未来は「井の中の蛙」としての幸福を感じる社会になっていく Gaudiy 石川裕也CEOが思い描く人類の進化とプロセス

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭に置き、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

ブロックチェーン、メタバース、AIは、人類の未来をどう変えていくのか。Web3やNFTなどを専門とし、エンタメ領域における「ファン国家」の創造を目標としている石川裕也氏に、2040年のエンタメや経済、コミュニティがどのような変貌を遂げるのか、これからの展望を伺いました。

石川 裕也(Yuya Ishikawa)
株式会社Gaudiy創業者兼代表取締役
2013年に19歳の若さでAI関連会社を立ち上げ、2018年5月に株式会社Gaudiyを創業。「ファンと共に、時代を進める」をミッションに掲げ、大手エンタメ企業とブロックチェーン事業を展開している。毎日新聞やLINE Payなど複数の企業でアドバイザーや技術顧問も兼任。2022年6月に、シリーズB・1stクローズで25億円を調達。同月、Web3領域における制作事業や教育事業を行う株式会社C4C Labsの共同代表にも就任した。

「好き」の熱量をソリューションに

――株式会社Gaudiyでは、NFT、DID(分散型ID)などのブロックチェーン技術を活用したWeb3時代のファンプラットフォーム「Gaudiy Fanlink」を開発・提供されています。トークンエコノミーやファンエコノミーなど、その辺りのエコシステムはどのように構築されているのでしょうか?

現代において、社会はプラットフォームに主導されています。YouTubeで動画を見たり、Spotifyで音楽を聞いたり、AmazonやGoogleで情報を得たり、ものを買ったりと、プラットフォームの下にIP(知的財産)やコンテンツが並んでいる状態です。

そのなかで、僕たちが運営する「Gaudiy Fanlink」は、大手プラットフォームを通さず、直接ファンコミュニティの中で動画を視聴したり、チケットを買ったり、音楽を聞いたり、あるいはそれ以上のことを可能にしたりするものです。

プラットフォーム主導とは、ユーザー情報などのビッグデータ全てをプラットフォーム が持っている状態なんです。それに利用手数料も高い。コンテンツ制作側がプラットフォームを変えることは不可能に近いので、コンテンツ体験の場も制約されてしまう。

ですから、Gaudiy Fanlink主導になれば、こういった問題点が改善され、さらにワクワクする体験を作れると考えています。僕たちは「好き」という熱量そのものをソリューションにしているので、動画や画像、インフラとなっている支払い、保険などのサービスなど、人々の生活すべてにGaudiy Fanlinkを活用する価値があるのではないかな、と。

(Gaudiy Fanlink 公式サイト)

――コンテンツプラットフォームへの依存やクリエイターの収益の低さなど、エンタメ業界のDXを進める上でさまざまな課題があります。これらは現在、どれくらい改善されているのでしょうか?

そもそも、これらの問題に対して正面から解決しようと動いている企業自体がほぼありません。正直、僕たちの会社しかこのミッションを掲げていません。なぜなら、エンタメ業界の人たちは、コンテンツ作りは得意でもビジネスへの関心があまり高くないことが多いですから。相当なビジョンを持って臨まないと、現在の環境を改善していくのは難しいんじゃないでしょうか。

いずれはトークンエコノミーになっていく見通しをもっていますが、そこに向かって前進させようというムーブメントはまだ起こっていません。中央集権から非中央集権になるという大意が描かれることはありますが、エンタメ領域は僕たちが動かないと解決しないだろうな、と思っています。

「自分だけが勝つ」ではなく「人類みんなで進む」

――デジタル通貨やブロックチェーン技術の発達が未来の経済圏にも大きな影響を与えると、貨幣の価値はどう変わっていくと見ていますか?

そもそも、貨幣は信用の代替でしかありません。今まではその信用を紙でやり取りするほうが楽だったのですが、デジタル社会になって自分自身の信用自体をトラッキングできるようになりました。ですので、物理空間にある今の貨幣というUIは、信用の代替としてはもう古いんです。

では今後、貨幣はどうなっていくのか。最初のステップでは、パーソナルプライシングになっていくと思います。パーソナルプライシングとは、買いたいものや自分の信用の価値が見る人によって異なること。つまり、信用スコアのようなものが重要になってくるわけです。

例えば、現在でも、僕が銀行でお金を借りるときの金利と、みなさんがお金を借りるときの金利は違います。これが、人の信用によって値段が変わっている現象です。今後はこのようなことが、あらゆる消費の現場でも出てくると考えています。

そして、もっと先の世界では、そもそも通貨ではなく信用自体を貯めたり消費したりしていく社会に移り変わるのは自明です。そのようなプロセスで、貨幣の価値はどんどん変化していくのではないでしょうか。

――人間の信用で言えば、その人が所属するコミュニティとの関係も評価の対象になるかもしれませんね。どのようなコミュニティが人気を集めるのか、またコミュニティがどう評価に繋がると考えているのか、お聞かせください。

おそらく、自分のアイデンティティをきちんと評価してくれるコミュニティが重要になると思います。例えば、僕がアイドル事務所に所属していたら、きっと劣等感を抱いてすごく居心地が悪く感じるでしょう。なぜなら、アイドル事務所は「かっこいい」「かわいい」が1つの信用になるコミュニティだからです。これがもしヤンキーのコミュニティだったら、信用の種類は違ってきますよね。

コミュニティごとに何が信用になるのか、どんなアイデンティティが認められるのかは、まったく違うわけです。現代社会では、評価基準がマス化されています。学歴、家柄、お金持ち、かっこいい、かわいいとか、ざっと挙げてみればその程度ですよね。

そうじゃなくて、認められるアイデンティティがもっと細分化されたコミュニティが、今後必要とされるのではないでしょうか。本当に自分に合ったコミュニティを見つけることこそが価値になる時代が来るはずです。

――将来、そのようなコミュニティが実現した場合、重要な鍵となるのは何でしょうか?

誰か一人だけが強者になるのではなく、みんなで協力して人類を前に進めていくことになると考えています。そもそもブロックチェーンは、すべての人たちで支え合って作られているものです。今は仕事のノウハウやクライアントの情報、知識、優秀な人材を自分たちで囲うことが、ビジネスの根幹ですよね。特許なんかもそうです。

でも、人類の進歩を考えた場合、それらを開放したほうが世の中は良くなるじゃないですか。ブロックチェーンでは、それらを広く教えたり、共有したりした人に還ってくる仕組みが実現できます。「自分だけが勝つ」ではなく「人類みんなで進む」という考えのもと、ものを作って開放して、またより良いものを作って、情報をどんどんシェアしていく。今後はこういう価値観になっていくのではないでしょうか。

本物の自分は、どの自分になるのか?

――「メタバース」という言葉は、人によって定義が曖昧な部分もあります。石川さんの考えるメタバースの定義や価値を教えてください。

人間よりもコンピューターの知能が勝る転換点をシンギュラリティと呼びますが、メタバースはリアル世界よりもバーチャル世界でアイデンティティが勝ることを指す言葉だと考えています。将来的には、リアル世界の「かわいい」「かっこいい」よりも、デジタル上の「かわいい」「かっこいい」が高い価値をもつでしょう。

価値は、基本的には生きやすさで決まります。だから、今の若者は学歴よりもSNSのフォロワー数を欲しがったりするわけです。いい大学に行くよりYouTuberの方が儲かる。そういう考え方をベースに生きているデジタルネイティブ世代も実際にいます。

(Gaudiy オフィス風景)

あと、人は誰しも「自分なんて……」と思うことがあるじゃないですか。これは、人間には容姿や顔というインターフェースがあるから。自分も他人も勝手にステレオタイプ化して、自己肯定感を1つ下げてしまっているんです。

こういう負の側面をなくすには、メタバース内で肌の色を変えるとかではなく、そもそも人間の容姿という概念を取っ払って、怪獣とかにしちゃえばいいんですよ。その方が自分のアイデンティティを表現しやすくなる。

メタバース上ならなりたい自分になれるとも言えますが、そもそも「本当の自分」というのはそこに表出する「自分らしさの量」で決まるんです。生身の人間だから「本当の自分」なのではなく、バーチャルの方が明らかに露出する「自分らしさの量」が多いなら、それが本当の自分ってことになっていくんだと思います。

AIは人間のエンパワーメントに過ぎない

――進化するバーチャル世界では、AIの存在もまた議論の対象となると思います。特にクリエイティビティの観点から見たとき、人間とAIの関わり方についてはどうなっていくと思われますか?

人間がAIに乗っ取られるんじゃないかと思っている人もいますが、そもそもAIはテクノロジーで、テクノロジーの根幹は人間のエンパワーメントです。電卓を使って計算能力をアウトソースするのと同じように、AIもそういう使い方になるんじゃないでしょうか。AIはあくまで、人間が望む世界を楽に実現させるために活用するものですから。自分より優秀なAIを作って、自分の生活や自己実現を楽にしてしまう。ただそれだけかな、と。

クリエイティビティに関して言えば、AIが作るコンテンツのほうが面白くなっていくと思います。でも、やっぱりそこも人間のエンパワーメントですよね。こういう映画や漫画があったら面白いんじゃないかという発想とAIの技術力を組み合わせる。逆も可能ですけど、こうやって人間とAIが共存してものづくりをしていく社会が長く続いていくと見ています。

結局のところ、エンタメってストーリーが大事なんです。登山だって登るプロセスそのものに価値があって、ヘリコプターで頂上に降ろされても面白くも何ともないですよね。良いものを観たり、良いものを食べたりするだけがエンタメじゃない。

質は低かったとしても自分で作ってみて、みんなでシェアし合うみたいな体験。今後は、こういう部分にこそ価値を見出すようになっていくんじゃないでしょうか。結局、リアルも楽しいよねって話になって、人間の活動は残り続けると思います。

――そのような世界では、人間が生み出すものの価値は現在とまた変わってくるのでしょうか?

価値を大きく分類すると、「楽にする」と「ワクワクさせる」の2つなんです。だから、みんなはこれをひたすら追求し続けるわけです。人間は放っておいても、勝手に価値を見出していくものですから。

ただ、中央集権的な社会で価値を定義されるのではなく、それぞれの異なる価値を追いやすい社会を作ることが大切です。その社会を壊してしまうものは倫理として制御していかなければならないけど、逆にそこだけきちんと制御しておけば、放っておいても楽な世界とワクワクする世界を求め続けられる。放っておいても楽しいエンタメが生まれるし、なんとなく美味しいご飯が楽に食べられるようになっている。世界はそうなっていくと思いますね。

人類が前に進めば進むほど、最低限の生活に対する幸福度は下がります。でも、個別のアイデンティティをどんどん追えるようになっていくので、未来は「井の中の蛙」としての幸福を感じる社会になるのではないでしょうか。

「井の中の蛙」って良くない意味で使われる言葉ですが、そもそも幸せなんて他人が勝手に定義するものじゃないし、自分が幸せだったら幸せなんです。自分に合ったコミュニティ、つまり「井」の中にいることがその人にとって幸福なことなんです。

メディアは、新しい価値観をインプットする偶然の出会いを

――2040年の世界におけるメディアやコミュニケーション、あるいは世界のあり方に関連して、石川さんは未来に何を期待しますか?

レコメンドエンジンがものすごく発達しているがために、今のメディアでは目にするコンテンツが単一化してしまっていて、偶然の出会い、いわゆるセレンディピティがなくなりつつある。その辺りが解消されれば良いとは考えています。僕は個人的に、すごく新聞を読むよう意識しています。

(インタビュー中の様子)

人間の根本にある価値観を変えてくれるのは、偶然の出会いなんですよ。新しい価値観をインプットしてくれる衝撃的なものやトリガーになるものを作れたほうが良い。そういう気付きを人々に与えることが、メディアの役割と言えるでしょう。

もちろん、今までのやり方を変えずにその方向へ進むだけではPV数は上がらないし、メディアは破綻していきます。しかしこの際、「できる・できない」はどっちだっていいんです。成り立ちやすい世界から逆算するのではなく、「こうあるべきだ」という思想を持って進み続けるのが重要です。

僕はある意味、資本主義が邪魔だと感じています。資本主義の下にいるメディアだと「これはPVに繋がらないからやめろ」ってなりますよね。それに対して、トークンエコノミーは「こうあるべきだ」という思想に人やリソースが集まってくる。つまり、その思想に共感する人がいる限り、理想を追い求め続けられる世界なんです。メディアには将来そうなってほしい。

だから僕は、これからもその世界にベットし続けます。その思想に共感する人たちがお金で支える。そういう社会に普通になっていくと思います。


2021年11月25日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:有限会社ノオト

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。