「超ヒマ社会」に向けて。iU学長・中村伊知哉さんに聞くオンライン化で変わる大学の学びと価値観

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭におき、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

コロナ禍で大きく変化が起きた場所のひとつが学びの場。産業界との連携で新しい学びを提供しているiU(情報経営イノベーション専門職大学)学長の中村伊知哉さんに、学びや若者の価値観の変化、ライフスタイルのアップデートについて、お話を伺いました。

中村伊知哉(Ichiya Nakamura)
iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学で博士号取得(政策・メディア)。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て旧郵政省入省。1998年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年慶應義塾大学大学院教授。2020年4月iU学長に就任。

授業のオンライン化から、さまざまな大学の授業の修了証書を取得するスタイルへ

――中村さんが学長を務められているiU(情報経営イノベーション専門職大学)が設立された経緯について教えてください。

私が20年前に役所を辞めた後、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)とスタンフォード大学に関わった体験がiUの発端になっています。スタンフォードがGoogleを生み、ハーバードがFacebookを生んだ。日本も素晴らしいものを数多く生み出していますが、大学はそれらの誕生に関わっていません。

日本では、すでにブランドができあがった大学の中で産学連携の思い切った取り組みを起こすのは難しいと感じたため、自分でベンチャーの大学を作ることにしました。

――ここ数年のコロナ禍で、大学のオンライン化が進んでいます。iUではオンラインとオフラインをどのように使い分けているのでしょうか。

2020年にiUを作った時から、オンラインだけで授業ができるよう設計しています。そのため、コロナ禍と同時に開学しましたが、ほぼ混乱なくスタートできました。

その一方で、オフラインのキャンパスでなければできない場の提供も、非常に重視しています。驚いたのは、オフラインを解禁したら、多くの学生が大学のキャンパスに来たことです。

しかし、オフラインの授業が良いわけではなく、彼らはキャンパスに来ながらも「授業はオンラインで続けてくれ」と言う。集まったからこそできる部活や何かしらの活動はキャンパスで行うのですが、授業中は皆バラバラになり、自分のPCで講義を聞いているのです。

今は墨田と竹芝の2カ所をオフラインのキャンパスとして使っていますが、これからは世界中に場を増やしたいと思っています。オンラインのバーチャル空間の中で移動したり、実空間でもいろいろな場所へ移動したり。どこにいても学べる仕組みをうまく作っていきたいと思っています。

——皆がネットに集中してしまい、世界が狭くなるという現象が続いていたと思います。オンラインで会議ができるようになったことで、逆に世界が広がっていく可能性はあるのでしょうか?

まず、どこにいても学校に参加できるようになりますよね。

コロナ禍で一気にオンライン化が進み、「キャンパスに行けなくて大変だ、学生は不便を強いられている」という意見もありますが、withコロナになっても後戻りしないで今のオンライン化を続ければ、皆の自由度はかなり高まると思います。

その一方で、DXが世界的に進んだことで、オンライン対応が難しい大学は今後消えていくかもしれません。

——オンライン化により、世界中の大学で授業を受けられる可能性もありますよね。

今後、競争力のある授業はオープン化するでしょうね。それで、世界中のいろいろな授業や講義を選んで取れるようになる。そうなると、各授業の修了証書をブロックチェーンで持ったり、スタンプを取ったりしていくことが重要になるでしょう。

例えば、コンピューターサイエンスはスタンフォード大学、世界史は東京大学、東洋史は北京大学の誰々を取りました、といったポートフォリオが特定の大学の卒業証書以上の価値を持つ。世界ですでにそういう流れが起きています。

今後は、1つの大学に入って卒業することの意味が問われていくのではないでしょうか。機械翻訳の精度はとても良くなっていますし、本格的にこういった状況になるのは、思っているよりかなり早いと考えています。

18歳からだけではなく、学びたいと思ったときから勉強を始められる

――人生100年時代と言われる今、社会人になってからの学び直しも当たり前になっていくと思います。

学び直しの「直し」という言葉が、変だなと思っているんです。これからは、ずっと学ばないといけないし、どの時期に学ぶのかが問われる時代と感じています。

そもそも18歳で大学に入ることほど、非効率的なことはないのではないか、と思っているんです。というのも、うちの客員教授たちに「学生時代、どうでした?」と聞くと、「もっと勉強をしておけばよかった」と答えるんです。

しかし、バイトや遊びをして過ごしていた学生生活にも誰も後悔はしていません。学生時代に、学業と全然違うことをやっていたからこそ今があると思っているからです。

ただ、ほぼ全員が「社会人になってから猛烈に勉強した」と言います。それは世の中に出てから、何を勉強しないといけないか、何を勉強したいかがはっきりするから。僕自身もそうです。

本来、勉強は自分が学ばなきゃいけないことが見えてから始めるもの。東京大学経済学部の柳川範之教授も、大学を4年で卒業するという設計のほうが間違っており、10年ぐらいのスパンで社会に出たり大学に戻ったりしながら卒業できるという設計にしたらどうか、と提案しています。大学の構造自体を直す必要があるのではないでしょうか。

また、高齢化社会でシニアの方々が暇になったときに行く先はきっと大学です。大学の経営的にも、シニア部門を厚くすることは必要だと感じています。

——今後、学びの価値観はどのように変わっていくと考えていますか。

iUは「全員起業の大学」と宣伝していたので、1年生からガンガン起業しようとします。その結果、ほとんどの学生が4年間のうちに自分で何かビジネスをはじめ、失敗してから、世の中に出ていくことになるでしょう。

でも、本当に深く1つのことを学ぶタイミングはその後なのです。社会人生活の中か、どこかの大学院に行くか、別の大学に入り直すか……。色々な手があると思いますが、新たな学びとの付き合い方が出てくるのではないかなという気がしています。

すでにいい大学に合格して、いい企業に入るというレールに乗るだけではなくなり、「起業もいいじゃないか」という価値観が広がっています。それに対応するいろいろな種類の学校や学び方が急速に増え、学びの道が広がってきている。それは大いに歓迎すべきことです。

稼ぐことより、そこそこ幸福でいることに価値を置く人も

――起業を目指す人たちは何を成功や価値、目標と捉えているのでしょうか。

今の18歳や20歳の人は、僕らの世代とはかなり考えていることが違うな、と感じます。経済成長を体験していない世代だからこそ、お金よりも大事なものがたくさんあるようです。

例えば「評判」。お金よりもSNSで「いいね」と言われることのほうが大事ですし、稼いで所有することよりも、シェアして皆でそこそこ幸福という価値に重きを置いている世代です。

経済が成長しなくても、皆でシェアしながら幸せに生きていく姿は、とても頼もしいなと思って見ています。そんな彼らの関心事は、大きな経済問題以上に、身の回りのことや自分に関係がある社会問題にあります。これらを解決して、自分や周りの人が幸せになることが大事と思っている人が多いのです。

——起業に対する価値観も、ほかの世代とは異なりそうですね。

彼らはスティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグ、孫正義を目指しているわけではないんです。起業で大きく稼いでいこうというわけではなくて、「いいね」と言ってもらいたい。

そういう気持ちで「NPOを作って、シャッター商店街のシャッターを開けたい」とか「おばあちゃんたちの暮らしをどうにかしたい」などと考える人が多い。これからは、こういった社会起業家が半分以上になるのではないかと思っています。

この流れは、昔の成長している経済を知っている世代から見ると、停滞しているように見えるでしょう。しかし、若い世代にとってはますます幸福度が上がっていく良い社会になってきているのかもしれません。

——「自分がやってみたい」と思うテーマは、どのように見つけていくのでしょうか。

学生たちはよく「自分のやりたいことが見当たらない、見つからない」と言っているのですが、「何かやってから言えよ!」と返すことが多いですね。

これまでは、「仕事=お金を稼ぐ手段」だから、できそうなことに自分を当てはめて、ずっと死ぬまでそれをやる社会でした。でも、今は流動性もすごく高まってきています。場所移動の可能性も、バーチャルの組織の参加の可能性もあり、時間もシェアできるようになってきました。

だからこそ、何カ月かやって面白くないと思ったら、それは向いていないことだから違う選択をすれば良い。最初はやりたいことかどうかわからなくても、やってみる中で面白さを見つけて、その道のプロになっていくこともあるでしょう。その中で、やりたいことを選ぶための、選択肢の自由度が格段に増していくと思います。

テクノロジーの進化そのものではなく、社会自体の変革が課題となっていく

――個人の幸福度が大事になると、やりたいことをして生きる人も増えてくると思います。2040年には、どういう状況になっていると考えますか?

全員がしたいことをする社会を目指した場合、2040年はまだ道半ばくらいかなと思います。

「仕事の半分ぐらいがAIやロボットに奪われるのではないか」といわれていますが、できれば7割以上やってもらいたいですよね。そして私たち人間は、自分のやりたいことで食べていけるようになりたいです。

ただ、AIやロボットが働いてくれた場合、そこから生まれた稼ぎをどう分配するかがとても大事になってくると思います。その分配がうまくいけば、僕たちはこれまで嫌々やっていたことから解放されて、自分の好きなことができる「超ヒマ社会」がやってくるでしょう。

——もしベーシックインカムが導入されれば、もっと社会の変化は進みますか?

労働力がAIやロボットなどのテクノロジーに置き換わっていったとき、収益をどうやって社会に還元するかを考えると、どこかでベーシックインカムは不可避になるのではないでしょうか。富がテクノロジーを持っている人のところに集中して、社会が破裂するほうが怖いですね。

——いま米国などではテック企業に対する規制のようなことも議論されていますが?

はい。僕はGAFAに対する規制は「近代国家が正面から戦いを挑みはじめた!」と見ています。アメリカでさえこの流れに乗ってきたということは、すでに前哨戦が始まっているんです。

今後、GAFAに変わる次の存在が出てきたとき、はたして近代国家はそれに立ち向かえるか。「企業と富なる者VS近代国家」が始まったところですが、今後もっと大きい波が来るだろうなと考えています。

——逆にいうと、この点を解決し、スキルのシェアで幸福感が得られる状況にしていかないといけない、と。

そうです。バーチャルリアリティやデジタルツインなど様々なテクノロジーが進んでいますが、その技術を社会がどれだけのスピードで受け入れられるかが最重要ポイントだと思います。テクノロジーはもう目の前にありますが、それを使う側の社会制度や企業の仕組みが、20年後、どれくらい変わる余地があるかが問題なのです。

今回のコロナ禍で、日本のダメさが見えました。しかし、日本が大きく変わり、前に進むためのチャンスだと思います。

iUに入ってくる学生に「コロナはチャンスか、ピンチか」と聞いたら「チャンス」と答えます。今、前を向いている人たちで早く次のことをやろうという雰囲気になっていくといいな、と思っています。


2021年12月2日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 小林舞花
編集協力:ミノシマタカコ+有限会社ノオト

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。