「Web3.0は資本主義の進化形」Web3.0の第一人者Suji Yanが語る「最前線」と「未来像」
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を洞察することを通して、メディア環境の未来の姿を研究しています。少子化・超高齢化社会が到来する中、本プロジェクトは現在各地で開発が進められているテクノロジーの盛衰が明らかになるであろう2040年を念頭におき、各分野の有識者が考え、実現を目指す未来の姿についてインタビューを重ねてきました。
「2040年のメディア」を考えるにあたりキーワードになるのが「Web3.0」です。Web3.0とはブロックチェーンを基盤とした分散型インターネットとして提唱された考え方のこと。Web3.0の登場により、これまでの中央集権型な社会から分散型、つまり個人がイニチアシブを取る社会に変化すると考えられています。では現在、Web3.0最前線ではどんな取り組みが行われ、今後、私達のライフスタイルにどう影響するのでしょうか? Web3.0のキーパーソンであるSuji Yanさんに話を伺いました。
Web3.0がビジネスにもたらすもの
――SujiさんはMask Networkの創業者兼CEOとして活動していますが、今、Sujiさんが取り組もうとしていることや興味がある分野について教えていただけますか?
私は2014〜15年頃に、ビットコインやイーサリアムの開発者に出会いました。当時Web3.0という言葉はすでに存在していましたが、ちょうど2015年頃にイーサリアムのギャビン・ウッドCTO(当時)がWeb3.0を再定義し、Web3.0の解釈がより豊かになっていきました。
そして今、Web3.0は資本主義とも民族主義とも違う社会を作り出そうとしています。具体的には、個人が作り出せる社会です。現在はまだ有名企業や著名インフルエンサーなどしかWeb3.0に触れていませんが、将来的には大衆もWeb3.0にリーチできるようになると思います。
最近、個人的に興味があって参加しているのは内部告発サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)」の創設者で英国に収監されているアサンジ被告の訴訟費用を支援する活動です。
具体的にはNFTでデジタルアートを売って資金を作っており、ブロックチェーンの技術を用いるため、私もコアメンバーです。本人にお金を直接送ることはできないため、外部の第三者機関を通して支援しています。2022年2月現在、5000万ドル(約73億円)集まりました。
――Web3.0により企業や個人の活動が変わってくるとのことですが、ビジネスにはどのような変化があるのでしょうか?
現在のWeb3.0のプロトコル上では、Web3.0直接でお金を稼げる仕組みにはなっていません。現状はDefi(分散型金融)などを使って収益を得ているのみです。しかし、将来的にクリエイターは出版社などの発行機関を通す必要がなくなるでしょう。漫画やCMであればDAOを通して直接融資が可能になります。
――個人はさらにエンパワーしていくのですね。では、自動車などのハードウェアを作る企業にはどのような影響があるのでしょうか?
一番わかりやすい例はテスラですね。テスラの創業者とアーク・インベストメント・マネジメントの創業者らは、ビットコインの研究をするグループを持っています。ビットコインは電力を消費します。NFTやビットコインの核心はエネルギー。彼らは、ビットコインのマイニングで大量に消費されるであろう電力を見据えてクリーンエネルギー事業に力を入れているのです。
他には、NFTと不動産のコラボも挙げられます。Mask Networkの投資家は、投資ファンド運用会社のブラックストーンと一緒に不動産NFTに取り組んでいるのです。メタバース上に不動産物件を作り、それに対応した物件がリアルにもあって、メタバース上でキーを発行することで現実の家にもアクセスできるプロジェクトを運営しています。
今後、NFTとIoTが結合することでNFTが家だけでなく、車のキーにもなるかもしれません。現行制度では匿名の資産の扱いは難しいですが、NFTを通せば取り扱いがしやすくなります。
今、不動産業者や投資家がメタバースに参入するワケ
――なぜ、メタバースの物件とリアルの物件を結びつけようと思ったのですか?
2018〜19年頃に、友人がメタバース空間のDecentralandで広い土地を購入したのがきっかけです。彼はその土地にいくつかのアジアタウンを作りました。その中の一つである「ドラゴンシティ」で春節などのイベントを開催したところ、コロナ禍でリアルイベントに参加できなかった人達がメタバース上に流れてきたのです。その中には現実の不動産業者や投資家もいました。
ただ、現在はDecentralandと現実の不動産は紐づいておらず、所有権はメタバース上のみです。当初、Decentralandの不動産は現実にもある一般的な建築物がメインでしたが、メタバースには物理的な制限がないのでもっと自由な発想で家が作られるようになりました。今では冥界なんかもあって、そこでワイワイ遊んでいます。
――今後、メタバースにリアルの不動産業者が参入すると思いますが、それは投資目的でしょうか? それとも、広告などのビジネスを見据えているのでしょうか?
Sand Boxというメタバースでは香港最大の富豪や不動産王をはじめとする多くの香港人投資家が土地を買っています。目的は投資もビジネスもありますね。傾向としては、投機的に買うのは中小規模、もしくは個人の投資家。大手のデベロッパーや企業投資家は、ビジネス上の戦略的価値を見ています。
広告領域では、シンガポールの企業が広告とNFTを融合させた広告プランを作っています。契約はスマートコントラクトで行い、そのシンガポール企業が各メタバースで所有する土地に広告が表示されるというものです。
それ以外にもNIKEがバーチャルのスニーカーを販売していて、メタバース上で買って試着できるようにしています。
――メタバースの不動産も人が集まる土地の値段は高くなり、そうでない土地は安いのでしょうか?
基本的にはそうです。メタバース上で人が多く集まるのはイベントが開催されている場所です。現実のように交通機関を利用して移動するなどの物理的な制約がないため、イベントがあれば人が集まる。その場所でずっとイベントが行われていれば価値が上がっていくのです。
今行われているイベントでは、パーティーやライブコンサート、ダンスなどが多いのですが、まだこれといったテンプレートはなく、みんな自由にやっています。
自由な例として、今とても人気のあるNFTを紹介します。そのNFTではオーナーごとにダンジョンが生成され、そのダンジョンに他のユーザーが挑戦できます。メタバース上の不動産の見た目は、現実の建築物と同じでなくてもいいんです。だから、ダンジョンでもいいし、ユーザーも人間でなくてもいい。ドラゴンでも動物でもなんでもいいんです。
しかし、メタバースの資本的属性によっては人が集まっていても価値が上がらないケースもあります。例えば、Metaの子会社であるOculusは非常に集客力が高いプラットフォームですが、メタバース上の価値はそこまで高くありません。それはOculusがあくまでMetaが管理権を持っている場所で、そこで土地を買ったとしても個人の資産にはならないため。こういう場合は、ユーザーがどれだけ集まっても価値が上がらないのです。
Web3.0でクリエイターとIPはどうなる?
――今後、メタバース上のビジネスはNFTのアートや土地の売買がメインになるのでしょうか?
何かに限定されることはないと思います。アートや土地以外だと、新しい出版スタイルが誕生する可能性がありますね。メタバースのゲームや漫画にスマートコントラクト広告をつけ、収益を出版社と作者で分けることもできると思います。
将来的には、Instagramやpixivといったプラットフォームや、サウンドクリエイター、出版社などが一緒にスマートコントラクトを使ってビジネスを展開し、仮想通貨で利益を分配していくということも起きるかもしれません。
またMask Networkではソーシャルメディアで収益を上げることも可能だと考えています。実例を挙げると、2021年に私達が投資したCentという会社がTwitterの創業者であるジャック・ドーシーの初ツイートを元にNFTを作成。そのNFTはオークションで約300万ドル(約4億3000万円 ※2022年10月現在)で落札されました。
――では、すでに漫画などのIPを持っている日本のコンテンツホルダーはNFTを使うことで飛躍する可能性が高いということでしょうか?
そうですね。IPによるNFTのビジネスの例では、私達は中華圏で絶大な人気を誇る歌手ジェイ・チョウと一緒に「ファンタベア」というIPを作り、グッズをNFTで販売しました。すると2週間で1500万ドル以上(約22億円)の売上になったのです。同様に日本の人気漫画のIPを使って独自のメタバースを作れば、そこで新しい収益を生み出すことが可能だと思います。
ただ、何か強力なIPが独り勝ちするのではなく、利益の分配も起こりうるでしょう。というのも、実際はまだ多くのIPが未発掘だからです。日本でも同人業界発のIPのうち商業化に成功したものとそうでないものがありますが、それはそのIPが劣っているからではなく、運やタイミング、資金面の問題だと思います。
Web3.0上では今まで埋もれていたIPが発見されやすくなる仕組みが考えられており、その結果DAO上の支援を受けやすくなるでしょう。
生活がメタバースで完結する可能性も
――つまりDAOによって、ほんの一部だけが儲けているクリエイターエコノミーの状況が変わるということですか?
はい、状況は改善されると思います。例えば、東南アジアにおけるゲームと経済。東南アジアでは、食べることもままならない人が多く、これまでは人気ゲームは生まれづらかった。しかし、ベトナム発の遊びながらお金を稼げるNFTゲーム『Axie Infinity』の誕生以来、大金持ちとまでは言いませんが、ゲームで生計を立てる人が出てきました。将来的にはクリエイターが『Axie Infinity』のようなメタバース内のギルドに参加し、リアルよりお金を稼ぐことができるようになるでしょう。
Web3.0の分散型フィード「RSS3」は、『Axie Infinity』のプレイヤーやクリエイターが仕事探しのための履歴書を投稿するツールとして活用されています。ここにはメタバース上でのクリエーションや活動履歴などの情報が掲載され、才能ある人をより簡単に見つけられるようになりました。メタバース上では、全ての人がクリエイターです。リアルとはまた違う職業も生まれるでしょう。
――日本では個人情報を出すことに一定の抵抗感がありますが、やはりWeb3.0では個人情報を開示していく方向になるのでしょうか?
現状の個人情報の開示への抵抗感は、情報の開示自体ではなく、企業や政府が情報を管理している点から生まれています。しかしWeb3.0では、個人情報はデータベースにこそ記録されていますが、完全に暗号化される。企業や政府が情報を管理するのではなく、個人自身と権限を与えられた人のみが利用できるという形になるのです。それによって、現在のWeb2.0よりも安全な社会になると考えています。
――メタバースでクリエイティブな人は、リアルでは仕事をすることなくメタバースの中だけで稼げるようになるのでしょうか?
その通りです。今はDefiに預金もできるし、保険も契約できる。保険分野はまだ成熟していませんが、将来的には現実での貯蓄や保険がいらなくなり、全部Web3.0上で完結することもありえます。
そんなWeb3.0が発展する場所は2カ所あります。東南アジアなど現実世界でリソースの分配が足りていなかったところ、そして新しいチャレンジに抵抗がない企業です。その後、彼らの成功に興味を持った一般人が追随していくでしょう。
Web3.0は資本主義の進化形なんです。過去の世界は、石油産業と鉄鋼業の独占状態でした。その後のWeb2.0では、巨大IT企業が力を持ち、そのCEOが特権を持っていた。しかしWeb3.0では、例えばイーサリアムの考案者ヴィタリック・ブリテンはWeb2.0の創業者ほど権力を持っていません。Web3.0では大きな影響力を持つ組織は現れても、その組織の内部の個人が何か大きな権力を持つということはなくなり、権力は分散されると思います。
――最後に、2040年のメディアやコミュニケーションはどう変化していくか、あるいはどうなって欲しいと思いますか?
「メディアはメッセージである」。これはカナダの社会学者マーシャル・マクルーハンの言葉です。発信するメディアが変われば、当然、情報も変わる。
私達が出資している台湾のロフトという企業がCNNと協力して、米軍のバグダッド空襲のニュースをNFT化しました。取り組み自体はシンプルですが、これは全く新しいメディアを生み出したと言えるでしょう。今後は、そういった新しいメディアの活用が重要であり、革新になります。メディア自体が価値を持っていくのです。
2022年2月8日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 山本泰士
編集協力:沢井メグ+有限会社ノオト
※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。