきたいところはありますか?
中川:やはりグローバルで通用する縦型漫画を作っていくのが目標です。とはいっても、いきなり大それたものを作るというよりは、現在のトレンドをしっかり押さえて、基本通りに作るのが大切だと考えています。
さまざまな企業の方々にもこの業界にどんどん参入していただき、世界でヒットする日本発の作品を出していけたらいいですね。
(編集協力=矢内あや+鬼頭佳代/ノオト)
登壇者プロフィール
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