ファンタジースポーツで新たなファン体験を! 駅伝の事例から「スポーツ中継×ゲーム」の可能性を考える @メ環研の部屋
スポーツ観戦人口の減少が危惧される中、テレビ中継の演出、スタジアム・アリーナでの演出、ファンコミュニティの創出など、スポーツチーム、団体、メディアなどが様々な工夫を展開しています。
その中で、日本国内で注目が高まっているのが、リアルの試合データとユーザー参加型のゲームを組み合わせる「ファンタジースポーツ」です。
今回は、そんなファンタジースポーツを実業団駅伝の中継で実践したTBSの「ドリームチームゲーム」の事例を紐解きながら、スポーツとゲームの親和性について探っていきます。ゲストは、株式会社TBSテレビの阿蘇博さんと横木慶輔さん。担当はメディア環境研究所の森永真弓上席研究員です。



「ファンタジースポーツ」とは?
今回のテーマである「ファンタジースポーツ」とは、実在のアスリートを組み合わせ、「自ら考えた最強チーム」を編成し、選んだ選手の実試合データを使ってチーム成績が算出され、その成績で参加者同士がランキングを競い合うゲームのこと。
ファンタジースポーツに近いものとして、日本ではお馴染みのゲーム「パワフルプロ野球(パワプロ)」「プロ野球スピリッツA(プロスピA)」「プロサッカークラブをつくろう!(サカつく)」「ウイニングイレブン」などがあります。これらは実在の(もしくは疑似的な)選手の特定期間のデータを使用し、シミュレーションされた架空の試合を戦うことで、その成績を競うゲームです。ファンタジースポーツは、その日リアルに行われた試合のデータが「自ら考えた最強チーム」の成績に反映され、参加者数分あるチームがその成績を競うゲームです。
海外ではスポーツを題材にした賭けゲームである「スポーツベッティング」の一環として、参加費を払い、上位の成績を残せば賞金を手にできるサービスが展開されている国もあり、アメリカを中心に盛り上がりを見せています。(日本では金銭を賭ける「スポーツベッティング」は法律で禁止されていますのでサービス展開はありません)

ファンタジースポーツの面白さは、ゲームで良い成績を残すためには競技やアスリートに関する知識や、活躍する選手を見極める分析力が必要になる点。好きな選手、知っている選手だけでチームを構成していても勝てるとは限りません。好きなチームや選手を応援するというスポーツファンの一面とは別に、ゲームで好成績を残すためにどうしたら良いかを考えるようになっていきます。
ゲームを続けるうちに、それまで知らなかった選手の活躍やチームの動向が気になるようになり、ファンの観戦頻度や分析力が向上していくこともあります。そして知っている選手やチームが増えると、試合観戦そのものへの楽しみも増していくのです。
また、ファン同士で戦略を競い合う側面が強いので、参加者が組み上げたチームには個性が出ます。試合後はそれぞれが立てた作戦を通じて「その選手の選び方は良いね」「その作戦があったか」などの、感想戦的なコミュニケーションが生まれやすくなります。そのため、ファンタジースポーツは、ゲームという切り口からファン拡大や熱量増加に結びつけられることが期待されているのです。
若年層のスポーツ離れを食い止める?
ファンタジースポーツが注目される背景の一つには、若年層のスポーツ離れがあります。その要因の一つとして、スポーツの試合は長尺である上に、得点が入るなどのハイライトシーンがいつ訪れるかわからないため、若年層には時間対効率(タイパ)が悪いコンテンツと認識されやすい事が挙げられます。近年倍速視聴など、時間あたりのコンテンツ密度が高いコンテンツが好まれる傾向が進む中、スポーツというものの特性上対策にも限界がある部分です。


そんな中、若者のスポーツ離れを防ぐため、競技団体やチーム、テレビ局などはスポーツコンテンツの時間あたりの密度を上げるためのさまざまな工夫をしてきました。

例えば、メジャーリーグではピッチャーの投球動作までの制限時間「ピッチクロック」を導入するなど、試合時間を短縮するためのルール改正をしています。また試合会場においては、バスケやサッカーなどのハーフタイム、野球のイニング間のショーなど、観客を飽きさせないためのイベントを増やしています。
テレビ中継においては副音声やデータを活用した解説を充実させることで「隙」を減らす工夫をするなど、テレビ局も初心者にわかりやすい番組づくりに取り組んできました。
一方で着目すべきは「ファン側に独自にその空きを埋めてもらう」ということです。古くはお茶の間の会話、今であればスポーツ好きの仲間同士の実況グループチャットもこれにあたります。今回紹介している、ファンタジースポーツも「ファンの側に隙を埋めてもらう」一つの方法です。試合の状況とは別軸で、自分が作り上げたチームがどんな成績を残すかというゲームが同時進行しながらスポーツを楽しむことができるため、試合時間あたりの密度は確実に上がります。そんな側面が世界的に注目されているのです。

ファンタジースポーツに参加していれば、実際の試合の趨勢が早々と決まったとしても、自分の予想があたるかどうかが気になって、最後まで試合を見てしまうことも期待できます。
TBSが駅伝でファンタジースポーツに挑戦
それでは、実際に日本でファンタジースポーツが行われた事例を見ていきましょう。「TBSファンタジー駅伝~ドリームチームゲーム」は、視聴者が実際に2025年の元日に行われた「TBSニューイヤー駅伝2025」に出場した選手やチームを組み合わせて、タイムなどを競うファンタジーゲームです。
参加費は取らずに無料ですので、スポーツベッティングには該当しません。純粋に、駅伝中継を見ながらファンタジーゲームも楽しむという、TVスポーツ観戦に新たなスタイルを加えてみようという取り組みです。

参加者はLINEプラットフォームから無料でエントリーでき、7区間それぞれに選手を選んで、自分だけのドリームチームを作ります。
レース当日は、実際の走行タイムや順位などのポイントがLINEの画面に随時反映され、ランキング上位者には高級肉などの賞品がプレゼントされました。

初めて「TBSファンタジー駅伝~ドリームチームゲーム~」を実施したのは、2024年のニューイヤー駅伝。その後、プリンセス駅伝、クイーンズ駅伝でも行い、今回の2025年元日のニューイヤー駅伝は4回目になります。初回の開催から現在に至るまでには、さまざまな紆余曲折がありました。

ファンタジースポーツは基本チーム戦の競技でやるゲームですから、日本ですと野球とかサッカーとか……になるのでしょうが、年間リーグを参加者みんなで競うとなるとちょっと期間が長すぎるなと思ったんです。ファンタジースポーツがまだ浸透していない日本で取り組むなら、もっとライトなものが良い。1日でレースが終わり、「タイム」というわかりやすいデータで競技が構成され、幅広い世代が注目している駅伝ならば……と思い、TBSの阿蘇さんに相談したんです。
阿蘇さんは、森永上席研究員から相談を受けた際、「テレビ局は長くスポーツ中継をしてきたが、スポーツの楽しみ方や観戦の仕方を伝えてきたのだろうかと考えさせられた」と話します。そうして、1年半かけて第一回のファンタジー駅伝の実現に至ったのです。

視聴者を巻き込む施策をやってみたいというのが出発点です。視聴者にゲームを楽しんでもらい、視聴率に繋がればテレビ局にとっては価値があります。それに、ゲーム上で新たなビジネスが生まれたらという期待感もありました。

10~30代の層にリーチするために、ファンタジーゲームのプラットフォームにはLINEを採用しました。今では、公式アカウントもとりました。
また、ゲーム性を高めるための細やかな工夫も。ファンタジースポーツの肝は、選手の年俸の総額の上限などのルール制限により、戦略性が生まれる点です。
ファンタジー駅伝では、
・7区間全て違うチームを選択すること
・6地区のチームを全て入れること
という2つのルールを設けました。

さらに、2024年のニューイヤー駅伝で、「1区2区で予想が外れてしまったら、残りの区間はただ見ているだけになってしまってつまらない」という声をいただいたので、最後まで楽しんでいただける敗者復活の仕組みを作りました。
それが2025年から導入された、
・1区や2区で下位に沈んだドリームチームを使って、参加者が6区や7区の選手を再度選択できる救済ルール「リエントリーチャンス」
・レース中にごぼう抜きが起こった場合にボーナスポイントが発生する「ごぼう抜きポイント」
です。このような細やかな工夫で、参加者を飽きさせないように調整を続けています。
参加者の約24%が29歳以下。若年層の視聴率もアップ

TBSニューイヤー駅伝2025のドリームゲーム参加者は約1万7000人。前年比の138%増という結果になりました。
参加者を募るために、プロモーションも積極的に実施。LINEやXでの告知に加え、テレビ視聴者に対するタッチポイントを増やすために、前日特番、直前特番、中継の冒頭でもゲームの告知を行いました。
ゲストとして、駅伝に精通している神野大地さんや乃木坂46の佐藤楓さんがドリームチームの予想に参加。前日特番では「ドリームチームゲーム」を中心に番組を構成し、ゲストのお二人にも注目チームや選手を紹介してもらいました。

さらに、直前特番や本番の中継中にも、ドリームチームゲームの案内や誘導を積極的に行っていきました。


日本国内の他のファンタジーゲーム参加者は2~3000人ほどと言われています。今回も前日の時点での参加者はちょうど2~3000人。しかし、地上波で直前特番が始まってから一気に1万7000人まで増え、テレビ誘導の強さが証明された印象です。


地上波の告知効果というのは非常に高いですね。実際、参加した方の6割以上は中継が始まった後にエントリーしていました。

ファンタジー駅伝の場合、お正月に家族みんなでテレビを見ながら参加するという、お茶の間での楽しみを提供できます。その意味でも、テレビと連動したファンタジーゲームの可能性を感じました。

参加者について、さらに詳しく見ていきます。最も多いのは50代の24.32%、次いで30代が23.16%でした。

10代以下と20代を合わせると24.13%で、50代とほぼ同数になります。若い世代がこのゲームに参加してくれたという結果は非常に励みになりました。
視聴率に関しても、「10~30代の割合が上がった」と横木さんは続けます。

必ずしもゲームのおかげだとは言い切れないですが、2024年と2025年の視聴率を比べると、13~19歳男女が1.2%から2.0%へと劇的に上がっています。また、男性の20~34歳も1.4%から2.0%へ0.6%増えています。

番組を作っていると、若年層に駅伝を見てもらうのは至難の技だと感じるんです。なので、拡散力のある10~20代の人たちに、ファンタジーゲームをきっかけに駅伝に触れてもらえたなら、それだけで非常に価値のある施策だったと言えます。

2年連続で、ドリームチーム予想のタイムランキング部門1位を取ったのが10代の男性でしたよね。この結果もとても興味深いですね。

はい。もちろんゲームと視聴率の関係性については、今後も定点観測する必要がありますが、これまで接点を持てなかった若い人たちとタッチポイントを作れたのは大きなポイントです。
「スポーツ中継×ゲーム」の大きな可能性
2024年7月にスポーツ局に配属になった阿蘇さんは、それ以前はほとんど駅伝を見たことがなかったそう。しかし、今回のドリームゲームに大きな可能性を感じたと話します。

本気でデータを解析しながら予想をしたところ、1万7000人中20位入ることができて、とても嬉しかったんです。私自身がまさに、ゲームに参加することで駅伝の見方を知り、ゲームを入り口にテレビを見るという新しい体験をしました。

競技に詳しいからといって勝てるとは限らないこともこのゲームの面白さですね。ビギナーズラックが起こりうるとスポーツファン以外の参加意欲が上がりますし、ついつい選んだ選手を応援したくなる。非常によく設計されていますね。

「今回予想した選手が別のマラソンの試合に出ていたら、『あの時に応援した選手だ!』」と応援したくなる」と阿蘇さんがおっしゃっていたのも、まさに次に繋がる効果ですよね。

ゲームを通じて、選手や競技の知識という「横軸」を作り出し、駅伝関係人口、スポーツ関係人口を広げていくこと。今後も、このようにゲームをもっと活用して新たなスポーツ文化を作り上げていきたいと考えています。
法律でスポーツベッティングが禁止されている日本。けれど、ファンタジー駅伝の事例からは、賭けをせずとも、スポーツ中継にゲーム性をもたせることで新たなファン体験を創出することができる可能性を感じさせてくれます。今後も、スポーツ中継とゲームの掛け算に目が離せません。
(編集協力=山田智子+鬼頭佳代/ノオト)
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