行き着く先は「身体と心が溶け合う電脳空間」 クラスター加藤直人CEOが予測するメタバースと人類の未来

カメラマン:藤本和史

博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭に置き、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

メタバースは人類をどんな世界へと導くのか。バーチャルによって「物理的制約」からの解放を目指し、メタバースプラットフォーム「cluster」を始めとしたVR事業を広く展開するクラスター株式会社のCEO・加藤直人氏に、メタバースの可能性と人類の未来について伺いました。

加藤 直人(Naoto Kato)
クラスター株式会社・代表取締役CEO
京都大学理学部で宇宙論と量子コンピューターを研究したのち、3年間の引きこもり生活を送る。2015年、クラスター株式会社を創業。「人類の創造力を加速する」をミッションに掲げ、VR技術を用いた事業を手掛ける。2017年にメタバースプラットフォーム「cluster」を公開。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)がある。

「cluster」には世界すべての情報が残っている

――何をきっかけに、メタバースプラットフォーム「cluster」の運営を始めたのでしょうか?

僕はもともと、京都大学で宇宙や量子コンピューターの研究をしていました。その後、楽しく引きこもり生活を送っていたのですが、その最中に出会ったのがVRです。VRを使えば、インターネット上で集まっている感覚や身体性を伴うし、情報も発信できる。その体験に感動し、2015年にクラスター株式会社を起業しました。

現在は、約100人の社員とともにメタバースプラットフォーム「cluster」を運営しています。

――2022年の今、メタバースプラットフォーム「cluster」はどのように使われているのでしょうか?

「cluster」内でユーザーは、自由にコンテンツを作って過ごしていますね。競馬ゲームを作って遊んだり、ライブを開催したり。ユーザーがコンテンツを作って、別のユーザーが好きに遊ぶ、という流れができあがっています。

ほかにも、学校や仕事から帰ってきたら、ずっと「cluster」を使っていて、もはや「住んでいる」と呼べるような使い方をしている人もゴロゴロいます。ヘビーユーザーは、毎日6〜7時間ログインしていますよ。

「cluster」には、そんなユーザーのあらゆる情報がすべてサーバーに残っているんです。例えば、リアルの部屋でミーティングをしても、相手の身ぶり、手ぶりの情報はどこにも残りません。でも、「cluster」のサーバーには世界のすべての過去が情報として残り、復元できるんです。現在、そのデータを使った身体研究にも取り組んでいます。

――加藤さんは「fMRI(functional MRI)」を用いた研究も行っていますよね。具体的にはどういうものなのでしょうか?

「fMRI」は頭蓋骨に穴を開けずに脳の活動状況を見たり、レコーディングできたりする技術です。実は、筋肉を通さずに脳内の情報を外に出すのはかなり難しいんです。ボディランゲージはもちろん、会話をするときや文字を書くときも筋肉を使っていますから。しかし、「fMRI」を使えば、筋肉を通さずそのまま脳内の情報を取り出せます。

例えば、リアルな空間ではどうしても筋肉などの物理的制限を持った上でしかアウトプットできません。けれど、脳内の情報をそのまま取り出せれば、考えているものを直接3Dで描き出すなど、筋肉を通さずにコミュニケーションができるようになります。

さらに、デジタルで全て完結するメタバース空間だと、よりダイレクトなコミュニケーションが可能になる。20年後には、脳で考えていることをそのまま外に出して生活に反映できるんじゃないでしょうか。

そのために、頭蓋骨に穴を開けてチップを差し込んで、脳の情報を外に飛ばす。そうして物理空間のアームを動かしたり、メタバース空間を歩き回ったりできる時代がやってくるはずです。その際、必要なのはそのチップを埋め込む許認可制のクリニックです。20年かけて、産業から作らなければいけません。

――そのような技術が向上して、生活のメインがバーチャル空間になった際、物理空間のあり方はどう変わっていくのでしょうか?

もちろん20年後には、自動運転車がたくさん走っているとは思います。ただ、物理的な移動に、どんどんお金がかかるようになっていくでしょうね。人が自動車に乗るという行為自体が、贅沢なものになると僕は考えています。

世界の流れとして、SDGsに対応しないと投資されないようになっています。そう考えたとき、物理的なモノを作ったり運んだりするのは環境にとても悪いんです。だったら家にいたほうが良い、と。これからはモノや人が移動せず、できる限り家の中で完結する方向にどんどん変化していくのではないでしょうか。

家に帰ると、とりあえずVRゴーグルをかぶって、みんなでお酒を飲んで、ずっとだべっている。そうやって家の中にいながら友達と飲み会をしたり、ゲームをしたりするようになる。今、バーチャル空間にずっといる人たちからすると、家から出なくなる未来はさもありなんという感じです。

そういう過ごし方を部屋やアパートなども作られていくでしょうし、ニーズはどんどん高まっていく。物理的にアクティブに動く人は、本当に少なくなってくるだろうと予測しています。

性別を超えた多夫多妻制も許される世界

――バーチャル空間での生活が一般的になると、当然ながらマイナスの側面も見えてくると思いますが、いかがでしょうか。

現在、「cluster」では全体の2割くらいのユーザーがVRでログインしています。その中でもVRオンリーでログインしているユーザーには、すでに問題が発生しているんです。

例えば、VRゴーグルをかぶってバーチャル空間内でずっとコミュニケーションを取っていたら、同じ家にいる家族ともコミュニケーションが取れないじゃないですか。家族側も、VRゴーグルをかぶっている人になかなか話しかけづらいですよね。そういう点では、家庭が崩壊したとか、リアル空間をもっと大事にしようとか、そういう話がすでに起こっています。

これは、メタバースが過渡期だからこその問題でもあります。もし全員が一気にメタバースに移行したら、起きていない問題ですから。インターネットが出てきたときも、ずっと家でパソコンを触っている引きこもりの子どもを親が心配したりしましたよね。テレビが出てきたときもそうだったでしょう。新しいメディアやテクノロジーが出てくると、起こりがちな問題なのかなと思っています。

カメラマン:藤本和史

ほかにも、バーチャル空間はデフォルメされた空間なので、リアルに比べると圧倒的に情報量は少ないことがあります。相手と握手も、ハイタッチもできない。エフェクトで雰囲気だけは味わえますが、実際に触れ合う感覚などの情報はすべて欠落してしまう。デジタルである限り、デフォルメされ続けるんです。

例えば、岩をバーチャル空間に持っていくとします。実際の岩は1kgの中にも1兆個×1兆個くらいの数の原子が入っている。けれど、バーチャル空間ではその全原子をシミュレートする必要はないですよね。岩の形やテクスチャ、重さ、材質などの情報だけを切り取っているはずです。バーチャル空間はそうやって、人間によって都合よくデフォルメされているんですよ。

いろいろなものがデフォルメされた空間では、偶然性もまた機械によっていい感じにコントロールされています。そのような偶然性の少ない世界に住む人、いわゆるメタバースネイティブで育った人は、おそらくリアル空間で育った人間よりも情報が抜け落ちた状態で生活していくことになります。

今はスマホネイティブやデジタルネイティブという言葉がありますが、近い将来にはメタバースネイティブも必ず出てくると考えています。そうやってバーチャルプラットフォームにどっぷり浸かった人たちが結構な数になっているのが、2040年ごろです。

――メタバースネイティブと、リアル空間で育った我々は生活スタイルが大きく異なると思います。どのような違いが生まれてくると予想されますか?

やはり「性」に関する話は重要になってくると思います。ここで言う「性」は、性別と生殖行為という2つの意味があります。

「cluster」内にもカップルがいるのですが、男性が女性の格好をして、女性が男性の格好をして、その人たち同士が本当に付き合って結婚しているような振る舞いをしているんです。しかも、n対nの多夫多妻制として絡みまくっているんですよね。

リアル空間だと浮気はダメだし、複数人と結婚することもできない。でも、バーチャル空間だとなぜか許されている。シェアするのが当たり前というか、「別に1人であることにこだわる必要はないじゃん」という感覚があるのだと思います。

これが20年でどこまでいくのか。恐ろしさも感じますが、やっぱり面白いですよね。今は社会の要請として「結婚しなければ」と考える人もいますが、今後は「別に結婚なんてしなくていいじゃん! バーチャル空間に妻がいるし」となってしまう可能性はありますね。

それと、バーチャル空間では常時接続しているという感覚が、ここ数年でぐっと高まっています。これは、つまりいつでも一瞬で誰かと話せる状態です。

そういう観点では、メタバースの行き着く先はおそらく身体と心が溶け合う電脳空間みたいな感じなのではないでしょうか。境界としての身体はいらない、ずっと誰かと分かり合っていたい、繋がり合っていたい、となりかねません。

ただ、その対象が人間だけでなくAIなどに変わっていくのではないかとも考えています。今、僕が考えているのは、「cluster」内に少しずつbotを増やしていくこと。ずっと友達だと思って喋っていた相手がbotだったという世界が、2040年までに来る可能性はあります。

情報量が多いリアルの世界では、人間のように振る舞うロボットがいたら気付かれると思います。しかし、バーチャル空間でずっと生活する人にとって、リアルな世界は排泄やエネルギー補給など、生命活動のためだけの場所。その際、デフォルメされたバーチャル空間にそのようなbotが出現すると、botだと見抜けない可能性はありますね。

物理のモノは「クール」じゃない?

――今後、メタバースでの生活が主流になった場合、時間の感覚は今とどう変化していくと思われますか?

睡眠時間を除いて、意識があるのは1日16時間だとします。そのなかで、スマートフォンの画面をどれくらい見ているかと言うと、おそらく半分もないはずです。だから、まだまだディスプレイを見る余白はあるんです。将来的には、企業の広告コミュニケーションに24時間触れるという生活スタイルにも変わりうると思っています。

バーチャル空間を使った広告は、数年以内には発明されているでしょうね。「cluster」内のカフェで集まっている人たちからは、すでに「壁に広告が出ていてもいいですよね」という話もあって。20年後には、一大産業になっていると思います。

――その場合、主にどのような商品の広告がメインになってくるのでしょうか? リアル空間のモノなのか、バーチャル空間だけで完結するモノの広告なのか。どちらの比率が高まっていると思われますか?

現在はまだ、リアル空間のモノを売るためにバーチャル空間が使用されていますし、この先の数年ではもっとその使い方をされると思います。でも、2040年までいくと「物理スニーカーなんて売っているのはダサいよね」となっていてほしいし、実際そうなると思います。

僕が思うメタバースは、ビジネスにおいて、リアルが主でデジタルは従であるという主従関係が逆転する現象です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉もありますが、結局リアルが主です。デジタルによって、リアルのビジネスをより加速させましょうという概念なので。

そうではなく、アパレル企業がリアルな靴を売らなくなるのがメタバースである、と僕は思っています。2040年を考えたとき、環境問題の話は必ず出てくるはずなんです。今でさえSDGsが叫ばれていて、地球環境について議論されていますから。作ったり運んだりするのにもエネルギーが必要ですし、どんどん物理のモノを売らなくなっていく世界になりうるでしょう。そのとき、「物理のスニーカーなんて贅沢なものを作るなんて悪だ!」ともなりかねません。

カスタマー側の金銭感覚としても、お金の使い方はどんどんデジタルに寄っていくでしょうね。物理のモノを買うのはクールじゃない、と。この「クール」という考え方は本当に大事だと思います。

――2040年には、「物理のモノはクールじゃない」という感覚がメインになるのでしょうか? それとも、リアルな空間も大事だという感覚も残り続けるのでしょうか?

例えば、アメリカは国土が広すぎて本当に移動が不便だし、インターネット中心でないと生活していられない感覚があります。しかし、日本は都市がコンパクトに凝縮されている。歩いたらすぐコンビニがあったり、電車でどこでも行けたりする。

だからバーチャル空間での生活に移行するのは、他の国と比べて遅れが出てくるんじゃないでしょうか。とはいえ、「こっちのほうがクールじゃん」となったら一気にインターネット寄りに変わっていくと思います。日本だけが違う生活をし続けることはないですね。

「車がほしい」「いい家に住みたい」というベーシックな感覚は、今後どんどんなくなっていくと思います。インターネットでいろいろな欲求は簡単に満たせてしまいますし。「若者が車や家を買わないのはお金がないからだ」とも言われていますが、お金があっても多分買わないんです。その分、ガチャを回すとか、良いアバターを買うとか、デジタルでの消費にどんどん変わっていくでしょう。

資本主義がある限り分断は進み続ける

――インターネットの世界では、アルゴリズムによってどんどん自分好みの狭い世界を生きることになってしまうのではないか、と問題視されています。しかし、お話を聞く限り、誰かと繋がったり話したりできれば、個人が感じる世界は広がっていくのではとも思いました。

そんなふうに広がってはいかないと思いますね。メタバースはリアルタイムで繋がっているからこそ、すごくバーティカルで少人数のコミュニケーションになる。つまり、細分化されて、本当に仲のいい人たちだけと付き合うようになっていきます。

フィルターバブルという言葉もありますが、これからはもっともっと分断していって。国境どころか、カルチャーごとに壁ができていく。しかも、それはアルゴリズムによる壁です。

資本主義に乗っかって、プラットフォームをどんどん大きくしていこうというインセンティブがある限り、メタバースの運営者はユーザーができるだけ心地よく過ごせる場所にしようと思うじゃないですか。だから、アルゴリズムも気の合う人同士がずっと繋がり続けて、気の合わない人が混ざることはなくなるように発展していく。だから、カルチャーごとにゾーニングされていって、分断はどんどん進んでいくと思っています。

これは難しい問題です。資本主義に寄らない非営利団体を取り入れていけば分断が解消する方向に動きますが、企業側からすると利益を損ねかねませんから。一方で、資本主義がどれくらい影響力を持ち続けられるかという話もあります。2040年には資本主義はまだあると思いますが、100年後にはなさそうだとも思っています。

カメラマン:藤本和史

――最後に、2040年のメディアやコミュニケーションはどのようになると思われますか?

これまでに、紙のメディアはディスプレイに変わっていきました。次は、そのディスプレイがバーチャル空間になる。これは2040年までに完全に変化すると思います。つまり、空間がメディアになっているのが2040年の世界ですね。

その上でのコミュニケーションは結局、他者を感じたいという寂しさだと思っていて。その対話する他者が人間か否かを意識しないというか……。人間であると勘違いしてさえいれば大丈夫、という時代が来ると予測しています。

誰かと繋がることは精神を安定させます。より繋がっていたい、よりわかり合いたいという人間の欲求のもと、コミュニケーションサービスはより常時接続する形に変わっていくでしょうね。


2021年12月20日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 小林舞花
編集協力:有限会社ノオト

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