メディア環境を語る メ環研×テレビ東京×東急(後編)~生活者を巻き込む「情報の届け方」と「場の作り方」~
メディア環境研究所では、デジタル化によって大きく変化したメディア環境をスクリーンという視点から捉えるため、従来から実施中の「メディア定点調査」に加え、2023年9月、新たに「スクリーン利用実態調査」を立ち上げました。その調査結果をベースに、有識者と今後のメディア環境について考える連載を行っています。
第2回のゲストは、株式会社テレビ東京 アニメ局アニメ事業部の合田知弘さんと、東急株式会社 デジタルプラットフォームURBAN HACKSシニアシステムプロデューサーの長谷川晋介さん。後編では生活者とのつながりや企業としての役割、存在意義についてお聞きしました。
生活者が情報を投稿するための「仕掛け」を作る
――四六時中スクリーンに触れているのに、私たちが生活している街の情報はまだ足りないような気がします。単なる地元の店の情報ではなく、生活者にとって必要かつユニークなコンテンツを届けるには、どうすればいいのでしょうか?
長谷川:街の情報を誰が作るか、が重要です。プロが作ったものはクオリティが高くてカッコいいけど、網羅性が担保できない場合もあります。特定の店だけがやたらメディアに取り上げられることも多いかと。一方で、そこに住んでいる人しか知らないけど実は良い店、というのもあるはずです。
プロが作るクオリティの高いコンテンツも、生活者が発信する情報も必要です。その2つをうまく融合できるといいですよね。
――何となく分かるけどうまく言い表せない「街の色」が情報として出てくれば、コンテンツとして広がっていくのかもしれません。
長谷川:例えば、私が住んでいる街の飲食店情報に特化したSNSグループには参加メンバーが約8000人います。それを見ていると、シニアの方が最近オープンした店をすぐに報告していて、圧倒的に情報が早いんです。彼らは街の情報だけでなく歴史も知っている人たちです。
情報を発信したいという生活者の意識をうまく活かしてコンテンツを作ってもらえれば、広がりますよね。さらに、デジタル化もすると面白いのではないでしょうか。
合田:時代の流れでいうと、パーソナルAIをどう使いこなしていくか、という話があります。AIを使って自分にとって最適な地元の情報に触れられるメディアを作る、など。その可能性はありますか?
長谷川:あると思いますが、そもそも元になる情報がないと厳しいですよね。「AIを搭載したロボットが街を徘徊して情報を集めるシステム」が実現すれば可能かもしれませんが、その未来はもうちょっと先の話でしょうし、ちょっと怖い(笑)
既存のものでいうと、東京だと都内の特定地域に特化した「世田谷ローカル」「赤羽マガジン」といったWEBメディアもあります。きちんと取材しているし、歴史情報もあるので、すごくアクセスが集まっています。まずはどんな形でもいいので、情報を投稿するための「仕掛け」を作ることが重要です。
――東急さんがそういう仕掛けをすると面白いのでは?と思いました。
長谷川:ただ、そういうローカルメディアは自然発生的に生まれているので、再現するのはちょっと難しいかもしれません。飲食店の情報を共有するSNSのローカルグループがありますが、場合によっては「あの店はおいしくなかった」「そんなことはない」といった殺伐とした世界になる可能性もあります。もっと生活に寄り添って、「みんな仲間だよ」という雰囲気を作っていけば、面白いものができるかもしれませんね。
地域に貢献する視点で、事業やコンテンツ作りを進める
――デジタル化が加速して情報の流通量が飛躍的に増加しました。放送局発のコンテンツも溢れる情報の中で埋没しかねない環境です。企業として存在感を出すために意識していることはありますか?
合田:最近、テレビ東京はタグラインを変えました。新しいタグラインは「ちょっといい明日のために。」です。生活者に寄り添う視点と、毎日の暮らしに少しでも豊かさを添えられればいいな、という気持ちが込められています。
いまメディアやスクリーンは飽和状態で、かつコモディティ化しています。スマホ画面の奪い合いやネット広告の最適化みたいな話が進みすぎて、みんな疲れていますよね。
差別化していくためにも、日々の生活や地元の街における情報接触がすごく大事。アウトドアメディアやコラボ企画を生活習慣に落とし込むレベルで根付かせて、情報をお届けすることが必要だと思います。今後は、スクリーンの「外」がより大切になっていくのではないでしょうか。
――長谷川さんは「まちづくり企業」として、どうありたいと考えていますか?
長谷川:当社や当社線沿線は、テレビCMをほとんどやっていないのに、ある程度ポジティブなイメージが浸透していると思っています。このブランドを維持するためにも、時代に合ったコンテンツやサービスを出していく、デジタルとリアルを融合したものを作っていくべきだと思っています。
テレ東さんと東急が似ているなと思うのは、そこまで戦略的にお金をかけてブランディングをやってきたわけではないのに、なぜかブランドがついている点です。
かつて在籍していたときも、いろんな人から「テレ東、好きなんですよ」と言われました。アニメや経済情報、バラエティー番組などいろいろありますが、どれも尖っている。その尖りを生かしていけばブランドが維持できるし、引き続き「テレ東が好き」と思ってもらえるのではないでしょうか。
合田:本当に、生活者、視聴者の皆様に支えられているという一言に尽きます。ここが弊社の強みだとすると、東急さんのような都市に根ざした会社と一緒にできることはあるはずです。地域に貢献する視点でしっかりとコンテンツや事業を作っていくことが存在意義であり、そこは変わらないでしょう。
長谷川:「テレ東×東急」でコラボできる可能性はあると思います。デジタルとリアルの融合という意味でも、お互いが持っていないものを補い合うことで面白い施策ができるのではないでしょうか。
生活者って、デジタルの世界だけで生きているわけではないですよね。例えば、アニメ好きの人たちがフィギュアを持ちながら外で写真を撮って、Instagramにアップしています。わざわざ特定の場所へ出かけて、写真を撮って「行ってきたよ」と投稿する。これって、行動としてはすごくアナログですよね。
あと、東急としてはどこにサイネージを作るのかを常に考えています。東急歌舞伎町タワーにも大きなサイネージがありますが、どう使われるかを意識しながら増やしていけば、もっと面白いことができるのかなと思います。
合田:サイネージをどこに、どのように作っていくかは、生活者との接点という意味でもすごく重要ですよね。
企業が場を作り、地域の生活者がイベントを開催する
――全部を企業だけでやろうとするのではなく、テレ東、東急それぞれの強みが生かした生活者とのコラボレーションが実現するといいですね。
合田:テレ東の強みの一つはアニメですが、アニメは特にタイトル本数が多いため、いかに生活者に知ってもらうかがカギとなります。「人気アニメ作品×東急歌舞伎町タワー」のようなコラボレーションの取り組みが、サイネージも含めて増えていくといいなと思っています。
長谷川:アニメはもちろん、テレ東さんには生活者に近いコンテンツがたくさんありますよね。そういう意味では、東急グループとの親和性が高いのではないでしょうか。名前に東京とついているテレビ局と、東急のようなまちづくり企業がタッグを組む意味はあると思います。
――まちづくりの企業だからこそ実現できることがあるし、そこにコンテンツがあることも重要ですよね。
長谷川:東急が開発をしている渋谷はいま、インバウンドの観光客がすごく多い。「渋谷に来た外国人たちに何か提供できるものはないか?」という話は、最近よく挙がります。
合田:渋谷は本当に変わりましたよね。駅前も外国人旅行者の方が本当に多くなった感覚です。駅の中のサイネージや広告の前で写真を撮っている風景もよく見かけます。
長谷川:アニメはいわば国際的なコンテンツなので、日本人向けというより外国人向けに発信するという考え方もあるかもしれません。
――日本にいながら外国人に向けて発信することも可能ではないでしょうか?
長谷川:そうですね。日本に対して価値を感じてもらうことが大事で、そこから海外に向けた事業につながっていくと思います。まずは、その地域でできることをしっかりやっていくのが基本です。
合田:「聖地化」を仕掛けて、日本人だけでなく外国人の方にも来てもらうのはアリですよね。
長谷川:イベント含め、何らかの仕掛けがないと人は集まってきません。もう1つ重要なのは、我々がイベントを開催するというより、地域の人に開催してもらうことです。地域で探せば100人に1人ぐらいの割合で、パワフルかつ集客力を持っている人がいます。そういう人をきちんと支援して、仲間を連れてきてもらうという手もあるでしょう。
前編で話した「nexusチャレンジパーク早野」でフリーマーケットを開催したときも、お母さん同士のネットワークがすごいんです。イベントで人が集まるとキッチンカーも来て、さらにキッチンカーのオーナー同士で交流が生まれたりする。そこからBtoBのビジネスへと発展するケースもあるので、場を作ることはすごく重要ですね。
2023年11月30日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 新美妙子
編集協力:村中貴士+有限会社ノオト
※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。