「弱い・繋がる・共創」が新しい価値観に iU学長・中村伊知哉さんが考えるサステナブルな社会

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所では、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を踏まえ、2040年、あるいは、もっと早く訪れるであろう未来の姿を洞察すべく、各分野の有識者にインタビューを重ねています。

今回は、産業界との連携で新しい学びを提供しているiU(情報経営イノベーション専門職大学)学長の中村伊知哉さんにインタビュー。AIやテクノロジーが発展した先に訪れる未来社会や、今後のメディアやコンテンツ・ビジネスに求められることなどについて伺いました。

中村伊知哉さんには、2021年12月にも、少子化・超高齢化社会が到来する中での学びや若者の価値観の変化、ライフスタイルについて、お話を伺っています。

▼「超ヒマ社会」に向けて。iU学長・中村伊知哉さんに聞くオンライン化で変わる大学の学びと価値観
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中村伊知哉(Ichiya Nakamura)
iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長
京都大学特任教授、東京大学研究員、慶應義塾大学特別招聘教授、デジタル政策財団理事長、CiP協議会理事長、国際公共経済学会会長、日本eスポーツ連合特別顧問、大阪・関西万博2025 事業化支援PTプロジェクトリーダー、理化学研究所コーディネーターなどを兼務。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。MITメディアラボ客員教授、スタンフォード日本センター研究所長、慶應義塾大学教授を経て、2020年4月よりiU学長。内閣官房、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省などの参与・委員を歴任。近著に、『新版 超ヒマ社会をつくる – アフターコロナはネコの時代 – 』(ヨシモトブックス)など。

テクノロジーの発展につれ、自己の存在により深く立ち入ることに

――中村さんは、未来の社会はどうなっていると思いますか?

最近のAIの発展を見ていると、次の5つの段階でメディアテクノロジーがどんどん進化していると感じます。

1つ目は2000年頃から始まった、「インターネットに代表されるリアルからバーチャルへ」という動き。「Atoms to Bits」といって、世の中が「物質」中心から「情報」中心へ考え方が変化していきました。ビジネスや教育・学習、医療などすべての領域において、オンラインが活用されるようになりましたよね。

2つ目は、2020年頃から起きた「バーチャルからリアルへ」という動き。ロボットやIoT、キャッシュレスなど、現実の空間・現実のモノがデジタル化していく「Bits to Atoms」の流れです。ここ数年で、このようにリアルとバーチャルが一体化していく「データ駆動社会」がやっと現実になりました。以前は、このデジタル化は産業革命の延長と捉えられていましたが、明らかに文明の転換です。文明論でいえば、1.0が2.0になる転換期だと思っています。

3つ目は、メタバースに代表される「バーチャルに没入し、バーチャル空間が優先される社会」です。私の孫の世代には、食と睡眠以外はバーチャル優先という未来が訪れてもおかしくないでしょう。バーチャル上で変身したり分身したり、他人と自分が合体して活動することも普通に起こるのではないかと思います。

現在、VRゴーグルを付けて過ごしている若い人たちがすでに増えている感覚があります。バーチャルに没入しているほうが自分らしいと感じる人たちが、一気に増える可能性もあるでしょう。

4つ目は、「AIが自分よりも有能な存在になる」こと。たとえば、先生という職業が不要となり、AI家庭教師が登場する。またはAIの分身に自分をのせて、AIに働いてもらう社会はいずれ来るだろうと思います。

最後の5つ目は「ブレインテック」。つまり、人体拡張の分野です。脳からダウンロードする、脳へアップロードするなど、テクノロジーで身体を操作したり、肉体と精神を分離させたりする現実は、思ったより早く訪れるかもしれません。

このような進歩に伴い、未来の社会では自己の存在により深く立ち入ることになり、哲学や宗教の重要性が再び注目されるでしょう。

「面白いAI」に注目することが日本の勝ち筋に

――人間とAIの関係性については、今後どうなっていくと思いますか?

西洋の場合、AIは便利で役立つから使われていてビジネス利用の方向性で進化していくでしょう。人間にとってAIは先生か部下というイメージ。

過去のさまざまなテクノロジーやメディアの成長を見ると、日本の場合は「役立つ」「便利」よりも「面白い」「楽しい」「ゆるい」の方向性が考えられます。おそらく友達という関係性になり、成長していくのではないかと予想しています。特に、若年層から一気に広がっていくのではないでしょうか。

10~20年経つと、西洋も日本も同じになっていくのでしょうが、最初の取っかかりは違うのではないかと思います。

たとえば、iモードが始まったとき、女子高生がメールでギャル文字を作って広がり、それが大人の世代にも使われるようになりました。なので、まずは面白いAI、おかしなAIが生まれてみんなで遊んで広げ、日本から海外に出ていく。そちらに着目するほうに勝ち筋がありそうです。

その場合、どういうデータをAIに入力していくのかが重要です。ビジネス戦略としては、他国にはできないことから攻めていくこと。そうすると、日本の強みの一つはやはり漫画。すべての漫画データをAIに入力して、すごい漫画表現をAIが出すこともできる可能性があるわけです。

逆に、危機に陥るのが大学。自分のデータから素晴らしい伴侶となるAI先生を作れたら、並大抵の先生では太刀打ちできません。ただ、自分のAIを持った人が競争力を高めていくと、お金がある人だけがAIを持ってどんどんパワーアップし、とんでもない格差が生まれる危険性もあります。AI利用格差をなくすことが社会課題となっていくでしょう。

とはいえ、大学がAIを規制するのは本当にナンセンス。まず全員が使ったうえで、格差をどうやってなくすのか。それに取り組んでいく必要があります。

――SNSなどでアカウントを使い分ける「マルチアイデンティティ」についてはどう考えていますか?

マルチアイデンティティの利用は増えると思います。デジタルあるいはメタバースのネイティブ世代の人たちは、自然に活用できるでしょう。

また、アイデンティティの合体もありえるかなと思います。自分と恋人が一緒になって活動する、グループが一個人になってeスポーツで戦うなど。分散もあれば、融合もある。今はまだ見えていない面白い形がありそうですよね。

――今も対戦型のゲームでチームプレイをしているときは、グループ間の力や考え方の配分があって動いているわけですよね。それがゲームだけではなくて、いろんな世界に広がったらどうなるのか、考えると面白いですね。

新たなテクノロジーが実装できるようになったら、今までになかったマルチアイデンティティの可能性も出てくるでしょう。ただ、急激に変化が起きたとしても、みんなが使うほど広がるには20年単位で時間がかかると思います。

まずは自分の会社からサステナブルにしていく

――メディアについては、今後どうなっていくと思いますか?

ジャーナリズムやエンタメ領域においても、コンテンツを無数に出し続けられるAIが爆発的な威力を発揮すると思います。これまでのコンテンツは人が作るのが前提でしたが、今後はAIがほとんどのコンテンツを作っていく。人が生み出すものはごく少数になることを認識しておく必要はあります。そのうえで、無数に生まれてくる情報の宇宙の中で、自分がほしいコンテンツをちゃんと探してくれるフィルターの役割を担うAIが求められます。

また、著作権の意味も問われるようになるでしょう。ほとんどのコンテンツはAIが作るとなると、ごく一部の人が作った作品には一体どんな権利があって、何を守っていかなきゃいけないのか。どういう議論になっていくかはまだ予測がつかないですが、従来の著作権ビジネスとは根本的に異なる考え方をしていく必要があると思います。

――ちなみに、コンテンツとして人がやるスポーツはどうなっていくと思いますか?

身体的なコンテンツは残るでしょう。たとえば、肉体を使いながらもバーチャル空間で戦うスポーツなど、バーチャル×リアルの組み合わせはこれからどんどん発展していくと思います。

余談ですが、2021年の東京五輪のスケートボード競技では勝ち負けだけにこだわるのではなく、良い技が出せた選手を他の国の選手たちでも讃えあっていましたよね。今の若い世代には繋がって協調する新しい価値観が広まっているように思えます。

これまでは「強い」「率いる」を求めて進化してきましたが、逆の感覚である「弱い」「繋がる」「共感」「共創」など、サステナブルに生きることが大事だと思っている人たちが主流になっていく。そういう新世代のほうが、楽しみ方やウェルビーイングを知っているのだろうと思います。

――今までは勝ち負けを中心にスポンサーが付いたり、経済が回ったりしていたと思うのですが、新しい価値観の場合ビジネス上はどうなっていくのかが気になります。

私も明確な答えがあるわけではないのですが、最近興味があるのは100年以上続く老舗の価値です。現在のアメリカは「GAFAM」の「一人勝ち」状態ですが、今後「ネオ GAFAM」が出てきてひっくり返る可能性も大いにある。しかし、それをやり続けることに意味があるのかは疑問です。

一方、京都で500年続く企業は、成長や進化よりも分業で長く続けるビジネスモデルを作っているんですよね。儲かったら貯めておく、損したら先代が残してくれたもので食い繋ぐ、など。そういったモデルは世界でもあまり見ないものです。

今の学生は、後者の働き方を目指している子も多い。大きく振りかぶって稼ぎたい、起業したいのではなく、目の前にある社会問題に取り組みたいと考えている。根本に「人の役に立ちたい」というモチベーションがあって、楽しそうなんですよ。「自分は大企業に勤めて出世していく道には乗れないから仕方ない」という感じではなく、「これをやりたいんです」と仲間とバンドを組むような感覚なんです。

だからこそ、自分の会社を成長させて大きくすることよりも、まずはサステナブルにすることに意味があるのかもしれません。

メディアはユーザーやファンとの強固な繋がりづくりを

――広告については今後どうなっていくと思いますか?

広告はデジタルとAIをいかに共存させるか、だと思います。屋外広告を例にとると、2007年にデジタルサイネージコンソーシアムが作られて、いつでも、屋内だけではなくどこでも広告が見られる環境になりました。その結果、大量の広告に埋もれて、広告一つひとつの価値が低下してきた感覚があります。情報公害と捉える人もいるでしょう。

これからはたくさんの人が行き交う街の中で、大切な情報と広告をどう組み合わせていくか、という設計が重要だと思います。ひょっとすると、一度見たら静かに消えていく機能のついた広告や、広告を見ると得する仕組みなども求められていくのかもしれません。

そこにAIの観点が加わって、自分が見たいものにカスタマイズしてくれるといいですよね。自分向けの心地よい広告が届き、さらに見た人が得をする設計になっている。デジタル上に情報があふれつつも、AIでうまく制御する社会が求められていくでしょう。

――今後、メディア関連の企業が生き残っていく方法は何だと思いますか?

まず、コンテンツを持つ企業や広告会社に必要なのは、AI使いこなすことです。メディアがこれまで有してきた資産をAIに入れて、AIが情報提供できるコンテンツを準備しておくこと。そして、今のうちに支持してくれるユーザーやファン、お客さんとのコミュニティを強固にしておくことが絶対条件になると思うんです。

その方法として、イベントは有効だと思います。特に東京のキー局は、テレビ局の前にあるイベント会場で集客できる。そういった機能はとても重要で、有効活用すべきです。これまであまりそれを意図してやらなきゃいけないという切迫感はなかったかもしれませんが、イベントやビルをビジネス戦略の一部として使えるといいですよね。

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2023年11月16日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:矢内あや+有限会社ノオト



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