メディアイノベーションフォーラム コラム「情報のデジタル化から生活のデジタル化へ」(後編)~加藤主席研究員

メディアイノベーションフォーラム コラム「情報のデジタル化から生活のデジタル化へ」(後編)を公開しました。

生活が変わる、ビジネスが変わる

繰り返しになりますが、デジタル化した生活空間では、これまで生活者が行っていた細かい作業が廃され、望むアクションをスムーズに実行することが可能になっていきます。そこで起きるのは、スマートフォンに文字を打ち込んで検索しなくても音声のやりとりで知りたい情報が分かる、IDやパスワードをいちいち打ち込まなくても顔や声で本人認証ができて支払いができる、といった作業の簡略化だけに留まりません。生活者に、何かしらの欲求が湧きおこった際に、テクノロジーによって、その実現までのスピードが著しく早くなる、というのが、生活のデジタル化の本質です。では、そのとき、生活者とメディアの関係はどのように変化していくのでしょうか?

メディア環境研究所では、今後、マスメディア、デジタルメディアに加えて、新しいメディアのあり方が生まれるのではないかと予測しました。この新しいメディアは、デジタル化された生活空間において、生活者を理解し、様々な生活領域のアクションをたすけていくという働きをします。そうした意味合いを込めて「アシスタンスメディア」とも呼ぶべき領域ができるのではないかと考えました。

言い換えると、マスメディアは生活者に新しい何かを報せてくれる存在としての「報のメディア」、デジタルメディアは、生活者自身が情報を探索することができる「探のメディア」、そして、アシスタンスメディアは生活の実行をたすけてくれる「援のメディア」という位置づけになります。

アシスタンスメディアという新しい役割がうまれる

食生活、という領域で考えてみましょう。マスメディアは料理番組やグルメ情報を伝えてくれます。また、デジタルメディアでは、SNSなどでレシピ動画が人気を集めています。ここに、スマートスピーカーという新しいデバイスが加わるとどうなるでしょうか?アシスタンスメディアは生活者にどんなものを提供していきそうでしょうか?

具体的にイメージしてみましょう。例えば、生活者が料理番組をみて「つくってみたい」と思ったレシピがあるとします。その状況に対して、アシスタンスメディアは、「レシピに必要な食材を購入しますか?」と生活者にたずねてくれるでしょう。さらに技術が進むと、冷蔵庫の在庫にあわせて、足りない食材だけを自動発注するといったことも可能になるでしょう。

余談ですが、私自身が自宅でスマートスピーカーを使っていてよく感じるのですが、スマートスピーカーとやりとりしていても、料理をつくりたい気持ちが湧きおこるかというと、実はそうではないのです。スマートスピーカーは料理の手順や材料の量を教えて、私の調理というアクションをたすけてくれますが、「このレシピをつくってみたい」「このレストランの料理を食べてみたい」といった強い欲求は、いつもマスメディアやデジタルメディアの領域からやってきます。湧きあがった欲求の実現をスムーズに実現してくれる、それが、アシスタンスメディアが担っていくであろう役割だと言えます。

メディアでは、現在、衣・食・住・遊・流通・教育・移動・金融・健康・福祉・レジャーと様々な生活の情報を届けていますが、アシスタンスメディアは、デジタル化が進む様々な生活の場面において、「生活者のアクションの実行をたすけて」いきます。例えば、移動では、自動運転のような都市の新しいモビリティサービスに最適な経路を伝達し、生活者の移動を実行する。ファッションでは、例えば洋服のサブスクリプションサービスに対して、生活者の体格やクローゼットの状況に応じ、最適コーディネートを提示し実際に家まで届けてくれる、そんな場面もあるでしょう。

これって、そもそもメディアと呼ぶべきなのだろうか、と思った方もいるかもしれません。しかし、なんらかの情報を提示し、生活者のアクションをひきおこす、という点で、アシスタンスメディアは非常に広告的な役割を担うと言えます。私たちのビジネスにインパクトを及ぼすことは間違いないでしょう。もはや、ビジネスはここまで広がっていくと捉えたほうがチャンスに繋がるのではないかと考えました。

ちなみに、この「アシスタンスメディア」という概念の発表後、私たちの研究所に寄せられたコメントには、こんな反応がありました。ある出版社の方ですが「ライフスタイル誌をつくっているが、その実行を支援するという視点で、新しい事業の可能性を感じる。ただ、一社だけだと絶対無理。他社との連携は必須だと思った。」また、とある食品メーカーの関係者は「現在、新規事業開発を担当しているが、プロダクトベースの発想では行き詰まる。もし、メーカーとしてアシスタンスメディアをつくるとしたら、どんな形で生活者に役に立てるのだろうか、またメディア企業と何が連携できるのか、そういう切り口で考えてみたい」という意見もありました。

情報のデジタル化から、生活のデジタル化へ。スクリーンの中から、スクリーンの外へ。生活者に情報を報せ探索させる役割から、生活のアクションの実行までをたすける役割へ。メディアの定義が変わり、産業構造が変わるような大きな変化がおこるなかで、今回の私たちの提言が、皆様の次の何らかのアクションにつながれば幸いです。メディア環境研究所では引き続き、未来のメディア環境の潮流をお届けすべく、活動を続けて行きたいと思います。

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