AIは私たち人間を置き換えるものではなく、能力を拡張するツール クリエイティブ・ストラテジーズ会長 Tim Bajarinさんが語る、アメリカにおける生成AIの実情

生成AIとどう向き合っていけばいいのか。そんな問いへの答えを求めて、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所では、AIが社会や産業、メディアにもたらす影響について研究・洞察する「AI×メディアの未来」プロジェクトを立ち上げました。その一環として、さまざまな分野で活躍している有識者にインタビューを重ねています。

アメリカ・シリコンバレーで最古参のテクノロジー研究・コンサルティング会社の一つ、クリエイティブ・ストラテジーズ社。その会長を務めるTim Bajarinさんは1981年からさまざまなハードウェア業界のコンサルタントを経験し、Macの立ち上げにも関わってきました。自身もテクノロジーの情報を発信するTimさんに、アメリカにおける生成AIの実情や、シリコンバレーは生成AIをどのように捉えているのかなど、お話を伺いました。

Tim Bajarin(ティム・バジャリン)
クリエイティブ・ストラテジーズ株式会社 会長
1950年生まれ。オックスフォード大学出身。1981年より、シリコンバレーに拠点を置くテクノロジー研究・コンサルティング会社であるクリエイティブ・ストラテジーズ株式会社へ在籍し、40年にわたりテクノロジー業界・市場を観察。パーソナルコンピューターと消費者向けテクノロジー分野を専門とするコンサルタント・アナリスト・未来学者。現在は、空間コンピューティングと人工知能に関心を寄せている。

プロンプトエンジニアリングの教育があらゆるユーザーに必須となる時代

――生成AIの能力は、どこまで上がったと感じますか?

私は今まで何千という記事を書いてきましたが、実際に生成AIを使って書いた記事をそのまま発表したことはありません。それは、倫理的にはいかなるジャーナリストも仕事の成果としてAIを使った記事を発表すべきではないと思っているからです。

ただ、データを集める実験としてテストはやったことがあります。その際、プロンプトでは「こういうトピックで、Tim Bajarinのスタイルで書きなさい」と指示しました。そうすると、あたかも私が書いたような記事ができます。

――生成AIはTimさんの思考を反映して、自律的に動いて書いてくれるレベルまで進化しているイメージですか?

そこへ向かっているものの、まだ到達していないと思っています。今の段階では、AIは本質的に「考える」という意味での知性は持っていません。情報を集めてきて、私たちが与えるプロンプトやコンテキストに合わせて提示しているだけです。

AIが私の発言や考えを想像する手助けをするためには、私がネット上で書いたり発言したりしたことすべてを推論する必要があります。AIが私の言うことを「考えたり推論したり」するための情報を得るためには、私の個人的な書き方や考え方が必要なのです。私が言えるのは、「私が書いたり言ったりしたことの一部しか拾っていないようだ」ということです。

AIが本当に私のような思考や推論を加えるためのデータを持つためには、私の個人的な内容を深いレベルで推論する必要があります。私は長年の執筆活動で2,000本以上の記事を書き、何千回と記者にコメントをしてきました。だから技術的に言えば、AIは推論し検索するために私の情報をたくさん持っています。

ただほとんどの人はそうではありません。だから、彼らの公開データから推論することで、AIが実際に彼らのために考え、推論できる可能性は低いのです。

しかし、今後出てくる次世代のチップはもっとパワーが上がっていくので生成AIの能力も今以上に引き出されていく。いずれは、生成AIも「考える」ようになるのではないかと思っています。

――それは何年くらいで可能だと思いますか?

AIの能力が格段に上がるテクノロジーが一つあって、それが「Quantum computing=(量子コンピューティング)」です。これによりブレークスルーが起こって、思考が飛躍的に伸びると考えています。そのため、今後5年で私が考える手助けをしてくれるほどの能力をもつAIの実現も可能になるかもしれません。

ですが、これはAI自体が「考える」こととは明確に違います。これははっきりと区別しておく必要がありますね。

――AIが行う「考える」手助けとはどういうイメージでしょうか? 例えば、AIがアドバイスやオルタナティブな提案をしてくれることでしょうか?

要は、AIに対して「Tim Bajarinはこの問題についてどう捉えるだろうか? どんな道理や理由づけをするだろうか?」というプロンプトを出したとき、私の考えに近いことを答えてくれるというイメージです。

AIは直接的な問いを発しないと、思うように反応してくれません。そのため、AIを使うスキルである「プロンプトエンジニアリング」が大事になってきます。

これから2〜3年のうちに、企業や個人、あらゆる階層のユーザーが、プロンプトエンジニアリングの教育を受けないといけなくなる。そうしないと、AIがうまく使えなくなってくるのではないでしょうか。

パンドラの箱を開けてしまった、ソーシャルメディアとAI

――アメリカでは、生成AIの利用は具体的にどれくらい進んでいますか?

コンテンツ生成を2種類に分けて考えると、1つ目は書き物ですよね。レポートや記事、プレスリリースはすでにかなり充実してきていて、多くの会社が生成AIを使って書くようになっています。

しかし、倫理的な会社においてはAIを使ってリサーチはしても、リサーチ結果をしかるべき教育を受けたシニア層、リーダーシップ層が解釈し、自分の会社のスタイルできちんと書き直しています。

そして、もう1つは映像や画像などのクリエイティブです。コンテンツの中でもさらに賛否両論のある領域ですが、今はほぼ制限なしにコンテンツが作成されて、巷に溢れています。

特に、AIを使ってコンテンツを作ることの是非で大きな議論を巻き起こしているのがハリウッドです。エンタメ業界では個々の俳優やパフォーマーにとって、生成AIが脅威となっています。

書き物にしても映像や画像にしても、生成AIによるコンテンツが極端に乱造されているのが現状です。例えば、大統領選挙でのAI使用。誤った候補者情報を意図的に流すためにAIが多用され、大きな問題になっています。

もっと全般的なコンテンツ作成に関して言うと、一番質が悪いのはSNSのインフルエンサーです。彼らはフォロワーを増やして収入に繋げようといち早く生成AIを取り入れ、売名のためにさまざまなコンテンツを作ってきました。本物なのか偽物なのか、誤った情報なのか正しい情報なのかも全く関係がありません。

――その時、人間は作られた情報の違いを理解して見分けられる方向にいくのか、それともSNS上で作られた誤情報が蔓延っていき、なかなか排除できないようになっていくのか……。どちらだと思いますか?

今は、AIで生成されたコンテンツを見ると、テクスチャーや感触が違うので見分けが付きやすいですよね。しかし今後、加工処理能力がさらに向上していけば、見分けるのはとても難しくなってくるでしょう。テキストコンテンツもそうです。

そして残念ながら、私たちは良い影響を及ぼすのか、悪い影響を及ぼすのかを全く理解しないまま、いろんなものを発明する段階に入っていこうとしています。

英語でいうと、「Put the genie back in the bottle.(一度外に出た魔物は、瓶の中に戻せない)」。つまり、パンドラの箱を開けてしまい、もう元には戻せない状況です。それでも、各国政府は法規制を試みるでしょうし、企業側も倫理的な境界線を自ら引いていくでしょう。

しかしながら、ソーシャルメディアの世界はまた別。AIの間違った使い方がもっとも懸念される場所になっていて、すでに誰でも何でもつくれてしまいますし、その流れは変わらないと思っています。

オールドメディアがなくなることはないが、マネタイズは今後も模索が必要

――生成AIは、メディア業界へどんな影響を及ぼしていくと思いますか?

残念ながら、今後は従来のメディアよりもSNSの方が大きな影響力をもつでしょう。しかし、従来のメディアが引き続き果たすべき役割は若い世代に対しても残ります。

例えば、私はベビーブーマー世代(1950〜1964年までに生まれた世代)で、いわゆるマスメディアで育ってきました。ミレニアル世代(1981〜1996年の間に生まれた世代)も、まだ伝統的なメディアと一緒に育ってきたと言えます。なので、これらの世代にとっては引き続き伝統的なマスメディアが影響力をもちます。

現段階では、ベビーブーマー世代や団塊世代、ミレニアル世代のうち60%が従来のメディアを情報源として使っていて、残りの40%でも従来のメディアを見つつ、補完的にソーシャルメディア、SNSなどの情報源も使っている状態です。

しかし、若い世代になると振り子はもう逆に触れていく。特に30歳未満の人になると、旧来のメディアからは全く情報を得ずに、SNSのみが情報源という状況になりえます。

だからといって、私はあまり心配していません。ニューヨーク・タイムズには150年、ウォールストリートジャーナルには90年の歴史があり、なくなったりしないでしょう。Z世代(1990年代中盤以降に生まれた世代)ですら、成長するにつれて従来のメディアに触れるようになっていく人もいるでしょう。

――とはいえ、日本のマスメディアは収益性が以前より低下しつつある印象です。アメリカで、何か参考にできるマネタイズ方法はありますか?

約10年前までは、どの新聞社も広告収入に頼り切っていました。しかし、今ではスポンサーにとっては新聞以外にも多様な広告出稿先があり、状況が変わってしまいました。

そのため、新聞社はサブスクリプションモデルをやらざるを得なくなりました。ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリートジャーナルは成功していると言えるでしょう。

ただ、もう少し規模の小さい地方紙や小規模の全国紙などは苦労している。特に、地方紙が従来依存していた広告スポンサーは地元企業ですが、その広告予算はやはりSNSへ流れている。ただでさえ少ないものを、取り合っている現状があります。

新聞社はサブスクリプション以外にもどうやってマネタイズできるか、模索しているところです。例えば、特別なプロジェクトを立ち上げたり、特別なレポートを掲載したり。追加の収入を得ようと方法を探っています。

AIは私たちの生活や事業をより良くするツールであることを忘れない

――コンテンツ生成以外に、AIを活用する方法はありますか?

アメリカではすでにいろんな方法でAIが活用されています。AIを使って、どうやって事業を促進するか、運営を合理化するか、作業を自動化するか、お客さまにより良いサービスを提供するか。これを考えるのは、すでに現実的な企業戦略の一部になってきています。今、あらゆる会社がこの十字路に差し掛かっています。

また、ChatGPTやGeminiなどのAIツールが、どんどん使えるようになっていくことによって、これまで以上にコンテンツに合わせた広告を出せるようにもなります。

例えば、AppleはiPhoneにAI機能を搭載すると発表しています。MacやiPadにも新しくAI機能が付いたものが出てくると、個人用のパソコンにもAIがある状態になる。すると、技術に詳しくない人もAIを使って何を見るのか決めるようになっていくでしょう。

広告は今まで通り、個人の興味に合わせることが大事なので、その精度がどんどんよくなっていくでしょう。しかし、AIが特に大きなブレークスルーを起こすテクノロジーであるとは私は思っていません。

――AIの動きを見ていく上で、私たちが参考にできそうなテクノロジーがあったらぜひ教えてください。

新しいことは毎日起こっていますからね。日々、新しいツールや情報を発信しているWebサイトをいくつか紹介しましょう。「Axios AI+」や「Ben’s Bites」、「AI Disruptor」、そして「Superhuman AI」です。こういったサイトは、どれも新しく出てくるツールをリスト化して掲載しています。

最後に、大事なお話をします。今後、AIが発展しても、人間的な要素がなくなることはありません。あくまでも私たちがAIをコントロールしているのであって、AIが私たちをコントロールしているのではありません。

AIは私たちがやっていることをより良くできるようにしてくれるツールです。そのことは明らかで、ビッグテックの人たちも私たちが事業を促進したり、自動化したり、より良くするためのツールとしてAIを見ています。

AIは私たち人間を置き換えるものではなく、能力を拡張するものです。皆さんが業務をする中で、お客さまに対してそのことは忘れずに伝えてほしいですね。

2024年8月28日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:矢内あや+有限会社ノオト

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