AIとVRで真に新しい価値観やクリエイティビティを生み出す 東京大学大学院教授・池上高志氏が考える未来への期待

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所では、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を踏まえ、2040年に訪れる未来の姿を予測すべく、各分野の有識者にインタビューを重ねてきました。

人工生命をテーマに、「人間とは何か」「機械に意識は宿るのか」といった難題に取り組む東京大学大学院教授・池上高志さんには、2021年11月に、2040年に向けてメタバースやAI、人工生命の発展と人々の創造性、文化への影響について伺いました。

▼「AIのクリエイティビティは、すでに人間を凌駕している」 東京大学大学院教授・池上高志氏が夢見るAIと人間の未来
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しかしながら現在、私たちはChatGPTをはじめとするAIの急速な進化を目の当たりにし、改めて、AIとの向き合い方を考え、人間が大切にしなければいけないものは何なのかを問い直すことが必要ではないでしょうか。2023年3月に、今後のAIとの付き合い方、人間の価値やクリエイティビティのあり方について、池上さんにより詳しくお話しいただきました。

池上高志(Takashi Ikegami)
東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻教授、理学博士(物理学)。専門分野は人工生命。複雑系・人工生命をテーマに、生命とは何か?を追求する研究を進める。その一方で、アートとサイエンスの領域をつなぐ活動を行う。著書に『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』(青土社)、『生命のサンドウィッチ理論』(講談社)、『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』(講談社、共著)など。2017年には、世界のあらゆるものに生命性をインストールする会社「Alternative Machine 社」を設立した。

「飽きること」は、人間らしい知性である

――池上さんはChatGPTをどのように使っていますか?

アシスタントのように使っていて、実際に役立っているし、時間の節約にもなっています。誤った情報を書かれることがあるので、検証には時間がかかりますが、これから非常に高い精度のツールになることは間違いないでしょう。

ただ、生命的な観点から考えると、「ChatGPTと話すことによって新しい何かを作れるのか?」は重要な問いです。ChatGPTのように自然言語処理を行うAIには、プロンプトエンジニアリング(適切な質問や指示により、より良い結果をAIから引き出すための技術)が必要です。

そのため、まずはキーワードを見せるところから始まりますが、最初に与えたコンテクストはなかなか壊せません。僕が本筋から外れようとしても元に戻そうとするし、「ところで……」のようにAIが話題を変えることがほとんどない。そのため、あまりクリエイティブなことは言わないな、と。

――たしかにChatGPTは、人間らしい気まぐれな話題転換はできない印象です。

ノーベル生理学・医学賞を受賞した、脳神経科学者のジェラルド・M・エーデルマンは「人間の知性にとって大事なのは、飽きるということだ」と言いました。そこは僕もエーデルマンと同じ意見です。

一方で、AIは「この話に飽きたから止めよう」とは言わない。対話型AIもGPT-3や3.5の時点では、「飽きる」という機能がないのです。

――「飽きる」というのは、人間でいえば性格や個性の一部と言えますよね。AIに個性を持たせることはできますか?

もちろん話し方や使用する単語によって、AIの回答に個性を持たせるのは容易なことです。プロンプトで与えることができる。ただ、一つ一つの回答はいろいろと変えることができても、全体のコンテクストを変えることはしないのですよね。

――会話の流れを否定するなど、プロンプトの設計次第では、新しいクリエイティブを作るのにAIを活用できるようにも思えます。

会話で新しくトピックをつくって、その新しいことをハンドリングできるようなら、それは可能だと思いますが、でも「会話を通じて新しいクリエイティブが生まれるシステム」はそもそも人間自身もまだ構築できていません。人間は、ChatGPTはここができない、あそこができないと指摘しますが、実際は人間のほうが欠点は多いのではないでしょうか。そのため、ChatGPTの問題というよりは、人間を含んだ会話メディアの問題だと思います。

「とりあえず最終的に面白いものができればいい」であるとするならば、AIはすでにクリエイティビティを生み出すパワーを持っているのではないでしょうか。実際に、自分にとってエフェクティブなパートナーとして利用するためにAIを鍛えることはできる。まだAIは常に正しい回答を出すわけではありませんが、そんなことでAIが良いか悪いか判断しても仕方がないと感じます。

私たちは、今までの私たちの価値観を変えられるのか

――AIは今後、人間の意識と同じような振る舞いをする可能性はあると思いますか?

一緒に仕事ができる段階で、現在のAIはすでにチューリング・テスト(「人間的」かどうかという観点で機械を判定するテスト)はパスしていると思っています。鉛筆やコンピュータ以上に、ツールとしてではなく、すでに人と付き合える存在になっているからです。

それよりも、みんながChatGPTを使っている、今のこの状況こそがすごいことだと感じています。そもそも大多数の人はAI、LLM(Large Language Model:AIのモデルの一つで、ディープラーニング技術と大規模なテキストデータセットを使用して、自然言語処理により文章の要約や生成などを行う)に対して、正しいかどうかまで深く考えていないと思うんです。使うことで再学習していくので、AIの精度はどんどん改善されていくはずです。

それよりも大事なのは、AIがいることで人々が価値観を変えられるのかどうかです。AIが社会に出現した結果、究極的には、お金を増やすのが幸福ではなく、なにか別の価値観を生み出す、つまりは資本主義の次の社会体制を考えることができるかといったことが大事なのではないでしょうか。

今までパーソナルコンピュータやインターネットなど、いろんなテクノロジーが登場してきましたが、人間の価値観そのものはあまり変わってきていない。お金を最大化したいという欲望を社会に埋め込んで、従来の価値観を強化するためにテクノロジーが使われてきた側面はあったと思いますが、LLMはちがうように感じます。

――分散型自律組織である「DAO」をつくっている方たちは、「お金や資本主義の尺度ではない価値観が生まれ、新しい形で人がつながって幸せになる社会」を目指していますよね。

「お金と交換できないもの」をパスポートとして動いていく世の中は実現可能だと思います。例えば、大学の博士号はお金では買えませんが、博士号を持っていることで話ができる世界があります。「情報」もさまざまな物事のパスになり、価値になる。(東京大学特任研究員で、スマートニュース株式会社 代表取締役会長兼社長 CEOの)鈴木健さんは「なめらかな社会とその敵」の中で、信頼が伝搬して作る地域貨幣について議論しています。信頼と情報、それがいろいろなところへ通っていくパスになる可能性は十分にあります。

その「情報」に近い距離で抵触しているのが今のChatGPTだと思うのですが、うまく変遷して、現在のお金とは違う価値観が生まれるようになったらうれしいですね。それは、世界中の人がChatGPTを通じて、同じ情報を共有できた上で、コミュニケーションし、作業できるからです。

――これまで情報や知識に比べて、お金の価値の方が高いと捉えられてきました。しかし、これからはAIによってその価値観が変わっていくことに期待している人もいるのかもしれません。

正直言うと、最初僕はChatGPTよりもVRを体験したときのほうが衝撃でした。VRは、僕らが今までつくってこなかった新しい価値をつくることに寄与できる気がしています。僕らのVR実験では、座って経験するのではなく、ヘッドマウントディスプレイをつけて歩きわります。そうすると、身体的な認知や経験そのものを変容できて、身体の感じ方や経験に多様性を差し出してくれる。言語を凌駕するものになっていくのかもしれない。

特に、音と触覚が体験できるVR経験には驚きますよ。お坊さんが瞑想したり、みんながヨガをしたり、インドに行ったりするのは、そういうことを経験したいという欲望があるからだと思います。VRはそういう境地や新しい価値観を提供してくれる。

しかし、ChatGPTで利用している言語モデルが、GPT-3からGPT-3.5へ、そして現在のGPT-4になり、UI(ユーザーインターフェイス)を変えたら、世界が変わりましたね。これまではどこか遠くのAIだったのが、いきなり携帯電話のレベルになっちゃった。つまりこれは、AIそのものというよりも、ChatGPTが投入された社会が、これまでとはちがうものになった、ということです。つまりこれまでにない新しい価値をつくることに寄与するのではないかと思っています。

ChatGPTが今後、新しい自律性を獲得して、我々が知らない社会が自己組織化されるようになるなら話はまたちがうでしょうが。

――人間の言うことに応じて、それに合わせたクリエイティブな回答をするAIが出てきたら、今までになかったものが生まれる可能性はありますよね。それが自律性につながっていくことはないのでしょうか?

人間の脳は千億、千数百億のニューロン(神経細胞)の塊が信号をやりとりしています。GPT-3は1750億個のパラメーターで、5兆個か10兆個のコーパスを使っているので、クリエイティビティがあるかもしれないと思ってしまう。これは、AIが人間の脳のキャパシティに接近しているということではないですか。

しかし、脳にある神経細胞は自発発火します。何も信号が来なくても、自分で発火してパターンが走るのです。それを考慮した深層学習は存在していません。身体性や自発発火を無視して、真空中の複雑なネットワークとして脳を理解しているのが現状ではないでしょうか。そうなると、それは単なる張りぼてでしかなく、自律性を持った自身のクリエイティビティを構成するのは難しいのではないでしょうか。

ただ、人間がAIを助けることによって、クリエイティビティが上がることはあってもいいと思います。コ・クリエイティブなことができるChatGPTの仕組みをつくることは賛成です。

人間が持っている身体感覚をどんどん解き放つのがVRです。ChatGPTだけで考えるのではなく、人間の言語や身体性をも解放するVRをつくり、その上でChatGPTとどう会話をしていくか、どう付き合っていくかを考えるほうが面白いのではないでしょうか。人間だけ変わらず、AIにクリエイティビティを求めるのではなく、両者が影響しあい、身体性も含め、変わっていきながら新しいものを生み出す世界です。

AIが正しいかどうかではなく、社会でどう活用していくかを考える

――この先、AIが人間のコミュニケーションのパートナーになることはありえると思いますか?

パートナーになるためには、自律的であることがやはり重要です。相手が自律的に動けるから、人は相手を信頼できる。信頼しなくていいなら、コントロールすればいいだけですから。自律性がない恋人や同僚なんて、みんな欲しくないんですよ。自律性をランダムで割り当てているAIだけでは、パートナーや恋人になることは難しいでしょう。

――つまり、真の友だちや恋人のような感覚のAIはまだ作れない、と。

VRを使って身体性を持ち込み、ある種の決まらなさが持ち込めれば、特定の友だちや恋人のような感覚を持ち得るだけでなく、人間以上に仲良くできる。

これは単独でクリエイティビティな人がいるのか、という問題でもあります。例えば、アインシュタインは、誰とも話さなくても全ての理論をつくれたのか? 集団にいないと生まれてこない知識や知性があって、そこに触れることができたからこそ、考えられたのかもしれない。個が知性を発揮したり、多様性が増えたりする可能性があるから、集団は重要なのです。

つまり、ChatGPTが賢くなったかどうかよりも、社会の中でどのように使っていくのか。それこそコレクティブインテリジェンス(集団的知性)の問題だと思うのです。社会が意思を持って、AIを賢く育てていく必要があります。知性というのは集団が育てるもので、その結果により、悪魔が生まれるか、天使になるのか、ということです。

掃除用ロボットに「遊ぼうよ」と言っても、掃除というタスクがまずある。そのうえで遊んでくれるとする。そこに共同作業は成立しうるので、良い相棒になれると思うのです。人間の期待通りに動くように設計されたペット型ロボットは、期待通りの反応をするのでうれしいですが、こちらの感情や脳に与える影響は、掃除用ロボットの方がとても大きい。そういうことがクリエイティビティに繋がるのではないでしょうか。

――ChatGPTにしても他のAIにしても、全能の存在として扱うのではなく、もっとパーソナルな存在として活用していくことも重要かもしれません。

社会全体で使うことによって、ChatGPTにはインプットがどんどんたまって育っていきます。そういう意味では、社会的コレクティブインテリジェンスの1つのアウトプットとして考えてもいいかもしれません。

観測者が人間である以上、情報や知識がある程度のボリュームになったら、もう知性になってしまうということです。観測者が人間だということが大きい。人間は有限の知性システムとしてできているわけだから、ある程度大きくなると、もう自分たちと同じくらい賢いとか、話ができるとか、クリエイティブティがあるとか考えてしまうのだと思う。そのくらい人の有限性が効くのかと思ってしまうが、そのことの方が震撼としますね。

言語なき世界で感覚を磨くことが、新しい価値観につながる

――AIにプラス面とマイナス面があるとすると、社会はどう使っていくべきだと思いますか?

AIが価値観のアップデートに寄与することが、プラスであり重要な側面です。既得権益のある人にとってAIは怖いかもしれませんが、一般の人にとっては有益な存在だと思います。これまでのインターネットにおけるGoogleはサーチエンジン、でしたが、ChatGPTは、サーチエンジンではないです。実効的な相談相手です。

現在ChatGPTの、たとえば「Code Interpreter」という、ノーコードでプログラミングを生成、実行する機能をつかって、研究のデータについて議論していると、共同研究者と議論しているようです。ここの相関を計算しようとか、相互情報量をはかろうとか。このあと、どんどんクリエイティビティが上がっていけば、むかしコンピュータが研究に入ってきたのとは比べ物にならない革命が起きるかもしれない。

マイナス面があるとするなら、それは自分で考える部分が少なくなることでしょうか。でもその分、他のことを考えることができるようになるでしょう。

また今のLLMには、直接的な身体がない。リアルタイムの身体がない。身体性が入ることはクリエイティブになれることと関係があるでしょう。

――VRの世界がコレクティブインテリジェンスを生み出すとすると、将来どういうメディアやコンテンツになりえると思いますか?

他のVRとも繋がれるようになるでしょう。ヘッドマウントディスプレイをかぶって歩き回るときに、ざらざらしている、ねちょねちょしているといった触覚は大事です。それをVR空間の中で他人とシェアすることで、言語なき世界で自分の感覚を磨くことが可能になると思います。

1歳以前の子どもは、言葉なき世界に住んでいますよね。大人より、小さい子どものほうが神経細胞の数が多いので、「賢さ」は3歳以前にあるものなのかもしれません。社会に出て凡庸なことを考え出す前の子どもの知性は大事だと思います。そういうことを育んでくれるのがVRであって、あくまでもChatGPTは3歳以降の言葉をつかんだ人間の知性に対しての体験でしかありません。

クリエイティビティは、見ているだけの人には評価できないもの。すごいことをやっていると感じるときは自分の価値観の中にいるわけで、そんなことをやったらダメだろうということの中に本当の新しい価値観やクリエイティビティがあるはずです。

我々が言語の世界で判断しているうちは、価値観は変わりません。そこをぶっ壊すために、AIとVRを活用していけるといいのではないでしょうか。

2023年3月22日インタビュー実施(8月14日加筆)
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基、山本泰士

編集協力:矢内あや+有限会社ノオト

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