メディア環境研究所ウェビナー2021冬 パネルディスカッション編「推しの新局面をビジネスに活かすには?」【パネルディスカッション】

コロナ禍を経て急速にオンラインベースへと移行した私たちの日常。この変化の中で、かつて一部の人々のものと考えられていた「推し」が、幅広い年代のマス層へと拡大。生活者のしたたかな生存戦略として、新たな局面を迎えています。なぜ生活者は推し行動へと向かうのか。新たな推し行動の中では何が起きているのか。生活者調査で見えた新しいメディア生活の兆しと、そこから見出されるメディアビジネスを強化する機会について議論した、メディア環境研究所ウェビナーの内容をご報告します。

パネルディスカッション 「推しの新局面をビジネスに活かすには?」

登壇者:
西 憲彦(日本テレビ放送網株式会社 R&Dラボ 部長)
森永真弓(メディア環境研究所 上席研究員)
野田絵美(メディア環境研究所 上席研究員)

モデレーター:
島野 真(メディア環境研究所 所長)

広告もメディアも巻き込んでいくコミュニケーションの起点としての「推し」

島野:「推しがあるとうまくいく オンラインベース社会の生存戦略」と題したキーノートでは、オンラインベース社会では推しという概念が、安心したコミュニケーションの手段として拡大しており、「価値観の表明」「仲間への贈り物」「新たな架け橋」という3つのポイントに注目することで、コンテンツビジネスの可能性拡大に寄与できるのではないかという話をしました。本パネルディスカッションでは、推しの新局面をビジネスに活かすには何が重要なのか議論したいと思います。

西:推しが生活の一部になってきているのは実感があります。家族や僕自身も推しというものに対する感覚が変わってきていますし、インタビュー回答者の皆さんがいきいきと、楽しそうだったのが印象的でした。推しが、これだけ生き方を楽しくアジャストする力になっているというのを実感しました。コロナによって生きづらさを感じている反動でもあり、推しを持つことによって本当の生き方、本当の自分を見つけられた人も多いのではないでしょうか。

野田:実際にインタビューを行う中で、「そっちの推しも楽しそうですね、自分も始めようかな」といった会話があるなど、どんどん楽しさが広がっていく感じを受けました。今回紹介しきれませんでしたが、西さんのいらっしゃる日本テレビの、朝の情報番組「スッキリ」で紹介されたアイドルにはまったという声も多かったです。

西:「スッキリ」は確かにいま番組としてそういう流れをつくっていますね。もともと番組中に音楽のライブをやったり、若者が楽しめるターゲットのアーティストに来ていただいたりしていて、そういう素地が徐々にできていったのと、日本テレビが試行錯誤しながらもIPビジネスに積極的に取り組んできた結果なのかなと思います。かつては深夜番組で「26時のマスカレイド」というグループを展開し、そこで学んだことが「NiziU」につながり、さらに「BE:FIRST」につながっている。番組が持っていたポテンシャルとその流れがいい形で結びつき、さらに出演者の加藤浩次さんやアナウンサーの皆が楽しむ姿を通し、盛り上げてきたことが、いまのいい展開につながっているように思います。

森永:以前、芸人のハリセンボンの近藤春菜さんが、「NiziU」がいかに素晴らしいかではなく、彼女自身がいかに「NiziU」を楽しんでいるかを語っていました。きっと視聴者も、ああそういうふうに「NiziU」を観れば楽しいんだ、とわかったと思う。「春菜さんはこの子が推しだと言っていたけど、私はこっちのほうが好みだな」というように広がっていったように感じました。

西:キーノートの最後で触れられていた、「補助線を引く」作業がナチュラルにできていたのかもしれませんね。

森永:私は、いわゆる古のオタクなのですが(笑)、最近推しを見つけたという非オタクの友人に、「オタクってこんなに楽しい生き方をしていたの?」「もっと早く教えてよ」といったことを言われたのです。オタクは、自家発電のように好きなことや楽しみをみつけて、どんどん世界を広げていくことができる人たちだと思っているのですが、オタクでない人たちにもそういう楽しみ方が伝わっていったのが、昨今の推しの拡がりだと理解しています。

野田:「BE:FIRST」推しの方によると、「スッキリ」を見ていたお母さんが最初にはまり、娘さんに布教したそうです。番組によって、「間違いない推しを見つけた」という気持ちの後押しをされたようなニュアンスも感じました。

西:嬉しい話ですね。テレビが、かつてのように全層をターゲットにしても伝わりにくくなっているなか、それでもつながりを生む価値があるメディアだと、改めて胸を張ってやっていくべきだと感じました。地上波の放送を、より幸せな推しを生んでいくような流れにつなげていけたらと思います。

森永:オタ活は非常にオープンになりましたよね。「沼にはまる」という言葉がありますが、かつては認められた者しかその沼には入れなくて、認められない者は「ミーハー」や「にわかファン」と呼ばれていました。かつてのオタクは、彼らと自分たちとの間に境界線を引き、閉じられた世界を楽しむ側面もありました。いまは、オタク仲間だけでなく、テレビもスポンサーによるタイアップ活動もすべてを巻き込んでいくような動きになっている。非常に大きな変化だと感じます。

西:そうですね。広告も、宣伝するだけでなく、推しガイドをするという新たな価値も持っているのだろうと思います。

島野:まさに、どれだけ多様な視点を提示できるかが非常に重要になってくると思いますし、それは本来マスメディアが得意としてきたことだと思います。世の中がどんどんセグメント化される一方で、今回我々が見ている推しは「共通項探し」が鍵になっていると思われます。皆に賛同されるような呼びかけや、一緒に楽しめる動きになっていることが面白い。つながりが希薄になっている状態だからこそ、そういった価値が求められているのかもしれないですね。

森永:かつてオタクは自分の考えの方が正しいとか、私の方が詳しいという形で議論を戦わせるケースも多かったのですが、いまは意見が違う人も受けとめ、そっと距離を置いてちょうどいい関係性を構築し、平和な状態を維持している様子が見られます。皆さん非常に上手にバランスをとっていて、だからこそ楽しみや仲間の広がりにもつながっているのだと思います。

西:確かにテレビもスタンスが変わってきています。昔ならオタクを取り上げるときは少し奇異なものを扱うような目線もあって、それがオタクの方々に警戒されていましたが、いまは公平な目線で、純粋に「〇〇を楽しんでいる人たちがこれだけいます」という伝え方になっています。

森永:公式さんありがとう、スポンサーさんありがとうと、同じ立場に立つ仲間としてお礼を言うような時代になりましたよね。

島野:それから、同じ推し同士だけではなく、推しが違う人同士でも仲良くなれるのも特徴的です。推しを持っていることで共通して気持ちが前向きになり、明るくなれているというのも興味深いところです。

野田:皆さんに気持ちの高さ、ポジティブな雰囲気が共通しています。日常会話の一部のように、推しが安心安全な会話のきっかけになっているようです。

森永:いまは、推しの対象が違っても、推しを持つというだけでつながれている。自分だけで極めたり楽しんだりするというよりも、ほかの誰かとコミュニケーションを取る手段になっているところが新しいですね。

西:SNSが生活の一部になったことで、昔なら各自でこっそり楽しんでいたようなものも、コミュニケーションの起点になっているのでしょうね。

求められるのは、広く長く推しを楽しめる仕組みづくり

島野:先ほど出た補助線としての役割もそうですが、新しい推しの形を楽しむためのメディアへの期待として、インタビューから何かヒントになりそうなことはありましたか。

野田:せっかく見つけた推しがいなくなると、「〇〇ロス」になってしまう。失うことへの不安があるから、一つに絞って深めるよりも、推しの範囲をどんどん広げていく、仲間を増やしていく、という動きになっているように感じます。

島野:なるほど、だからどんどん見つけて、人に紹介していく。でも観るものがなくなってしまった時点で推せなくなってしまうわけですよね。

森永:コンテンツのつくり手からすると、派生作品や間を埋めるものの制作まで手が回らないという実情があると思います。その点韓国のアイドルビジネスは非常に上手だと感じます。彼らはYouTubeにミュージックビデオも上げるし、バラエティのようなメンバーの動画も上げていて、そのうえでファンによる独自の編集を許しているものもあります。ファンが自分の推しのメンバーだけの部分を切り取って動画にして投稿すると、また別のメンバーのファンが動画をつくり布教していくというように、推し活動のエコシステムができあがっているのです。日本の場合は、二次創作の権利問題や肖像権の議論になりますが、韓国アイドルの場合はそのあたりの楽しみ方をファンにゆだねることで、推しの寿命を延ばし、さらにはファン層を広げることに成功しています。

西:これは難しい問題です。Twitter、Instagram、TikTokと発信手段が増えたことで、コンテンツの制作現場での作業量が著しく増えており、彼らの労働環境を守るという意味でも両立が難しい。その点、楽しみ方をファンにゆだね、広げていってもらうというやり方はある種合理的ですが、日本の芸能事務所との権利関係、テレビ局自体の権利に対する考え方などとのギャップがあり、そこをどう埋めていくかは今後の課題でしょうね。一つ言えるのは、世界が相当なスピードで変わっている以上、我々もスピード感を持って対処していく必要があるということ。また、コンテンツごとのタイミングを見て、ケースバイケースに対処するということも有効だと思います。やはりビジネスとしてきちんと成立する形につながっていなければ、結果的にもともとの寿命が継続できなくなってしまう。そこの両立はきちんと考えなくてはならないと思います。

島野:権利者の権利をきちんと尊重し、共存できる仕組みをつくることは欠かせないと思います。そこの知恵、あるいは新しい発明が、求められているのかもしれません。

森永:スポーツの協賛は参考になるかもしれません。かつては権利料でさまざまな権利を購入していましたが、最近は権利を押さえたうえでさらに追加の予算を使って行う自社事業などの取り組みが増えています。テレビでも、CMを流すだけではなく、ドラマの裏話などの話をスポンサーの協賛枠でつくることで、予算も増やせて人も雇える。そういう広がり方で、結果的に「あのスポンサーのおかげでこの映像が、商品が、グッズが手に入った、ありがとう」と言ってもらえるような関係性が可能になるかもしれません。

西:非常に現実的な解決方法だと思います。お金があって別動隊が動ければ、現場の負荷も解決して相乗効果になる。弊社でもARで巨人軍の選手や芸能人と写真が撮れるといった新規事業を番組連動等でやっていますが、そういった取り組みをさらに広げていくと、より推し活に役立ててもらえ、コンテンツの寿命を延ばすという効果もあり得ると思います。

森永:テレビだけではなく新聞や雑誌においても同様のことが可能かもしれないですね。

島野:いま以上に、コンテンツをつくった後の運用という視点が重要になってきそうですね。これをどう解決するか。新しいチャンスにもつながることだと思います。

野田:調査結果では、いまは46%くらいの人が定額動画配信サービスに加入していて、コンテンツ自体はいつでも好きな時に見られるようになっています。「〇〇ロスになったら、次は動画配信サービスでこれを見てはどうか」といったつながりもガイドしてあげられると、より長くコンテンツを楽しめるようになるかもしれません。

島野:一過性ではない状態を維持し、オーディエンスとwin-winな関係に持っていくこと。もちろん著作権ほか権利関係のさまざまな課題はありますが、我々メディア環境研究所でも、こういった視点で、新しいメディア、そして広告のビジネスチャンスに向き合っていこうと考えています。


西 憲彦(日本テレビ放送網株式会社 R&Dラボ 部長)


島野 真(メディア環境研究所 所長)


森永 真弓(メディア環境研究所 上席研究員)


野田 絵美(メディア環境研究所 上席研究員)

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