社会全体の仕組みを変えていく必要性 AI研究者・今井翔太さんが唱える今後の社会・日本のあり方とは?
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所では、AIが社会や産業、メディアにもたらす影響について研究・洞察する「AI×メディアの未来」プロジェクトを立ち上げました。その一環として、さまざまな分野で活躍している有識者にインタビューを重ねています。
AI研究の第一人者である東京大学の松尾豊教授の研究室出身で、2024年に著書『生成AIで世界はこう変わる』(SBクリエイティブ)を出版したAI研究者の今井翔太さん。今回は今井さんに、生成AIやAIエージェント進化の可能性、AIが社会やメディアに与える影響などについてお話を伺いました。
生成AIは一般ユーザーにはすでに十分なレベルに
――今井さんは、2024年1月に書籍『生成AIで世界はこう変わる』を上梓されました。その後、生成AIを取り巻く状況はめまぐるしく変化しています。生成AIの最新モデルが各社出そろってきた現在、どのような見方をされていますか?
正直に申し上げると、「ChatGPT-4」の時点で一般ユーザーがありがたいと感じるレベルではほぼ限界だと思っています。おそらく今の生成 AI の大規模学習で進化させる方向では、これ以上やってもあまり意味がなくて。少なくとも一般ユーザーにとっては「何がありがたいんだ?」というモデルになってしまうでしょう。
例えば、2024年9月にOpenAIから「博士号取得者並みの能力を持っている」と言われている「o1(オーワン)」がリリースされました。「o1」のマルチモーダル機能(※)は限定的で、とにかく推論能力が高くて考えることが得意というモデルです。
※テキストや音声、画像、動画など、2種類以上の異なるデータを収集・統合して処理するシステム
ですから、一般の人が日常的に出くわす問題に「o1」を利用するのはやりすぎだと個人的には思っています。また、大規模学習のためのデータが枯渇しはじめていて、各社「GPT-4o」が元々到達していたラインに頭をぶつけている状態。今(インタビュー当時、2024 年 11 月 20 日)はそんなに大差ない気がしています。
注(今井さんからの補足情報):
2025 年 1 月現在、状況が変わってきました。中国の AI 企業 DeepSeek が公開したモデルが OpenAI の「o1」を超えるラインに到達しているかもしれないと言われており、それはデータ以外の部分でのアプローチによって成し遂げられています(このアプローチは今井さんの専門の強化学習です)。取材時点では今井さん自身も予想しきれていなかったと言うように、AI 研究者ですら予想できない変化がわずかな間に起きてしまうという例ではないでしょうか。
一方、「Meta」が作っている「LLaMA(ラマ)」は進化中。オープンモデルが「GPT-4o」程度のレベルになったときに、LLaMAのようなオープンモデルを一気に普及させるようなアプリを作るレースが来るのではないかと期待しています。
――ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成すること)など、生成AIには現在さまざまな課題があります。より精度を高めるには何が必要ですか?
まずハルシネーションについて。今の言語モデルの仕組みのままだと、かなり質の高いデータを取り続けなければいけません。しかし、これで解決できるかどうかは疑問ですね。ある程度は精査されているとはいえ、Web上の公開データだけではインプットが足りない現状があります。
それ以外の方法となると、データモデルの作り方を変えることが必要です。どうやってWeb上にないデータ、その先にあるデータに踏み込んでいくか。結局のところ、それが大事になってくると思います。
日常生活で役立つAIエージェントの実現はまだ難しい
――AIエージェント(※目標達成のために必要な情報収集や分析から意思決定やタスクの実行までを自律的に遂行するシステム)の可能性については、どう考えていらっしゃいますか?
現状(インタビュー当時、2024年11月20日)、実験を見ている限りではソフトウエア開発や研究系の「Sakana AI(サカナエーアイ)」とCognition社の「Devin(デビン)」に期待を寄せています。
あと、おそらくWeb上で完結するような領域のAIエージェントも、2025年にはかなり普及するのではないでしょうか。
AIエージェントが実現できる領域はすでにあって、金融の領域では会社の資料や財務諸表などの情報があるし、研究の領域では論文がネット上に転がっているので、一定の成果を出せると思います。少なくとも研究領域ではAIエージェントが一定の成果を出せるのは明らかになっています。これらの領域でAIエージェントを実現する場合、あとはアプリの作り込みをどうするかが勝負だと思います。
――日常生活に役立つAIエージェントという意味では、まだ実現は難しいでしょうか?
はい、そうだと思います。そもそも今のインターネット空間は人間が見るために発達してきました。だから、現在のインターネットにおけるインデックス構造やAPIなどは、人間が扱うことを前提に作られたものなので、AIエージェントにとって使いやすい設計になっていないんですね。なので、現段階では、日常生活で活躍するほどのAIエージェントは実現が難しいと感じています。
そもそも今のデジタル空間自体が「人間向け」の仕様なので、「AI向け」の「AIネイティブな環境」を構築していきたいですね。私自身もAIの会社を創業しているのですが、実は事業の一部としてまさにこのような「人間向け」の情報を「AI向け」の情報資源に変換することに取り組もうとしています。
――スーパーインテリジェンス(人間の知能をはるかに超える能力を持つ人工知能)の登場は、いつ頃を予想していますか?
今の研究者の多くは、2030年頃までには「AGI」(Artificial General Intelligence/汎用人工知能)が出てくるのではないかと予想しています。僕もその意見には肯定的です。
しかし、(ヒューマノイド型のロボットなどによって)人間のように身体を動かして物理的な作業を行う「運動系」までできるようになるかはまだ分かりません。そもそも動作データがインターネット上に転がっていないので、今後そんなに早く動けるものが出てくるのかは怪しいというのが私の見解です。
ただちょっと違う視点で、一つ気づいたことがあって。一般の方に向けてお話すると、「知能」を意識や生命、感情の話と混ぜて認識してしまっている方が多いと感じます。どうやら一般的には、「汎用人工知能=人間と同じ」ようなイメージと捉えているようなんですね。
しかし、研究者が定義する「知能」とは、複雑な目標を達成する能力を指しているんです。人間の感情や欲求は一旦置いといて、とにかく外部的な振る舞いで複雑な目標が達成されるのであれば、それは「知能」だと考えている場合がほとんどです。ですので、「AIの知能」と「人間の知能」とを切り分けて考えていただけると良いかと思っています。
――右脳系、感情系のモデルについてはどうですか?
ディープラーニングの仕組み自体、当初はどちらかというと左脳系よりも人間の無意識化の動きを得意としていたはずです。なので、やろうと思えば右脳系・感情系のモデルを埋め込むことはできるとは思います。
ただ、人間の感情は人間が生き残るためのものですよね。なので、「原理的に死ぬことがないAIに感情や欲求を埋め込むのは果たしていいことなのかどうか?」「生き残る必要がないAIに自己保存のための欲求を与えてしまったら危険なのではないか」という見方はあります。それで、AI研究者も慎重になっています。
個人のAIが仕事をする時代~「人間が働かなくてもいい社会」のあり方を、これから真剣に考えていくべき
――既存のマスメディアに対して、AIが及ぼす影響はどうなっていくと思いますか?
特に、新聞社は生成AIを脅威に思っているのではないかと感じます。AIが情報持ってくるので人間が一次情報に見に来なくなってしまい、自社メディアと触れなくなりやすくなるからです。これはかなり難しい問題で、メディアの仕組み自体を変えていく必要があるかなと思います。
――現状、どんなやり方がありそうですか?
正直、今の言語モデルの仕組みだと難しいです。今の言語モデルはソースを必ず引き出すようにはできていないので、外部システムをどうにかするしかない。たとえば、外部的・システム的に必ず引用元を表示するなどでしょうか……。
データを作るときにURLを確実に含むようにすればできる気はするのですが、それもおそらくハルシネーションを起こしてしまう可能性が高い。やはり外部システムを導入するしかなく、今の仕組みだと解決にはハードルが高いと感じます。
――他のメディア業界についてはどうですか?
テレビはわりとAIを活用していて、AIアナウンサーにニュースを読み上げてもらうなど、上手に使いこなしている印象がありますね。映像コンテンツを作る際にも活用を検討しているらしいので、今後いろいろと変わってくるのではないでしょうか。ただ、今まで作り手側にいた制作者の方々の反発は避けられないと思います。
ちなみに、SNSに関しては少なくとも今はマイナス方向に働いていると思います。私は石川県出身で2024年元日に帰省していたので、まさに能登半島地震に直撃していて。そのときSNS内で生成AIの自動投稿が必要な情報をかなり遮ってきました。なので、SNSにおいては、AIを活用するどころか、どう対策するかのほうが大事になるのではないでしょうか。
――フェイクニュースやディスコミュニケーションを防ぐには、どんなことが大事だと思いますか?
やはり政治的な力が必要になってくると思います。実際に開発元はフェイクニュースの取り締まりに努力しているのですが、現状はなかなか厳しい。そして、私たち一般ユーザーにできることはかなり限られています。
なので、政治力によって生成AIの開発元に対策技術をつくってもらうようにするのが効果的だと思います。
――生成AIの発展によって、コモンナレッジ(共通知識)が失われつつあるという見方もあると思いますが、それについてはどう考えていらっしゃいますか?
みんなが信じられる情報を生むためには、技術より、教育の領域になるのではないかなと思います。
「これだけはさすがに教えておかなきゃいけない、間違ってはいけない」といった基準を生成AIのデータに付け加えておいて、教育現場で活用するという形は一つ可能性としてありかもしれません。ただし、まだそういうことに取り組んでいる学校は聞いたことがないですね。
――クリエイティビティに関しては、今後どのような影響が出てくると思いますか?
そもそも、「人工知能で作られたコンテンツをどれだけ人間が良しとするか?」という話になってくると思います。昔から音楽の世界では割と普通にAIを創作に使ってきました。それと同じように個人向けにチューニングされていくのかなとは予想しています。そして、そのチューニングの仕方に「その人らしさ」が出てくるのではないかと思います。
イラストなどの分野でも、個人向けにチューニングされたAIはありますが、「そもそもAIが個人の色々なデータを読み込んでつくったこと」そのものが批判されることも多いんです。なので、イラストや映像のような視覚コンテンツはどういった方向性になっていくかは、予測がつきません。
ただ、AIのクリエイティビティは非常にセンシティブな話題で、炎上しやすい傾向にあるんですよね。もちろんAIに対してネガティブな人は一定数いますし、そういう人の存在はテクノロジーでは解決できないところだと思います。
そういう炎上の影響でAI研究者の仕事がなくなることも珍しくなくて……。「最初にAIに仕事を奪われているのはAI研究者では?」というジョークもあったりします(笑)。
――AIがこれからの世の中で必要な技術だと考えると、ネガティブな声があったとしてもAIについて世間の人々に正しく伝えて、理解してもらう必要性を感じます。いかがでしょうか?
これはものすごく難しい問題です。技術者だけではおそらく解決できず、政治・経済の話にも発展してくる部分だと思います。
そもそも「仕事」を原理的に考えれば、生産能力だけを基準にしていますよね? そうすると、人間の「知能」はどう考えても機械ですべて代替できてしまうんです。このままAIを実装すると、人間の仕事が全てAIに置き換わるのは時間の問題です。
それが、各自が労働しないと賃金もらえない今の資本主義の体制下で起きるとなると、どう考えても全ての人間がAIに反対すると思うんです。なので、まずは政治経済的に「働かなくてもいい社会をつくる」ことではないでしょうか。
なんだかディストピア感が出てきてしまいますが、やっぱり社会の仕組み自体を変えないと難しいのではないでしょうか。
個人が持つAI(パーソナルAI)が仕事をする。つまり何かしら生産活動に参加し、その報酬として個人がベーシックインカムみたいな収入を得る。そのように、社会や経済の中にAIが組み込まれて合理的に活動することが普通になる。そのような形に、社会全体の仕組みを変えていく必要性が生じてくるのではないかと思います。ただ正直、研究者だけはどうにもならないという気持ちもあって非常にもどかしいテーマです。
日本だからこそ「ヒューマンwith 人間以外の知性」が実現できる
――人間の知性や能力に関することですが、ChatGPTを使うことで、今後さらに文章能力などは全体的に上がりますよね。そうなると、今井さんの会社で採用面接をするとき、「この人を採用しよう」と考える決め手や視点はどうなっていくと思いますか?
もし僕が採用側であれば、純粋にその人が今までやってきたことのマックス地点だけを見ると思います。僕の場合、今はAI研究者ですけれども、昔はポケモンのレーティングバトルで世界7位をとったことがあります。
その人が今まで取り組んできたコンテンツで、最大到達点になったものは何だったのか。習字やゲーム、囲碁、将棋、テニスなど、どんなジャンルでもいいんですが、自分が一番向いている、あるいは好んでいるものでどれくらいの成績を出せたか。それはもうAIが発展したところでどうにもならないところだと思うので、僕ならばそれを重視して人を見ますね。
非常に残念な話ですが、これからあらゆる分野で平均的な能力を持つ普通の人というのはどんどん淘汰されやすくなっていきます。なので、自分の好きなものや向いているものを見つけて、それを頑張ることが大事かな、と。現在、僕に子どもはいませんが、もしいたとしたらそう言うと思います。
――AI業界を見ると、「OpenAI」や「Anthropic」といった代表的な企業はアメリカが多い印象です。広く見たときに、今後の日本はどうなっていくと予想されていますか?
僕はむしろ日本にしか勝ち目がないと思っています。最初の話に戻りますが、少なくとも今のやり方を続ける限り、生成AIは一般人には何がありがたいのか分からなくなってくると思うんですね。
だとすると、おそらく強みが出てくるのは最先端な研究開発競争ではなくて、どういうふうにアプリケーションとしてカスタマイズしていくかです。
そして、AIは人間以外に初めて出てきた「知的存在」とも言えます。しかし、日本は「ヒューマンVS人間以外の知性」という構図ではなく、「ポケモン」「たまごっち」「ロックマンエグゼ」「鉄腕アトム」「ドラえもん」などのように「ヒューマンwith 人間以外の知性」の形でコンテンツを発信してきましたよね?
そういった文化資本の影響を受けながらアプリケーションで磨き上げができる環境は、おそらく世界中で日本だけだと僕は思っています。なので、どちらかというと日本は一番恵まれた環境にあるのではないかなと感じています。
2024年11月20日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:矢内あや+有限会社ノオト
※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。