「メディアイノベーション調査2018」からみる、日本と各国の比較【3】前編 ~博報堂生活総研アセアン Deeさん、伊藤さんと考える、日本とタイの比較~

生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。このコラムでは、メディア環境研究所が2018年に日米中タイの4カ国で調査を行った「メディアイノベーション調査2018」(ご参考:プレスリリース)の結果について、各国に詳しい方に語っていただきます。
第3回はバンコク在住、博報堂生活総研アセアン(以下、HILL  ASEAN)の研究員Deeさんと、同じくHILL ASEANの研究員であり、メディア環境研究所の客員研究員でもある伊藤 祐子さんに、メディア環境研究所の小林がタイの結果についてお聞きしてみます。

イノベーションに対してドキドキ感のあるタイ

-メディア環境研究所 小林(以下、小林)
Deeさん、伊藤さん、こんにちは。どうぞよろしくお願いいたします。今日は、「メディアイノベーション調査2018」で行った「生活を変える55のサービス」について、各国の興味度ランキングをベースにお話しをうかがいたいと思います(図1)。

■図1:生活を変える55の新しいサービスに対する各国の興味度ランキング トップ10(メディアイノベーション調査2018)

このデータ全体を見て感じられたことや、この結果について賛成や反対かなどご意見あれば教えていただけますか?

-HILL ASEAN Dee(以下、Dee)
タイについてはデータを見て、その通りだと思いました。これはちょっと違うなと思った項目はありません。

-小林
これまで日本のランキングを、米国や中国と比較してきたのですが、タイで特徴的なのが新しいサービスに対する興味度の高さです。興味があると答えたサービスのパーセンテージを足しあげると、タイの総ボリュームは2402.2となり、4カ国で一番高くなりました(図2)。

サービス1件当たりの平均を見ても43.7と高いです。他の3カ国と比べて、なぜタイはこんなに高いのでしょうか?また、その逆で日本は981.4で、米国と比べて半分以下、タイや中国と比較すると4割程度にとどまっています。サービス1件当たりの平均も17.8と、非常に低いです。タイから見て、日本の興味度がなぜこんなに低いのか、もし仮説などあれば教えてください。

■図2
(出典:メディアイノベーション調査2018)

-Dee
まず、タイの興味の高さについてですが、4カ国中タイは一番発展途上な国です。他国と比べて、技術やイノベーションに関して最も発展していないので、すべてのテクノロジーに対してすごくドキドキ感があるのだと思います。

ASEANで1番先進国であるシンガポール以外のタイ、マレーシア、インドネシアなどはどんなテクノロジーに対してもスコアが高いんです。そもそも新しいテクノロジーが少ないマーケットなので、理由はそこにあるのではないかなと思います。

-HILL ASEAN 伊藤(以下、伊藤)
未来形のテクノロジーへの反応が日本とタイで違うのは、日本は便利さの裏側に、「データを取られているんじゃないか」など、安全性に対する疑いを持ちやすい。一方でタイでは、新しいものに対して飛びつく・受け入れる力が強いようなので、「便利で楽しそう!面白そうだし、いいね」と評価しやすいのだと思います。

タイの方は、技術以外にも「新しいもの」が好き。新しくできたお店やサービスが出ると、すぐに大挙するのですが、飽きるのも早くて、すぐに次のサービスやモノが欲しい傾向があります。国民性の違いもありますが、これまで様々なモノやサービスの受容性を図る定量調査をしてきましたが、日本のデータと比べて購入意向が非常に高く出る傾向にあります。ただ、実際にデータ通り、すごく売れるかというとそうではなく、アンケートにポジティブな評価をつけやすい傾向があります。

-小林
日本やシンガポールといった先進国の人が連想する新しいサービスと、タイやマレーシア、インドネシアなどの人が連想する新しいサービスは違うのでしょうか?

-Dee
HILL ASEANの調査結果によると、シンガポールと日本は同じような意見を持っていると感じます。どちらも新しいイノベーションの中で評価が高いのは、無人店舗など“人とやりとりをしなくていい”ものです。人件費が高いからかもしれません。イノベーション調査も同じような結果ですが、タイ人の無人店舗に対する興味度は低いです。

-小林
そうですね。日本では1位となった無人店舗が、タイでは最下位の55位になっているのがその象徴と言えそうですね(図3)。

■図3:各国の「無人店舗」に対する興味度(メディアイノベーション調査2018)

-伊藤
日本やシンガポールで既にあるサービスは、タイやインドネシアなどでは「もう少し先の未来」、つまり「あったら楽しそうなもの」という感覚だと思います。スマートスピーカーに関して言うと、ASEAN各国ではタイ語やインドネシア語などには対応していません。

普段から英語を話す人の中には海外から購入して使う人もいますが、まだ国内で一般発売されていないので「確かにあったら便利だよね」というイメージだと思います。そのような違いがスコアの違いにも表れているかもしれません。

-小林
まだ使っていないから疑うこともできないという感じなのでしょうか?

-伊藤
タイはあまり疑わない国民性なのだと思います。使う前に嫌だなとか、怖いな、などと思わずに、「とりあえず使ってみよう!」というポジティブな方が多いような感覚があります。

日本とタイでは「プライバシー」の感覚が違う?

-小林
日本人はインターネットに常時接続することに対して非常に不安を感じる方もいると思います(図4)。タイの人はどうでしょうか?こちらに対してもポジティブに考えているのでしょうか?

■図4:「家の中のさまざまな機器や家電をインターネットにつなげることは」4か国比較(出典:メディアイノベーション調査2018)

-Dee
タイ人はあまり不安に思っていないと思います。タイ人はSNSで自分が何をしているか、どこにいるか、自分だけではなく家族や子どもの位置情報も常にシェアします。家の外観や携帯番号も出す人もいるぐらいで、それがふつうの感覚です。

先進国の人は、もう何年もインターネットを使っている中でプライバシーやセキュリティ面を考えると思いますが、途上国の人はとにかくつながってシェアすることでコミュニケーションをとる方が大事だと考えています。逆に日本はなぜそこまで不安なのかなと思いましたね。

-小林
位置情報や子どもの写真もどんどんあげているということですが、誘拐など犯罪につながったりしないんですか?

-Dee
そういうこともあります。メディアでは親も気を付けて、位置情報をシェアしない方がいいよ、と注意しますが、タイ人のシェアしたい気持ちには負けていますね。子どもたちのSNSアカウントやページもたくさんあり、すごくかわいいからみんなフォローしてね、と子どもの情報を公開している人が日本などと比べてすごく多いと思います。

-伊藤
「プライバシー」の感覚やリテラシーについては、タイと日本や欧米とは異なる傾向があると思います。

-小林
ところで、タイの街中に監視カメラはありますか?

-Dee
あります。監視カメラがあることで、守られているような安心感があります。何か起きても証明として残るので…。

先日、中国人の知り合いに、中国の街中にたくさんある監視カメラに安心を感じるのか、それとも常に見られている感じなのかを聞いてみると「いっぱいあった方が自分は安心を感じるし、セキュリティ感が高い」という答えでした。

日本人に聞いたら逆の答えになると思いますが、タイ人は中国人とセキュリティへの感覚がなんとなく似ていると思います。たぶん、一般的なセキュリティレベルがまだまだの国なので、自分のプライバシーよりも安全のほうが、優先度が高いんですね。

-伊藤
安心・安全に対する考えについては、日本や欧米は既に安全が保障されている上で、さらに安心をプラスオンするため、「監視」という感覚になるのかも知れません。タイだけでなく、ASEAN各国で家庭訪問調査を行った際、一般家庭に防犯用(泥棒対策)の監視カメラが複数台設置されていて、日本の一般家庭よりも設置率や設置数が多いなという印象を持ちました。

高所得者だと個人的にガードマンを雇ったり、ハイクラスの住居地域ではエリア毎にゲートとガードマンが配置されていたりします。ASEANでは「犯罪を防止する」という意味での監視や安全の保障が求められているのだと思います。

★後編へつづく

プロフィール

伊藤 祐子
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) ストラテジックプラニングディレクター
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、トイレタリー、自動車、飲料、食品、教育など幅広いクライアントを担当。生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザインに加え、DMPを活用した業務も多数実施。また、「働く女性」を研究対象とした社内シンクタンク機関「キャリジョ研」を発足し、社内外に女性マーケティングに関するナレッジを提供している。2018年4月より現職。
Prompohn Supataravanich (Dee)
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) シニアストラテジックプラニングスーパーバイザー
立命館アジアパシフィック大学卒。タイ語、日本語、英語のスキルを活かし、大学卒業後は日本での勤務や、日系企業のタイ拠点での勤務を経験。2014年に博報堂グループのPRODUCTS Bangkok に入社、2017年から現職。トイレタリー、自動車、化粧品などのブランドマーケティングやデータマーケティングに従事。
小林上席研究員
小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。