【メ環研の部屋】倍速視聴・ダイジェスト視聴に対する世代格差〜映画やテレビを早送りで観る若者の本質

メディア環境研究所の研究員が日々追いかけているトレンドや、調査速報などを発表し、ご関心をお持ちの皆さまとカジュアルに意見交換・議論をするオンラインイベント「メ環研の部屋」。

7月29日のテーマは「倍速視聴・ダイジェスト視聴に対する世代格差」。「『映画を早送りで観る人たち』の出現が示す、恐ろしい未来」(現代ビジネス)の記事を皮切りに、シリーズ計7本で若者の倍速視聴を分析したライターの稲田豊史さんをゲストに迎え、新たなコンテンツ視聴者像について考えました。モデレーターは、同シリーズで取材を受け、コメントも多数掲載されているメ環研の森永上席研究員です。

倍速視聴が広がる3つの理由

森永:そもそも、稲田さんが倍速視聴への関心をもったきっかけはなんだったのでしょうか?

稲田:昨年ごろから、10〜20代の若者はデフォルトで倍速視聴していると聞いていました。実は僕自身、かつてDVD業界誌の仕事に就いていたころ、業務上必要でやむをえず映画を頻繁に早送りで視聴していました。ただ、その後、作品を等倍でちゃんと見直すと「早送りでは作品の良さをほとんど味わえていなかった」と感じたんです。作り手に失礼とか、倫理的に許されないという話ではなく、単純に作品のおいしいところを見損なっている。にもかかわらず、習慣としてここまで浸透している理由は何だろうと思ったのがきっかけです。

稲田:倍速視聴について、現代ビジネスの記事で3つの理由を挙げました。1つ目は「作品数が多すぎること」。1980〜90年代、テレビは基本地上波のみ、レンタルビデオは1回で何百円もかかるものでした。しかし現在、テレビにはBSもCSもあるし、ネットの定額制動画配信サービスやYouTubeもあります。観られる作品数が10倍、もしかしたら100倍になりました。時間がとにかく足りない、だから早送りせざるをえない。

森永:もしかしたら、100倍じゃ済まないかもしれないですね。

稲田:2つ目は「コストパフォーマンスを求める人が増えたこと」。若者の間では「タイパ」(タイムパフォーマンス)という言葉で浸透していますが、「2時間の映画を1時間で観られたら得」のように、少しの労力でたくさん得ることをありがたがる傾向が、近年すごく強まったと思います。

3つ目は「早送りしても理解できる作品が増えたこと」です。登場人物の感情や状況などをセリフやモノローグで詳細に説明する作品が増え、1.5〜2倍速で観ても日本語音声や字幕で話が追いかけられるようになりました。

上の世代の早送りと何が違う? 世代間で異なる「倍速視聴」の行動原理

森永:記事に対して、読者からは「倍速視聴は若者だけじゃない」というコメントも寄せられましたね。記事で書かれたのは、同じ倍速視聴でも世代間で行動原理に違いがあるということだったでしょうか。

稲田:おおむね40代以上が若い頃に行っていた早送りは「本当に必要で観たいものだから大量に消化したい」「多くの作品を観ることで教養を得たい」といった目的がありました。つまり倍速視聴する人はオタクやマニアだったんです。でも、今はオタクでも何でもない普通の大学生が、初見の海外ドラマを倍速で見ている。そこに違いがあります。

森永:上の世代の倍速視聴には、自分で育てた好みをベースに合わないものは早送り、もしくは1つのジャンルで大量に消化する必要があるときに早送りするという構造があると思います。

今の10代〜20代前半は何もない中で、とりあえず話題になっているから全部やって……と、ある意味で振り回されていますね。記事ではその差が丁寧に説明されていました。

稲田:おもに若者の習慣に対しての違和感を示した記事なので、若者から大きな反発があると予想しましたが、実際は「僕たちのことを理解しようとしてくれている」といった好意的な反応も多かったのは意外でした。むしろ「“近頃の若者”批判がうざい」という声は若者以外に多かったです(笑)。

森永:私のところにも、若い子から「今まで上の世代と話がかみ合わないと思うことが多かったが、そもそも観点に違いがあることがわかった」という感想が複数届きました。あの記事によって、若者が上の世代と話が通じないと、もどかしく思っていることがつまびらかにされた面白さを実感しました。

稲田:記事をきっかけに、僕自身もたくさんの取材を受けました。多くの人が薄々感じていたことを、あの記事がはっきり輪郭をつけたのだと思います。

森永:稲田さんの記事を受けてテレビの情報番組の企画も作られましたよね。「若者は本当にオタクに憧れているのか?」と題して街頭インタビューが行われ、実際に若者が「いいっすよね、オタク」と言って、スタジオが震撼していました。

稲田:記事中で森永さんがご指摘されていましたが、彼らが言う「オタクになりたい」は、「所属欲求」「推し活動による楽しい状態に憧れる」という意味合いなんですよね。昔のオタクのような博識さは求めていない。

森永:ファンやオタクを名乗る人達の中身が、若い世代と上の世代で微妙にずれてきている感じはしますね。「人生を豊かにするためにコンテンツを摂取する」というよりも、「今日・明日のような短いスパンでの楽しさを求めている」と言えそうです。

無駄が怖い? 若者がコスパ・タイパを重視する理由

稲田:今の話を広げていくと、即物的なコスパ主義にたどりつきます。例えば昨年7月、著名な探検家の角幡唯介さんが若い記者から「角幡さんの探検は社会の役に立ってないのでは」と質問されて絶句したことが話題になりました。これと同じで、多くの若者がなにかにつけ「これは何の役に立つのか」を即物的に求めている。結果「これから観る映画にどんな意味があるのか」を常に考えてしまうんですね。

森永:大学でゲスト講師をしたとき、最後の質疑応答で学生から「クリエイティブなこと、アイデアをたくさん考えられるようになるにはどうすればよいですか」と聞かれて、その場で「無駄なことをいっぱいすること」と答えたら、その日の学生アンケートで250人中200人くらいが講義の感想ではなく「無駄なことをしてもいいと聞き、勇気が出た」と書いてきたんです。そんなに無駄なことへの恐怖心があるのかと、強い焦燥感を覚えました。

稲田:僕も『「こち亀」社会論』(イースト・プレス)という著書について、ゲスト講師をしている大学の学生から「もしかして、本を書くためにこち亀200巻全部を読んだのですか?」と聞かれました。こち亀全巻を解析する本ですから当然読んでいるわけですが、彼が「読んでいない可能性も考えたこと」に驚きました。その学生が悪いと言いたいのではなく、ごく自然にそういう質問が出てくることに驚いたんです。それくらい、作品を端から端まで端折らずバカ正直に味わうことが普通ではなくなっていると感じました。

森永:イベント参加者から、「本にも要約サービスがありますよね」とコメントがありますね。

稲田:僕の『「こち亀」社会論』も“要約”されていますよ。30万字近い内容が3000字に(笑)。もちろん大事なところだけを巧みに抽出した「超濃厚な3000字」になっている可能性はありますが、実際は目次を並べただけだったり、前書きを触っただけだったりというケースもありますよね。

要約と言えば、「本の要約番組」というものがありますが、大著に考察を加えながら巧みに編集・構成して短尺で伝えることと、映像作品を単に早送りするのはまったく違います。

森永:要約は編集構成する人の視点が加わりますね。要約という言葉の意味も若い人と上の世代では違うのかもしれません。

稲田:こんな話もあります。2011〜12年と12〜13年に『プリキュア』の脚本を担当した小林雄次さんは2019年、『スター☆トゥインクルプリキュア』(朝日放送テレビ)の脚本を書くことが決まった時、関係者に「あの頃(6年前)とは違いますよ」と言われたそうです。

どういうことかというと、1話に入れなければならない情報量が増えたんだそうです。玩具スポンサー絡みで登場する新アイテムが年々増えていて、説明しなければならない新キャラや世界観も込み入っている。それを脚本でさばかないといけないんです。当然、子供たちはそのような情報がぎゅうぎゅうに詰まった作品に慣れていくので、どうしたって「しばらく何も起こらないシーンを見続けて何かを感じる」といった機会は少なくなりますよね。

ちなみに小林さんが現在脚本を手掛けているアニメ『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』は、困りごとがある子どもが不思議な駄菓子を使うことによって問題を解決するストーリーなので、舞台や登場人物や駄菓子は毎話異なります。つまり毎回いちいち舞台とキャラと駄菓子を説明しなければなりません。2、30年前なら30分枠1話、せめて15分枠1話でいいような内容ですが、『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』の本編はたった7分。情報をぎゅっと収めているんです。

森永:6月22日に開催したメ環研の部屋「発見!令和のテレビっ子」の回でも、大学生がテレビのニュースは便利だが、テンポが合わないため録画して倍速で見たり、YouTubeで見たりすると話していました。

稲田:僕もニュースを倍速視聴することに違和感はありません。ニュースは「情報」なので。引っかかるのは「物語」です。脚本家は30分のドラマなら30分の時間をかけて観ることを想定して書いています。その時間が人によって変わるなら、そもそもの大前提が崩れてしまいます。脚本の書き方からして変えなければならないかもしれません。

森永:今、放送中のある医療ドラマでは冒頭20〜30分で1つの事件が解決しています。「今日も面白かった!」と思ってふと時計を見ると「まだ残り数十分ある!」と展開の速さに驚きます。ただ、そのスピードの速さは見ていてストレスになりやすい人間関係のいざこざなどの展開も、畳み掛けるように一気に見終われてしまうんですよね。別の従来どおりのスピード感のドラマは落ち着くテンポだと感じつつ、「この事件、1話で収まるのかな?」と思うことがありました。人によって求めるテンポが異なるかもしれませんね。

稲田:テンポがいいとは、展開も速いということ。会話の中で「昨日のドラマ、1時間なのにめくるめく展開でさ」と聞けば、すごくお得な感じがしますしね。

一方で、わかりやすく劇的な展開がないタイプの落ち着いた作品は、一部の層にすごく刺さってたとしても、「早送り」「コスパ」「タイパ」の文脈においては拡散しづらいかもしれません。一言で魅力を伝えにくいですからね。今後、映像作品というものをどう作るべきなのかは難しいところです。

「友人と話せること」もコスパのいいコンテンツの条件に

森永:コスパやタイパ重視について「他の人の半分の時間で見られて『得した』という満足感があるのはなぜか」という質問がありました。

稲田:若者のコスパ、タイパ重視は「焦り」から来ていると思います。これは大人のせいですね。何年か前に「ライフハック」という言葉が流行りましたよね。いわゆる時短・効率化テク。仕事上は確かに役立ちますが、徐々に「そのテクニックを知らないやつは情弱でバカ」という空気が広がっていきました。

そういう下地があれば、倍速視聴も効率的に見える。そこから「早送りにしない奴はバカ」「バカの烙印を避けたければ倍速視聴」という流れができてしまったのではないでしょうか。それがもっと進行すると「この作品を見ていない奴はバカ」になる。

森永:自分の空いた時間をどう情弱じゃなく過ごせるかが優先されているように感じます。

稲田:ある大学生から「今の大学生は昔の大学生と違って忙しいんです」という切実な声も寄せられました。親の仕送りだけでは足りず、学費や生活費を稼ぐためにアルバイトにも励む学生は実際に多い。つまり作品数は増えているのに、余暇時間は少なく、しかも限られたお小遣いの中で選び抜かなければなりません。

森永:その点、映画はヒット作を選べば失敗が少ないですね。

稲田:そうですね。作品自体の面白さの保証もそうですし、例えば興行収入400億円の『鬼滅の刃』を見ておけば、その1本を見ただけで多くの人と話せるので、コミュニケーションツールとしてもコスパがすごくいいんです。

僕はこの間、映画館で観た『プロミシング・ヤング・ウーマン』が良かったのでFacebookに「傑作でした」と投稿したんですが、観ている人が少ない作品だったのであまり反応がありませんでした。これが大ヒット映画の感想投稿だったらずっと反応は多いでしょうし、コメント欄も盛り上がるのに。

反応がないことについて僕は大人なので「残念」で済みますが、高校生や大学生にしてみれば、限られたお小遣いをはたいて観に行ったのに何のコミュニケーションも生まれなければ、「損した」「コスパが悪い」と思ってしまうのは当然かもしれません。

森永:彼らは反応がないことに結構傷つきますよね。

稲田:無視されるリスク、そして自分の意見が圧倒的少数派だったらどうしようという恐れも抱いていますよね。いわゆる“ファーストペンギン”にはなりたくない。だから流行っている映画はどんどん観に行くけど、流行っていない映画は足が遠のく。

森永:様子見してますよね。

稲田:空気をすごく読んでいます。だからある作品について「ディスるのが多数派」という空気が先にできてしまったら、そこに乗らざるをえない。あえて反旗を翻すのは勇気がいる。

森永:その一方で、「他人と違っていたい」と強く思っているのが興味深いです。焦りも強い。

稲田:その結果、短時間で個性的なスペックを持った人間になるべくタイパに走るんですね。ねじれてますよね。本末転倒とでも言いましょうか。

森永:タイパが良いことを求めるというより、悪くなることを恐れている感覚がありますね。

倍速視聴で生まれた時間をどう使う?

稲田:海外での状況ですが、僕の知る範囲で言うとドラマの尺が日本以上に長い韓国では、倍速視聴はそんなに珍しいことじゃないそうです。欧米ではどうなんでしょう?

森永:英語圏のユーザーが圧倒的に多いNetflixで、デフォルトのサービスとして倍速機能がついたことから、これは世界の要望なんだなと感じました。YouTubeも倍速対応は早かったですし、Tik Tokの動画は最初から倍速感があります。

ただ、こうやって倍速視聴をした結果獲得した時間で、若者が別の有益なことをするのかというと意外とそうでもなく、その時間でTik Tokをただダラダラと見たりしています。そして後で少し後悔するようです。

稲田:後悔ですか。

森永:若者はまとまった時間をうまく使えなかったことに対して過剰にストレスを感じています。スポーツも倍速視聴はおろか、ダイジェストだけ見ればいいという若者が増えています。

そのなかでオリンピックがじっくり観られているのは、面白い現象です。開会式を含めて4日目までの世帯視聴率は、普段トップのNHKニュースをオリンピック関連が抑えていましたし、Twitterでも明らかに競技の流れを追っていないとでてこない気づきや反応が盛り上がっていることが度々発生していました何でもかんでもダイジェストとは限らないのだな、と感じました。

まとめ

対談からは、表面上は同じ「倍速視聴」でもその行動原理は世代間で大きく異なることが見えてきました。上の世代にとっては、倍速視聴は自らの欲求を満たす方法であるのに対し、若者では「人からどう見られるか」という意識が大きく作用しています。

さらに若者の場合は視聴の際に、強い時間的、金銭的コストの制約が加わることで、結果として面白さの保証がありコミュニケーションツールとして役立つヒット作に人が集まり「同じものをみんなで観る現象」が起こりやすくなっているようです。

エンタテインメントにさえ無駄を恐れる若者にはどのようなアプローチが適切なのでしょうか。メ環研では引き続き若者を取り巻く環境と、そこから生まれる新たな行動原理を追っていきます。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

稲田 豊史
編集者、ライター
映像配給会社ギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に新卒で入社。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年に独立。 著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『「こち亀」社会論 超一級の文化資料を読み解く』(イーストプレス)。「現代ビジネス」「サイゾー」「SPA!」などで執筆。
森永上席研究員
森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。共著に『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか』(マガジンハウス)がある。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。