年間3000時間滞在のメタバースユーザーが語る「デジタル生活者発想」とは @メ環研の部屋

最近ではこの言葉を聞かない日がないくらい、さまざまなメディアで取り上げられるようになった「メタバース」。しかし、依然としてビジネスサイドの目線で論じられることが多く、生活者側からの意見はあまり表に出てきません。

そこで、「仕事中以外はほぼ常駐している」と語るメタバースヘビーユーザーの話を聞き、メタバースに向けられた期待と実際のユーザーとの乖離や、それを埋めるために必要なことを探っていきます。メタバースを“生活者として”理解するために、メディアが持つべき視点とは? モデレーターは、メディア環境研究所上席研究員の森永真弓です。

現実世界とは異なる価値観を持つ「デジタル人格」

左:森永真弓上席研究員 中:瀧﨑絵里香さん 右:須田和博さん

森永真弓(以下、森永):博報堂内には「UNIVERSITY of CREATIVITY」という創造性の研究機関があります。そこではメタバースゼミが動いていて、今日はそちらのメンバー2人に来ていただきました。瀧﨑さんは、博報堂の中で一番メタバース滞在時間が長いのでは?

瀧﨑絵里香(以下、瀧﨑):仕事以外は、メタバースの1つと言われることもあるオンラインゲーム(MMORPG)の世界で生活している時間が長いですね。先日ログを見たら、1年間で3,000時間はメタバースにいたようです。寝ているときに放置している時間も含めて、ですが。

森永:ログインしたまま寝落ちしている状態ってことですか?

瀧﨑:そうですね。他のユーザーから話しかけられて起きたこともあります。

今日はメタバースユーザーの当事者として、「新デジタル生活者発想」というテーマで話してみます。早速ですが、「デジタル上で活動する自分」ってどんな人格をしていますか?

須田和博(以下、須田):それは性格とか姿の話ですか?

瀧﨑:例えば、SNSのアイコンは自分の顔か、名前は本名か、性格や口調はどうか、などです。

森永:私は大学生の頃から同じIDとアイコンを使い続けていて。ただ、FacebookやTwitterは仕事上で付き合いのある人も見るので、[MAYUMI MORINAGA]という表記も付けています。でも、本名のほうがオプションみたいな感覚です。実際の顔をアイコンにしたことは、一度もないですね。

瀧﨑:なるほど。この話をした理由は、私のSNSやオンラインゲーム上のアカウントを見て、今ここでしゃべっている「博報堂の30歳女性である瀧﨑」と本当に同じ人格だと言い切れるか?を考えてほしかったからなんです。

私がオンラインゲームで使っているアバターは、実物とはまったく違う姿で、アカウント名も性格も違う。ゲーム内では、30歳女性の私が16歳の男子高校生とナチュラルに会話しています。これが現実なら「男子高校生と遊んでるの?」と少し驚かれてしまうかもしれませんよね(笑)。それが許されるのが、すごく面白いな、と。

つまり、現実とは全く違う価値観をもつ「デジタル人格」があるわけです。私はTwitterも、趣味ごとに10アカウントくらい使い分けています。

これからは「デジタル人格」を前提に、リアルとは異なる生活価値観を持つことが当たり前になるはず。日本の人口も1億2500万人ではなく、アカウントの分だけ存在することになります。メタバース上のサービスやコミュニケーションにおいては、「デジタル上のどの人格と向き合うのか?」を考えなければなりません。

「バ美肉おじさん」がメイクに詳しくなる世界

瀧﨑:「デジタル人格」に注目したのは、新しい体験価値が生まれる可能性を感じているからです。例えば、バーチャルの世界では男性が女性のアバターを使うケースも多い。そういう現象の1つが「バーチャル美少女受肉」と呼ばれ、略して「バ美肉(ばびにく)おじさん」とも言われています。

本当は50代の男性なのに、バーチャルの世界では若い女性を演じたりする。しかも、50代の男性がメイク情報に興味を持つんです。ゲーム上で可愛くなるために、ハイライトやグラデーションメイクの知識を得ていて、「なんでそんなこと知ってるの?」と聞きそうになります。

須田:それは面白いですね。美少女アバターとして生活する時間を持つことで、メイクが自分ごとになり、意識の解像度が上がっていく、と。

森永:アバターをメイクする時間も、その人にとってはリアルな日常の1つなんですね。

瀧﨑:もう少し想像しやすい世界として、オンライン上で家を建てられるゲームがあります。土地を買って家を建てて、家具を配置する。そういうゲームのプレイヤーは、動画配信メディアなどにアップされた「一級建築士が語る、○○ゲームでかわいい家を作る方法」といった動画もよく見ているんです。

あと、まわりの目を気にせずできるのも大きいですね。現実世界では「大人の男性が女児向けのドールハウスを持つのはちょっと恥ずかしい」と感じていても、オンライン上だと堂々としていられるので。

新しいニーズもあります。女子大生が実際に話していたのは、「メタバース上でなら、普段入れない高級ブランド店に入れる」とか。

森永:現実の高級ブランド店はちょっと尻込みしちゃうけど、メタバースなら行ける、と。その気持ちは分かりますね。

須田:確かに、高級ブランド店には「一種の緊張感」のようなものがありますね。

瀧﨑:メタバースの良い点は、どういう姿になるか自分で選べること。性別も身長も自分で決めるため、見た目を基準に区別することがタブーじゃありません。例えば、「低身長さん集まれ!」みたいなイベントを現実で行うのは難しいかもしれませんが、メタバースでは大盛況です。

現実世界を持ち越すか、メタバースならではの生き方を見い出すか

瀧﨑:最近では、現実の姿をスキャンしてメタバース上に投影できる技術も出てきました。素晴らしいなと思う半面、それをメタバースで使うのでしょうか?

Twitter上では、「大半の人は、今と違う自分になりたいのではないか。現実の姿をメタバースにも反映したい人は5%以下くらいなのでは?」、「人生の成功者は、メタバースにも“成功しているリアルの自分”を持っていきたい。でもそういう人は現実が充実しているので、わざわざデジタルに来ない」という意見も出ていて、共感する人も多いようです。

森永:なるほど。ただ実際は「現実にすごく満足しているわけではない。でも、自分を変えたいと思うほどの不満もない。だから、デジタル上で新たな人格を作るのは面倒」という人が多いんじゃないか、って気がしてしまうんですよね。

須田:僕も面倒くさい側の一人ですね。想像がつかないのと、まだ本当の魅力を体験していないので。

森永:現実世界を引きずっている状態のユーザーなのか、メタバース空間ならではの生き方や楽しさに気づけたユーザーなのかで、差が出てくるでしょうね。

須田:それってSNSと同じかもしれないですね。リアルの関係性をそのまま持って来るSNSがいいか、ばっさり変えるSNSがいいか。

森永:若い人は、現実もSNSも10種類くらいの顔を持っていますよね。

瀧﨑:「オタ友用」「塾の友達用」「学校用」を使い分けるのは当たり前で、モードを切り替えて生きている、と話す高校生にも会いました。

森永:家族と一緒にいるときの自分が、一番存在が軽い、とか。

須田:まあ、思春期だと特にそうなりますよね。

瀧﨑:デジタル世界には、現実とは違う姿やライフスタイル、価値観を持ちながら生活する人がいる。メタバースでコミュニケーションやサービスを展開するなら、そのことを認識しておく必要があります。

須田:「リアル生活者発想」と「デジタル生活者発想」は違うよ、と。

森永:リアル生活の上に、デジタル生活が積み上がっていく感じなんですかね? それとも全く別々の感覚なのか。

瀧﨑:現実と全く繋がらないかといわれると、そうでもないんです。オンラインゲーム上で結婚した人同士が、リアルで結婚した例もあるので。現実世界のオプションではなく、新たな縁ができるイメージでしょうか。

メタバース先住民の行動の中から、一般化できる価値を探る

瀧﨑:私はアバター構築などの技術よりも、「コミュニケーション以外の目的」をどう作るかが重要だと思っています。

オンラインゲームでは、「現実世界ではできないこと」が目的になりやすいですね。なぜ戦いのゲームが流行るのかといったら、リアルでは撃ち合いが許されないから。倫理的、物理的、金銭的制約を越えたところが価値や目的になりやすいのではないでしょうか。

森永:私も須田さんもゲーマーではないので、コミュニケーション以外の目的意識が弱い。仮想空間で日常的にやりたいこと、何なら長時間やりたいこと、という動機が生まれづらいんですよね。ゲームに興味がなく、現実世界にそれほど嫌な思いもない人たちをメタバースに連れてくるためには、どうすればいいんですかね?

瀧﨑:エバンジェリスト、伝道者がすごく大事だと思っています。今、その役割を担っているのは、実況YouTuberやVTuberかもしれません。

森永:そうすると、企業サイドは「実況YouTuberとタイアップすればいいんですか?」と安易なこと言いだしがちですけど、「そうじゃない」ですよね(笑)。

メディアや広告主が、メタバースを通じて生活者にアプローチしたい場合、どう行動すればいいと思いますか?

瀧﨑:最近のユーザーは「この配信者・VTuber、お金をもらって宣伝しているな」とすぐわかります。YouTubeではプロモーションと表示されますから。やっぱり(宣伝するという姿勢ではなく)プレイヤーと目線を合わせて、一緒に楽しむくらいの覚悟で関係性を築くことが大事です。

森永:「メタバースで楽しんでいる人たちを紹介します」みたいな、第三者目線だとダメなんでしょうね。ともに楽しんでいる私達はこんな感じですよ、という。

須田:企業側も同じ沼に入らないとダメと言うのは、SNSがたどってきた道と非常に似ていますね。

瀧﨑:「この部分は、一般人(メタバース未体験の人)も楽しいかもしれない」という兆しを見つけるために、私のような存在を使ってもらえるといいのかな、と。

須田:「ヘビー・オンラインゲーマーのインサイトの中で、この部分は一般化できるかも」みたいなポイントを掘り出していく感じでしょうか?

瀧﨑:そうですね。ゲームの中で結婚するまでは求めてないけど、家は建ててみたい、とか。先住民の中から一般化できる価値を見つけて、デジタル生活者発想の兆しを探索してみてください。新しい体験にチャレンジしてみたい人は、私がアテンドします!

須田:体験しないと絶対にわからないことってあるから、とにかく1回体験してみたら、何かヒントが得られるかもしれないですね。

瀧﨑:メタバースの先住民って、外国の現地在住者みたいなものだと思っていて。ビジネスでアメリカへ進出するためには、アメリカに詳しい人の話を聞きますよね。私でお役に立てることがあれば、ぜひお声がけください!

メタバースなら、ドラマや映画の世界に入り込める?

森永:ここからは本日の「メ環研の部屋」に遊びに来ていらっしゃった方の発言も加えて、議論を深めていきたいと思います。

メ環研の部屋の参加者からは、「若い頃から好きだったアーティストが『昔のライブをメタバース上で再現します』、みたいな企画があればお金払うよね」という声が寄せられました。ほかの例だと、クルマ雑誌の読者たちによる「クラシックカーに乗ってドライブ企画」とか。鉄道オタクでもありそうですね。もう走ることのない昔の鉄道や、ほぼなくなってしまった食堂車体験をメタバースで再現するとか。

参加者の声からもう一つ。「アバターならフラットで楽しい議論ができるんじゃないかと考えがちだが、オフィスのメタバース化はやってはいけない禁じ手なのでは?」と。お互い身分を知っている同士だと単なる仮装大会になってしまいますよね。

年齢が高くなるほど「人生=会社」になっている人が多いこともあって、日本企業はそういった企画をやりがちだけど、それは駄目ってことです。分人化が進んだ社会では、会社とは別の人格を持たないといけなくなり、「○○を推す」みたいな趣味の力が重要になります。

これは私のアイデアですが、ミステリー系のドラマなら、メタバース上に殺人現場が再現された場所があって、みんなで考察しあう遊びもできそうです。「ここにヒントがあるぞ」、「警察はこれを見落としているんじゃないか?」みたいな。

須田:それは面白そう。

森永:ヤンキー系のドラマや映画って、抗争でワーッとなった後、画面がパッと切り替わって次に行っちゃいますよね。でも「あの教室、どうなったんだろう?」と思う。主人公たちがグチャグチャにした学校に入ってみたいです。

須田:なるほど。新作だけじゃなく、古い映画をメタバースで再現できるなら、中に入りたいと思うファンは絶対にいるはず。

森永参加者から「でも今話している内容って、もしかしたら『現実が充実した人』の発想なのかなあ」という不安の声も挙がりましたが……。とはいえ、そういう人たちまで入ってこないと動かないし、予算がつかないのでコンテンツも作れないのではないでしょうか。どこかで割り切って、現実が充実している人たちにも参入してもらわないといけない気がしますね。

まとめ

「デジタル人格」、「コミュニケーション以外の目的」など、メタバースユーザーを理解するためのキーワードや課題がいくつか浮かび上がってきました。

一方で、「伝説のライブをメタバース上で再現」、「ドラマや映画の舞台に入り込む」など、ワクワクするような妄想も膨らみます。

現実と地続きか、それとも全く別の世界が構築されるのか。メ環研の部屋では、今後もメタバースの未来を探っていきます。

(編集協力=村中貴士+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

須田和博
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局/UNIVERSITY of CREATIVITY/スダラボ エグゼクティブ・クリエイティブディレクター
1967年新潟生まれ。1990年多摩美大卒、博報堂入社。AD、CMプラナーを経て、インタラクティブ領域へ。2009年「ミクシィ年賀状」でTIAAグランプリ。2014年スダラボ発足、「ライスコード」でアドフェスト・グランプリ、カンヌ・ゴールドなど、国内外で60以上の広告賞を受賞。2016~17年 ACC賞インタラクティブ部門・審査委員長。2019年「MRミュージアム」日本イベント大賞グランプリ。2021年よりUNIVERSITY of CREATIVITY複属。著書に『使ってもらえる広告』(アスキー新書)がある。
瀧﨑絵里香
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 イノベーションプラニングディレクター/博報堂若者研究所研究員
2015年入社。企業のブランディング、博報堂内のソリューション/ナレッジ開発を中心に関わる。オンラインゲーム(MMORPG/MORPG等)のヘビーユーザー。ゲーム・漫画・アニメ・VOCALOIDなど守備範囲は広い。最近は「デジタル生活者発想」をキーワードに、メタバース上における”デジタル生活者”にとっての新しい価値やニーズをテーマに日々研究中。
森永上席研究員
森永真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。著書に『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』(太田出版)がある。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。