【MORE MEDIA 2040】メディアは「体験し、過ごす空間」へ ~多層化、多場化、多己化するメディア環境@メ環研フォーラム2022夏

2020年からのコロナ禍を境に、メディアをとりまく環境、そして生活者のメディアに対する意識は大きく変化しました。これは一時的なものではなく、不可逆的な変化として定着しています。

オンラインが常態化し、スマホ、PC、そしてテレビまでもネットに接続されるのが前提になり、膨大な情報に「いつでも、どこでも、何度でも」接することが可能になりました。

今後はAI、メタバースの登場によって、メディア環境にはさらなる変化が起こっていくでしょう。これからメディアの未来には何が起き、そこにはどんなチャンスがあるのでしょうか?

「MORE MEDIA 2040 ~メディアは、体験し、過ごす空間へ~」のフォーラムレポート第2弾では2040年に向けてどのようなメディア環境の変化が起こるのかを予測していきます。プレゼンターはメディア環境研究所の山本泰士GMです。

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なぜ今、2040年を考えるのか?

第1部でご紹介した通り、この20年でメディア環境はオンライン常態化へと変化しました。さらに、変化の先行指標ともいえる若い世代ではオンラインとオフラインの境界が溶け始め「メディアの中の私=自分アイデンティティ」という意識まで顕在化し始めました。

これから一体どのような変化が起こるのか? メタバース、WEB3、NFT…様々なバズワードが飛び交う中でメディア環境研究所は、この激動の時代に重要なのは長期的視座であると考え、2040年のメディア環境を予測。外部のメディア研究者や技術トレンドリサーチャー、メディア制作実務者、Z世代のビジョナリストと様々な専門性をもつメンバーを迎え研究を進めました。

先行研究から見えた未来とは? 2040年を思考するプロセス

では先行研究から未来の技術を見ていきましょう。「令和2年版科学技術白書」によると、2040年には以下の技術が実現すると考えられています。

見る、聞く、触る、匂う、味わうという五感が技術的に送れるようになり、遠隔でもあたかもそこにいる感覚で人に会えるようになるでしょう。

ロボットを自分の分身として操作し、仕事や観光ができる遠隔分身操作も可能になるかもしれません。遠く離れた相手とも、仮想空間などの拡張空間を使ってリアルタイムに遊ぶことができる技術、また世界中の言語をリアルタイムに違和感なく翻訳する技術も実現すると考えられています。

このような驚くべき変化を前提に、私たちは未来のメディア環境について議論を行い、421個の問いを導き出しました。

数多くの問いを整理する中でわかったのは、メディア環境の変化を単なる技術変化のみで捉えてはいけないということです。重要なのは、技術変化によって新たに生まれる生活者の行動や欲求。その上に、新たなメディア環境とビジネスが生まれていくのです。

身体のあり方・経済感覚・時間感覚・心のあり方の領域で生まれる変化

では、技術変化の上にどんな生活者の変化がおきるのでしょうか? 私たちはこれを考えるためメタバースやメディア、エンターテイメント、教育、倫理、経済、哲学、ITなど国内外の30名以上の有識者と対話を重ねました。その結果を分析したところ、注目すべき未来予兆が見えてきました。

その分析を、身体のあり方・経済感覚・時間感覚・心のあり方という4つの領域に分けて紹介します。

身体のあり方

未来では技術と人間の付き合い方が変わります。今後、AIは人間の能力を遥かに超えていくでしょう。しかし、それは人間がAIに支配されるということではありません。AIが人間と共存する、AIが人間の力を強めてくれるという社会が到来するのです。

例えば、マンガ制作でストーリーのアイデアはあるのに画力に自信がない人がいるとします。これまでなら1人ではマンガ制作をできなかったところ、未来ではAIが作画を担当することで作品を完成させられるでしょう。

AIのサポートは頭脳面だけでなく、ロボティクスと組み合わせて身体領域のサポートまで広がると考えられます。

経済感覚

AIが人間の可能性を広げる大きな役割を果たす社会では、その性能を上げるために、人間のもつ様々なデータをAIに学習させることが重要です。

未来では、人間は生きてデータを生むだけで報酬をもらえる可能性があります。なぜなら、AIには実装できない「欲望」を人間は持っているからです。そもそも、欲望が生まれる理由やプロセス自体が解明されていません。解明されていないものはAIに実装できません。

つまり、欲望をもつことが人間の重要な価値となり、欲望からデータを生み出す人間に、AIは新たな報酬をもたらす可能性が見えてきました。

時間感覚

AI、ロボティクスが労働を効率化し、人間はデータを生み出すことで報酬を得る。そんな社会では余暇時間が増え、自分の好きなこと、楽しいことを追求できるようになるでしょう。

その楽しいことは単なる時間の享楽的な消費に留まらず、勉強などの自己成長につながる時間と、それに付随する友達づくりに向けられるようになると考えます。余暇の使い方は、現在の「短い余暇をいかに消費するか」という時代から、「長い余暇をいかに意味のあるものにするか」へと変わっていくのです。

心のあり方

では未来の心のあり方はどう変化するのでしょうか? 価値観と幸福感の変化を見ていきましょう。

まずは価値観について。これまでのメディアの変遷を見てみると、紙がディスプレイへと変化し、今後は空間へ変化します。人はVR、ARなどの三次元のデジタルメディア空間に入り込み、自由に生活を送れるように。そんなデジタル空間内での生活の比重が増えれば、「かわいい」「かっこいい」などの価値も、リアルよりデジタル空間で大きくなります。

価値とは、生きやすさで決まるものです。すでに現在、SNSのフォロワー数が多いほうが生きやすいと感じる人々が増えているのと同様に、将来デジタルメディア空間で過ごす時間が増えるほど、その空間でのモノ・コトに価値を見いだす人々が増えていくと考えられます。

続いて幸福感について。自由なデジタルメディア空間では、どんなにニッチな分野でも自分の好きなことを追い求め、自分のことを認めてくれる仲間を見つけられます。そこで時間を過ごすことで幸福感を味わうのです。未来には、いわば「井の中の蛙としての生き方」が大きな選択肢になります。

そして、デジタルメディア空間内では、自分の中に何人もの人格がいることがデフォルトに。自分の好きなことに応じて、井の中の蛙として生きるコミュニティを複数持つ人は、コミュニティごとに人格を切り替えて生きることも可能になるのです。

未来には「好きなことで認められる場を多様に持ち、人格を切り替えて生きる」という幸せが生まれるのではないでしょうか。

居心地のいい場所をつくれるのは、デジタルメディア空間だけではありません。分身ロボットを使って遠くからでも働けるようになれば、フィジカルの世界でも1カ所に定住しない選択肢が生まれます。私たちはフィジカルでも、デジタルでも自由に居場所を選ぶことができるようになるのです。

一方で、新たな課題も生まれます。自由に選べるからこそ、人間関係は同じものを好む、同じカルチャーの人々との付き合いに偏っていく可能性があるのです。

価値観が異なる集団ができること自体は自然なことです。ここで考えなければならないのは、技術によって分散が加速する生活者の価値観をどうつなげていくかという点ではないでしょうか。

2040年が迎えるメディア環境とは?

このように2040年の生活者は、複数の世界にある多様な場所を自由に行き来し、自己を切り替え、AIを相棒として自己実現を行っていくという姿が見えてきました。

この変化をメディア環境の構造から紐解くと、未来のメディア環境は「多層化」し、「多場化」し、「多己化」すると言えます。

メディア環境の「多層化」

未来には多様な空間をリアルとして生きていけるようになります。私たちが今いるフィジカル、AR、VR空間、音声空間なども含めリアルは多層化していくのです。

そこに壁はなく、私たちが今ワイヤレスイヤホンを使って音楽や音声コンテンツを楽しむのと同じくらい、自然にスムーズに生きる世界の切替えが起こると考えられます。

メディア環境の「多場化」

多層になった空間で、生活者は居心地の良さや好きなことを追い求め、多くの場を持つことができるようになります。メタバースの世界で、自分の好きなことを好きな仲間と楽しんだり、興味に応じて、井の中の蛙として生きる場を持つことができるのです。

フィジカルの世界でも仕事や学校の場所に縛られることなく、好きな場所で流動的な住み方が可能になると考えられます。

メディア環境の「多己化」

多層化、多場化するメディア環境では生活者はたくさんの自己を持つことができます。様々な世界に多様にある好きな場所に応じて、生活者は自己を切り替え、居心地よく生きられるのです。

メタバースでは、フィジカル世界の自分にとらわれず、自分の見た目や性格、話し方さえ変えながら、それぞれの場所を楽しめます。すでにSNSで複数のアカウントを使い分けて自身のキャラクターを切り替えている人がいますが、このような楽しみ方がリアルな空間となったメディア内で可能になるのです。

アイデンティティは社会から与えられるものと考えられがちです。しかし、多層化、多場化、多己化する世界では、自分でアイデンティティを作ったり、場合によっては購入したりすることもできるようになるでしょう。

2040年メディアのビジネスチャンスとは?

では、多層化、多場化、多己化するメディア環境でどんなビジネスチャンスが生まれてくるのでしょうか?私たちは多層化、多場化、多己化と同時に、5つの「増える」現象が起き、それがチャンスになりうると考えました。

まず増えるのは「時間」です。

余暇が増え、その使い方にも変化が起きると考えられる2040年。そんな時代に注目されるのは、意味ある時間を生み出すことのできる「学びコンテンツ」です。

メディア企業はその知恵を生かし、世界中の大学の学びをわかりやすく編集。学びながら友達をつくることができるコンテンツビジネスを提供することにチャンスが生まれます。

また未来では、「身体」も増えていきます。

弱った体をロボティクスでサポートしてもらうだけでなく「自分と機械とを一体化して楽しみたい」という欲求が高まると考えられます。そこでチャンスがあるのは、テクノロジーによって強化された人間による、新たな「人機一体エンターテインメント」です。

サッカー戦略を考えることは得意でも、運動は苦手という人が、自分が機械強化されたサッカー選手になり、チームメイトは自分のサッカー戦略を搭載したAIロボでプレイする。そんな人機一体型のエンターテインメントが次々と生まれると考えられます。

また好みに応じてなりたい「身体」になれるメタバースでは、自分が変身するキャラクターのしゃべり方や立ち振る舞い、性格まで含めた人格を売り買いする市場にチャンスが生まれるかもしれません。「あの人気アニメの主人公のメタバース内人格が何十億円で落札される」そんな出来事も起こるかもしれないのです。

そして未来には「作り手」も増えていきます。

AI技術の進化によって、そのサポートを受けて好きな作品を追求し、直接発信する作り手はどんどん増加。それは一見、メディア企業にとってピンチに見えますが必ずしもそうではありません。メディアと作り手が協力しあい、作品をつくり世の中に広めていくというチャンスになりうるのです。

例えば、メディアは作り手の創作のきっかけとなるお題、制作の知恵や素材も提供する。そのお題や素材をもとに、作り手はAIの助けを受けて用いて作品を創作し、世の中に広め、利益をメディア企業と分け合っていくというビジネスが生まれることも考えられます。

このように様々なことを実現できる「自由」が増えた世界。

自由すぎて、何をしたらいいかわからないという悩みも増えるでしょう。そこでは体験してみたい人生をVRで体験できる「仮想人生ゲーム」が人気になるかもしれません。人生を没入型で体験し、やりたくなったら実現するためのスキルまで学べる。体験からスキル獲得が直結したコンテンツにチャンスが生まれるのです。

まとめ

2040年、人はメディアという空間の中に入り込み、好きなことを追い求め、人とつながり、幸せをみつけていくようになるでしょう。まさにメディアは体験し、過ごす空間へと変化していくのです。

生活者はメディア空間で多くの時間を過ごし、フィジカル世界と同じくらい、たくさんの喜怒哀楽が生まれることでしょう。メディアは生活者の人生の大きな一部を担うことになるのです。これは大きな変化ですが、メディアの再発明といってもよい、大きなチャンスになる可能性があります。

そこで求められるメディアの役割とは何でしょうか?

それは、人が集まりたくなる、過ごしたくなる場を生み、人と人とを結びつけることです。そして人間しか持つことのできない欲望、願いを刺激し、引き出すこと。

欲望や願いがが生まれたら、その実現までサポートしてあげること。

もはやメディアの役割は「見る・聞く」コンテンツを提供するだけでなく、「体験し、

過ごす」ための様々な場と手段を提供することも重要になっていきます。

このように様々な役割を増すメディアは、もはや生活者が「生きる」基盤へと変化すると言えるのではないでしょうか?

今回、30名以上との有識者や企業家との対話から2040年に向けた大胆な未来仮説を提示させていただきました。実際に技術、社会、倫理的に何がどこまで実現するのかまだわからない部分も多いことも確かです。しかし、これまでの20年間のメディア環境が大きく変化したように、2040年にむけてメディア環境が今とは大きく変わっていくことは確実でしょう。この変化に参加し「ワクワクする未来」を作る当事者は、いま、この時代を生きる私たち自身にほかなりません。

ワクワクする未来を作るお手伝いをするため、メディア環境研究所では目の前の小さな変化のみにとらわれず、大きく未来へのビジョンを描き、メディアのこれからの一手を今後も調査・提言し続けて参ります。

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こちらで発表した資料はダウンロードいただけます。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

メ環研 山本
山本泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてコミュニケーションプラニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?~情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。