「膨張するリアリティ」がビジネスに黄金時代をもたらす ~VTuberと生成AIから見る未来とは~ @メ環研プレミアムフォーラム2023夏

ARやVR機器が進化し、VTuberやバーチャルヒューマンが活躍する。そうした中で、2022年夏頃から話題となった画像生成AIや、11月末に登場した対話型AIのChatGPTに世界中が衝撃を受けました。それ以降のAIの進化も目覚ましく、これまで人間ならではの部分とされていた創造性の部分も担いはじめたとも言われています。

2023年7月4日、メディア環境研究所ではプレミアムフォーラム「膨張するメディアリアリティ」を開催いたしました。レポート第3弾では、「膨張するメディアリアリティの活かし方」と題し、パネルディスカッションの模様をご紹介します。

ゲストは、カバー株式会社代表取締役社長CEOの谷郷元昭さんと、株式会社POSTS代表取締役CEOの梶谷健人さんです。

登壇者プロフィール

谷郷元昭 様
カバー株式会社 代表取締役社長CEO
慶應義塾大学理工学部を卒業後、イマジニア株式会社で株式会社サンリオと提携したゲームのプロデュースを担当後、テレビ局や出版社と提携した携帯公式サイトを運営する事業を統括。化粧品口コミサイト@cosme運営の株式会社アイスタイルでのEC事業立ち上げ、モバイル広告企業、株式会社インタースパイア(現ユナイテッド)の創業に参画後、株式会社サンゼロミニッツを創業。日本初のGPS対応スマートフォンアプリ「30min.」を主軸としたO2O事業を展開し、株式会社イードへ売却。2016年に創業したカバー株式会社では、VTuber事務所「ホロライブプロダクション」を運営。現在80名のタレントが所属し、日本だけでなく英語圏、アジア圏でも展開している。
梶谷健人 様
株式会社POSTS 代表取締役CEO
株式会社VASILYにてグロースや広告事業を担当し、「いちばんやさしいグロースハックの教本」を出版。その後、日本、インド、アメリカで大手ブランドやスタートアップの新規事業立ち上げとサービスグロースを支援。2017年にXR/メタバース領域のスタートアップ MESONを創業。大手通信キャリアやアパレルブランド等との共同サービス開発や、独自のXRフレームワークの開発などの事業を展開。 22年に同社CEOを退任後、2023年に株式会社POSTSを設立。生成AIやXRなどの先端テクノロジーとプロダクト戦略を交差させる専門家として複数テック企業の戦略顧問に従事している。

(モデレーター)
 島野真 
 博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長 

VTuberはリアルとオンラインの区別をつけない

現在、新たなリアリティを表現する存在として注目されているのがキーノートでも触れましたVTuberです。タレントとファンによる熱量の高い場として話題となっているこの新しいリアリティの場は、どのような考え方で運営されているのでしょうか? 国内有数のVTuber事務所「ホロライブプロダクション」を運営するカバー株式会社の谷郷さんに伺いました。

谷郷:我々はVTuberをキャラクターではなく一人のタレントやクリエイターとしてとらえ、配信者一人ひとりの夢を実現するためにアバターや配信システムを提供し、VTuber活動を支援する立場であることを重視しています。その際に重要なのは、VTuberのタレントさんたちが何かを演じて、それを疑似的に応援するのではなく、タレントさん自らが夢に向かって活動することそのものをファンコミュニティの皆さんが応援しているということです。

島野:ファンコミュニティの熱量の高さも特徴的ですね。

谷郷:基本的にVTuberはライブ配信を行います。YouTuberとの違いは、チャット欄を通じて視聴者と双方向にやりとりする点です。コメント欄を通じてファンがコンテンツに参加でき、コミュニティの一体感が生まれていると感じています。

島野:ホロライブでは、リアルイベントとオンラインでの活動を区別なく一つのものと捉えているそうですね。具体的にはどんな取り組みをされているのですか?

谷郷:VTuberのタレントの皆さんは、ふだんは自宅やスタジオからの配信が中心です。ただそれだけではファン同士の交流が限られることから、ライブコンサートのようなリアルイベントも実施しています。コロナ禍のころと違い、今は会場に観客を入れられるようになりましたから。先日も、ロサンゼルスのYouTubeシアターで6000人規模のライブコンサートを実施したところです。

VTuberの場合、ライブコンサートをオンライン視聴する人もかなり多いんです。その際に、リアル会場のお客さんがサイリウムやコールによって盛り上がると、オンラインで見るコンテンツとしてもより豊かになっていきます。その部分がすごく面白いと感じています。

人間の創造性はAIにとってかわられる?

ChatGPTや画像生成AIが大きな注目を集め、人間とAIの創造性が比較されることも増えてきました。実際のところはどうなのでしょうか。最前線を知る専門家である株式会社POSTSの梶谷さんに詳しく聞いてみました。

梶谷:間違いなく言えるのは、創造性は人間の専売特許ではなくなったということです。それを象徴する面白い実験がありました。

2023年、ドイツのフンボルト大学が発表した論文によると、人間の創造性を測るAUTというテストで、人間 vs GPT-4の実験をしたところ、GPT-4よりも創造性が高いとされた人間は100人中たった9人。なんとほぼすべてのタスクで「GPT-4の創造性の方が高い」という結果が出ました。

少し前までは、AIは識別処理や効率化などのクリエイティビティではない領域のものと認識されていましたが、創造性という観点でAIが人間を抜くことは、このようにすでに実証されはじめています。

しかし、これは人間がAIに創造性を完全に明け渡すということではありません。これからは、AIによって創造性を拡張した企業や個人が輝く時代になると考えています。

創造性におけるAIの強み、人間の強み

梶谷:生成AIの強みは、確率論的に「たしからしい答え」を出すこと、そしてバリエーションを無数に出すことの2点です。

それに対して、人間の役割は論理を超越した答えを出すことと、無数のバリエーションの中から審美眼を働かせ、かつ責任を取って選び取ることです。そうやって周りを熱狂させて動かしていく。このあたりは、少なくともこれから10年は人間だけに委ねられる創造性の領域だと思っています。

島野:では今後、人間とAIの関係性をどう考えるべきでしょうか?

梶谷:AIは人類史のターニングポイントになる存在です。人間の脳には、本能を操る小脳と、論理や言語を操る大脳皮質がありますが、AIはそのさらに外側の新たな皮質のような存在になると考えています。

単なる技術以上の存在として向き合った方がいい。なぜかというと実際に、特に最近の生成AI領域で、人間の能力を10倍に拡張したり、10倍に生産性を上げたりする事例が出はじめているからです。

たとえば、生成AIによるコーディング支援ツール「GitHub Copilot」。米国ではすでに半分以上のエンジニアが使っていて、統計的に見て生産性が2倍に上がっています。新バージョンの「GitHub Copilot X」では生産性は10倍に拡張できると言われています。

今、10倍なので、今後100倍、1000倍になるのは時間の問題です。テックに詳しい人と疎い人との差分が、新人類と旧人類ぐらいに広がっていくと思います。AIと人間や企業との「パートナー力」がこれからの創造性には大切になっていきます。

ビジネスにおける新しいリアリティの活かし方

島野:カバー株式会社ではVTuberコミュニティを活用して、さまざまな企業やブランドとコラボレーションやタイアップをしていますが、効果的な組み合わせ方はありますか?

谷郷:先ほども触れましたが、VTuberタレントはそれぞれが夢を持ち、ファンが支えているという構造です。今年、日清食品グループや東京ドームシティとコラボをしました。ここで重要なのは、「推しがこうした企業とコラボできるような存在になった、すごい」とファンに喜んでもらい、誇らしく感じてもらうことです。そう感じてもらってこそ、商品を手にしたり、施設に足を運んでもらえます。

島野:実際にコラボ動画を見ると、タレントさん自身も楽しもうという姿勢で活動しているのが印象的でした。

谷郷:タレントが求めているコラボを実現することも重要です。好きではないものを取り上げるのではなく、普段から好きなものを本当の声でお届けすることがポイントですね。

島野:梶谷さんは先ほど「AIによって創造性を拡張した企業や個人が輝く時代になる」とおっしゃいましたが、ここをもう少し詳しくお話し頂けますか?

梶谷:まず強調したいのは、人間や企業のクリエイティブな行為が、AIに直接代替されるのではないということです。AIはよく「Copilot(副操縦士)」と例えられますが、競争相手ではなく、同じゴールに向かうパートナーということですね。

今後はAIを良き友にできた企業や個人が強くなり、そして楽しい時代が来ます。なぜかというと、各個人に不眠不休で働くマルチスキルの弟子100人が常に横にいる状態になるからです。個人のスキルの制約がなくなり、何か理想を思いついたら、それをすぐにアウトプットできるようになります。何か思いついても、コードが描けないから実現できない、絵が描けないから表現できないということがなくなっていくわけです。

AIを良きパートナーにできれば生産性が上がり、スキルの幅がかなり広がる。こういうものを作りたいという理想がある企業や個人にとっては、本当に黄金時代になりますね。

成長のための新しいリアリティとの向き合い方

今後、各企業が成長していくために、この新しいリアリティにどう向き合っていくべきなのでしょうか? 谷郷さんはVTuberとK-POPのファンコミュニティ構造の類似性に注目しています。

谷郷:ファン組織によって世界的な存在に押し上げられていったK-POPのファンコミュニティの構造とVTuberの類似性に注目しています。VTuberも世界中のファンの切り抜き動画やファンアートなどを通じて、ファンコミュニティは大きく広がってきました。VTuberにもK-POP級のムーブメントを生み出せる大きなチャンスが来ていると感じています。

ただYouTubeの中だけだと、リーチが限られてくるのも事実です。我々が抱える熱量の高いファンコミュニティが様々なメディアミックスをしていけば、より幅広い方々に届けられるようになる。

日本が生み出した「VTuber」というカルチャーを、日本が誇るべき産業に変えていければ、メディアにとっても、我々にとってもプラスになると思っています。

梶谷さんは、AIを良き友にするためには、まず実際に触ることが大切だと強調します。

梶谷:実際のところ、新しい生成AIサービス誕生のニュースは見るけど、中身は触っていないという人が圧倒的多数です。

例えるなら、大量の新刊が並ぶ本屋さんに毎日足を運んで、表紙だけを見て知識を得たと錯覚している状態。自分の血肉にするためには、お金を払って自宅に持ち帰ってしっかり読むことが必要です。

特に、組織の上に立つ人間ほど、中身に触れることが求められますね。インターネットが普及したこの20数年、インターネットを肌感で理解している人が率いている組織と、あまりついていけない人が率いていた組織で明確な差がつきました。同じように、すでに生成AIに前向きな経営陣の会社とそうでない会社で、相当な差がついてきています。

組織の上に立たれる方々には、ぜひ本の表紙だけではなく中身を読むことを今日からぜひ意識してほしいです。それが、AI登場による激変の中、成長する側に回るためのポイントだと思います。

※「膨張するメディアリアリティ」で発表したスライドは下記ページからダウンロードできます。ぜひ、詳細なデータをご覧ください。

メディア環境研究所プレミアムフォーラム2023夏 「膨張するメディアリアリティ」 | メディア環境研究所|博報堂DYメディアパートナーズ (mekanken.com)

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。