ラジオ×音声AR「EAR WE GO!」から考える音声コンテンツの可能性 @メ環研の部屋
街歩きとラジオ番組を同時に楽しめる体験型ラジオアプリ「EAR WE GO!」。音声ARという、音声で現実世界を拡張するデジタル技術を活用し、ラジオ番組パーソナリティが東京・日本橋の街を歩きながら収録した音声をリスナーの位置情報に応じて自動再生するサービスです。
このアプリの特徴は、まさにパーソナリティが隣にいるような感覚で、一緒に街歩きを楽しめること。2023年5月には、「EAR WE GO!」の先行体験イベントも実施され、多くの反響を呼びました。
今回は、本イベントをプロデュースした株式会社バスキュール・佐々木大輔さんに、実証実験の内容や反応、音声ARの今後の可能性などについて伺いました。担当はメディア環境研究所の森永上席研究員です。
そもそも音声ARとは?
佐々木大輔さん(以下、佐々木):音声ARは、利用者の位置情報や属性を元に音声を出し分けるデジタル技術です。ユーザーが持っているスマホで位置をリアルタイムに把握し、その人が「どんな言語を話すのか」「誰と来ているのか」「どういう経路をたどってこの場所に来たのか」といった様々なデータと関連付けながら、パーソナライズされた音声を自動的に再生します。
バスキュールでは2017年頃から「音声×AR」という新しいコンセプトに取り組み、聴覚情報を活用しながら現実を拡張する手法を提案してきました。地域に伝わる歴史や言い伝えをもとに、目には見えない土地のストーリーを伝える音声ARドラマ「オトガタリ」や、渋谷の街なかを舞台に、映画の登場人物の疑似体験ができる音声ARスパイゲーム「ミッション:インポッシブル/渋谷フォールアウト」などの代表作をはじめ、屋内・屋外の様々なリアルスペースを舞台に、多くの実験的なプロジェクトに取り組んできました。
2021年には、ドバイ国際万博の日本館にも音声ARを採用いただき、大規模パビリオン展示部門金賞(最高賞)という栄誉も頂きました。
聴覚からの刺激は、脳の記憶や感情を司る部分と深く結びついていると言われますが、音声ARを活用した体験づくりにおいても、いかに人々のイマジネーションを掻き立てるようなものになるか、という点を意識しています。音声コンテンツそのものを楽しんでもらうというより、目の前にある世界の見方がガラっと変わるような体験を提供したいと考えているのです。
近年、ノイズキャンセリング機能が使えるイヤフォンの登場や、コロナ禍におけるリモートワークの普及もあって、ワイヤレスイヤフォンを常時つけながら生活することが一般化してきた印象があります。そういった新しい習慣や行動様式の広がりにより、音声ARがより実践しやすい環境になってきているように感じています。
体験型ラジオアプリ「EAR WE GO!」が挑む「街のあたらしい面白がり方」
音声ARの新たな取り組みとして、ラジオパーソナリティと一緒に街歩きをしているような体験ができる体験型ラジオアプリ「EAR WE GO!」をリリースしました。仕掛けたのは、三井不動産・バスキュール・TBSラジオの3社です。
佐々木:この取り組みのミッションは、デジタルテクノロジーの活用によって、新しい街歩き体験を生み出すこと。これまでにも街の音声ガイドのようなものはたくさんありましたが、より「自分ごと」として街を楽しむことができ、街との心理的な距離が縮まるような、これまでにない音声体験をつくりたいと考えていました。
そこで私たちが着目したのが、ラジオでした。パーソナリティ独自の視点や偏愛、リスナーとの距離の近さといった、ラジオならではの特徴を活かすことで、おもわず街を歩きたくなってしまうようなラジオ番組をつくろうと考えたのです。
パーソナリティと一緒に街歩きをしているような体験を提供
音声AR「EAR WE GO!」のショーケースとして、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」とコラボしたスピンオフ番組が企画されました。プロデューサーの橋本吉史さん(通称・ハシPさん)と、番組準レギュラーのスーパー・ササダンゴ・マシンさんが日本橋を歩きながら収録した音声をもとに、約50分にわたる音声ARコンテンツを制作。番組リスナーを対象に実施した先行体験イベントでは、多くの反響を呼んだそうです。
森永研究員(以下、森永):私も日本橋で実際に体験したのですが、お二人と一緒に街歩きを楽しんでいるような感覚になりました。
佐々木:うれしい感想ですね。麒麟像、山本海苔店、ミカド珈琲といった、日本橋ならではのスポットをめぐりながら番組は進行するのですが、ユーザーが歩いている位置に応じて、その場所で収録された音声を次々と再生することで、目の前に見えている風景とトークの内容が常にシンクロし続けるような体験を提供したいと考えていました。
スポットとスポットの間を移動しているあいだも常にトークが展開されるので、まさにパーソナリティと一緒に街を歩いているような感覚になりますよね。
佐々木:番組を通じて提供したかったのは「街のあたらしい面白がり方」です。従来の観光ガイドのように、王道のコースを一般的な目線から案内するのではなく、普段であれば気に留めないことや、知ろうとしないニッチな情報も含め、パーソナリティ独自の視点や偏愛からトークを展開することで、街のさまざまな面白さに気づいてもらえるような体験にしたかったのです。
日本橋は敷居が高いイメージを持たれがちな街ですが、体験会のアンケートの中には、「パーソナリティのトークを通じて、街や店舗が身近に感じられるようになった」という嬉しい声もありました。
番組では、日本橋の有名店や老舗を紹介するコーナーがあるのですが、その場で入店し、商品を購入された方も多くいらっしゃったようです。これは、新しい顧客接点をつくりたいと考えている店舗側にもメリットがありますよね。街とユーザーを感情的につなぐハブとして、そして商品プロモーションの新しいフォーマットとしての可能性もあると感じました。
高層ビルが密集する日本橋エリアで、精度の高い音声ARを実現することの難しさ
森永:体験してみて、短い移動距離にもかかわらず、コンテンツがつぎつぎと綺麗に切り替わることに驚きました。被ったり混ざったりしないんだなあと……。ユーザーの位置測位はGPSを使っているのでしょうか?
佐々木:はい、GPSを使用しています。GPSによる位置測位の現状を簡単にご説明すると、ここ数年の間に、GPSと互換性のある準天頂衛星システム「みちびき」の運用がスタートし、「みちびき」に対応するスマートフォンも普及したことから、2017年頃と比較するとGPSの精度は大きく向上しました。
しかし、時間帯や天候によって精度にバラツキが出たり、上空視界率が悪い場所では大きな誤差が生じるといった、GPSならではの諸問題は現時点においても大きく解消はされていません。実は、このGPSの精度の問題こそが、音声ARの普及を妨げている大きな原因の一つでした。
今回のプロジェクトでは、GPSの位置情報データを補完する独自のプログラムを実装することで、高層ビルが密集する日本橋エリアでも、精度の高い音声AR体験を実現しています。このプログラムがなければ、「目の前にある風景とトークが常にシンクロする番組」というアイデアの具現化は難しかったと思います。今回の技術的なチャレンジは、より多くの地域に音声ARを普及させていく上でも、大きな試金石となりました。
現実との連動? あの日の追体験? 「EAR WE GO!」今後の進化の方向性
森永:私は「EAR WE GO!」を日曜日に体験した関係で、紹介されたお店のいくつかが実は閉まっていたんですよね(笑)。ただ、収録日と体験した日で状況が異なるというのも、それはそれで体験として面白いと感じました。「今度このお店が開いてる平日に日本橋に来てみよう!」という気持ちが湧いてきたりするんです。
佐々木:これから「EAR WE GO!」をどういう方向で進化させていくかという点において、とても興味深いエピソードですね。まず、「現実連動ラジオ」というコンセプトを進化させようと考えると、例えば、日曜日には「日曜版」を提供するというアプローチが考えられます。その日、お店がお休みなのであれば、「なんだ、紹介しようと思ったのに、休みかよ〜」というトークに自動的に差し替えるようなイメージです。
森永:すべてのお店が閉まっている夕方や夜の時間帯であれば「なんだ、全部閉まってるじゃん!」とブツブツいいながら進行する内容にと(笑)。
佐々木:はい(笑)。現実と音声の連動性が高まることで、パーソナリティと一緒にそこにいるという感覚が増しますし、トークへの共感も生まれますよね。そういった、曜日や時間帯、天気などの条件によって音声を出し分けるようなアプローチは、技術的にはすぐにでも実現できます。
現実との連動という意味では、双方向性のある仕掛けを入れても面白いと思います。例えば、「EAR WE GO!」では、お店の前で突然はじまるクイズコーナーがあるのですが、そのクイズにユーザーも答えることができて、その回答に応じてその後のトークの内容が変わっていくような仕掛け。ただ受動的に音声を聴くだけではなく、自分の行動によって番組の内容が変化していくようなイメージです。さらには、生成系AIを導入すれば、ユーザーからの質問や意見にリアルタイムに反応してくれるような、ある意味、ユーザーもゲストの一人になれるような番組だって実現できるかもしれません。
一方、そういった現実連動や双方向性といったベクトルではなく、ある日のパーソナリティの行動や感情を追体験するための音声ARという方向性もあると思います。例えば、コロナ禍の緊急事態宣言下で、街に人が誰もいなかった日に収録した番組は、当時の不安な気持ちをリアルに想像できるものになるでしょう。日本橋のような再開発が進むエリアでは、時代ごとの街の様子や空気感をアーカイブしておく手段としても面白いとおもいます。そういったアプローチは、社会的にも意義のある取り組みになりそうです。
森永:スポーツ中継の副音声的な楽しみ方もできそうですね。公式チャンネルとは別に複数の音声が用意されていて、好きなチャンネルを選べるようになっていたり。
佐々木:ラジオパーソナリティ以外にも、例えば、その街にゆかりのあるミュージシャンと歩くとか、街の建築を解説してくれる建築デザイナーと歩くとか、一緒に歩きたい人をチャンネルで選べると面白いですよね。同じ場所でも、どの音声を選ぶかによって楽しみ方が変わるようなイメージですね。
新たな人の流れを生み出す装置としての音声ARの可能性
森永:音声ARを用いることで、地域に人を呼び込んだり、逆に人流を分散させるようなこともできそうですね。
佐々木:そうですね。そういう意味では、とりわけインバウンドを意識した取り組みにトライしていきたいと考えています。日本の中にいると気づきづらいのですが、どんな地域でも、どんな時間帯でも、自由に街歩きができる国って、世界的に見ても日本くらいなんですよね。安心して街歩きができる国だからこそ、音声ARを普及させられる可能性があるというのは、実は重要なポイントです。
日本では、観光産業をこれからの基幹産業にしていこうという動きもありますが、何をもって観光立国を目指すのかと考えたときに、日本独自の観光アセットとして音声ARをあらゆる地域に実装し、「歩くことが楽しい国」としてアピールしていくという方向だってあるのではないでしょうか。地域と音声がセットになっている国って、なんだか、かっこよくないですか?(笑)
一方、キャパシティを超えるインバウンド観光客が押し寄せることで、オーバーツーリズムが問題になっている地域もありますよね。そういったエリアでは、人流を分散させる手段として音声ARを活用できると思います。例えば、音声の配置の仕方を工夫することで、特定の観光スポットや道路に人が集中してしまうのを防ぐとか、混雑状況のデータとリアルタイムに連携することで、街歩きのコースを動的に変化させていくといったアプローチが考えられると思います。まさに、そういった新たな人の流れを生み出す装置としても、音声ARを社会実装していきたいですね。
(編集協力=矢内あや+鬼頭佳代/ノオト)
登壇者プロフィール
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