「推しがあるとうまくいく オンラインベース社会の生存戦略」ウェビナーレポート【前編】推しは目的から手段へ コロナ禍で誕生した「推しの活用法」

2年に渡るコロナ禍、メディア、生活環境のオンライン化が急速に進みました。

この中で、流行語大賞にノミネートされるほど話題になったのが「推し活」という現象です。特定の人物や作品を熱烈に支持し没入していくという行動は、これまで一部の人々のものと考えられてきましたが、コロナ禍を経て幅広い年代に広がっています。生活者は今、なぜここまで推し活へ向かっているのでしょうか?

メディア環境研究所は2021年12月にウェビナー「推しがあるとうまくいく オンラインベース社会の生存戦略」を開催。前編では、そのキーノートの様子をご紹介します。 ではさっそく、推し活が広がった背景としてこのコロナ禍に現れた新しい生活者の姿を振り返るとともに、コロナ禍で新たに誕生した「推しの活用法」を紐解いていきましょう。

推し」は目的から手段へ 

「推し」という表現は、約20年以上前から、主にオタクカルチャーの中で使われてきた言葉です。その到達点の一つが2021年1月に芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ(宇佐美りん著)』ではないでしょうか。同作では、「推しは癒やし、推しは生きがい」とする主人公が、推しの全てを知りたい、理解したい、解釈したい、捧げたいと、推しとの関係に心血を注ぐ様子が生き生きと描かれました。 

同作が示すように、我々の共通認識として「推しは愛で、深めるもの」があると言えるでしょう。その一方、コロナ禍を経て従来の概念とは異なる「新しい推し」の形が生まれていることがメ環研の調査で明らかになりました。

コロナ禍で誕生した新しい推しの形を議論する前に、「推し」につながる新しい生活者像「Picky Audience」の特徴を見ていきましょう。

デジタル化するメディア環境の中で、好きなコンテンツは好きな時、好きな場所で見たい。そんなふうに、なんとなくの時間を問い直して、気分に合ったメディアコンテンツを選り好みする生活者を「Picky Audience」とメ環研は定義しました。その選り好みの意識は「偏ってもいいから、好きなものだけでいい」というレベルにまで高まっています。

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なぜ今の生活者はそこまで好きを追求するのでしょうか。その動機を深掘りするなかで注目したのが急速に広まる「推し」の存在でした。

Googleトレンドによると、推しというワードは2020年のコロナ禍に入り始めた当初から注目度が一気に上昇して高止まりを続けています。

さて皆さんは、この推しへの活動、いわゆる「推し活」をどんな人がしていると想像されるでしょうか? 従来のイメージではいわゆる「その対象物に精通し、その世界に没入している人」を指し、「オタク」や「マニア」と表現されることも多かったでしょう。

しかし、今回の調査から見えてきた「推しを持つ人たち」の様相は少し異なります。
ただ推しを愛でるだけでなく、推しを通してのコミュニケーションを楽しんでいる。つまり推しを『目的』としてではなく、『手段』として使いこなす、そんな新しい生活者の姿が調査から見えてきたのです。

コミュニケーションツールとしての「推し」

メ環研が全国の15〜69歳の男女2426名を対象に行った「メディア生活と推しに関する行動意識調査2021」では、推しが「ある」と回答した生活者は60.8%。

年代別で見てみると若年層ほど推しを持っている人の割合が増える傾向にあり、10代・20代は4人に3人が推しを持っていることがわかりました。

では推しを持つ人はどのように推し活を楽しんでいるのでしょうか? インタビュー調査からある特徴が見えてきました。その特徴が顕著に表れた生活者の声を見てみましょう。

東京都在住の大学生Aさんは、コロナ禍で大学の授業がオンライン化し、友人と直に会うことが少なくなった頃にオンラインで推し活を始めたそうです。Aさんは常に複数の推しを持つ「常時マルチ推し」。コロナ禍に入ってからは、『Nizi Project』などにハマったそうです。

AさんがTwitterで推しの話題を発信すると、フォロワーだけでなくリアルで面識のある友達がLINEに推しの情報を送ってくれるようになったそうです。

「例えば街中にあるNizi Projectの広告の写真を『NiziUがいたよ』と送ってくれたり、面白い二次創作のリンクを教えてもらったり。私も売り切れ続出のBTSコラボ商品を見かけたとき、情報を求めていそうなBTS推しの友達に『あったよ』と写真を送ったことがあります。全てオンラインで完結して、自分が別の空間にいても推しが概念としてそばにいるとを感じます。推しがあると幸せです」(Aさん)

LINEなどを使ったオンラインでのコミュニケーション自体は、コロナ禍以前から存在しています。しかし、いつでも話しかけられるツールを持っている一方、何か目的や用事がないと、会話の糸口が見つけにくいもの。しかしAさんは、推しを通してコミュニケーションの糸口をうまく作りだしていました。「NiziUにはまっている」とAさんが発信することが、周りの友達とのオンラインコミュニケーションのきっかけになるのです。

突然のLINEであっても推しの話題なら迷惑にならないばかりか、むしろ相手に情報提供として喜ばれる。つまり推しがあると、オンラインベースでの会話のきっかけが生まれ、スムーズにやりとりを進められるのです。社会がオンラインベースにシフトする中で、「コミュニケーションのための推し」の活用が広がっていると言えます。

なぜコミュニケーションに「推し」が選ばれるのか

なぜ数あるツールや話題の中から推しが選ばれ、コミュニケーションに活用されているのでしょうか。調査データから読み解いていきましょう。

まず、コロナ禍による日常生活の変化のうち「減少した」と回答した人が多かった項目を見ていきます。顕著だったのは「友人・知人と直接会って話すことが減った(51.0%)」、「友人と何気なく雑談することが減った(37.8%)」。日常生活で密を避けた結果、友人や知人との会話が減少しているのです。

反対に、コロナ禍で「増加した」という回答が多かった生活の変化は「世の中にイライラしていたり、怒っている人が増えた(50.1%)」、「コロナ禍になってSNS上での炎上やトゲトゲしたやりとりを目にすることが増えた(39.7%)」など。

多くの人が実社会でもSNS上でもイライラしている人やトゲトゲしたやりとりをする人が目につくようになったと感じていることがわかりました。

リアルな友人・知人との会話が減り、怒っている人を多く見かけるようになった。社会全体の雰囲気として、なんとなくコミュニケーションが取りにくいような雰囲気がまん延していたのを感じさせる調査結果となりました。


それを裏付けるように、「安心して話せる話題が少なくなったと思う」という問いに対し、全体の36.3%が「そう思う」と回答。年代別に見ると10代〜20代では44.5%が「そう思う」と回答し、他の年代より多い傾向にあると分かりました。

実際のところ、以前はたわいもない会話だった週末の過ごし方も、コロナ禍では『週末出かけていたと言って、果たしていいのだろうか? 出かけていたらコロナの感染対策意識が低い人と思われてしまわないだろうか?』のように回答に躊躇してしまうような話題になりました。

また、コロナ禍に関係なく、価値観が多様化した現代では「最近、恋愛はどうですか」などという恋愛関係の話も楽しい話題かどうかは一概に言えなくなっています。話題選びには慎重にならざるをえなくなった現在。しかし、推しがあるとここが変わってくるのです。

推しを持っていると答えた生活者のコミュニケーションへの意識を見ていきましょう。まず、推しを持つ人のうち「推しが同じ人とはコミュニケーションしやすい」と回答したのは72%。好きな人やコトが一緒なので、コミュニケーションしやすいのは当然ですが、注目したいのは次のデータです。

「推しが違っても、何か推しがある人とはコミュニケーションしやすい」の問いに対し「そう思う」と回答した人が61%にのぼったのです。推しがあると、推しが同じ人とはもちろん、違う人ともコミュニケーションがうまくいくという様子が見えてきました。

推しが潤滑にするのはコミュニケーションだけではありません。「推しがあると生きるのがラクになると思う」という問いには「そう思う」と回答したのは推しを持つ人全体の46.6%。年代別に見ると10代〜20代では55.1%、つまり過半数が、推しがあると生きやすくなると感じていることがわかりました。

調査から推しは、コミュニケーションだけでなく、オンラインベース社会の生存戦略としてうまく活用されている姿が見えてきたのです。
推しがあるとコミュニケーションや心の持ち方、生きやすさと様々な場面で何かとうまくいくという状況が生まれているようです。


従来の「対象を愛で、深めていく」という推しの概念は、自身や仲間内で楽しむものでした。しかし、コロナ禍により社会がオンラインベース化するなかで「コミュニケーションツール」「生存戦略」という新しい形が広がり、推しを持つ人も急速にいわゆる非オタク層にまで広がっています。

コロナ禍を経たことで、「推し2.0」とでも言える新局面が生まれてきているのです。
推し2.0とでもいうべき新局面における推しの動機は、かつてのように推しを深く愛するだけではなく、コロナ禍で不足した『安心できるコミュニケーション』だと言えます。そのため多くの人に推しを活用するという行動が急速に広がっています。

まとめ

前編では、コロナ禍で誕生した新しい生活者像を振り返ると共に、オンラインベース社会における推しの活用法について調査データを中心に議論しました。中編では、新局面「推し2.0」の考察を深め、そしてインタビューから見えてきた推し活の実像について報告します。

推しがあるとうまくいく オンラインベース社会の生存戦略」ウェビナーレポート【中編】 コロナ禍で推しが安心のコミュニケーションツールに化けたワケ

なお、本ウェビナーのプレゼンテーション資料と動画はメ環研のウェブサイトにて公開しています。より詳しいバックデータをご覧になりたい方はぜひご活用ください。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)


登壇者プロフィール

メ環研 山本
山本 泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプランナーとしてコミュニケーションプランニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?〜情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等
野田上席研究員
野田 絵美
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、食品やトイレタリー、自動車など消費財から耐久財まで幅広く、得意先企業のブランディング、商品開発、コミュニケーション戦略立案に携わる。生活密着やインタビューなど様々な調査を通じて、生活者の行動の裏にあるインサイトを探るのが得意。2017年4月より現職。生活者のメディア生活の動向を研究する。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。