スポーツのファン獲得はルール周知からではない! スポーツアナリティクス×教育の現場から「観戦する力」を養うヒントを探る @メ環研の部屋

映像やデータからプレーの状況を分析する「スポーツアナリティクス」はプロチームの練習だけでなく、テレビ中継の解説でも当たり前に使われるようになりました。

さらに近年では、教育現場での導入も進んでいます。それも運動能力の強化という目的ではなく、現在、段階的に導入されている「探究学習」の場面においてです。生徒・児童自らが課題を設定し、解決のための情報収集、分析、思考が行われる「探究学習」において、スポーツアナリティクスはどのような効果を発揮しているのでしょうか?

今回のメ環研の部屋では、スマホやタブレットで手軽に使えるスポーツアナリティクスツールSPLYZA(スプライザ)のツールを用いた事例を紹介するとともに、体育×探究学習から未来のメディア行動へのヒントを模索します。

ゲストスピーカーは株式会社SPLYZAの丸井剛さん、東京学芸大学附属世田谷小学校の久保賢太郎教諭、モデレーターはメディア環境研究所の森永真弓上席研究員です。

登壇者プロフィール

丸井さん
丸井剛
株式会社SPLYZA セールスチームマネージャー
1985年生まれ。Jリーグ「柏レイソル」で強化部や分析スタッフとして5年活動し、その後、データスタジアム株式会社、株式会社エムティーアイのセールスを経て、2020年1月から現職。「スポーツは考える力を育む」をコンセプトにアマチュアスポーツチームや教育機関への提案、さらには映像を使ったフィードバックを求める団体への展開を目指し日々奮闘している。
久保賢太郎
東京学芸大学附属世田谷小学校教諭
1988年北海道札幌市生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。東京都公立小学校教員を経て、現職。教員として働く傍ら、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程在籍中。専門は教師教育学、体育科教育学、スポーツ社会学。
森永上席研究員
森永真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。著作に『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)』がある。

体育の変化が生み出す「未来のスポーツファン」

従来の小学校の体育は、運動ができるかどうかを評価し、運動が得意な児童が輝く場という性格が強い科目でした。

そこにスポーツアナリティクスツールを導入した結果、理科、算数、国語、さらにクリエイティブ能力の創出などと科目横断的学びができる場に変わっているという事例が出てきています。そして新科目である「探究学習」でも体育がテーマとして選ばれ、学びの場になる状況が生まれています。

一見、メディアとは無関係に見える教育現場での体育の変化。しかし、森永研究員はこの2つは深く関係していると考えています。

森永上席研究員
森永上席研究員

「スポーツ観戦を楽しむにはルールを知ることが大切」「この種目が盛り上がらないのはルールが分からないからだ」とよく言われています。しかし、もし「ルールがわかっている=楽しく観戦できる」であれば、日本で一番人気のあるスポーツは、体育で必ず触れるバスケットボールとバレーボールになるはずです。

しかし、実際に日本で一番人気のスポーツは体育でほぼ扱われない野球。つまり、スポーツをするための能力と、スポーツを見て面白がる観戦力は別物なんです。

スポーツ観戦を楽しむには、目の前で起きていることへの観察力、情報を処理して洞察し、面白がれる力が必要です。ルールだけでなく、競技を見るための視点が培われたなら、未来のスポーツファンの姿も変わっていくはず。「スポーツを観戦する力を育てる」という視点で、体育の変化はメディア関係者の方にも興味深い事例だと思っています。

本レポートの前半では丸井氏に体育の授業にスポーツアナリティクスの導入が進んだ背景や活用法を、後半では久保教諭に具体的な教育現場での事例を紹介していただきました。

小学校の体育にスポーツアナリティクスの導入が進んだ理由

今起きている変化の前提には、国が目指す体育の姿が変わったことがあります。これまで体育は「運動しましょう、心拍数を上げて強い身体を作りましょう」が主流でした。よって「運動ができているかどうか」が成績評価の主眼となっていました。

しかし現在は、運動能力を見る「知識・技能」だけでなく、課題発見や主体的な学習、つまり「体育で思考力、表現力、判断力を身につけましょう」という科目に指導要領が変化しています。

丸井さん
丸井さん

経済産業省が発表した2050年に求める人材の指標でも、従来求められていたのは「注意深い人材」や「ミスをしない人材」だったのに対し、今後は問題発見力や的確な予測、革新性や情報収集力の高い人材が求められていくことが示されています。これが、探究学習が導入された理由の一つです。

体育やスポーツには正解がありません。だからこそ、探究的な学習の場に適しているのです。

「SPLYZA Teams」と「SPLYZA Motion」

現在、丸井氏が教育現場で導入を提案しているのが、「SPLYZA Teams」と「SPLYZA Motion」という2つのアプリケーションです。

SPLYZA Teamsは、スマホなどで撮影した運動動画に対し、文字を入れたり矢印を入れたりすることができるツールです。

例えば、授業中にサッカーでパスミスをした場合、これまでは「ミスをしてしまった」で終わっていました。しかし、SPLYZA Teamsを使えば子どもたち自身で「なぜシュートまで行けなかったのか」という問題に対し、探究し、その経緯や答えを共有できます。

森永上席研究員
森永上席研究員

スポーツ番組で試合の振り返りに、リプレイ映像を使って解説していることがありますが、それを子ども同士でやっているイメージですね。

丸井さん
丸井さん

授業では子どもたちが自分たちで考えた答えを、解説者みたいにみんなの前で説明します。それを次の体育の授業に生かしていくんです。

教育現場では、課題が発生しても、子どもたち自ら課題を分析し、解決策を見つけ、次の授業で実施するのは難しい状況でした。その結果、「いつまでもうまくいかない」ことを繰り返してしまい、それを評価される状況になってしました。

しかし、ツールの導入がその状況を見事に変えました。運動の時間が思考学習になったのです。子どもたちからは自分たちの分析を生かし、結果を実感することで「今までの体育の授業よりも面白い」という声が挙がっています。

動作分析ができるSPLYZA Motionは、スマホやタブレットで撮影した映像を1分ほどで解析できるツールです。

実際のSPLYZA Motionの画面
実際のSPLYZA Motionの画面

このツールでは「うまくいっていない自分の動き」と、「お手本にした、上手な人の動き」を比較することもできます。子どもたちはSPLYZA Motionを使って自分自身の動きを観察したり、他と比較したりすることで課題を見つけていきます。もちろん子どもたちだけでは打開できない、気づけないこともあるので、解決に向かうために教員が見通しをつけるサポートをするという使い方もされています。

丸井さん
丸井さん

従来の体育では「できる」「できない」で判断され、できない子どもは「僕は足が遅いからできない」「苦手だから跳べない」と思うしかありませんでした。

しかし、探究学習の要素を入れることで思考や成長過程へのフォーカスがよりしやすくなったのです。探究学習要素を取り込んだ体育は、「運動をするだけでなく、自分やチームメイトのことを見つめる科目」とも言えます。

体育×スポーツアナリティクスが子どもたちに与えた影響

それでは、実際の導入の様子を、久保教諭が勤務する東京学芸大学附属世田谷小学校の事例から見てみましょう。

文部科学省の研究開発校(平成31年度〜令和5年度)である東京学芸大学附属世田谷小学校では、学習指導要領にとらわれない独自のカリキュラムが実施されています。学級というものがなく、6学年が混在するグループ「Home」をベースにし、中学や高校のようにそれぞれ自分の学年の授業を受けにいくというスタイルです。

久保さん
久保さん

4年生以上を対象に、週に2回・各2時間実施されているのが「Laboratory」(以下、ラボ)です。ラボは大学のゼミのような時間ですね。教科や学年、何年生で何を教えるという決まりを全て取り払い、児童自身が興味のあることを選択し、どんどん追求していきます。

「SPLYZA」で養われる新たな視点とは?

実際にSPLYZA Motionを用いたラボでの取り組みを紹介します。例えば、Aくんはサッカーの無回転キックをできるようになりたくて、SPLYZA Motionを使って無回転キックができている人と、できていない自身の足の振りを比較して、課題を探し、改善策を試すことを繰り返しているそうです。

久保さん
久保さん

これまで、彼は足の角度や振り上げ方などに明確な違いがあるということに気づいていませんでしたが、SPLYZA Motionを通して見る視点を培っていると思います。

森永上席研究員
森永上席研究員

見る力がつくと、プロの試合もより面白く見られそうですね。

久保さん
久保さん

そうなんです。Aくんは、試合の見え方が今までと全然違うと言っています。今では根性論の解説には物足りなさを感じているそうです。見る目も育っていくのが、テクノロジーを使っていく良さだと思います。

困惑する児童への対応は?

研究の仕方として、拡散と収縮を繰り返すことが必要と子どもたちに説明する図

同校の取り組みは、児童自身が関心のあるものを追求していくものですが、ここで森永研究員が一つの疑問を投げかけました。

森永上席研究員
森永上席研究員

広告会社では、世の中の人を振り向かせたいと考えて企画を立てますが、日本にはやりたいことや好きなことを明確に持たない人がとても多いな、と感じることがあります。

突然、『自分の好きなものを掘り下げて考えてみなさい』と言われて困ってしまう子どもはいないのですか?

久保さん
久保さん

困惑する児童は確かにいます。サッカークラブに入っている女子児童が、ただサッカーがうまくなりたいだけでは探究テーマにならない状況に陥っていました。真面目な性格なので、言われたことには着実に取り組むのですが、自分でやりたいことが見つからなかったんですね。

でも、サッカーをする自分が求めていること、困っていることなどを根気強く考えているうちに「女性のスポーツ環境」というテーマにたどりつきました。「私はもっと自由にサッカーがしたい」という本音に気づいたという形です。

森永上席研究員
森永上席研究員

それは素晴らしいですね!

ちなみにツールを使って観察、分析していくうちに、算数とか理科で習った知識を使うような場面も出てきたりしますか?

久保さん
久保さん

彼らに対して、私のラボではSPLYZA Motionを用いたあとで、「これは算数でやったのと同じだね」とフォローするなど教科学習とのバランスをとるよう努めています。

森永上席研究員
森永上席研究員

算数で速度の練習問題を解くだけなら「何のためにやるの?」となるところを、SPLYZAを使って自分の速度とプロの選手を比較しようという話であれば、急に算数が面白くなるような感じですね。

久保さん
久保さん

基礎を固めてやっと応用に行けるのではなく、まずやってみる。「もっとうまくなりたいんだ!」という応用に迫るためにこの道具を使おうと思える順番にしていったほうが、勉強は面白いと思います。

久保教諭は、教育現場において「まずやってみるという場を作ること」の重要性を強調します。

久保さん
久保さん

体育に関しては、スポーツに子どもを当てはめるのではなく、子どもの側にスポーツを合わせていきたいです。もっとこういうプレーをしたい、もっとこうやって活躍したいと思えるような環境にした上で『何が必要?』を考える。順番をひっくり返したいですね。

そこで原理原則を学んだり、その手段としてSPLYZAを使ったりできる環境をつくっています。

見る力がつくとスポーツの楽しみが広がる

SPLYZAのツールに触れた子どもたちの中で、比較的多い活用法は「問いや課題を作るための情報の探索」でした。例えば、水泳がうまくなりたい児童は自分の泳ぎを撮影し、SPLYZA Teamsを用いて水泳の日本代表選手の映像と比較し、図形の機能を使って、映像上で体のラインに線を描き込みしながら課題を見つけています。

またあるチームの研究ではSPLYZA Motionで陸上の選手の走法を分析し、そのフォームが数字の4の形に似ていることを発見したそうです。

「一流の走法に近づくためにどうすればいいか」
「一流選手のように膝を出せていないなら、どこの筋肉を使えばいいのか」

このように考えた結果、体育が算数、理科分野の学習へと発展していきました。

児童が実際に作成した研究経過書
久保さん
久保さん

SPLYZA Motionを用いた探究の利点として、映像比較やモーションキャプチャーによる数値化と可視化があります。これによって、児童は探究していることの振り返りや見通し、解決策を見つけやすくなっているんです。

「見る」「知る」が可能になったことで、たとえ走るのが苦手でも主体的に参画できるようになりました。児童から「走れるかどうかは問題じゃないから」という声も出ていて、非常に面白いことが起きていると感じています。

森永上席研究員
森永上席研究員

足が速い子もいれば、分析力が高い子もいるということですね。プロスポーツでも現役時代の活躍と、指導者の素質は別物です。子どもたちはまさにそれを自分自身で感じているんですね。

重要なのは課題を見つけて次に行くこと

久保教諭は現場にSPLYZA Motionを導入したことによって、体育に算数の計算、理科の知識での思考などが入り混じり、既存の科目が溶け合ったと話します。単に運動の出来、不出来では測れない新しい体育の姿が見えてきました。

丸井さん
丸井さん

私たちのアンケートでも、運動が苦手であっても、自分の動作に課題を見つけ、少しずつ解決することで成長を感じ、楽しいと思えるようになったという声が集まっています。

久保さん
久保さん

従来の体育では、タイムが遅ければABCの3段階中C評価、というように、「運動技能で評価する」ことが多かったように思います。これから変えていかなければいけないのは、『できることがいい』ではなく、課題を見つけさせて次に行かせることです。そのために、どのようにツールを使うのかを私たちが考える必要があると思っています。

従来、運動が得意な人の活躍の場であった体育に、スポーツアナリティクスが加わることで、得手不得手に関係なく「見る」「知る」「分析する」「支える」という新しい喜びが生まれています。この新たな喜びは、スポーツ観戦の楽しみ方に通じるものがあると言えるでしょう。

今後、未来の生活者により響くコンテンツを届けるためには、生活者の参加型、主体型の仕組みの提供が求められています。この点で、体育×探究学習の事例はこれからのメディアビジネスのヒントになりそうです。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。