現実化する「メタバース」の世界 ~起源と意味、今後の可能性を考える~ @メ環研の部屋

2021年、社名を「Meta」へ変更したFacebookを筆頭に、テック系企業がこぞって「メタバース」への投資や実務体制の拡充を発表しました。ワシントンポスト紙は「メタバース=インターネットの次なるもの」と紹介するほど。

メディア環境研究所では、10月28日開催のオンラインイベント「メ環研の部屋」で、「生活時間・消費行動・興味関心がリアルから移行する? 現実化するメタバースの世界」をテーマに議論を行いました。

そもそもメタバースの意味とは? 一般に普及する可能性やこれからの課題は? メディア環境研究所・島野所長と森永上席研究員がメタバースを解説・考察します。

プラットフォーム企業が次々に「メタバース」へ言及

「メタバース」という言葉が初めて使われたのは、1992年に発売された「スノウ・クラッシュ」というSF小説だとされています。

著者は、ニール・スティーヴンスン。シリコンバレー発の多くのベンチャー企業経営者が
影響を受けてきた同作。日本でも2022年1月、早川書房から復刊予定。

そんな「メタバース」に注目が集まり始めたのは、プラットフォーム企業各社の決算発表等で言及された2021年7月ころから。そしてFacebookがMetaへの社名変更を発表した10月にはさらに注目が高まりました。代表的なものをピックアップしましょう。

・Facebook 「Facebookは今後数年のうちに、ソーシャルメディアを主とする企業から、メタバースの企業になる」

・マイクロソフト 「デジタルとリアルの世界が融合していく中で、メタバースの先陣を切る」

・Roblox(ロブロックス) 「Robloxはメタバースの『善き羊飼い』だ」(羊飼い=ヨハネ福音書。人々を正しく導く存在=神)」

・Epic Games 「Epicがメタバースの構築に向けて投資しているのは、公然の事実だ」

まだまだ未確定な「メタバース」の定義

ここからは「メタバース」という言葉を深堀りしていきます。

一般的に「メタバースとは、通信ネットワーク上に作成された多人数が参加可能な三次元の仮想空間。参加者がその中で様々な目的をもち、自由に行動できる場所」のこと。とはいえ、現時点ではメタバースの定義はあいまいなところがあり、企業や人により異なって使われていて、統一されていません。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210713001/20210713001.html

最近では、経済産業省もメタバース市場に注目。2021年7月にレポートを出しています。

その中で、仮想空間は、「多人数が参加可能で、参加者がその中で自由に行動できるインターネット上に構築される仮想の三次元空間。ユーザはアバターと呼ばれる分身を操作して空間内を移動し、他の参加者と交流する。ゲーム内空間やバーチャル上でのイベント空間が対象となる。」と定義。

メタバースは、「(プラットフォーマーから提供された)一つの仮想空間内において、様々な領域(例:ゲーム・教育・医療等)のサービスやコンテンツが生産者から消費者へ提供」される場と紹介されています。

メタバースが提供する価値は、「地理や空間など物理的な制約から解放される」「非日常的な体験ができる」「リアルでは味わえない自己実現ができる」「多様な生き方、人格が肯定される」など。

生活者にとっては、興味・関心がある対象に出会えるなど、居心地がいい空間となるでしょう。あるいは情報発信したり、欲しいものや情報が手に入ったりする「場」としての意味が大きくなります。

島野所長は「メタバースに一定の時間滞在するようになり、モノやコトを消費したり、エンタメやサービスなど体験を深めたりする場になれば、メディア・広告ビジネスにとって無視できない存在になる」と予測しました。

映画の題材としても使われる「メタバース」

メタバースを深く理解するヒントは、映画作品の中にもあります。

その一つが、2021年夏に公開された映画『竜とそばかすの姫』。自然豊かな高知の田舎に住む主人公が、仮想空間のSNSサービスに参加。もう一つの現実の中で成長する物語です。ほぼ同時期に公開された、AIで動くモブキャラが主人公のアクションコメディ『フリー・ガイ』もメタバースが舞台の作品の一つ。

島野所長は、2018年に公開されたスピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』も紹介しました。舞台は2040年代。主人公達はオアシスという仮想空間の中で、アバターの姿で大半の時間を過ごしています。「ゴーグル1つですべての夢が実現する、誰もがなりたいものになれる場所」としてメタバース空間を舞台に描かれた作品です。

森永上席研究員は「ハリウッド発の映画では、バーチャル空間はカッコイイ方向に作られがちですが『レディ・プレイヤー1』では非常に雑多な感じでした。ポリゴン数の多いクオリティ高いCGキャラあり、ラフなイラストそのまんま感ありの世界観の統一感のなさが「現実にメタバースが定着したらこんな感じなんだろうな」というリアル感を自分の中に残した。日本で制作された『竜とそばかすの姫』も、キャラクターも含めて雑多な世界観が描かれていた。カワイイもダサいもごちゃごちゃとある感じ。これから定着する実際のメタバースは、多様性を包み込む方向に行くのではないか」と推測します。

「セカンドライフ」はメタバース? 生活者に広がる「メタバース」なサービスたち

最近、注目されはじめたように見える「メタバース」。しかし、「実はメタバースの概念は昔からあった」と島野所長。

それが、2003年にアメリカで生まれ、2005~2007年ごろに日本で話題となった「セカンドライフ」というサービスです。このサービスの中で、各企業が島を作ったり、大学がキャンパスを設けたりしていました。

セカンドライフは今でもサービスは継続しています。しかし残念ながら、期待されたほどには一般に定着しませんでした。島野所長は、その理由として下記の4つを挙げました。

・当時のパソコンや通信環境のスペックが低く、没入感が得られなかった

・スマホ登場前のサービスだったため、いつでもどこでも楽しめる気軽さがなかった

・処理能力やサーバーに限界があり、一度の参加できる利用者が限られ、場が閑散としていた

・マネタイズへの期待が先行し、生活者にとって受け入れにくかった

しかし、今は状況が変わってきています。端末や回線のスペックが向上し、モバイルによる常時接続も一般化。SNSやZoomの普及により、オンライン上で人と繋がることも当たり前になりました。

「フォートナイト」や「あつまれ どうぶつの森」など、三次元CG空間での操作や感覚に馴染んでいる人も増えています。そのほかに、Facebookの仮想ワークルーム「Horizon Workrooms」や企業の「バーチャルショールーム」なども増えてきました。

「すでにメタバース普及に向けた環境が整ってきたと言えるのではないか」と島野所長。

同時に、「メタバース的な仮想空間」へ生活者の期待が高まっているというデータも。メディア環境研究所が行った「新メディア行動欲求調査」の結果を紹介しましょう。

調査項目の中で「ゲームなどバーチャル空間にアバターで入り、そこにいる人たちと交流したい」「ゲームなどバーチャル空間で、コンサートや演劇、テレビ番組を見たい」は、10~20代の数字が特に高くなっていますが、40~50代でも10~20%前後。メタバースに対する期待や欲求は高まっているといえます。

メタバースが成立するために求められる要件

それでは、自由な交流が生まれるオープンなメタバースが実現するためには、どういった条件が必要なのでしょうか。島野所長は下記の3つのポイントを挙げました。

1.没入感……現実の世界と同じように感じ、行動できる。わかりやすい操作性。レスポンスの速さ

2.コミュニティ……リアルな人同士が繋がって、コミュニケーションやインタラクションができる。消費するだけではなく、何かを提供して人が買ったり評価したりする参加型社会の構築

3.エコシステム……経済がまわる仕組みがある。複製不可能にして付加価値を上げるNFTや、悪用されないためのブロックチェーンなど

「この3つが実現してはじめて、人間が時間やお金を消費しつつ、長時間過ごす場になっていくのではないか」と島野所長は分析します。

メタバースが広まるきっかけはどこにある?

続いて話題は、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)に。森永上席研究員は「仕様をオープン化し誰でも自由に参加できる形にすれば、壮大なイベントになるだろうというレポート(三菱総合研究所:https://www.mri.co.jp/knowledge/mreview/2021052.html)が出されているが、まさにその通りだと思う。セカンドライフでは、建物を建てたりモノを作ったりする手段が限られていることが参入の大変さを生んでいた。しかし今は、3Dのオブジェを作るソフトがたくさんあり、最後に仕様に合わせたアウトプットをするだけで参入でき仕様を早めに公開することで、参加者の裾野がおおいに拡大し盛り上がるはずだ」と、万博が一つのきっかけになることを期待しています。

島野所長は「どうコンテンツを作り続けていくかも論点になっている。3D空間で無限の世界が広がっていても、企業だけでは追いつかない。みんなが参加して街やコンテンツを作れる形にしておかないと、飽きられてしまう」と話しました。

一方で、メタバース空間に入るためのデバイスをどうするか、という問題もあります。メ環研では以前、ヘッドマウントディスプレイ「Oculus Quest 2」を使って「家電が話し始めるバーチャル空間を体験してもらう」調査を行いました。体験時の脳波を計測すると、男性よりも女性のほうが脳波の反応が大きいという結果がでました。

「丸みがありカラフルなデザインのパソコンが登場したとき、女性も一気にインターネットへ入ってきた。同じように女性が拒否感を抱きにくいデバイスが出てくると、変化がおきるかもしれない」と森永研究員。

メタバースの「没入感」とどう付き合えばいい?

メタバースの特徴の一つは、没入感。ただし、実際に生活者の中に広まるにはまだまだ課題も。

「今でも、リビングに家族が揃っているのに、娘だけが一心不乱にスマホを見ているような状況がある。同じ場所にいても、心は一緒にいないというか。メタバースで、その状況が顕在化するのでは」と島野所長。

森永上席研究員は、「ヘッドマウントディスプレイは没入しやすいが、外の世界との接続を保つことも必要。例えば、コロナ前までは耳を塞いで外の音を遮断し、没入できるヘッドホンが良いとされていた。しかし、コロナ禍で在宅でのオンラインミーティングが増えてからは、骨伝導など外の音も聞こえて耳が疲れないオープンイヤー型のイヤホン・ヘッドホンが求められるようになった。同じように外部環境とのゆるい接続を残しながら、没入しすぎないかたちでアクセスすることを求めるようになるかもしれない」と、メタバース空間へ入り込むデバイスについて課題を挙げました。

さまざまなサービスの運営方針を見てみると、『VRやメタバースなど、リアルを遮断した世界に人が没入するのは危険』という見解を示している企業もあります。『リアルとバーチャルを結びつけるARが、人間にとって健全』とも述べています。

盛り上がりはじめたメタバース 一般化するための4つの課題

最後に島野所長は、メタバースが一般化するための課題を「技術」「コンテンツ・サービス」「経済」「法律」の4つに分けて紹介しました。

メタバース空間が普及すれば、人間はそこでお金を消費し、居心地の良さを味わうために滞在するようになるでしょう。経済の一部がメタバースへ移行したとき、メディアや広告ビジネス企業はさらに発展させることができるのか。今から思考を深めておくことが重要です。

テック企業の動向により、一気にバズワード化した「メタバース」。しかし、プラットフォームの仕組みや多くの人が装着できるデバイス、正しく運営されるためのルールなど、まだまだクリアしなければならない課題が多いこともわかりました。

メタバースの普及については、懐疑的な見方をする人、全人類が参加する巨大なプラットフォームになると予想する人などさまざま。今後どのように展開していくのか、メディア環境研究所では引き続き議論を深めていきます。

(編集協力=村中貴士+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール 

島野 真
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1991年博報堂入社。主にマーケティングセクションに在籍し、飲料、通信、自動車、サービスなど各企業の事業・商品開発、統合コミュニケーション開発、ブランディング業務等に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング部部長として、マーケティングプラニングとメディアビジネスを統合した戦略立案・推進の高度化を担当。2017年よりデータドリブンマーケティング局局長代理として、デジタルトランスフォーメーションに対応したマーケティング変革を推進。2020年よりナレッジイノベーション局局長兼メディア環境研究所所長。共著:『基礎から学べる広告の総合講座』(日経広告研究所)
森永上席研究員
森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。共著に『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか』(マガジンハウス)がある。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。