1億総クリエイター時代の生存戦略とは? 日本のネット創作文化から見るクリエイターズエコノミー @メ環研の部屋

インターネットの普及により、プロアマ問わず多くの人が自身の作品を自由に発表できるようになりました。まさに1億総クリエイター時代。クリエイターの増加と同時に、購入と支払いとを仲立ちするサービスの増加や簡易化により、自身のスキルを用いて収益化を行う経済圏「クリエイターズエコノミー」は拡大しています。

クリエイターズエコノミーは、米国や中国では急成長していると大きな注目を浴びていますが、日本ではどのような状況なのでしょうか?

今回のオンラインイベント「メ環研の部屋」は「日本のネット創作文化から見るクリエイターズエコノミー」と題し、日本のクリエイターズエコノミーについて、特に小説投稿サイトの変遷と動向に焦点を絞って考察を行いました。

クリエイターズエコノミーの持つ課題とは? 今後ビジネスとして活用していくには? モデレーターはメディア環境研究所 森永上席研究員です。

小説投稿サイトとライトノベルから読みとくクリエイターズエコノミー

小説投稿サイトとは、誰でも小説を投稿・閲覧できるプラットフォームのことです。男女問わず10代はもちろん、50代以上も含め幅広く利用されています。

投稿される小説は、いわゆるライトノベル(ラノベ)が中心。ラノベは90年代後半に登場した和製英語で、英単語のライト(light)とノベルを合わせた、肩肘を張らずに読める娯楽小説を指します。かつて「ジュヴナイル」「ジュニア小説」「ファンタジー小説」と呼ばれていたジャンルに相当しますが、現在のところ明確で客観的な定義はありません。

ラノベの特徴としてシリーズごとの巻数が多く、発行部数の規模が大きくなりやすいことが挙げられます。老舗から新興まで多くの出版社が参入しています。


<発行部数は各社の発表時点情報によるもの>

「ライトノベル」「ラノベ」と言われると軽く見られがちな面もありますが、売上規模も大きく、タイトルを見ると「聞いたことがある」「知っている(あれもライトノベルだったのか)」と思われる方も多いかもしれません。まさに私たちの身近なエンタメの一つになっています。

例えば、『掟上今日子の備忘録』のように新垣結衣さん主演でドラマ化された作品や、『銀河英雄伝説』のように宝塚歌劇団によって舞台化された作品も。「何気なく楽しんでいたけれど、実はラノベが原作だった」というようにラノベの存在感が増しているのです。

森永研究員は「ほかにも、『All You Need Is Kill』のようにトム・クルーズさん主演でハリウッド映画化された作品もあります。ラノベをオタク文化の端っこの動きだと思っていると、拡大し続けている影響力や規模を見落としてしまう可能性があるのではないでしょうか」と指摘します。

また今回、クリエイターズエコノミーを読み解くために小説投稿サイトやライトノベルを選んだ理由は、生活者の好みがスピーディーに反映されているコンテンツの一つだから。サイトのランキングを見るだけでマーケティングの参考になるほど、生活者主導で成長しているプラットフォームなのです。

出版社と生活者が関わるライトノベルの歴史

ラノベの歴史は三期に分けることができます。

1990年代までの「第一期」は、ラノベが「若者向け小説」とされていた時期です。明確に10〜20代をターゲットに制作されていました。主な作品に『グイン・サーガ』『ロードス島戦記』などが挙げられます。

続いて1990年代後半〜2000年代の「第二期」は、出版社主導でラノベが非常に活性化した時期でした。『ドラゴンクエスト』をはじめとするRPGが日本中に広まった結果、ファンタジーの世界観が説明不要となり、作品が非常に書きやすくなりました。

この時期に「ライトノベル」という言葉が生み出され、市場が確立したことによって、出版社によるラノベ作家発掘コンテストが急増。人気の方向性をマーケティングし、発掘した作家を育て、マーケティング的に狙った作品を執筆してもらうという体制も作られていいきました。ラノベ原作のアニメが登場し始めたのもこの頃で、『涼宮ハルヒ』や『とある』シリーズなど、アニメ作品をご存知の方も多いでしょう。

そして、1990年代からはじまるラノベ史上、最も売れている規模が大きいのがこの「第三期」。2010年代に起きた大きな変化から始まります。ラノベ市場が、出版社主導から生活者主導へと移り変わったのです。

個人ホームページやブログの普及は新たな作品発表の場になりました。小説専用の投稿サイトも2000年代前半に登場し、作品が次第に集まっていきました。そうしたネットで自由に発表した作品が人気を獲得し評判を呼び、出版社の目にとまって商業出版されるケースが登場しました。そういった形での出版は次第に増え、今やライトノベル出版の主流となっています。

『ソードアート・オンライン』『転生したらスライムだった件』などメディアミックスされた作品も次々に生まれています。

ラノベは生活者主導コンテンツに

なぜ小説投稿サイトが生活者好みの作品が生まれる場の中心になったのでしょうか? 小説投稿サイト最大手「小説家になろう」を見てみましょう。同サイトの登録ユーザー数は200万人以上。95万作以上の「大量」という言葉を超える規模の投稿小説を無料で読むことができますし、今も日々作品数は増え続けています。

サイトには日々入れ替わるシビアなランキングが表示されます。それを仔細に見ているだけで、最新の人気や好まれるテーマ、キャラクター像などの読者の需要を把握することが可能なのです。またコメント欄から読者の反応も見ることができるので、作家を含めて誰もがマーケティング可能な状態になっていると言えます。

そのなかで、最初は閲覧のみだった人も「人気作品の傾向と対策」が見えてきて、「私にも書けるんじゃないか」と投稿を始めるようになります。「クリエイターの増加 → 作品の増加 → 読者の増加 →クリエイターの増加」という循環が生まれました。読者の好みが反映される作品が次々と生み出され切磋琢磨し会える構造が整った結果、質が高く読者を抱える作品が次々に登場します。ラノベは出版社主導から生活者主導コンテンツへと変化したのです。

では、出版されたラノベに反映されている生活者の好みとは、どのようなものなのでしょうか。

2015年頃までのトレンドはいわゆる「なろう系(小説)」でした。これは「小説家になろう」に「ありがちな作品」という意味合いで使われるようになったネットスラングです。

なろう系のストーリーは、基本的に人生やりなおしが中心。現世ではうだつの上がらなかった主人公が、事故死などの何らかの要因で異世界に全く別の世界のキャラクターとして転生・転移します。転生前の現世では極めて不遇だったのに対し、異世界では才能を発揮、実力も人格も認められてハッピーな人生になるという物語が多く、「ご都合楽勝展開」で暗い展開が極めて少ないのが特徴です。「主人公補正」と呼ばれる「普通こうはうまく物事が進まないけれど、主人公だから許される」状況も多く描かれました。

さらに、主人公に害をなす嫌なキャラクターが報復を受ける展開も好まれました。2015年くらいまでのラノベを読むと、その当時の読者たちが抱えていたストレス、社会への不満、満たされない欲求など、鬱憤の山が透けて見えます。邪魔なものは全て排除され、称賛されチヤホヤされたいという欲望が具現化された作品は、ちょうどよいストレス解消だったのです。

しかし、苦労せず幸福や成功を得られる「ご都合楽勝展開」が好まれていたところから、読者の好みが「根拠を持って状況を打開する物語」へと、2015年頃から次第に変わっていきます。

「努力が報われて、理解者がいる」という点に重きが置かれるようになりました。裏を返せば、現代サラリーマン社会ではいかに理解者がおらず、努力が報われないかということを表しているのかもしれません。そして、主人公が獲得する成功や幸せのカタチも多様化していったのです。

「現実では人生はそうそうやり直せないものです。今ある不遇な状況を打開していく物語の方が、ストレス解消と高揚感につながっていったと考えられます」(森永研究員)

また、主人公が多数のキャラにモテる「ハーレムもの」が好まれなくなってきたのも変化の一つです。「最近の若い人にインタビューすると、『関係ない人にモテてもしょうがなくないですか?』と返ってきます。ラノベにも恋愛観の変化が如実に出てきているようです」と森永研究員は話します。


これらの変化を起こした根底にあるのが、小説投稿サイトのコメント機能です。コメント欄で、読者から「理屈が合わない」「ご都合主義すぎる」など指摘を受けた作家は「主人公はなぜ強いのか」「なぜこの世界は理不尽な社会構造を持っているのか」などを掘り下げていきます。これにより、物語が現実性を帯びてくるようになりました。

このように小説投稿サイトでは、読者の好みが如実に反映されるランキングとコメント欄をその作品の作家やこれから小説を書こうというユーザーが閲覧、サイトのユーザー間で一種のマーケティングが行われ、その結果、支持される作品が生まれていったのです。

小説投稿サイトをめぐるビジネス

読者に好まれるコンテンツが日々誕生する小説投稿サイト。ビジネスとしてどう活用されているのでしょうか?

まず、日本の小説投稿サイトをめぐるビジネスを見てみましょう。小説投稿サイトの閲覧数に応じた広告収入が中心です。そして、ほとんどの作家が無収入。つまり、趣味で書いているというのが実態です。

収入を得られているケースを見ると、まずは商業出版による印税が挙げられます。そして作家が自費出版したり、同人誌を販売したりすることで収入を得るケース。これが日本の小説投稿サイトの書き手における一般的な収入パターンです。

もう一つ増えているのが、小説投稿サイトの作品を「原作」としたコミック、コミカライズビジネスです。

「ネット閲覧中に、漫画のハイライトを数コマ切り抜いて編集した広告をご覧になったことがあるのではないでしょうか。このようなネット広告の増加により、漫画の購読習慣のないユーザーがヒマつぶし対象として漫画アプリを選ぶ行動が生まれました。目的がヒマつぶしで簡潔にスカッとしたいとなると、ラノベ原作は非常にマッチしており人気を獲得しやすいのです。ラノベ原作のコミカライズ市場は拡大を見せています」(森永研究員)

旬を逃さないスピード感で漫画をリリースするとなると、量産体制が必要です。現場ではネットで人気を獲得している原作者、ネームを書く漫画家、イマドキの絵を描けるイラストレーター、指示通りに背景を描く背景画家、彩色担当などに分業化され、工場的なコミカライズ体制が生み出されました。

ラノベ原作のコミカライズ市場は、クリエイターの働き方の種類を増やしました。分業化により兼業クリエイターが登場。会社員が副業として参画するケースも見られるようになったのです。

また、手法として増えているデジタル作画は作業場所を選びません。地方に住みながら、複数の漫画家の背景描きを受けて収入を得るクリエイターも登場しています。

以上が日本のクリエイターズエコノミーをめぐるビジネスです。しかし、日本はクリエイターの層が厚く作品数も多いのに、ビジネスにしきれていない、クリエイターに還元しきれていないという現状があります。この問題のヒントになるのが、韓国と中国のクリエイターズエコノミーです。

◆韓国と中国のクリエイターズエコノミー

韓国と中国では、クリエイター数も日本ほど多くはありません。しかし両国は、日本とは異なる手法でビジネス展開をすることで、ビジネス規模を非常に大きくすることに成功しています。ポイントは、「最初からデジタルベース&グローバルで考えられている」点です。

日本では、ネット小説を紙の本として編集し、電子化することでデジタル媒体でも読めるようにする、という形態を取っています。しかし、韓国と中国は最初から最後までデジタル媒体。ヒットの結果、「紙の書籍になることもある」という順番の違いがあります。

韓国では、小説はアプリで読むものです。1つ目の手法として日本の漫画アプリでもよく見かける「待てば無料」という仕組みがあり、毎日少しずつ無料で読むことが可能ですが、最後の数話だけは課金が必要だったりします。また、一気読みしたい場合も、課金の必要があります。

2つ目はサブスク方式の小説アプリです。作家たちには、アプリでの連載原稿料や印税的な有料課金収益のシェア、サブスク収益のシェアが支払われます。現状、作家はコンテストが中心ですが、ネットで小説を公開している作家の発掘も行われています。

ヒットした小説はさらに「ウェブトゥーン」「スマートゥーン」などと呼ばれる縦読み漫画へとコミカライズします。縦読み漫画は、セリフが縦書きでも横書きでもどちらでも対応できる形態ですので、翻訳してグローバル配信することが、日本の縦書き左開きの漫画より簡単です。漫画の翻訳は小説の翻訳よりも文字量が少ないため、スピードも上げられます。

もちろんアプリであれば各国書籍流通事情も関係ありません。それによって、自国のコンテンツを早くグローバル配信することが可能になるのです。

コミカライズの次は、メディアミックスです。ドラマや映画、ゲームなどへ転換していくのですが、小説から派生したそれらのコンテンツ群を、一つのプラットフォーム企業が管理しているのが韓国の大きな特徴です。

この韓国の仕組みは、原作はネットプラットフォームにあるが、出版は出版社の事業となり、コミカライズはまた別の出版社が手掛け、映像化は出版社とテレビ局の製作委員会方式……と多重構造になりがちな日本と違い、スピードも速く利益構造も効率的な状況です。

中国では、「網絡文学」という「小説家になろう」に似た小説投稿サイトが爆発的に伸びています。作家は自由に投稿し、管理者に認められれば掲載されます。読者は小説の冒頭(紙の小説の半分程度の分量)は無料で、それ以上読み進みたい場合は課金が必要な仕組みになっており、サブスク契約も可能です。

それら読者からの収入は、作家への原稿料になるほか、優秀な作家にはベーシックインカム的な支払いを行うこともあり、作家の囲い込みが行われます。また、投げ銭など、作家に対して小説購読料金以外で追加支援をすることも可能で、投げ銭や作家応援グッズが購入され、作家へ収入が還元される仕組みも。「この作家さんに書き続けてほしいから」と、1人の読者から100万円や1000万円という巨額の投げ銭が行われることもあります。

そしてもちろん中国も韓国同様、一つの小説サービスプラットフォームが、小説のビジネス化やマルチメディア展開を担っており、グローバル進出が急速に図られています。

中国と韓国はクリエイター数こそ少ないものの、投稿からIP管理まで1社や1つのプラットフォームで行うことでウェブ小説を大きなグローバルIPビジネスへと発展させました。また、投げ銭システムやクリエイターのベーシックインカム制度など、優良な作家を囲い込むための様々な手法を試みている様子が見て取れます。

◆豊かなクリエイター文化をどう生かすか? 日本のクリエイターズエコノミーの今後

日本には非常に豊かなクリエイター文化があります。批評文化やコメント欄を通して作家同士が切磋琢磨されて伸びていくという環境もあり、作品力も高いです。ビジネス化のポテンシャルは十分だと言えるでしょう。

今後のアプローチとして、森永研究員は「ユニット式」を提案しています。日本では専業クリエイターとして生きていくのは非常に厳しいものです。しかし、そういうクリエイター同士が組むことで、世界に売れるコンテンツを生みだすという仕組みです。

日本のクリエイターは裾野が広いぶん、様々な組み合わせが可能。例えば、場所を問わないデジタル作業を用いて、「絵が描ける人」「絵を動画に編集する人」「楽曲を作る人」「翻訳する人」が集まってミュージックビデオを制作する手法が増えています。クリエイターズエコノミーが、IPビジネスの主戦場になる可能性は十分にあるのです。

これだけ豊かでありながらビジネスの空白地帯があるのは、まさにまだ採掘されていない鉱山のようなもの。そこに眠るクリエイターこそが資産です。クリエイターズエコノミーをビジネスとして活性化させるためには、クリエイターの生活を支え、次の作品への活力を担う、収入の創出、クリエイターへの積極的な還元を行えるビジネスモデルが求められているのではないでしょうか。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

森永上席研究員
森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。著作に『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)』がある。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。