AI映画で人間の作り手はどうなる? 生成AI映画が問いかける、クリエイションの本質を『グランマレビト』山口ヒロキ監督に聞く

2025年10月1日にOpenAIが最新の動画生成サービス「Sora2」を公開し、そのアウトプットの質の高さに衝撃が走りました。また、TBS系日曜劇場『VIVANT』の続編(2026年放送予定)でも、Googleのメディア生成AI「Veo 3」の活用が発表されるなど、動画生成AIの飛躍的な技術の進化と活用の報告が相次いでいます。動画生成AIは、今後、映像制作にどのような変化をもたらすのでしょうか。
今回のメ環研の部屋では、2025年8月に劇場公開された、映像・楽曲・音声の全てを生成AIで制作したSF映画『GRANDMALEVIT(グランマレビト)』の監督・山口ヒロキ氏を迎え、実際の制作プロセス、従来の映画制作との体制の違い、そして今後の映像制作の可能性について考えます。モデレーターは博報堂 研究デザインセンターの島野真 研究主幹です。
プロの映画監督が生成AIで映像を作ろうと考えたワケ
大学生の頃から映画を作り始めたという山口監督。小説や漫画の実写映画からオリジナルのSF作品などを手がけるなかで、2023年末頃に生成AIで映像を制作してみたところ、自身のSFやスチームパンクという作風とAIが生み出す映像との相性の良さに気づいたそう。
当時のAIが生成する映像のクオリティは現在ほどではなかったものの、その気づきをきっかけに「AIで長編の映画も作れるようになるのでは」と、生成AIを活用した映像制作を本格的にスタートしました。


2024年の前半です。1作目は『IMPROVEMENT CYCLE -好転周期-』。当時のAIは、2秒のスローモーションしかまだ作れない状況でしたが、それでもスタッフは脚本家も含めて3名、制作期間は6日間で完成しました。

『IMPROVEMENT CYCLE -好転周期-』は、世界的にも生成AIによる映画制作に挑戦する人が少ない時期に、映像、音楽、音声のすべてが生成AIのみで制作された短編SF映画として17もの映画祭で入選。その後、技術の進歩と認知度の高まりにより、生成AIによる映像制作の市場ニーズが増えるなかで、2025年3月に制作されたのが『グランマレビト』です。
実際の制作のプロセス
『グランマレビト』は、生成AIで制作されたオムニバス映画『generAIdoscope:ジェネレイドスコープ』を構成する3作のうちの1作で、2025年8月に日本初の生成AIによる劇場映画として公開されました。

物語の舞台は、「自錬機械」という名の自分で学習して成長していくロボットがいる世界。その暴走を止めるために働いている超能力者のおばあさんが主人公です。『グランマレビト』というタイトルは「おばあさん」の英語表現である「GRANDMA(グランマ)」と、来訪者を意味する「まれびと」を掛け合わせたもの。
制作の基本6ステップ
それでは、実際にAIでの映画制作過程を見てみましょう。山口監督は、大きく分けて6つのステップで制作しているそうです。


画像生成では、先にカット割りを考えておいて、そのカットごとに1フレーム目だけを生成するイメージです。その後、5種類の動画生成ツールを使いわけて1フレーム目以降の動画をつくり、AIアップスケーリングソフトで映画用に高画質化させます。
もちろん音楽やセリフもAIで作ります。キャラクターごとのセリフ音声は、音声生成AIをいくつか組み合わせて作成。このとき、セリフ音声に合わせて唇を動かし直す「リップシンク作業」のために、再度セリフ音声に合わせて唇の部分の動画を生成し直します。
そして、最後が編集作業。このステップでは、「Premiere Pro」や「After Effects」といった従来の編集ソフトを使用しているそうです。

「AIで映画を作りました」というと、AIにプロンプトを与えるだけで映画が出来上がると想像されがちです。しかし現在も、コツコツとワンカットずつ制作しているのが実際のところです。
目的や特性に応じて複数のAIツールを駆使
ここで注目したいのは、ツールを1つに絞っていないという点です。

ツールによって得手不得手があるんです。あるツールは、人間の動きを作るのは得意だけど、カメラワークが苦手、別のツールだとその逆などですね。それぞれのツールを使い込んで特徴や違いを把握した上で使い分けます。
実際のツールの使い分け例を見てみましょう。『グランマレビト』には主人公が手のひらサイズの棒状のアイテムのボタンを押すと、棒が伸びて掃除機が出現するというシーンがあります。
このシーンは、掃除機の出現前の棒が映し出されているスタートフレームと、掃除機が出現した後のエンドフレームを用意し、動画生成AIにプロンプトを与えて映像化を試みました。複数の動画生成AIツールのアウトプットを比較し、最終的には「Runway Gen 3」の生成した映像を採用しています。

一方、ロボットがカメラの方を向いて戦闘態勢を取るというシーンの作成は、別の生成AI「Kling AI 1.6」が適していたそうです。映像制作の現場では、表現したいものによって、ツールが使い分けられていました。


「ここだけは譲れない」という監督としての思いが伝わってきました。AIを使わない映像制作でも、撮りたいものによってカメラやレンズなどの機材を変えることはよくあります。AIツールの使い分けはそれと近いことなのかもしれないですね。
制作体制と期間が大きく変化。これまでの映画作りと変わること、変わらないこと
『グランマレビト』では、動画生成の段階で監督が文章に起こした演出やカメラワークの指示に基づき、アシスタントがAIで映像を生成し、監督がチェックするという制作体制が取られました。
AIにより、映像制作の作業は特別な設備を必要としなくなり、すべてデスクトップ上で完結できるようになりました。つまり働く場所の制約がないため、作業はすべてリモートワークになったそうです。


映画館で見たときのスタッフロールの短さは驚きでした。また、山口監督の制作スタイルのようにテクノロジーの進化に応じて、分業の仕方も変わってきそうですね。

そうですね。脚本を理解し、カメラワークを把握したうえで、生成AIのスキルを持つ。そういう新しい仕事、職業が生まれていくのだと思います。
また、山口監督は生成AIが数カ月単位で画期的な進歩を遂げていることに触れました。例えば2024年3月「Runway GEN2」と2024年9月「Runway GEN3」で生成した動画を比較すると、その精度の差は一目瞭然です。

ディティールの精度はもちろん、「GEN3」で制作した動画と比べると、「GEN2」では全体が静止画やスローモーションに見えるほどです。

さらに最新のツールで動かすと、いろんなカメラワークや歌って踊らせることもできるようになりました。監督が適切な指示さえ出せば映画が作れる、という段階に入ってきたと感じます。

監督のやりたいことに、AIがかなり的確に答えてくれるようになってきているのですね。監督の「何をやりたいか」の重要性がより一層、大事になるように思います。

AI映画時代の「人間の価値」と「映像の可能性」
では今後は映像制作のすべてがAIに置き換わる時代が来るのでしょうか。『グランマレビト』は「すべてAIでやる」というルールのなかで制作した、いわば実験的な作品ですが、山口監督はさまざまなAIを駆使するなかで、「全部AIでやる必要はない」という気づきを得たそうです。

特に人間がやった方がいいのは演技です。『グランマレビト』ではリップシンク作業の一部で、カメラの前で人間が演じた動きをAIに読み込ませてキャラクターに反映させましたが、当時は口元の再現はできても、同時に首を傾げるなどの表現には別の機能を使う必要がありました。

逆に言うと、人間の役者の演技ではこのような複雑な表現を自然にやっているということですね。
『グランマレビト』制作後に登場した「Sora2」ではかなり流暢に日本語を話している映像も生成できますが、山口監督は技術に驚きながらも、キャラクターに則った感情表現という観点では「うまくできた模倣にすぎない」と感じているそうです。

衝動やまばたきなどに代表される生身の人間による繊細な演技には、AIでは置き換えられない価値があります。一方で、野球の観客席を埋めるエキストラはAIが生成したものに置き換わっていく可能性がありますね。
そうなった場合、役者の演技の下積みをする場が別に必要になると指摘しつつ、このような可能性も提示しました。

今から役者を目指すなら、自分が主演の映画をいきなりAIで作っておくなんてことがキャリアの近道になるかもしれません。役者さんもAIを使えるようにしておくといいのではないでしょうか。
人間にしかできない価値のある演技、そしてこれまでの制作における制約を突破する力を持つAI。その両方の魅力を分かった上で、山口監督は実写とAIの二者択一ではなく、今後は両方を用いたハイブリッドな制作をやっていきたいと考えているそうです。

私の得意とするSFでは、低予算でオリジナル作品を作るのは至難の技です。AIの活用で、多くの予算が用意できなくとも監督のやりたいことが実現しやすくなるかもしれない。また、既存の作品でも、制作当初には予算や設備などの都合で諦めたシーンを、AIを活用したリメイクによって、理想に近い形に作り直していくことも容易になっていくのではないかと期待しています。
映像製作への生成AIの活用には慎重な声もありますが、まず「触る」「知る」ということに、AIとの付き合い方や未来の映像製作のヒントが隠されているといえるでしょう。

誰もがクリエイターになれる時代に選ばれるコンテンツとは?
AIにより誰もが簡単に映像を作れるのなら、世の中に大量の映像があふれることは想像に難くありません。
今後は、AIにより映像制作における予算や設備などの壁がどんどん取り払われ、使用ツールが最新のものであればあるほど、見栄えのいい映像がより簡単に生成できるようになると考えられます。クリエイターの裾野が広がることで、競争は厳しくなるかもしれません。
「AIによる出来のよさそうなアウトプット」が当たり前になったとき、生活者に選ばれるコンテンツとは作家性やアイデア、強い熱意、細部へのこだわりが作品のアイデンティティを形成し、ひいては生活者に選ばれる基準となっていくのではないでしょうか。
(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)
※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。
山口監督の映像制作では、生成された映像の商業使用が可能な有料版のツールのみを使用しています。1作目の制作はいつ頃ですか?