コロナ禍で誕生した「Picky Audience」とは 〜始まったメディア生活の問い直し〜
2021年の「メディア定点調査 2021」で、メディア総接触時間が昨年より40分近く伸長し、1日あたり7時間半になったことがわかりました。デジタルの割合も55.2%と過去最高水準で、生活者の半数近くが定額制動画配信サービスを利用するなど、メディア環境のデジタル化はさらに加速しています。
メディア環境研究所では、このような大きな変化の中で現れた「意思を持ってメディア・コンテンツを選択する生活者」に注目し、彼らを「Picky Audience」と命名しました。今後、生活者とメディアの関わり方はどのように変化していくのでしょうか。
2021年7月7日開催のウェビナー「Picky Audience ~始まったメディア生活の問い直し~」で、新美上席研究員、小林上席研究員、山本グループマネージャー(以下、山本GM)と共に新たな生活者像を探りました。
Picky Audienceとは?
「Picky Audience」とは、自分の気分にあったメディア・コンテンツを、意思をもって選り好み(Picky)する生活者のこと。
Picky Audienceを発見・命名するきっかけになったのが、メディア環境研究所が行った「メディア定点調査 2021」です。調査からは、スマホや定額配信サービスが浸透し、メディアに触れるタイミングが多様化したことが見えてきました。
これらのメディア環境が整ったことを前提に、「好きなものを好きな時に見たい」という意識が上昇し、主体的に情報を取りにいきたい生活者の欲求の高まりが、顕著に見られました。
調査結果から見えてきた「Picky Audience」は、実際どのようにメディアに接しているのでしょうか。
定額制動画サービスやテレビ局の見逃しサービスなど複数のサービスを日常的に利用し、かつコロナ禍でメディア接触・意識に変化があった生活者7名にインタビューを行ったところ、以下の4つの特徴が見えてきました。
特徴1:“なんとなく”はいらない
コロナ禍で生活の前提が変わり、生活者自身がコントロールできる時間が増えたことで、生活者は時間に対してより意識的になっています。“なんとなく”だった従来の時間の過ごし方や、物や人との付き合い方への問い直しが起こり、漠然とした選択から意思を持った選択へというシフトが起こりました。
「コロナ禍で価値観が変わった。時間を無駄にしたくない。飲み会を欠席したり、付き合う人を選別したりするようになった」(Sさん 47歳男性)
「情報があふれているので、自分で主体的に何の情報が欲しいのかという意思が必要」(Fさん 63歳男性)
特徴2:自分の好きなものが欲しい
インタビューからは、時間を有意義に過ごすために「自分の好きなもの」に接するよう意識する姿も見えてきました。その思いは「偏ってもいいから好きなものだけに接していたい」というレベルにまで達しています。
「興味のないことは頭に入ってこない。自分で好きな情報を選びたい」(Fさん 26歳女性)
「時間を割くなら自分の好きなものに。時間がもったいない」(Nさん 39歳女性)
「情報が偏っても問題ない。必要になったら調べたらよい。情報過多になるのが嫌」(Sさん 37歳男性)
特徴3:選ぶ基準は“自分に関係”あるか
その好きなものを選ぶ基準で、皆さんに共通していたのは「自分に関係あるかどうか」いうことでした。自分に関係がある、すなわち自分の役に立つのか、生活を豊かにしてくれるか、興味が持てるかなど「関係がある」にもさまざまありますが、興味が持てるものなら発信者は問わないという姿勢さえも見えてきました。
「情報源はSNS。米国ではコロナ禍でFacebookが地域の情報交換の場になった。日本でも類似のグループはあるが、内容は自分の日記のような感じ。役には立たなかった」(Yさん 32歳女性)
「誰が発信しているかは関係ない。テレビ局だろうと個人だろうと、興味を持てるかどうかという観点で選んでいる」(Fさん 63歳男性)
「選ぶ基準は私の生活を豊かにしてくれるかどうか。“子ども向け”と“子どもだけでなく私も興味が持てる”コンテンツなら後者を選ぶ」(Nさん 39歳女性)
特徴4:“いまの気分”に合うか
さらに、そのときの気分にマッチしているかどうかも重要です。定額制動画配信サービスを例に、下記のような意見が出ました。
「以前の気分転換は散歩だったが、今は定額制動画配信サービス。ワンクリックで気分のオン・オフが切り替えられることが大事。自分が見たいものを見たいタイミングで見るために複数のサービスと契約している」(Fさん 63歳男性)
「定額制動画配信サービスのジャンル分けはまだ不十分だと感じる。実際に視聴するまで、そのときのフィーリングと合っているかはわからない」(Aさん 39歳女性)
以上の特徴から、「Picky Audience」とは自由なメディア環境の中でも、あれもこれもと漠然と選ぶのではなく、「主体的に」「そのときの自分の気分に合うものだけ」を選ぶ生活者と言えるのです。
「なんとなく」接触から「高感度」接触へ 3つのPicky
コロナ禍では自由に使える時間が増え、同時に、好きなものが好きなときに見られるメディア環境が急速に整いました。その結果、メディアへの接触は「なんとなく」接触から、「高感度」接触へ変容しています。
Picky Audienceは何を基準にメディアに接触するのでしょう? 調査とインタビューからメディア接触のポイントと言える「3つのpicky」が見えてきました。
1つ目が「時間にpicky」。まず、生活者の時間への感度が顕著に上昇しました。Picky Audienceは意味のある時間を過ごしたいと考えています。
この「時間にpicky」に対して、情報の送り手が意識しなければならないのが「オーディエンスのリアルタイム」です。この「リアルタイム」とは発信者のタイミングではなく、生活者が見たいときのこと。その時間に「意味がある」と期待させ、わざわざ見に来てもらう。そんな精密なタイミングの出会い方が問われています。
さらに、生活者が「意味がある」と認識すれば、過去のアーカイブなどにも接触される機会が増えるでしょう。発信者はこの拡大したチャンスを生かして、生活者とコンテンツとの新たな出会いを作っていく必要があると言えます。
メディア接触が意味ある時間となるよう、生活者の中で自分に関係がある、役立つ、さらには生活を豊かにしてくれる、このような観点でメディア・コンテンツを選びたいという欲求が高まっています。
この欲求に対して、メディアに関わる人はどう応えていくべきなのでしょうか。それは、次の2つ目と3つ目のpickyが示しています。
2つ目の「関係にpicky」。もはや「みんなが見ている」は、メディア接触の理由ではなくなりました。これからの選択基準は「自分に関係があるかどうか」。コンテンツのもつ「役立ち」「機能」が明確であるものが選ばれていくでしょう。
例えば、「やってみたい」に役立つコンテンツ。生活者のニーズをスピーディーに読み取って、「いつ」「これができる」を明示すれば、そのタイミングでコンテンツを見るきっかけになるのではないでしょうか。
次に、「つながり」に役立つコンテンツ。みんなで同じメディア・コンテンツを見た感想をネット上で語り合うなど、共鳴する生活者同士で語れる、誇れる場を設けるということです。発信後の語り合いを前提に、情報発信をしてみることが重要になるのかもしれません。
さらに、生活者の大好きへの「没入」に役立つ仕掛けをつくるのも重要です。コンテンツまるごとではなく、ファンの没入に応える形で編集して発信する方法も考えられます。
山本GMは「大学生に最近のテレビの見方をインタビューした際、自分の好きなタレントの出演コーナーだけを切り出して公開してくれた番組に『本当にありがたい』と感謝していました」と実例を挙げました。
そして、3つ目が「気分にpicky」。生活者の「今の自分の気分にぴったり合うコンテンツが欲しい」という欲求の高まりは見えたものの、インタビューが示すようにその気分感度の高まりはアルゴリズムさえも言い当てられないほどになっています。ここで発信者がすべきことは何なのでしょうか。
必要なのは、まず気分の「重層性」の明示。インタビューで「動画のジャンルの細分化が不十分」という声が出ましたが、同じラブコメでもライフスタイルを描いた作品とサスペンス要素がある作品ではコンテンツの持つ気分は似て非なるもの。コンテンツのもつ気分の切り口を複数重層的につくり、明示することがより多くのメディア接触を生む鍵になります。
次に、「なりたい気分のモーメント」。コロナ禍では、コンテンツがもつ、気分を作れる、切り替えられるという価値が非常に顕在化しました。そのメディア・コンテンツがどんな気分をもたらすのかを可視化することが、生活者に選ばれるための重要なポイントになると考えられます。
そして、いまの生活気分への「行動提案」。気分にぴったり合ったものを見たい、気分を作りたいという欲求に応えるためには、視聴履歴を元にしたアルゴリズムのレコメンドだけでは不十分です。
オーディエンスの価値観、生活状況、季節性など、生活気分に寄り添った提案が、ますます重要になってきます。
例えば、コロナ禍で週末に出かけられない生活者に、「みんなで同じコンテンツを見て、SNSで感想を共有しましょう」と、呼びかけることも、生活者の気分への寄り添いからの行動提案だと言えるのではないでしょうか。
Picky Audienceを理解するうえで重要となる「3つのpicky」。イベント中、山本GMは「この1枚だけは持って帰っていただきたい」と強調した。
生活者のメディア接触が「なんとなく」から「高感度」へと変化している今。情報の送り手側も、「時間にpicky」「関係にpicky」「気分にpicky」の3つのpickyを前提として認識する必要があるのです。
まとめ
生活者のメディア接触への意識は、コロナ禍が終息してもポストコロナ前に戻ることはありません。しかし、メディア環境研究所はこの変化を大きなチャンスだと捉えています。
山本GMは「pickyとは、生活者のメディア・コンテンツに接する時間に求める役割、気分が明確になったということ。つまり、マーケティングサイドにとって生活者のニーズが明確になったということです。明確化されたニーズ、気分に向けた広告を作ることでコンバージョンに寄与し、さらにはブランドとの絆を深めていくことが可能になります」と結論づけました。
これらのディスカッションを受け、ウェビナーの後半では、コンテンツと広告との関係性を論じるパネルディスカッション「メディア生活を問い直す生活者の捉え方」が行われました。
生活者のメディア生活の問い直しの始まりは、裏を返せば発信者のアプローチの問い直しの時期が来たということです。Picky Audienceの視点を取り入れ、その期待に応えていくことが重要なのだと言えます。
※本イベントでご紹介したデータは下記で公開しています。どうぞご参照ください。
(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)
登壇者プロフィール
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