余暇時間の活用とベーシックインカムで楽しい社会を! 駒澤大学准教授・井上智洋氏が考える「AI時代の経済社会」

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭に置き、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。

近年はAI(人工知能)が急速に進化しています。巷では「AIが人間の仕事を奪う」という話をよく聞きますが、本当にそうなるのでしょうか? AIと経済の関係性について研究している駒澤大学経済学部・井上智洋准教授に、働き方の変化や余暇時間の使い方、今後の経済・社会のあり方について話を伺いました。

井上 智洋(Tomohiro Inoue)
駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員
経済学者。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。特に経済成長理論、貨幣経済理論について研究している。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることも多い。著書に『人工知能と経済の未来』(文芸春秋)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)、『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』(日本経済新聞出版)などがある。

AIがマネジメントやホスピタリティの仕事を担うのは、まだまだ先

――昨今、「AIが人間の仕事を奪うのではないか」という議論をよく聞きます。井上さんはどうお考えですか?

人間がAIよりも得意な分野は、感性よりもむしろ悟性(ごせい)だと考えています。悟性とは、物事を判断・理解する思考力のこと。特に言語的な思考はAIが苦手です。例えば、民主主義や市場経済、政治など抽象概念の理解はAIには難しいです。

反対に、音楽や絵画など感性的な領域は、AIが比較的得意な分野です。AIが作った無料の音楽が登場していますし、バッハっぽい曲を作るというようなモノ真似は、人間よりむしろ得意と言えるでしょう。

AIが斬新なメロディーを作ることもできるはずです。ただ、そのメロディーが人間にとって心地いいのかどうか、という問題は出てきます。人間は自分の感性によって、心地良いメロディーになっているかどうかを判断できますが、AIにはできない。「斬新」かつ「人にとって心地いいもの」を作るという課題をAIが解決するのは難しいでしょう。

今の技術の延長上で、AIがこの課題を解決する形で人間のクリエイティビティを超えることは原理的にありえないと思います。ただ、そのようなハイレベルで斬新な作品を作れるクリエイターもそれほど多くないし、ある意味すでにネタが尽きているという意見もあります。

いずれにせよ、今後もAIと人間の競争は進んでいくので、クリエイティビティが低い芸術家はますます生き残りにくくなるでしょう。

――著書で、人間に残る仕事として、マネジメント系やホスピタリティ系も挙げられていますが、どのような理由からでしょうか?

AIが、高いホスピタリティを求められる仕事に携わったり、お店の経営や工場全体を管理するマネジメントの仕事を担ったりするのは、まだまだ先だと思っています。今はまだ「最終的な責任を取るのはAIでいい」という空気にはなっていませんからね。

現場監督をサポートするAIなど、アドバイザー的な役割やマネジメントをサポートするツールはすでにあり、今後も開発され続けていくでしょう。ただ、マネジメント職がまるごとAIに取って替わるのは、遠い未来の話です。

あと、AI以上にロボットの開発が困難なので、介護や看護など体を使うホスピタリティ関連の仕事も難しい。介護ロボットはすでに登場していますが、「コミュニケーションによって癒やしてくれる」「人をお風呂場まで持ち上げて運ぶ」など、特定の用途に限定されています。1つの現場に5個も6個も介護ロボットを用意すると考えると、あまり現実的ではないですよね。

「介護現場ではこれ1台あればいい」といった汎用的なロボットが出てこない限り、なかなかすべてを任せるのは難しい。したがって、かなり先の時代まで人間の仕事として残るのではないでしょうか。

――そうなると、オフィスワーカーよりエッセンシャルワーカーの給料が高くなることもありうるのでしょうか?

エッセンシャルワーカーの仕事は増えるとは思いますが、引っ張りだこになるレベルではないでしょう。事務労働が減る分、エッセシャルワーカーの労働供給が増えるので。あとクリエイターの場合は、一つの作品をコピーしてダウンロードしてもらって稼ぐといった手法をとれますが、エッセンシャルワーカーはそういう儲け方ができません。情報財の場合、利用者が増えてもコピーがただなので追加的な費用は掛かりません。こういうのは「限界費用」というのですが、エッセンシャルワークでは限界費用はゼロでないので、べらぼうに儲けることはできません。

ただし、看護や介護職は、政府が間接的に賃金をコントロールできます。したがって、政策によって給料が上がっていく可能性はあるでしょうし、上げていくべきだと思います。

楽しい社会の維持には、低所得者へのベーシックインカムが必要

――最近では会社で働く以外に、ネットでの投げ銭や社会貢献的な活動などCtoCでお金を稼ぐ動きも出てきています。そのような形での生活の可能性はどう思われますか?

確かに、遊びなのか仕事なのか分からない活動でお金を集めて、最終的にビジネスや社会貢献になる可能性はありますね。

あと、普通に会社勤めすると収入は安定するけれど、稼ぎ方としては賢くないのでは?という考え方も出てきています。例えば、ある学生は仮想通貨やFXで年間6000万円ほど稼いでいました。しかし、就職してから会社から得られる収入はその何十分の1になってしまった。

別の学生も、動画配信の投げ銭で年収1000万円も稼いでいたのに、事務所に所属してプロのモデルになって配信をやめたら、収入が激減したそうです。才能のある人にとっては、組織に属さずに個人で活動する方が稼げる世の中になりつつあります。もちろん、収入が不安定であることは否定できないですが。

――では今後、このような働き方や稼ぎ方が増えていくのでしょうか?

経済学者の間では「AIは人の雇用を奪うことはない。ただし格差を拡大させる」と考える人が多いのですが、格差が拡大した結果貧しい人が増えて、年収100万の仕事がいっぱいあるという状態は果たして雇用があると言えるのでしょうか? 例えば、年収100万円のYouTuberは職が得られているといえるのか、という疑問がわきます。そもそも仕事の定義が曖昧になってくるかもしれません。

経済学者の森永卓郎さんは、「1億総アーティスト社会がやってくる」と言っています。それはある意味では楽しい社会ですが、森永さん自身がおっしゃるように所得分布の面ではかなり残酷であるとも言えます。ミュージシャンや芸人さんを見るとわかるように、高所得層が最も少なく、低所得層がボリュームゾーンになってしまっている。むしろ、お金を払ってライブに出させてもらう、とか。それだと仕事がない状態とあまり変わらないですよね。

格差が広がっても楽しく過ごせる社会を維持するためには、低所得層も食べていけるようなベーシックインカムを導入する必要がある、と私は考えています。

学問が余暇のエンタテインメントになる可能性

――「雑事をこなしてくれるAIやベーシックインカムによって、人間の労働時間が半分になる」と予測する専門家もいるようです。そうなると、人々は余暇時間をどう使うのでしょうか?

多くの人は、本を読んで勉強したり先生の話を聞いたりするのは苦痛に感じます。ところが、YouTuberの話を聞いて勉強するのはあまり抵抗がないという学生は結構います。自分にとっての肥やしになっていくと感じられれば、学問であっても飽きずに続けられるはずです。そうやって、学問がエンタテインメント化されていく可能性はあると思います。

もしベーシックインカムをもらって、あまり働かなくていいとなると、ずっと大学に在籍し続けるパターンもありえます。今でも30代、40代で成功してリタイアし、大学入ってくる人がたまにいます。大学はいい暇つぶしになると思います。

――エンタテインメントとしての学問や大学の魅力が高まる?

今、大学では半分がオンライン授業になっており、今後はVR化(メタバース化)も進むでしょう。ただ現状は、オンラインだと友だちを作りにくい。そこはもっとVRが発達しなければなりません。大学は、教育を受けることや学歴を得ることだけが目的ではなく、隠れた(裏の)目的は「友だちを作る場所」なのではないでしょうか。私のゼミでは友だちができやすいよう、グループワークを盛んにさせるなどして学生同士を交流させる工夫をしています。

今は大学がオンラインに移行し友だちを作りにくい環境になっていますが、VR環境が整ったり臨場感が発達したりして、友だちも作りやすくなれば、必ずしもリアルな場所に行って学ぶ必要はなくなるかもしれません。ただ、それは10年以上先の話でしょう。

――増える余暇時間を、動画配信サービスを見るような消費ではなく、成長へ繋がることや友だち作りに使っていくのではないか、ということですね?

もちろん、NetflixやYouTubeを見続けるのが楽しい人もいるでしょう。ただ多くの人は、映画や動画を見たりするだけでなく、能動的に学んで成長することや人と触れ合うことも大事だと感じているはずです。

――そうなると、余暇時間に対して成長やモチベーションを促したり、やりがいを与えたりするガイド役のような人が出てくるかもしれません。

私自身は時間を使うことに苦労していないのですが、何にお金を使えばいいのか分からなくなることはあって。例えば、「これを買えば、あなたの生活の質が上がりますよ」とアドバイスしてくれる人がいると嬉しいですね。

現状、私たちはAmazonやEC口コミサイトのレビューを見て選んでいるけど、結局は限られたユーザーの経験情報でしか判断できません。世の中には、自分が思いもしなかったメリットを提供してくれる商品やサービスがあるはずです。余暇についても「こういうふうに時間を使えば、あなたにとって有意義ですよ」とアドバイスしてくれる人が出てくると面白いですね。

――井上さんは学生と接する機会も多いと思います。最近の若い人たちを見て、感じることはありますか?

今の学生は、とにかく忙しいですね。急に「飲みに行こう」と誘っても、たいてい断られます。前もって日程調整しないと駄目で、その傾向は強まっています。あと、暇を嫌がるというか、時間があればすぐアルバイトのシフトを入れようとします。

学生は、もっと暇なほうがいいんじゃないでしょうか。空いた時間に本を読むとか、そういう行動が心の成長にも繋がるはずです。アルバイトで得られることもあるけど、教養を高めることにもっと興味を持ってほしいですね。

社会への関心低下により、マスメディアが見向きもされなくなる危険性

――メディア環境研究所の調査では、若者層は「見たいものだけ見たい」「好きな情報にだけ接していたい」という意識が強いようです。一方、マスメディアには公共性の高い情報を広く伝える役割もあるはずです。そのあたりのギャップをどう思われますか?

確かに、「好きなものしか見ない」という若者の傾向は強く感じます。そうなると、社会的な事象への興味・関心がどんどん薄れていってしまう可能性があるでしょう。YouTubeやインスタで好きなものばかり見ていると、「政治の世界は難しそう」「海外でテロが起きているみたいだけど、自分が考えてもしょうがないし」となってしまう。

インターネットで個人がニュースや社会的なトピックを配信して人気が出るのは、面白いなと思う半面、デメリットも感じます。例えば、フェイクニュースの問題。マスメディアはある程度ファクトチェックをしているけど、個人だと事実かどうか確認せず、好き放題に話す人もいますから。

マスメディアの役割は今後も残りますが、重要であるにもかかわらず見向きもされなくなってしまう危険性がありますね。

――マスメディアが今後も公共性の高い情報を届けるという役割を果たすには、どうすればいいのでしょうか?

中高生の段階で「社会問題を論じることの楽しさ」を教えてあげないとダメですね。今の学校教育は、一方的に情報を伝える形式になっています。私が大学の授業でいつも苦労するのは、学生が教科書や本に書いてあることをそのまま受け入れて、その通り発表して終わってしまうことです。

「著者は○○と言っているけど、自分は××だと考えている」といった意見や違和感を持ちにくい状態になっていて。それを修正するのに時間がかかり、自分の意見を持って発言できるようになる前に卒業してしまうのです。

中高生の段階から「自分の考えを持って論じることが楽しい」と思えれば、さまざまな社会問題にも興味を持てるようになるはずです。そういう教育によって「趣味の世界に没頭するだけじゃなくて、ニュースをちゃんと見よう」という意識へと変わっていくのではないでしょうか。

――2040年に向けて、メディアやコンテンツはどう変わっていくと思われますか?

少し前まで、ネットで騒いでいることの元ネタはテレビが多かった。けれど、今はネット独自のコンテンツや流行も出てきています。テレビの内容がネットで話題になり、ネットで盛り上がっているワードがテレビで取り上げられる。インターネットとマスメディアが拮抗していくと言えるでしょう。

あと、個人の発信力が非常に強くなっていますよね。今の若者は、推しのYouTuberがいたり、「この人のインスタがめっちゃ好きで、ファンなんです」と話したりする。マスメディアが中心ではなく、比重が「ネット」「個人」に移ってきています。

もちろん事務所に所属しているYouTuberやクリエイターもいるけど、個人で動いて発信したり、個人でやっている人同士が組んで活動したりしているケースも多い。必ずしも組織が主体になっていません。この傾向は今後さらに進んでいくのではないでしょうか。


2021年11月16日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:村中貴士+有限会社ノオト

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