未来の人間は「楽しい体験」と「消費」が価値になる  Tokyo Otaku Modeのpaji.eth/安宅基氏が語るシンギュラリティ後の世界

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭におき、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

「オタク」が日本を席巻して30余年、今やその言葉は世界共通語となっています。海外のファンおよそ2000万人、ジャパニーズオタクカルチャーを海外に発信する「Tokyo Otaku Mode」の安宅基COO(以下、paji.ethさん)に、NFTやブロックチェーン関連ビジネスの未来、クリエイティブとAIの関係、メタバースにおけるコミュニティなどについて話を伺いました。

paji.eth/安宅基(Hajime Ataka)
Tokyo Otaku Mode共同創業者・取締役副社長
ゲームの攻略本ライターとして働いたのち、フリーのエンジニアなどで20〜30ほどのWebサービスの企画・開発を行う。2009年11月にTwitterを活用したリアルタイムQ&Aサービスを開発。2011年11月に同サービスを法人化し、12月にバイアウト。その後、Tokyo Otaku Mode創業に参画し、EC事業など新規事業開発及び事業全般の統括を行う。2017年年末より複数のブロックチェーン・プロジェクトの立ち上げやグロースに携わる。

世界共通のデジタル通貨など、お気に入りの通貨を使い分ける未来?

――paji.ethさんは、日本のポップカルチャーコンテンツを世界に届けるECサイト「Tokyo Otaku Mode」を運営しています。ビジネスモデルやマネタイズの現状と将来の展望についてどうお考えですか?

Tokyo Otaku Modeでは、日本のアニメや漫画、ゲームをモチーフにしたフィギュアやぬいぐるみなどのグッズを、ネットを通じて海外で販売しています。 今後、より広くグローバル展開していくにあたって、NFTやブロックチェーン技術に限らずデジタル分野のサービスの 展開は常に模索している段階です。


(Tokyo Otaku Mode SHOP)

NFTやブロックチェーンは本当にまだまだ粗削りのテクノロジーですし、技術の発展に伴う法整備も必要です。加えて、世の中の受け止め方も様々ですので、 長期的な時間軸で考えています。

デジタルデータは無限にコピーが可能なので、特にインターネット上でやりとりされるデジタルコンテンツは、なんでも無料に近づいていきますが、NFTやブロックチェーン技術によって、価値が定義されると、これまで無料だったものに価値がつくようになります。そうなるとこれまでのインターネットの世界とは大きく違う世界に変化し、とんでもないことが起こる気がしています。

――NFTやブロックチェーンによって、貨幣・通貨の価値やあり方が変わりつつあると言われています。デジタル通貨や暗号資産などは、今後どのように浸透していくと思われますか?

ブロックチェーンやビットコインに触れていると、そもそも国家主体の通貨は全然ガバナンスが効いてないと感じます。新しい国債を何十兆、何百兆と刷る国もありますが、それって人間が勝手に自国通貨の価値を決めて、希薄化しているってことですから。

でも、ビットコインはスマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動的に実行するプログラム)で守られているし、2100万枚という発行上限も決まっています。政府の意思で国債を自由に発行できてしまう各国の通貨と比べたら、デジタル通貨のほうが明らかにインフレのリスクは低いですし、金融商品としての価値は高くなるはずです。

ビットコインという仕組みを1つのコミュニティに適用したら、それが世界標準の通貨と等分になるんじゃないかと考え、「オタクコイン」を構想して発表したら結構反響がありました。これは、オタクのための特区を作ろうって話で、ブロックチェーンで非中央主権的に、一社ではなく複数の会社や個人を巻き込む構想です。いろいろな方に参加していただき、オタクコイン協会を作りました。

ただし、このまま世界はデジタル通貨に向かうのかと言われると、話はそう簡単ではありません。ブロックチェーンを使った直接民主主義の誕生は、既存の国家にとっておもしろいものではないですから。グローバルでコンセンサスがとれた新しい通貨を作ることができれば、デジタル上に地球国家が存在する状況も、普通にあり得る未来だと思います。流れ的にはそうなっていき、急には変わらないでしょう。

「人間が働くのは当たり前」は覆る

――通貨の未来と同時に気になるのは、シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える転換点)後の世界です。ロボットやAIができない消費活動こそが人間の価値になるのではないかと言われていますが、paji.ethさんはどうお考えですか?

私たちには、生活のために働くことが当たり前という価値観が刷り込まれています。これまでは確かに働かないと生きていくのが難しい世界でしたが、ロボットやAIの進化でその前提が変わる可能性が高いです。例えば、食物を非常に効率よく作れるようになり、100万人が働くだけで世界の70億人が食べていくことができる未来が来たら、全ての人が働かなければいけないという前提が変わります。

では、なぜみんなこんなにも忙しいのか。それは 食べていくだけじゃなくて、安全な暮らしや生活レベル、環境を良くしようと様々な努力をするからです。 そして、それすらもロボットやAIのほうが上手くできるんだったら、人間に残るのは「暇つぶし」だけです。そして、その暇つぶしさえもロボットやAIが担うようになってしまったのなら、最後の最後に残るのは「消費」だけになります。

今後、人間が働くのは当たり前という価値観は完全に覆ると考えています。最後に残るのは、自分が「楽しい」かどうか。テレビを見て楽しければそれでいい、みたいな生活になっていくのではないでしょうか。

――テレビを見ているだけで満足できる人もいますが、その一方で、何らかのコンテンツを自分で作りたい人もいます。しかし、すでに人間はAIのクリエイティビティに負けているとの言説もありますよね。

そうですね。クリエイティビティは人間最後の砦みたいに言われることもありますが、ジャンルによっては、すでにAIのほうがよっぽどクリエイティブな存在になっている可能性はあります。場合によっては、むしろ人間はクリエイティブ制作において邪魔な存在になる未来もありえるかもしれません。AIが作るコンテンツのほうが面白いのに、「自分が作るほうが楽しい」と、人間さんがわがままを言って参加させてもらうような未来がくる可能性もあります。

こういった未来において、高い価値を持つコンテンツは「体験」になるはずです。AIがいくら素晴らしいクリエイティブを創れるとしても、草野球で自分でプレイする「体験」は格別です。AIのクリエイティブは、プロ野球を「鑑賞」するようなもので、草野球とは楽しみ方に大きな違いがあるわけです。

先日、私は海に行ったのですが、かなりの大雨でした。それにもかかわらず、一人で釣りをがんばっている人がいたんです。昔は、魚釣りって生きるために必要な仕事だったから、人間にとって苦痛だったかもしれない。でも、あの人はきっと、釣りをする自分をすごく楽しんでいました。VRでもリアルでも、未来の人間は楽しい体験と消費に価値を感じるようになると思います。

2040年、メタバースの普及でアイデンティティの使い分けが進む?

――メタバースが広く普及すると物理的な移動の必要がなくなり、さまざまな世界に行きやすくなります。その際、自分自身のアイデンティティはどうなるのでしょうか?

今でもそれぞれ使い分けていると思いますが、そうやって3〜5つくらいある自分のうち、いくつかがすでにデジタルに置き換わっているのが現状ではないでしょうか。

今はリアルの世界が中心ですが、20年後はデジタル上の世界が半数を超えて、 中心になっているでしょう。自分の中に自分が何人もいて、使い分けをするのがデフォルトになりえます。デジタル上では見た目から何から全く違う自分を演じやすくなるので、デジタル中心の世界では自分が何人にも分かれている感覚が当たり前になるかもしれません。

――人類は太古の昔からリアルな世界で他人と交わってきました。友達や家族を作ったり恋愛をしたり。そのようなことがデジタル上で可能になっていくと、人類史における大きな転換点になる気がしています。

若い世代は、ごく自然にそれを受け入れていくと思います。現在では、ネット上で知り合って結婚される方も増えています。若者はあまり恋愛しないと言われていますが、これまでと違い、自分の居場所がリアルな世界だけでなく、デジタル世界にもあり、そうしたデジタル世界では、いわゆるこれまでのような、実際に会ってのコミュニケーションやスキンシップをするような恋愛がしにくい環境だというだけで、これも技術やネット上での文化が発展していけば、そうした恋愛や結婚という人間の営みも、形は変わるかもしれませんが、これまでと変わらず続くものじゃないでしょうか?

音楽だって、かつて生声・生音じゃないと音楽じゃないと言われていた時代があったのに、いつのまにかSpotifyで事足りています。レコードすらまだ登場していなかった時代の人は、「デジタルなんて本当の音楽じゃないぞ!」と憤るはず。それと似ているんじゃないでしょうか。

――家庭を持って経済的に豊かになるのが、近代における人生の成功というイメージがありました。働かなくても生きていける未来が訪れた場合、人間は何を目標に人生を歩めばよいのでしょうか?

資本主義は緩んでいくとしても、国は人々に競争させるでしょう。ベーシックインカムの文脈でもよく言われますが、ほとんどの人に普通に暮らせる収入があったとして、その中により高みを目指す人がいても良いという考え方ですね。そうなってきた場合、お金ではない何かを突き詰めていく人たちが、世の中に大きな影響力を持つようになるのかもしれません。

一方、若者は上昇志向があまりないんですよね。今のメジャーな幸せの感覚って、ほどほどに仕事して家でインターネットを見るみたいなことじゃないですか。こんなもんだと割り切っているというか。現代人の生活水準は2000年前の王様や貴族以上だと思うので、それで十分だという考え方もあるでしょう。

資本主義・株式至上主義ではない世界の到来

――2040年の世界において、メディアやコンテンツはどう変化していくと思われますか?

そうですね。AIやロボットがメディアを運営し、それをジャッジしたり管理したりするために人間がいるようなイメージです。今のメディアのように属人的ではなく、もっとオートメーション化されるのではないでしょうか。

例えば、かつて人々は馬に乗って移動していましたが、自動車の普及でなくなりました。ただ、いまでも牧場では乗馬体験ができたりする。あれはあれで貴重な体験だから、エンタメとして残っているんです。メディアやコンテンツも、いずれそうなっていくと思います。

AIやロボットに置き換わることで起こる一番面白いポイントは、閲覧者個人の興味や趣味嗜好のデータが取得しやすくなることです。オンラインサロンやコミュニティを通じてデータ分析をしたり、気持ちや感情を数値化したり。メタバース内の動きなんて全部ログが残りますし、そこから取得した個人データをもとに、無駄なくリーチできるようになるでしょう。

ただ、実際のリアルな楽しみをもたらす存在、例えばビールやサッカーが消える未来はないと思います。それらを作るプロセスやマーケティングなどは変わるのかもしれません。欲しいものをみんなで一緒に作るというようなことが起こるのではないでしょうか。

最近、よく言われる「DAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)」みたいなコミュニティもありますよね。例えば、有名ファッションブランドがDAOのような組織に再構成され、業界を大きく席巻することもあるでしょう。ブロックチェーンやNFTの発展によって、資本主義や株式至上主義がベストではない世界がやってくるのではないでしょうか。


2021年11月22日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:有限会社ノオト

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