ベースにあるのは「快」? コネクテッド時代の情報生態系 @メ環研プレミアムフォーラム2024夏レポートvol.3

2024年8月27日、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所によるフォーラム【コネクテッド時代のメディア選択「平要快熱」】が開催されました。

スマートフォン、タブレット、テレビスクリーンとあらゆるデバイスがインターネットにつながるコネクテッド環境下で、生活者のメディア選択に変化が訪れています。メディア環境研究所では、コネクテッド環境下のメディア行動を「平要快熱」という4つのモードに分けて探る試みを行いました。

中でも「特徴がない」という“特徴”があり、かつもっとも多く選択されているモードが「快」です。そこで、メディア意識や行動を読み解くために「快」に焦点を当てた調査・分析を進めました。発表者はメディア環境研究所の山本泰士 グループマネージャー 兼 上席研究員、野田絵美上席研究員、そして森永真弓上席研究員です。

「快」のメディア選択とは?

4つのモードは、それぞれ以下のような性質を持っています。

・街頭広告のように「自然に情報が入ってくる」【平】
・ニュースや天気予報のように「意識的に情報を取りに行く」【要】
・SNSショート動画やラジオのように「なんとなく流している」【快】
・推しの動画のように「それが好きでわざわざ取りに行く」【熱】

もっとも多く取られるメディア行動は「快」であり、しかもその時の気分やニーズによって「快」と「熱」などを行き来しているような動きがありました。

なぜ、生活者は「なんとなく」の快に心地よさを感じるのでしょうか? また「快」と他モードの行き来が起きる背景には何があるのでしょう?

そこで、「みんなの『平要快熱』インタビュー調査」と題し、何らかの好きなコンテンツがある方に1日のメディア生活を振り返っていただき、「平要快熱」マップにプロットする調査を実施。その結果、「快」をベースにした新しい情報生態系の姿が明らかになってきました。

「快」は新しいながら見

まずは、自身の「熱」は有料動画配信のアニメと無料動画のカブトムシの飼育動画であるという「無料動画&アニメ好き」のSさん(50才・男性)。

そんなSさんの「快」は、「熱」と同じく有料動画配信のアニメと無料動画のカブトムシの動画でした。しかし、「快」で見る動画は「熱」とは内容が違うといいます。

Sさんにとって「快」に入るものは既に「熱」のモードで見たことがある作品、またはパターン性のあるもの。これらを「ながら見」で流しているそうです。さらに、起きている時間のほとんどをコネクテッドTVのながら見で過ごしているとのことでした。

Sさん
Sさん

起きている時間のほとんどで何かしらの動画が流れています。BGM代わりなので、ちゃんと見ないといけないものは逆にストレスなんです。でも何でもいいわけではなくて、興味があるものがいいです。興味があるものに時間を使いたいです。

野田上席研究員
野田上席研究員

つまり「快」とは、主の意識は生活行動にありつつも、なんとなく興味があるものだけに触れながら心地よく過ごしている状態。集中しなくてもいい気楽さが重視されているようです。

また「1日中」つけているというのも注目したいポイントです。この新しいながら見はコネクテッドTVだけでなくパソコンでも起きています。

ゲーム実況が好きなOさんも「快」モードでゲーム実況をながら聞きしています。「昔あった『特に何か番組を見ていなくても、テレビがつけっぱなし』のような感覚」とのことで、「快」は生活に長く溶け込むメディア行動であることが見えてきました。

「快」は生活者に主導権と自由がある

「ドラマ好き」のYさん(26才・女性)は好きなドラマを「快」と「熱」に挙げています。

Tさん
Tさん

私はSNSを見ると疲れてしまうので、その時間を極力ドラマ視聴に費やしています。また、コンテンツを見る時間は別の世界に行きたいという願望があり、ドラマ視聴が精神安定につながっていますね。ある種のマインドフルネスです。

野田上席研究員
野田上席研究員

Yさんが「平」に挙げたSNSは有用である一方で、不快な情報にも遭遇するリスクがあります。メディアに触れている時間は極力プラスの気分にして、不快を避けたいということなのですね。

Yさんも「快」と「熱」にドラマがプロットされています。分類は作品によって異なり、心への作用が関係しているようです。

Tさん
Tさん

「熱」に入るのはメンタルが落ちていてもそれを忘れるほど没頭して見る作品で、「快」はカジュアルに活力を得られる作品。「快」が多いと人生が充実しますね。メンタルを底上げしてくれる手段は多いほど嬉しいです。

野田上席研究員
野田上席研究員

例えば集中が必要な「熱」での視聴が難しいようなメンタルでも、「快」なら気負わずサクッと活力を得られる、だから「快」の充実が生活の充実につながっているということですね。

さらに、Yさんに視聴の仕方の違いを詳しく聞くと、

・「熱」に入る作品はテレビスクリーンの前まで行き日本語字幕をつけてリアルタイム視聴 
・「快」に入る作品はスマホでながら見で、かつ倍速視聴することもある

ということでした。

野田上席研究員
野田上席研究員

「快」では「なんとなく」の気分で興味があるものだけに触れて心地よく過ごしています。毎日の充実につながりますが、長時間触れるからこそ不快を避けたい。そこで生活者が主導権と自由を持って選択しているのです。

「快」とはメディア選択の養分

さてここまでの記事で「熱」と「快」が密接に関わっていることに触れましたが、具体的にどのように作用しあっているのか、インタビューから読み解いていきます。

「ドラマ&バスケ好き」のTさん(47才)にとって「熱」はドラマやバスケットボールの試合、「快」は「熱」関連のSNSのチェックだそうです。

Tさん
Tさん

ドラマや試合の後は、SNSにファンアートや考察を見に行きます。そうすることで自分の好きが高まるんです。「熱」だけでずっと好きは持続しません。「熱」で得た感動を持続させるのが「快」です。いわば「快」は養分なんだと思います。

ここまで「快」と「熱」を中心に調査を進める中で、「快」には3つのポイントがあることが見えてきました。

まず、なんとなく過ごしている時間でも、常に興味のある「快」だけに触れ続けて、心地よく過ごしています。スマホはもちろん、パソコンやコネクテッドTVも……と1日中スクリーンに囲まれながら、好きなコンテンツを、わざわざではなく何となく選びつづけるのです。だからこそ「快」が存在感を増しているわけです。

次に「快」は生活の中に長く溶け込んでいて、さらに日々の感情のベースになっていることがわかりました。生活者は「快」をベースにしながら、わざわざの「熱」やより積極的な「要」になってみたりとモードが切り替わっています。

そして、「快」は集中が不要な気楽さこそが価値であり、不快でないということも重要であることがわかりました。

一方、「熱」は好きなものを選び、そこに集中して没頭する領域です。しかし、「熱」単体ではなかなか持続できない感動を、「快」を養分にすることでさらに深め持続させている様子が見えます。

ここに、「熱」と「快」の密接な関係があると言えるのではないでしょうか。

「快」が生み出す情報生態系

では、「要」「平」も「快」とは何か関係性があるのでしょうか。まず「要」について、ニュース好きのIさん(28才)は、「快」にネットニュースとポッドキャストを、「要」に新聞やビジネス誌をプロットした上でこう話してくれました。

Iさん
Iさん

ネットニュースは自分の興味の最新を知ることができる一方、情報が偏ります。普段、検索しないニュースは新聞でしか知ることができないのです。「快」で偏りがちな情報バランスを「要」でしっかり確保するようにしています。

またIさんは「快」に入るポッドキャストを聞くことで、「要」で知った情報に対する他者の意見を知ることができるとも話してくれました。

・「要」は単に情報のインプット 
・「快」は、他者の意見を知りそれに対する自分の意見を考えるという感情の動き

があるそうです。

ここから、「要」のメディア選択には次の2つのポイントが見えてきました。

続いては「平」。朝の習慣としてつける情報番組やつい触ってしまうスマホのタイムラインなど無意識に見てしまうものがよくプロットされます。ドラマとバスケ好きのIさん(28才)に引き続き聞いてみると、「平」の2つのポイントが見えてきました。

Iさん
Iさん

私は後から「こんな面白いものがあったのか」と悔しい思いをすることがあるので、「平」で情報に広く触れておきたいです。「平」には欲が生まれる卵があると思います。

インタビューからは「平要快熱」のバランスと構造も見えてきました。まず生活の中に長く溶け込んでいるのが「快」。「快」が日常のあらゆる感情のベースポジションでありながら、ときとして「熱」になり「要」になり「平」になり……と他モードと関わり合っているのです。

コネクテッド時代のメディア選択というのは、「快」ベースの情報生態系と言えるのではないでしょうか。

「快」ベースの情報生態系への向き合い方

それでは、「快」ベースの情報生態系を構築する生活者に対し、メディアはどう向き合っていけばいいのでしょうか?ここまで4象限で語ってきたものを、イメージ図で表現してみました。

まず「快」は、生活者にとって自ら作り上げた情報の丘のような存在であり、そしてそこで毎日楽しくピクニックするような気持ちで常駐している場所、と言えるでしょう。

「平」は「快」の下に広がる広大なる情報大平原ですが、現状は丘の上から視界に入る情報だけ取得されている状況と思われます。

「要」は必要があるとわざわざ取得する情報施設訪問のような存在です。

そして「熱」快楽は「快」の丘の上で気持ちが高まった時に、木登りしてしまうようなモードをイメージしてみてください。

このように「平」「要」「快」「熱」をイメージした上でまず、「快」への向き合い方を見ていきましょう。

そもそも生活者は現在、コネクテッド環境の充実により、情報編集・編成権を自らのものにしている状況です。

森永上席研究員
森永上席研究員

自ら作り上げたという自負があるので、その情報の丘の上での楽しい気持ちを助けるものは歓迎ですし、壊されることを迷惑に思うでしょう。そんな「助ける」「壊さない」というアプローチが「快」にとっては肝要です。

助けるアプローチとは、次の「2つの『安心』の提供」です。

・「フェイクではないこと」、つまり情報の確からしさの提供 
・「ハズレがなさそうに思えること」の提供

です。

ハズレがなさそうというのは例えば、おすすめされる理由が複数あることや、おすすめしてくる人やメディアが複数あることや、すでに自分が経験済みの既知の情報だったりすることです。

壊さないアプローチは、需要だけではなく、不快に対しての配慮することが必要でしょう。発信者都合で強制的に振り向かせるのではなく、「なんとなく」が積み重なるような情報行動の流れの中で興味へといざなうことも必要です。

では次に、「快」を含む全体との向き合い方を考えていきましょう。検討するは3つの要素です。

(1)到達力&侵出力づくり

生活者自らがコツコツと作り上げた情報環境である「快」に、他者が強制的に入り込むことは難しいものです。

しかし「快」は実は、誰かからの紹介やシェア、アルゴリズムなど非一次・間接的情報だらけの空間です。直接的なアプローチだけでなく、じわじわと浸出するような間接的アプローチを考える必要が高まっているのではないでしょうか。

情報を届けたい生活者に、間接的に情報を運んでくれる「誰か」が情報を持ち出しやすかったり、切り抜きやすかったり、シェアしやすくなっている設計が大切なポイントでしょう。

(2)コミュニケーション濃度の段階設計

これまで発信側は、予告編や広告から一段階で商品やサービスにすぐ行動してもらおうと考えすぎではなかったでしょうか。ですが、現在の生活者は「ハズレがなさそう」「既知のものである」という確信がないと動けなくなっている実態があります。

そんな生活者には、情報濃度と興味を段階的に高めていくアプローチがよさそうです。最初の入口になるのはファンアートかもしれません。そこからインフルエンサーからの情報が加わって生活者の中の存在感が増し、広告にも目が向くようになり、興味を持って解説記事を接種し、そしてようやくコンテンツ本編や商品・サービスに到達するといった段階です。

生活者を徐々に味方につけるコミュニケーションの段階設計を検討する必要が高まっているのではないでしょうか。

(3)情報行動の連続性サポート

「快」にいる生活者は、非常に気が向くまま揺れ動くように情報と出会い続けています。「面白そう!」と思ったら調べ始めてくれますが、情報がうまく出てこなければ、そのまま離脱し、二度と戻ってきてくれません。リンクの切れ目は縁の切れ目と呼べるかもしれません。

生活者が流れるように情報アクセスできるような行動をサポートする情報リンク状態を検討しておきたいところです。

まとめ

様々なスクリーン、デバイスを使って、いつでも好きなときに、好きな場所で、好きなコンテンツを見聞きするコネクテッド時代の生活者。そんな時代だからこそ生まれたのが、生活者が自ら選び、心地よく過ごす「快」ベースの情報生態系です。

山本GM
山本GM

快」ベースの情報生態系はまさに自由自在なメディア環境を手に入れた「生活者発の情報環境のイノベーション」と言えるのではないでしょうか?

生活者はそんな「快」の環境を壊されることを嫌います。メディアに求められるのは、そこに優しく入り込み、じわじわと情報を浸透させていく仕組みです。

従来のようにダイレクトに商品を見せるようなアプローチは受け入れられません。段階を踏んだアプローチにこそビジネスチャンスがあると言えそうです。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

山本GM
山本 泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてコミュニケーションプラニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?〜情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等
野田上席研究員
野田 絵美
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、食品やトイレタリー、自動車など消費財から耐久財まで幅広く、得意先企業のブランディング、商品開発、コミュニケーション戦略立案に携わる。生活密着やインタビューなど様々な調査を通じて、生活者の行動の裏にあるインサイトを探るのが得意。2017年4月より現職。生活者のメディア生活の動向を研究する。
森永上席研究員
森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化、若者研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。 自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。 クチコミマーケティング協議会(WOMJ)運営委員。 著作に「欲望で捉える デジタルマーケティング史」「グルメサイトで★★★(ホシ3 つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)」がある。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。