メディアイノベーションフォーラム コラム「情報のデジタル化から生活のデジタル化へ」(前編)~加藤主席研究員

メディアイノベーションフォーラム コラム「情報のデジタル化から生活のデジタル化へ」(前編)を公開しました。

2017年は、1995年の再来かもしれない。

今年の頭、とある海外のカンファレンスで、耳にした言葉です。ハッと思わせる強い力がある言葉でした。1995年とは、パソコンとインターネットという新しいテクノロジーが私たちの生活をとりまきはじめた年でしたが、それ以来、20数年間で進展してきたメディア環境の変化とは、「情報のデジタル化」と言えるでしょう。それらは基本的には、PCやスマートフォン・タブレット、デジタルサイネージ、テレビなどの「四角いスクリーン」内における変化です。

スクリーンの大小の差はあれど、その中の情報がデジタル化されたことにより、背後にあるコンテンツの流通経路とビジネスモデルは大きく変容してきました。その変容に向かい合ってきたのが、メディア・コンテンツ・広告産業のこの20数年間だったと言えます。

一方で、2017年の今、はじまりつつあるのは「生活のデジタル化」です。自動車産業がデジタル化すれば自動運転サービスがうまれ、金融産業がデジタル化すればFinTechによる新しい業態が台頭する。衣・食・住・遊・流通・教育・移動・金融・健康・福祉・レジャーに至るまで、幅広い産業領域に、テクノロジーによる同時多発的な変化の波が押し寄せている。

そんな中、私たちの生活はどうなっていくのだろうか、その上でこれからの情報行動や生活者の意思決定はどうなっていくのだろうか、というのが今回の私たちの研究の起点でした。これまでのように、スクリーンと生活者の付き合い方だけをみていても、この未来生活の大きなベクトルはなかなか把握できません。

そこで、国内外の様々な「未来のかけら」を調査取材するために、メディア環境研究所はスクリーンの外へと飛びだしました。

杭州の「顔決済」店舗で感じた、不思議な感覚

日本と比較し特徴的なサービスのあるエリアとして、米国、中国、タイと取材を重ね、4都市横断の調査分析を進めていく中で、私たちに一番大きな示唆を与えてくれたのが、杭州で訪れた「顔決済」のファーストフード店舗です。中国では、身分証カードに登録されている国民の顔のデータベースがあります。顔のデータベースと銀行口座を紐づける新興サービスと、近年進んだ精細な顔認証の技術が組み合わさって、スマートフォンをとりだすことなく自分の顔を店頭のカメラに向けるだけで食事の支払いができる様子を目の当たりにし、これはいったいどう解釈したらよいのだろう、と私たちは唸りました。

顔決済店舗で味わった、都市の実空間に生身でログインしているような、これまでにない感覚こそが、「スクリーンの外で進む、生活のデジタル化」の一例なのではないか、と捉えました。中国で味わったそれは、まるで生活空間のバージョンが日本とまるで異なるかのような、不思議な感覚でした。調査や取材の結果、私たちが暮らしている様々な空間そのものがデジタル化すること、それが生活のデジタル化であると、メディア環境研究所では位置づけました。

デジタルトランスフォーメーションの大きな潮流は、今後、産業の際をなくしていくと言われています。いま区分けされている産業領域で捉えると、実は変化の本質が見えにくくなります。そこで、人々が暮らす生活空間のレイヤーで、未来の生活を捉え直すべきではないかと考えました。

生活のデジタル化は4つのレイヤーで現れる

デジタル化した生活空間では、これまで生活者が行っていた細かい作業が廃され、望むアクションをスムーズに実行することが可能になります。その生活の変化は、4つのレイヤーで現れていきます。

例えば、家の中の空間のデジタル化を考えてみましょう。米国ではちょうど、スマートスピーカーによって変容しつつある家庭の様子を取材することができました。そこでは、家族がスマートスピーカーに音声コマンドを発して、知りたい情報をすぐ取り出したり、家電操作を簡単に行ったりする光景が自然にありました。

もうひとつ見えてきたのは、都市空間というレイヤーです。中国では先の顔決済店舗に加え、都市部で普及しているシェアリング自転車サービスや、無人店舗といった新業態の流通によって、生活者の「確実に移動したい」「手早くモノを買いたい」という欲求が、デジタル化された都市空間でスムーズに実現されていました。また、バンコクでは発達途中の都市インフラの中で、モバイルの機能で個人の配送事業者と生活者が直接つながり、混雑に巻き込まれずに「食事やモノを自由にとりよせたい」という欲求が叶えられていました。

また、家や都市よりもさらに大きな、社会課題を解決するというレイヤーも存在します。米国の西海岸のとある老人ホームでは、入居者の各部屋に今年からスマートスピーカーが設置されはじめました。視力や運動能力の衰えにより、スタッフのサポートを受けることが多かった高齢者たちが、自分の音声だけで空調や照明を自由に操作したり、音声アシスタントと頭を使うクイズにコミュニティ全体で楽しそうに挑戦したりするといった、生き生きとした姿がそこにはありました。

一方で、日本の定量調査の結果をみてみると、他の都市と比べて反応が高かったのは、無人店舗・無人タクシー・ドローンによる無人配送といった無人系モビリティサービス群です。また、スマートスピーカーやVRによるエンタメコンテンツ接触も興味度の上位にランクインしました。日本の都市部では、他国の都市と比べて、個人の生活空間を便利にする、楽しくするものに興味が集まっていると言えるでしょう。

この、個人・家・都市・社会といった4つの生活空間における変化は、順番におこるということではありません。生活者をとりまく環境や課題によって、生活のデジタル化の現れ方は変わってきます。
今回発表した、「情報のデジタル化から生活のデジタル化へ」というテーマで、既にメディア環境研究所の研究員が様々な場所にお伺いしてお話をしているのですが、とある放送局さんの勉強会では、「うちは、4つのレイヤーでいうと、家の中の生活をとりにいく、という視点で新しい打ち手を考えたい。スクリーンの中だけでできることには限界があると改めて思った。」とおっしゃる方もいました。

また、ある地方の業界団体の方々とのディスカッションでは「デジタル化は都市部で若者向けのものだという思い込みがあった。米国の高齢者支援の話は、日本のローカルが抱える高齢化の課題とも共通する。スマートスピーカーをからめたサービスを、自分たちが検討してもいいのかも知れない」というコメントもありました。

このように、いま皆さんが向き合っている顧客、エリア、領域を思い浮かべていただいて、それらが抱える課題を解決する「生活のデジタル化」というものが、実際にどのレイヤーで作用していきそうか、考えてみるガイドとしてみていただければと思います。〈後編に続く〉

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※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。