金融業界では、既に「AI×人間」のハイブリット型業務が進んでいる 三菱UFJニコス 代表取締役社長・角田典彦氏が予想する、AIと人間、そしてメディアの未来
フィンテックをはじめ、積極的にAI活用を進めている金融業界。博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所では、AIが社会や産業、メディアにもたらす影響について研究・洞察する「AI×メディアの未来」プロジェクトを立ち上げました。その一環として、さまざまな分野で活躍されている有識者にインタビューを重ねています。
三菱UFJフィナンシャル・グループの中核企業の一つで、国内最大級のクレジットカード会社である三菱UFJニコスもまさにAI活用を積極的に進めている企業です。今回は、同社代表取締役社長の角田典彦さんに、生成AIの普及による金融業界へのインパクトや、社会基盤に対してどのような変革を起こしていくのかをテーマにお話を伺いました。
今後30年は、「AI×人間」のハイブリット型が主流に
――生成AIは、社会や事業においてどのようなインパクトを生み出すと考えていますか?
私も生成AIを使っていますが、すでにかなりレベルが高いと実感しています。今後もますます進化していくので、言語から動画・音楽まで生成AIに置き換え可能な対象は飛躍的に広がっていくでしょう。
具体的な変化としては、コストと時間の節約ができること。本当の意味でクリエイティブな思考などの部分は人間が担いながらも、そのために必要なデータ収集や作業などはもっともAIが得意とする部分。
もし作業の時間をAIに任せ、人間が全部、思考のほうに注力できれば、クリエイティブの質やスピードや精度が上がる。そういう意味で、ハイブリッド型が当面は主流になると思います。
――ChatGPTを代表とする生成AIの登場で、いずれはクリエイティブな仕事も取ってかわられるのではないかと不安を感じる人も多いと思います。
「本当のクリエイティビティとは?」を定義分類するのはなかなか難しいですが、擬似的にはいずれできると思います。
例えば、音楽系AIならサザンオールスターズらしい音楽をもうすでに作れるのは皆さんご存知だと思いますし、Mr.Childrenの桜井さんそっくりの歌い方で他の曲を歌うこともできてしまっています。
ただし、これを人々が受け入れるかどうかを考えてみると、現状はまだAIが作ったものに対する忌避感が非常に強いと思いますし、著作権や倫理の問題もあるのでどこまで広がるかは分かりません。
また、人間に近い擬似的な思考はできても、現在の半導体の演算能力では本当に人間そのものの思考を再現するほどの能力はないため、おそらくあと2~3世代くらいは時間がかかる。1世代を5〜6年だとすると、最大で20年ほどはかかるのではないでしょうか。
――生成AIが技術的にさらに成長したときに、人々はAIが作ったものをすんなりと受け入れていると思いますか?
生まれたときからAIが作った音楽や映像に触れている人は、僕らよりも遥かにハードルが低いので受け入れられるでしょう。一方で、年配者になっていく僕らのような世代の方々は抵抗感がある。なので、すぐには難しいと思います。
でも、すごく面白い小説が生成AIに作れるのだとしたら、それは作り手がAIでも人間でも面白いものは面白いとなる。ただ、生成AIを超える天才的な人間はおそらく出てくるので、やっぱり「併存」ですよね。生成AIの比率が今後上がっていくとしても、全てがAIに置き換わることはおそらくないと思います。
生成AIは金融業界の「心強い味方」
ーー三菱UFJニコスでは、大和総研と共同で研究開発した、生成AIを用いた社内文書検索回答サービスで業務効率化の実現が可能となりました。また、三菱UFJフィナンシャル・グループでは、OpenAI社と生成AIを用いた金融業務の高度化・効率化の取り組みを行うことも発表されましたね。
コロナ禍以前から、フィンテックは金融の更なる成長には不可欠だという認識がありました。しかし正直、まだ玉石混交。一時期は、アメリカの銀行がこぞってフィンテックの会社に投資しましたが、うまくいかない事例もたくさんありました。
そんな中で新たに活用しはじめた生成AIなど、一連のAIテクノロジーは、生産性の向上・効率化には徹底的に貢献しています。生成AIはまだ突拍子もない間違った答えも出てくる(ハルシネーション)ので注意しなければいけませんが、OpenAIのChatGPTは今までのAIのランクをおそらく3階段ほど上げました。
当社では「今後、活用できる」と十分認識しています。特に、クレジットカードの不正利用阻止に活用しているAIテクノロジーは本当に成果を上げています。
ーーAI導入する前と比べて、クレジットカードの不正検出率が格段に上がったのですか?
実は、不正は防止するだけなら止めればいいだけで簡単なのです。しかし、正しく使っているのに不正とみなされて止められてしまったらユーザーに大きなストレスがかかりますよね?
私たちのシステムは、不正防止率が圧倒的に高いだけでなく、正しい真正利用を阻害しないという意味で的中率が高いんです。
これがどんどん高度化していくと、実際の業務に、あるいはお客さまへのサービスの向上に役立つ実感がある。今後も、さまざまなところでAIの力を利用していきたいと考えています。
ーー金融サービス全体においては、生成AIとの相性はいかがですか?
金融はバックオフィスのような事務作業が非常に多い業界です。これは、AIの得意領域ですよね。なので、社内文書の検索などの業務効率化は積極的に進めていきたいです。
一方で、アドバイザリー業務などの複雑な非定型業務は、完全なAI化は難しい。例えば、融資に関しても少額のケースならAIでも対応できますが、大規模な融資や特殊な判断が必要なケースは依然として人間の判断が求められるでしょう。
実は現在、全社をあげて既存業務をどれだけAIを含むデジタルに置き換えられるか、「見える化」をしているんです。まず業務を自動化するシステムRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を可能な全業務に導入するために、全ての業務フローを細かく分けて、どこにRPAが入っているか、入っていないのかを完全に「見える化」しました。
ゆくゆくはAIエージェントで全てを一括管理できるようにしたい。そうすれば、「Aさんが転勤したから、この情報がどこにあるか分からない」といった問題が全て解消できますし、AIが自動的にソフトのアップグレードなどを行ってくれる。
AIエージェントとして完全に使える状態になるのはもう少し先になりそうですが、そこまで見据えて今から社内のDX化を考えているので、AIは心強い存在です。
ーーAIエージェントはいつ頃までに実現しているイメージなのでしょうか?
10年先年頃までには実現させたいですね。実際、AIが行うタスクそのものはそんなに難しくないんですよ。おそらく、「見える化」して全部置き換えていく作業のほうが大変だと思います。
個人レベルでいえば、AIに「僕っぽい挨拶文を作って」と指示する場合、私のスピーチのデータを100〜200個ほどに入れたら、楽に作れますよね? でも、そもそもデータが少ない人は、元となるデータを作ることから始まるので大変じゃないですか。パーソナルAIを作りたいと思った時に、そこが人によって違いますよね。それすらも取っ払って、本当にゼロから作れるようになるには、やはり10年は先になると思います。
情報の「信頼性」は既存メディアが優勢
――メディアやコンテンツの体験がAIによってどんどん変わってきている中、メディアを通した生活者の意識はどう変わっていくと思いますか?
AIが入り込むと安く速く量産できるので、コンテンツ量は膨大に増えますよね。さらに、AIがたくさんあるコンテンツの中からおすすめを絞り込んでリコメンドするので、メディアやコンテンツはAIに選ばれなくてはいけない時代になりました。
しかし、たとえば、動画サイトには金融に関する情報が山ほどありますが、(フェイク情報なども混ざっているため)信頼性に欠けると考えています。
そうなると当面10年ほどは、既存メディアは信頼性という面でまだ強いと思います。既存メディアが上手にAIを取り込んで、より視聴者やユーザーに見やすく、分かりやすく情報を展開していれば、私は十分に戦えると思います。だからこそ、既存メディアはそういった新しい技術の進化に背を向けてはいけません。状況は目まぐるしく変わっていきますから、そこにどう身を投じていくかが大事です。
それは僕らも同じ状況にあります。使うか使わないかは別にして、今の金融のシステムだけでなく、新しい技術は貪欲に学んでいかなければいけません。そういう点が、生き残るメディアとそうではないメディアの境目になると思います。
――以前はメディアにコモンナレッジ(共通知識)を提供する役割があったと思います。これからもその役割が求められる場合、AIはその一助になっていくと思いますか?
AIは間違った情報でも簡単に作れてしまいますからね。(フェイク情報を意図的に流し)嘘の知識を植え付けようという人も出てくるので、昔は誰も信じなかったものがコモンナレッジになってしまう可能性がある。その役割をAIに任せるのは非常に危険だと思います。
だから、マスコミや既存のメディアが「本当の情報はこうです」と発信するだけでも、十分価値はあると思います。
――コモンナレッジの信頼性を確保するために、取材や検証はとても大事ですが、コストと時間がかかりすぎるというデメリットもあります。AIはそれを補えるのでしょうか? それとも、嘘の情報をまき散らすほうに活用されてしまうのでしょうか?
嘘の情報をまき散らすほうがもちろん楽ですよね。しかし、信頼性の担保は取材が命なわけです。だからこそ、人間が取材をしっかりと行うこと。そして、AIが記事としてまとめる。そういう効率化は十分に可能だと思います。
ただ、既存メディアでも、インターネット検索のみで記事を作っていてはダメですね。それこそAIで十分代替できてしまいますから。偽物の情報が増えていきつつも、本物しか生き残れない世界が来るのではないでしょうか。
法整備には時間がかかる。けれど、いずれはAIを受け入れる社会になる
――広告ビジネスはどうなっていくと思いますか?
「AIによって提供される企業の広告」と「AIによる生活者へのリコメンド」が切磋琢磨していくと思います。例えば、検索サイトへお金を支払うと、検索ページの上位に自社の広告が表示されますよね。
もしAIがそういった広告の表示順(リコメンド順)を決めるようになると、企業側もどうやったらAIに選んでもらえるのかを試行錯誤していくでしょう。
――社会的安全性や倫理的な観点では、将来的にはどうなっていくと考えていますか?
AIで厄介なのは、クロールして集めた情報がどこにあったのか、出典を出さないことです。だから、結局どこまでいっても著作権侵害のリスクは変わらないんですよね。
限定されたマテリアルの中から「AIで作りました」ならいいのですが、そうでない場合は必ず誰かのものを模しています。今の最大の課題は、オリジナルの価値が毀損されてしまうこと。出典範囲をクリアにすることが、一般的に普及するかどうかの分水嶺になると思います。
ただ正直、現在は生成AIと著作権侵害の問題は線引きが曖昧ですよね。政府として法整備が関わってくるところでもありますし、公の課題にならないと物事は進まないのだろうと考えています。ただ、世界的な問題ですし、各国間で温度差があるので、予測が難しいですよね。いずれは世界的な取り決めができると思うのですが。
――倫理にも関わってくるので、非常にセンシティブなところですよね。
仮に業務効率化を目的に企業内でしか生成AIを使わないのであれば、何の問題もありません。ですが、世の中に出してお金を稼ごうと思うと、なかなか高いハードルがある。今は暗黙の了解でまかり通っているところがありますが、いつかどこかで大きな問題になるでしょう。
クリエイティブな部分でいえば、今は普及させようという動きが強いですが、著作権侵害のリスクはどうしても出るのでいつかはブレーキがかかる。例えば、アメリカはどちらかというと生成AIを普及させようという考え方が強いですが、同時に著作権も厳しいですよね。このせめぎ合いは、不可避だと思います。
だから、そういう部分も含め、法整備含め、人々が完全に受け入れるのには10~20年ほどはかかるのではないかなと見ています。でも、最終的には「やっぱり使おう」となると思いますね。
2024年10月17日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基+所外協働プロジェクトメンバー 鵜飼大幹
編集協力:矢内あや+有限会社ノオト
※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。