【MORE MEDIA 2040】成功の鍵は「自由」と「IP」と「コラボ」? メディア環境の未来をどう創るか@メ環研フォーラム2022夏

パネルディスカッション中の様子

2020年からのコロナ禍を境に、メディアをとりまく環境、そして生活者のメディアに対する意識は大きく変化しました。これは一時的なものではなく、不可逆的な変化として定着しています。加えて今後はAI、メタバースの登場によって、メディア環境にはさらなる変化が起こっていくでしょう。

メディア環境研究所では、メディア環境の未来を考えるためには現状にとらわれない長期的な視座、視点をもつことが重要であると考えて調査研究を進めています。2022年7月開催のフォーラム「MORE MEDIA 2040 ~メディアは、体験し、過ごす空間へ~」では未来への洞察を深めるべくメディアの「これまで」と「いま」を知り、「2040年のメディア環境」を着地点として議論を行いました。

フォーラムレポート第3弾では、「メディア環境の未来をどう創るか」と題して行った有識者とのパネルディスカッションの様子をお伝えします。

登壇者は、クラスター株式会社代表取締役CEO加藤直人氏、株式会社TBSテレビ取締役・中谷弥生氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授・菊池尚人氏の3名です。モデレーターはメディア環境研究所所長の島野真が務めました。

【MORE MEDIA 2040】関連ページ:
第1部:マスメディア主力の時代からオンライン常態化へ
第2部:メディアは「体験し、過ごす空間」へ

メタバースはすでに来ている? 若い世代の動きを見逃すな

島野:今回は「メディア環境の未来をどう創るか」と題して、ゲストをお迎えして議論していきます。まずは自己紹介からお願いします。

加藤:クラスター株式会社の加藤です。最近「バーチャル○○」といった、デジタル空間上でのイベントを目にする機会が多いのではないでしょうか。それらのほとんどは、クラスターが作ったプラットフォームの上で動いています。今日はメタバースの観点をメインにお話したいと思います。

中谷:TBSテレビの中谷です。TBSでは、20~30代のスタッフを中心にメタバースやブロックチェーンについてテレビ局の中で研究をしています。

菊池:慶應義塾大学の菊池です。大学の前は役所に勤めていて、当時は日本の国際競争力が3~4位でした。しかし2022年は34位で、隔世の感がありますね。会場には知り合いもたくさんいらっしゃいますが、今日は忖度せずに話したいと思います。

島野:では最初の問いから。それぞれの立場で、「2040年のメディア環境」に向けて大きな影響を与えると考えられる要素、注目している現象はありますか?

加藤:未来を考えるとき、参考にするのは過去の動きです。2020年までの20年間、メディアを牽引してきたのは「インターネット×動画」でしょう。そして、ここからは「インターネット×ゲーム」や「インターネット×3D」に大きくシフトしていくのではないでしょうか。この先20年は、動画を受け身で見る体験から、インタラクティブな3DCGのコミュニケーションになるはずです。

「メタバースって、いつ来るんですか?」とよく質問されるのですが、もうすでに来ていますよ。子どもたちは家に帰ったら、ボイスチャットをつないで、ゲームの中で友達と集まっています。僕が子どもの頃は友達の家に集まっていましたが、今やその場所はゲーム空間の中へと変化しました。

これからは、ゲームだけでなく、バーチャル空間やVRチャットに集まる人が増え、生活の場になっていく。そんなスタイルに変わっていくと考えています。

メタバースプラットフォーム cluster上の様子 © Cluster, Inc. All Rights Reserved.

中谷:私も12歳以下のα世代の生態には非常に注目しています。加藤さんのおっしゃる通り、今の小学生はスマホを使ってメタバースに入りこみ、アバターを使ってK-POPタレントと友達になる、といった行動を自然にしている。すでに当たり前のように多重人格性を持ち、バーチャルとリアルを行き来しているんですよね。

菊池:私は3つの要素に注目しています。1つ目は量子コンピューティングやAIなどのテクノロジー。2つ目は国際情勢含め、何がフェイクで何が事実なのかがぐちゃぐちゃになっていること。3つ目はやはり小学生や中学生です。特に小学生のマインクラフトの使い方はすごいですよ。

島野:みなさんに共通しているのは、「若い世代の動きを見逃すな」という点ですね。

加藤:UGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ)の流れも大きくなっていますよね。例えば、小学生が投稿した動画が数千万~数億回再生される時代になっている。マインクラフトの中では、小学生や中学生が3DCGでモノをつくり、その中で過ごすが当たり前になりつつあると思っています。

島野:コロナ禍の影響もあってか、「放課後はいつものオンラインゲームで待ち合わせ」みたいな現象が普通に起こっていますよね。改めて、オンラインとリアルの境目がなくなってきたのを実感します。

デジタル消費が基本になり、そのサポート役をリアルが担う

島野:2つ目の問いは「2040年、より豊かなメディア環境を実現するために、どのような視点や取り組みが重要か?」です。

中谷:2040年もリアルな世界は絶対になくならない。だったら、リアルとバーチャルをどうやって融合させるかを考えなければなりません。我々メディアや広告会社の視点でいえば、キュレーションやコンサルタント機能が重要となるでしょう。

クラスター株式会社 代表取締役CEO 加藤直人氏

加藤:いま、インターネットビジネスのほとんどが、アドとコマースです。つまり、リアルの物質に依存したビジネスを加速させるためにインターネットを使っている。だから、主は物質の方にあるわけです。現在はメタバース空間を活用するプロジェクトも、リアルビジネスのキャンペーンとして使われることが少なくありません。

でも、ここから2040年にかけて逆転が起こります。それは、デジタル消費が基本になり、物体はサポート役になる世界です。

例えば、バーチャル上の服。ゲーム「フォートナイト」ではスキン(キャラクターの装備や服装などの見た目を変更できるゲーム内アイテム)を売るのがビジネスの基本です。しかし、見た目しか変わらずゲーム性そのものにはまったく関係ありません。つまり、10~20代はすでにリアルの服ではなく、バーチャルの服を買っているわけです。

リアルな活動は、デジタルアイテムを売るためのサポート役になっていく。この視点の切り替えが、メディアにおいて非常に重要になると思っています。

島野:なるほど。従来の考え方にこだわり過ぎないほうがいいのではないか、と。

菊池:あと、メディアやコンテンツ業界がどれだけ変なことや面白いことをやって、人を惹きつけられるかにかかっているのではないでしょうか。あるいは、どこにも属していない個人クリエイターをどれだけビジネスに組み込めるか、個人のクリエイティビティをどれだけ魅力的に提供していけるか。

中谷:今はクリエイティブがたくさんありすぎて、自分の好きなものにすぐ到達できる人が少ないのではないでしょうか。であるなら、インフルエンサーは今後より重要になっていくはずです。「この人がオススメしているから選んだ」という感覚は、バーチャル上でも絶対にあるはず。

慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授 菊池尚人氏

島野:誰もがクリエイターになる時代では、キュレーションがより重要になりそうですね。

中谷:分かりやすく言えば、メタバース上の『王様のブランチ』のようなもの。メディアはそこを前向きに捉え、何ができるのかを考えていかなければなりません。

メタバース上でのモラル、ハラスメントをどう整備するか

島野:2040年に向けて、より豊かなメディア環境を実現していくための「課題」、「成功の鍵」とは何でしょうか?

菊池:キーワードを挙げるとしたら、「自由」です。自由に伝えて、自由に創り、変えていく。その自由をどれだけ保てるか。

あとは、若いクリエイターにどれだけ興味を持ってもらえるか、ですね。ものすごくクリエイティブだけど一癖あるタイプ、とか。経験のない素人も集めて、一緒につくっていくことが必要でしょう。

島野:メディア環境研究所の調査によると、「10~20代と30代以上では、メディアに対する意識や行動において大きなギャップある」という結果が出ています。我々の世代が把握しきれていない若い世代に注目していくことが重要ですね。

株式会社TBSテレビ 取締役 中谷弥生氏

中谷:私は、「IP」「グローバル」「ニッチ」の3つが成功の鍵だと思っています。いろいろなメタバースがある中でも、ブランドを一つ持っていればビジネスの成功に繋がるはず。できればグローバルIPだといいですね。

TBSでいえば『SASUKE』。これまでに、世界160カ国で『Ninja Warrior(ニンジャ・ウォリアー)』という番組名で放送されています。実はROBLOXで“偽SASUKEゲーム”が山ほどアップされていて。その許容性も含め、メディアは「どうやってIPを作っていくか」に注力しなければなりません。

TBS SASUKE~Ninja Warrior 番組セット ©Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.

島野:偽物をどう許容するのか、どう一緒にやっていくのか。そのあたりも大きく考え方を変えていく必要があるかもしれませんね。

中谷:バーチャル空間上のモラルについて、加藤さんはどう考えていますか?

加藤:メタバース上では、すでにモラルやハラスメントの問題が発生しています。例えば、リアルの空間でずっと後をつけられたら、ストーカーと認識して警察が動いてくれます。しかしバーチャル空間だと、つきまとわれても情報が動いているだけ。それで警察が動いてくれるのか? といった点はまだまだ整備されていません。

SNSでは少しずつ対応されつつあるように、身体性を有したバーチャル空間においても解決していくべき課題はたくさんあるでしょう。

コラボレーションによって、新しいユーザー体験が作られていく

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長 島野真

島野:メディアの自由度が増していくと、これからは想像力がますます重要になるのではないでしょうか?

加藤:そうですね。ルールを作って守ることも重要ですが、むしろ「こんなの想像もしなかった!」という世界を妄想する力が鍵だと思っています。

バーチャルやデジタル空間は、基本的に何でもありの世界になっていくはずです。そもそもメタバース自体に「なりたい自分になれる」「住みたい世界に住める」というイデオロギーもあるので。

日本人は、子どもの頃からドラえもんを見て育っていて、アニメやマンガが好きな国民性ですよね。そこをうまく使っていくことが大事でしょう。

あと、これからのメディアではデジタルや3Dが明らかに重要となります。特にメタバースではゲームの技術が使われる。つまりWebやアプリ、ゲーム、動画などのハイブリッド領域からユーザー体験がつくられていくはずです。動画アプリだけ、ゲームだけを作っている状態では、これからの波を起こせないでしょう。Webとアプリ、ゲーム、動画の人たちがコラボレーションして初めて、新しいメディアをつくることができる。重要なのは選択と集中です。

パネルディスカッション中の様子

島野:ありがとうございました。それでは、最後にお一人ずつ、メディア環境の未来についてメッセージをお願いします。

菊池:今日、登壇するにあたって「ネクタイをしたほうがいいですか?」とイベント運営事務局の方に質問してしまいました。でも加藤さんを見ると、スマホを持ちながら自由にやっている。これからのメディア環境を考えるにあたって、まずは私自身からもう少し自由な発想でやっていこうと思いました(笑)。

中谷:メディア側からすると「2040年はどうなっているのか。ちょっと怖いな」と思うかもしれません。しかし、メタバース上で表現の場が無限に広がっていくことは、私としてはかなり前向きに捉えていますし、メディアはそこでも存在感を示せるのではないかと思っています。

加藤:既存の産業だけが集まっていても、新しいものは作れないでしょう。やはり重要なのは、いろいろなテクノロジーを組み合わせるコラボレーションです。ぜひ一緒に新しいユーザー体験を作っていきましょう。

まとめ

登壇者のお話から、リアルとバーチャルの境目がなくなりつつあることを改めて実感しました。2040年のメディアは、「見る、聞く」から「体験し、過ごす」空間へと変わっているのだと思われます。生活の基盤、生きる基盤として、メディアは生活者や社会の中でさらに「なくてはならない存在」になっていくはずです。

メディア環境研究所では「2040 PROJECT」と題して、30名を超える方々とのディスカッション内容などを順次公開しています。そちらもぜひご覧ください。
2040 PROJECT 記事一覧

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第1部:マスメディア主力の時代からオンライン常態化へ
第2部:メディアは「体験し、過ごす空間」へ

こちらで発表した資料はダウンロードいただけます。

(編集協力=村中貴士+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

加藤 直人
クラスター株式会社 代表取締役CEO
1988年、大阪府生まれ。京都大学理学部で宇宙論と量子物性論を研究。京都大学大学院理学研究科修士課程中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にクラスター株式会社を起業し、2017年にVRプラットフォーム「cluster」を公開。現在、clusterはアバターを用いたコミュニケーションやオンラインゲームの投稿などができるメタバースプラットフォームとして運営中。
中谷 弥生
株式会社TBSテレビ 取締役
1992年、TBS入社。朝の情報番組のアシンスタントディレクター、ディレクターを経て、報道局政治部の記者として官邸や自民党などを担当。その後、メディアビジネス局にて、テレビコンテンツや映画のキャンペーン、販促企画を手掛ける。その後、編成局編成部、営業局営業推進センター長、メディアビジネス局長、DXビジネス局長を経て現職。
菊池 尚人
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授
1993年、慶應義塾大学経済学部卒業後、郵政省へ入省。国土庁などを経て通信政策局課長補佐を務めたのちに退官。その間、フランス・パリ高等商科大学で欧州情報通信事情などを調査。一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアム評議員、CiP(Contents innovation Program)協議会専務理事、一般社団法人融合研究所所長などを兼務する。
島野 真
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1991年、博報堂入社。主にマーケティングセクションに在籍し、飲料や通信、自動車、サービスなど各企業の事業・商品開発、統合コミュニケーション開発、ブランディング業務に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング部部長として、マーケティングプラニングとメディアビジネスを統合した戦略立案・推進の高度化を担当。2017年よりデータドリブンマーケティング局局長代理として、デジタルトランスフォーメーションに対応したマーケティング変革を推進。2020年よりナレッジイノベーション局局長兼メディア環境研究所所長を務める。共著に『基礎から学べる広告の総合講座』(日経広告研究所)がある。


※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。