メタバース空間で繰り広げられるリアリティショー「ストグラ」の流行から考える、新たなエンタメ世界の誕生 @メ環研の部屋

デジタル空間上での「分人」(様々な自分を持つこと)が話題になる昨今、オンラインゲーム上でキャラクターになりきり生きる空間「ストグラ」が話題となっています。

ストグラ内では現実世界での話題はご法度。その特殊な環境は、まさに究極の「分人」として過ごす世界。そして、その様子は配信を通じて何十万人ものユーザーにリアルタイムで共有されています。

メタバース大ブーム後の2023年頃から、水面下で話題が広がり、参加者側(ストリーマー)だけではなく、視聴者としても楽しめるエンタメコンテンツとして発展する「ストグラ」の世界から、今後のエンタメやメタバース世界の発展の可能性を考えます。

担当は「ストグラ」の世界を1年以上“観測”し続ける、メディア環境研究所・瀧﨑絵里香研究員です。

ゲーム空間でのプレイヤーの生活を観測する「ストグラ」

「ストグラ」とは『ストリートグラフィティロールプレイ』の略称。ストグラのベースは「グランド・セフト・オートV」というオープンワールドゲーム。全世界で2億本以上を売り上げ、プレイ動画の試聴時間はTwitchのゲームカテゴリーで1位(出典:5 Most Watched Twitch Categories In 2024)とされる、大人気のコンテンツです。

ストグラのプレイヤーはバーチャル上の架空都市『ロス・サントス』の住人となり、仕事や役割を持ってそれぞれの生活を営んでいます。

プレイヤーは全員が動画配信者。プレイ中の行動は、“観測者”と呼ばれる視聴者に向けて配信されており、“観測者”はそれぞれの好きなプレイヤーの視点から街で起きる出来事を見守ることができます。

上席研究員
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ストグラの世界では、同じタイミングで200人近くの住民が接続し、交流しています。中には数万人に見られる人気配信者も。ロス・サントスでの出来事をリアルタイムで数十万人が見守っているという不思議な世界が立ち上がっています。

ストグラが大事にしているのが「ロールプレイ」の概念です。全員が自分の演じるキャラクターに名前をつけ、住民同士で交流したり街の暮らしを良くしたり、時には悪事を働いたりと、趣向を凝らしています。その過ごし方はまさに千差万別。

ストグラを運営する「しょぼすけ」さんも「山下市長」として参加し、市長補佐や市民としてロールプレイするプレイヤーに支えられながら活動しています。

期間限定のイベントではなく、この世界がずっと続く想定で運営されていることも、他のコンテンツにはないストグラの大きな特徴です。

上席研究員
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私は自宅でテレビをつけっぱなしにする感覚で、家にいるときはずっと、好きな配信者さん達の視点から街の出来事を観測しています。10代、20代の若者も、似たようなスタイルでストグラを楽しむ人が多いようです。

全員主人公で全員が脇役。職業に就くプレイヤーたちが作る世界

ストグラの世界では、プレイヤーは複数の職業に就くことができ、それぞれに独自のアクションが用意されています。警察や救急隊をはじめ、不動産屋、メカニック、タクシー運転手、飲食店など、選べる職業の幅は非常に多彩。

飲食店では経営者とアルバイトで役割が異なり、カーディーラーでも高級車ディーラーや普通車ディーラーなどに分かれています。これらの多様な職業ごとにお金を稼ぎながら、この世界での生活を楽しんでいます。

上席研究員
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「天城てん」さんというVTuberの方は、ストグラでは「葉風邪 ナイ(ばかじゃ ない)」という名前で活動しています。普段は救助隊として活動しながら、海上レストランでも働いており、その様子を配信しています。

多様な職業を成立させるために存在するのが、体力・空腹・ストレスゲージなどのシステム。これらを回復させるために、食事や水を求めて飲食店に行ったり、ストレスゲージを減らすためにタバコを吸ったり猫カフェに行ったりと、生活を送るためにさまざまな行動が生まれています。

体力ゲージがなくなってしまうと、キャラクターはダウンしてしまう。ただし、救急隊のプレイヤーならば蘇生できます。このように色々な職業の参加者と出会わなければ暮らしが成立しないシステムによって、プレイヤー同士の交流はより活発になるのです。

また、まったく普段関わることがなかった、配信者同士が街で出会い、思わぬコラボレーションが生まれることもあります。

上席研究員
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ストグラのコンセプトは『全員が主役であり、同時に脇役である』という考え方。観測者(視聴者)たちは、誰の視点で見るかによって主人公や脇役が変わり、それぞれの視点で物語を楽しめます。

現実さながらのリアルな暮らし

広大なロス・サントスの街には、細かく番地が設定されており、ゴルフ場や牧場、コンビニやメカニックの拠点も表示されています。

ギャングとしてプレイすると地図に自分たちのギャングのナワバリが表示されたり、みかじめ料として収入源になる場所があったりするなど、リアリティのある設定が配信者ごとの異なる視点をさらに際立たせます。

上席研究員
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広大な街を移動するためのヘリコプター、船舶、車にはそれぞれ免許が必要です。ドライビングスクールで免許を取得したり、自動車もガソリンスタンドで給油しなければならなかったりと、数え切れないほどの細かな設定があります。

ストグラにはスマートフォンのシステムが導入されているのも特徴。XのようなSNSアプリ「ツイックス」や仮想通貨アプリ、送金ツールなどが使えます。

「いまラーメン屋を開店しました」という「ツイックス」の投稿を見てお店に行ったり、住民同士で電話をしたり、送金し合ったりと、現実世界と同じようなコミュニケーションが行えます。

上席研究員
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ある配信者の方が同様のシステム内で、このスマホを触っていた時、「めっちゃメタバースじゃん!」と発言していたことが印象に残りましたね。

また、ストグラの中で他のプレイヤーが作った動画を見ることも可能。複数のプレイヤーが集まって、ストグラ上で購入した自宅のこたつを囲んで、恋愛リアリティ番組を見ながら笑ったりコメントしたりする感覚は、リアルの世界と遜色ありません。

バーチャルの出来事がリアルの生活者を動かす

ファッションショーの開催やコンサート、お笑いライブなど、ストグラの世界ではイベントも盛りだくさん。過去には合計で50万人以上の“観測者”が見守る大規模なコンサートが催されたことも。

「今、(合計で)東京ドーム10個分の人たちが見守っている!」といった温かい応援コメントの中、多くのプレイヤーが歌や芸を披露していました。現実世界では実現が難しい大規模な舞台も、ストグラの世界では体験することができます。

上席研究員
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こういったストグラ内イベントで、リアルの世界で歌手活動やお笑い芸人をしている方が歌唱や芸を披露してくれることもあります。ストグラ内で好きになった配信者を、ストグラ以外の配信や、リアルのイベントで見に行くようになる方もいますね。

ほかにも、ストグラの世界で新しいコンテンツに出会った“観測者”が、その発見を現実世界に反映させることがあります。

例えば、ストグラ内で使用されている自動車を見て、モチーフとなった現実の高級車を調べるなど、さまざまな興味関心を広げる入り口が広がっています。

さらに、配信者自身がストグラでのキャラクターを現実世界で演じるリアルイベントも開催されました。また、ストグラ内で人気のアイテムが現実世界でも製造・販売されるなど、現実世界とストグラが直接リンクする動きも生まれています。

上席研究員
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私自身、ストグラを通じてクラシックスポーツカーに関心を持つようになりました。プレイヤーが現実世界とストグラの世界を行き来するように、バーチャル空間での出来事が現実世界へ波及し、生活者、そして経済を動かす流れが起きています。

常時接続のロールプレイはタイパが悪い?

多くのプレイヤーが長時間参加し、配信され続けるコンテンツだからこそ、思わぬコラボレーションや、偶然が重なって盛り上がることもストグラの魅力です。

もちろん切り抜き動画やアーカイブでの視聴もできますが、リアルタイムでの盛り上がりを見る時の熱量には代え難い特別感があります。

上席研究員
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繋ぎっぱなしはタイパ(タイムパフォーマンス)が悪いと思われるかもしれません。私の場合、3画面を用意して複数の配信者を見ながら手元で漫画を読みつつ、「何か盛り上がっているな」と画配信面が気になったら、ストグラを確認しています。全部に集中しなくていいため、むしろタイパの極みだとも感じています。

また、ストグラでは世界観に没入するために、現実に関するワードは使用NG。そのため、マイクを変えたら「喉を変えた」、画面描写が良くなるMODを導入したら「レーシックした」といった表現を使います。

現実世界の名前で呼ばれても反応してはいけませんし、現実の出来事は「寝ている間の出来事=夢の中の出来事」として扱われるなど、ルールが徹底されています。

一方で、ロールプレイであることを免罪符に、配信終了後や他プレイヤーがいないシーンに「シリアスパート大変だったね」と観測者と語り合ったりできるため、“観測者”もテンションを保ち、疲弊せずに見守れるという意味も。

この世界のすべての出来事はあくまでも配信者がキャラクターを演じている「ロールプレイ」。喧嘩や恋愛、結婚もストグラを閉じたら終わりという形式が、ストグラの世界を優しく包み込んでいます。

上席研究員
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この街が一般の方たちではなく、普段から配信コンテンツに慣れている方が参加していることや、常に“観測者”がいるというシステムによって、(コンテンツとしての)街の治安が保たれている気がしています。一方で、観測者側が白熱してしまうことも。そこで、街のメンテナンスも兼ねて、月曜日はストグラ全体を休みにするルールを設けるなど、気持ちを切り替えられる仕組みを運営側が用意しているようです。

「分人」を演じることで心理的安全性が保たれる

ゲーム内での振る舞いから、配信者の性格が見えてくることもストグラの魅力の一つ。配信者としての経験を活かした見せ方や、その根っこにある本人の優しさや面白さから、新たなファンを獲得するプレイヤーも少なくありません。

単なる「ごっこ遊び」では片付けられないほど、ストグラの世界では本人の性格が滲み出ていますが、ロールプレイが徹底されていることで、自由さと節度が共存しているのです。

最近ではマーダーミステリーなどの体験型推理ゲームでも、医者や殺人犯といった「役割」を演じますし、役割ごとに異なる複数のSNSアカウントを持つのも当たり前になってきました。

自分とは違う名前や人格である「分人」として、デジタル上で生きるのに慣れた世代たちにとって、ストグラのような世界観は自然に受け入れられるものになっているのでしょう。

視聴者のコンテンツとの接し方、関わり方はどんどん変化しています。多くの若者世代を引き付けるストグラは、今後も目を離せない存在になりそうです。

(編集協力=淺野義弘+鬼頭佳代/ノオト)

上席研究員
瀧﨑 絵里香
博報堂 研究デザインセンター/上席研究員、若者研究所/研究員、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所/上席研究員
2015年(株)博報堂入社。 メタバースを中心とする自らのデジタル生活体験・交流経験を生かしながら、「デジタル生活者発想」をキーワードに、SNSやメタバース等のデジタル空間ならではの生活者の意識・行動を日々研究中。プライベートでは、「ゲーム(オンラインゲーム含む)」と「推し活(アニメキャラクターとVTuber)」に私生活の大半を捧げる。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。