「記者ゼロ人の通信社」が目指す報道のあり方 JX通信社・米重克洋さんが考える、今後のメディアの役割とは?

博報堂 メディア環境研究所では、AIが社会や産業、メディアにもたらす影響について研究・洞察するプロジェクト「AI×メディアの未来」を立ち上げました。その一環として、さまざまな分野で活躍している有識者にインタビューを重ねています。

JX通信社はAIやビッグデータを活用し、「記者ゼロ人の通信社」として速報性の高い情報提供などを行っています。同社が2016年にサービス開始した「FASTALERT(ファストアラート)」は、SNSや各種データを活用し、災害・事故・事件の緊急情報をリアルタイムで収集・処理し、スピーディーに提供するシステムです。

今回は、そんなJX通信社 代表取締役・米重克洋さんにインタビュー。テクノロジーを活用した報道のあり方、今後メディアやジャーナリズムに求められる役割などについてお話を伺いました。

米重 克洋(よねしげ・かつひろ)
JX通信社 代表取締役
1988年生まれ。2008年、報道ベンチャーのJX通信社を創業。「報道の機械化」をテーマとして、データやテクノロジーを活かした情報サービスの企画・開発に取り組む。国内の大半のテレビ局や新聞社、政府・自治体、企業などにAIを活用して事故・災害等のリスク事象を速報する「FASTALERT」、600万超ダウンロードのニュース速報アプリ「NewsDigest」、全国のテレビ局・新聞社の選挙報道で活用される世論調査・情勢調査の自動化ソリューションなどを開発。AI防災協議会理事。著書に「シン・情報戦略」(KADOKAWA刊)。



正しい情報を社会に届けるために、「情報のライフライン」をつくる

――「FASTALERT」の仕組みや開発に至った経緯について教えてください。

「1億総メディア時代」の今だからこそ、生活者を“バーチャル記者”として捉え、彼らの目撃情報をリアルタイムに収集・分析し、事件・事故・災害をいち早く伝えられる仕組みを作りたいと考えていました。

そもそも、私がJX通信社を創業したのは、報道機関は裏づけのある正しい情報を社会に供給していく「情報のライフライン」として必要だと感じていたからです。そのために、コスト構造上の課題がある報道産業をしっかりとビジネスとして成り立つようにしたい、という想いがありました。

それまでの報道機関は、警察や消防に定期的に電話をかけて確認するなど人手に頼ったアナログな方法で事件や災害などの速報を取材していました。しかし、これではコストがかかるうえに、スピードや網羅性にも限界があります。

「記者ゼロ人の通信社」というと過激なフレーズに聞こえてしまうかもしれませんが、「人がいないという仮定で、どこまで報道の仕事を再現できるのだろうか?」と考え、あえて「記者ゼロ人」という制約条件を掲げてみました。

そうした理由から、集めた情報に対しての意味づけ、解釈、分析を加えて伝える役割はあまり担わず、JX通信社は「どこで何が起きた」という事実の材料となるデータを作っていくことに特化しています。そして、それらのデータは報道機関にも提供しています。最終的に意味づけは、報道機関などに委ねるスタンスです。

――「FASTALERT」の技術を活用しつつ、一般向けに精査されたニュースを配信しているアプリ「News Digest」では、SNSに一般生活者の方が情報を上げていますよね。

最近、「NewsDigest」でも「ここでこういうことが起きた」という決定的な瞬間を押さえた投稿が増えてきていて、独自の写真や動画も多くなってきました。

私たちはデータで社会を可視化することを目指しているので、もちろんSNSの情報だけにこだわりがあるわけではありません。ライブカメラやオープンデータもそうですが、「NewsDigest」ユーザーを通じて収集するUGC(一般の生活者が投稿する情報)も含めて、「どこで何が起きているか?」をリアルタイムで可視化することに力を入れています。

加えて、「それについて人々がどう思っているのか?」という世論の動きもデータとして提供できるようになってきています。

実は、今は報道機関以外のお客さまが圧倒的に多い状況です。「1億総カメラマン」とも言われる時代に、一般の人々の目撃情報を活用して、社会のあらゆる場所で何が起きているかを瞬時に可視化し、必要な人に届ける。今は、そういう大きな取り組みになってきていますね。

情報が溢れる時代だからこそ、何が本当なのかを見極める力が求められている。そのための新しい「情報のライフライン」を作っていくのが、私たちの目指しているところです。

AIと人のチェック体制を組み合わせ、迅速かつ信頼度が高い情報を提供する

――情報の信頼性を担保するために、どんな対策をしているのですか?

「FASTALERT」のコンセプトは、「未確認だけど、確度の高い情報を伝える」こと。つまり、「どこで何が起きたか」という速報性のある情報を流しています。なので、報道機関も「FASTALERT」に流れた情報をそのまま「確定情報」として扱うわけではありません。

報道機関は、「FASTALERT」で得た情報をもとに、実際に現場へ取材に行ったり、当局へ確認を取ったり、当事者に連絡をしたりと、従来の報道プロセスを踏んで確証を得ていきます。ただ、そうやって動きだすためには、そもそも「どこで何が起きたか」を迅速に把握する必要がありますし、同時に私たちも虚偽の情報を排除しなければなりません。

そこで、まずAIが、発信された時間や場所から情報を分析し、確からしい情報を絞り込んで取捨選択を行います。その上で、画面上に表示された情報を、さらに専門チームが「本当に正しいのか?」「もっと詳細な情報を提供できるか?」という観点でチェック・補完しています。

こうした仕組みによって、SNSに災害や事故の情報が投稿されてから、早ければ30秒ほどで報道機関に情報が提供される形になっています。

また、「NewsDigest」を通じて、市民の方々に地域の情報を投稿していただく。そうするとその地域における情報の密度や量が上がり、自治体の中における自助や共助の促進に繋がるんです。そのため、連携協定を結んでいる自治体もあります。

――メディアとの役割分担を踏まえた際に、情報を集めるという観点でほかに意識していることはありますか?

先ほどの情報提供とは別に、民意をデータで可視化する取り組み「世論調査」を行っています。

特に、意見が対立しやすいテーマにおいて、「みんな、大体こう思っている」というデータで示し、共通の土台を提示したいと考えています。それがあれば、「いや、私はこう思う」「実はこうなんじゃないか?」など本当の意味で健全な両論併記が成立し、噛み合った議論が生まれるのではないでしょうか。

また、これらの素材となる情報も、報道各社に提供しています。「FASTALERT」が収集した客観的なデータをマスメディアに提供することで、その分析力と発信力を活かし、より正確で信頼性のある報道につなげてほしいと思っています。

「人間だからできること」と「機械でもできること」を上手に組み合わせる

――この先、「人とテクノロジーの協業」によって、報道のあり方はどのようになっていくと思われますか?

記者の数はどんどん減っているし、報道にかけられる予算やコストも厳しくなっている。だから、ある程度は機械化していかないと、今後は今伝えているニュースですら伝えられなくなるかもしれない。この危機感は、業界にいる人ならほぼ全員が持っていると思います。

だからこそ、「これって本当に人間じゃないと取材できないのか?」、「人間にしか伝えられないことって何なのか?」などをもっと考えていく必要があります。そして、人間がやるべきところは、より付加価値を高める方向に進めていく。その一方で、機械ができることは徹底的に任せて、コストを下げながら速報性を上げる。

結局、「人間だからできること」と「機械でもできること」をどううまく組み合わせるかが論点になってくるのではないかなと思いますね。

――「人間にしかできないこと」は、具体的にどんなイメージでしょうか?

例えば、災害や事故って決定的なシーンを捉えるのがとても難しいんですよね。固定されているカメラでそういうシーンを撮るためには、「ここで何か起きるかもしれない」という事前の想定が必要となり難しいんです。

でも、人間は「何かやばいことが起きた!」と直感的に気づいたときに、すぐスマホを取り出して撮影できる。そういう意味では、人間そのものが“センサー”になり、リアルな存在をデジタルデータとして可視化できます。

これは、人間にしかできない部分かなと思います。なので、こうした情報が集まるできるだけ強いネットワークを作っていく。そしてAIが、集まった情報を価値判断して届けていく。

つまり、情報収集の部分は人間の力を活かして、情報の真偽の分析や振り分けはAIで行う。これを進めていけば、まさに“バーチャル記者ネットワーク”のようなものができ、新しい報道の形に繋げられると考えています。

また、マスメディアのような組織ジャーナリズムにおいて、人間にしかできないことの価値の一つは、問い・課題を定め、収集した情報を分析し、深堀りすることです。私たちが提供するのは、いわばレントゲン写真のようなもの。それを組織ジャーナリズムの方たちが医者として診断し、取るべき対応を考えていく。そんな役割分担があってもいいのではないかと考えています。

――今、社会全体で共通の規範意識がなくなって、それぞれ違う価値観を持つクラスターが増えているという話もあります。それについてはどう考えていますか?

確かに、お互いに「常識」を共有できていない時代になっていますよね。正直、この問題をどう解決すればいいのか、私もまだ明確な答えは持っていません。

でも、私たちとして一つ言えるのは、「共通言語として客観的なデータを提供できないか?」ということ。少なくとも、「同じ事実の土台の上で、意見Aと意見Bがある」という情報が共有された状態をつくることはできるのではないかと考えています。

それこそ、「alternative fact(もう一つの事実)」みたいな話が出てきてしまうので、そうならないために、「これが本当です」とちゃんと裏づけのある事実を大量に提供していく。そういう共通言語があれば、議論が噛み合います。そうなると、我々の活動も社会にとって必要な役割になっていくのではないかと思っています。

取材プロセスを公開し、インタラクティブなコミュニケーションを

――テクノロジーを通して、より多くの人に「これは客観性が高い情報だ」と思ってもらうために、メディアはどうすればいいのでしょうか?

今はインターネット、そしてソーシャルメディアという双方向のコミュニケーションで信頼やエンゲージメントを獲得していくことが当たり前と考える人が多くなった時代です。

ところが、現在マスメディアではそういう双方向コミュニケーションがあまり起きてはいないので、マスメディアの発信が一方的に見えてしまうんですよね。これからは、マスメディア側も双方向のコミュニケーションを積極的に行っていくことが求められていくと思います。

――マスメディアの双方向性を担保する具体的なアイデアはありますか?

双方向にするために、「なぜ今、こういう情報を伝えられないのか?」「どういう調査を経て、この情報がデマだと判定したのか?」など、その判断に至った具体的な取材プロセスもインタラクティブに説明していってはどうでしょうか。

例えば、記者がYouTubeでライブチャットを配信する。その時、視聴者から「なぜこのニュースを取り上げないんですか?」と聞かれたら、「その情報は知っているけれど、調べていくと嘘だと分かったので報道しません」と伝える。そうすれば、視聴者も「そういう理由だったのね」などの双方向のコミュニケーションが生まれるはずです。

世の中で信頼されている専門家やインフルエンサーの中には、すでに取材プロセスを開示している方もいます。こういった双方向のコミュニケーションによって理解や信頼を深めることは、報道機関にも必要なことではないでしょうか?

もちろん報道の営みの中で、報道記者が大事にしている事実確認のためのノウハウを内々に守ることや、報道倫理の観点で情報源を秘匿する義務といったことも考慮する必要があります。そういった点とうまく折り合いをつけながらも、取材から発信に至るプロセスをきちんとオープンにして説明したほうが信頼を得られるのではないかなと思います。

――AI時代の今、組織としてのメディア企業ができることは何だと思いますか?

組織の強みはやはり、大きな仕組みを作って安定的に動かせることですよね。これは、個人だとできないことだと思います。

また、特に政治や経済分野など大きな強い権力をけん制したり監視したりすることは組織ジャーナリズムの役割です。個人がうねりを起こしてネット世論を爆発させることはあるかもしれませんが、大きな権力と対峙すると、時には厳しい反撃を受けるリスクもあります。やはり個人のインフルエンサーだけで大きな権力を動かすのはなかなか難しい。

さらに、少なくとも今のAIに「問いを立てる力」はまだありません。これは人間しかできない、やるべきことだと思いますね。組織ジャーナリズムに関わる方々がいち早く問いを立てて、しっかりと伝えていくことは期待されている役割ではないでしょうか。

社会の中においてしっかりと監視して、「まずいことはまずい」と指摘していく力は1人の力ではできません。絵本「スイミー」の魚の群れのように、組織でジャーナリズムをやっている報道機関だからこそ果たせる役割であり、価値なのではないでしょうか。

聞き手は、メディア環境研究所 冨永直基(写真左)



2025年2月10日インタビュー実施

聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:矢内あや+有限会社ノオト


※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。また、博報堂DYメディアパートナーズは、2025年4月より統合して博報堂になりましたが、サイト内の社名情報は掲載当時のものとなっています。