不幸な未来を避けるためメディアができることは? 大阪芸術大学教授・榊原廣さんが考える未来の社会

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所では、テクノロジーの発展が生活者や社会経済に及ぼす影響を踏まえ、2040年、あるいは、もっと早く訪れるであろう未来の姿を洞察すべく、各分野の有識者にインタビューを重ねています。

今回は、2007~2010年に当「メディア環境研究所」所長を務めたのち、現在は大阪芸術大学放送学科で教授を務める榊原廣さんにインタビュー。AIが発展した先に訪れる未来の姿や、今後の広告やジャーナリズム、エンターテインメントビジネスの理想的なあり方などについて伺いました。

榊原 廣(Kou Sakakibara)
大阪芸術大学放送学科教授
博報堂および博報堂DYメディアパートナーズにおいて、マーケティング、デジタルプロモーション、メディアプロデュース、ビジネス開発などに従事。2007~2010年に「メディア環境研究所」所長を務める。共著に『金融意識革命』『図解でわかるインターネットマーケティング』、著書に『パワポづかいへの警告』『企画力の教科書』『プレゼンのプロが教える 伝わる技術』。近著に『TV放送、最後の10年』(2023年8月)。

お金で測る経済成長とは違う、新しい価値観が必要

――生成AIなどの新しいテクノロジーが出現する中で、榊原さんは未来の社会がどうなっていくと想像していますか?

新しいテック系技術は商用化されはじめてから閾値に達するまで10年程度、さらにみんなの暮らしに行き渡るまでは15年程度かかります。つまり、2030年代後半に人々に行き渡る技術は、すでにこの瞬間にサービスとして商用化されていないといけません。

そう考えると、現在の市場に投入されて動き出しているのはAIやVR。だから、これらは2030年代を予測する重要な要素になります。ただ、AIに関しては、幸せな未来予測と不幸な未来予測があると思うんです。

――その分かれ道は何なのでしょう?

本来はテクノロジーで便利になった分だけ人々の時間が空くはずですが、実際はそうなっていませんよね。

なぜなら、常に「経済を発展させたい」というベクトルがあるからです。つまり、「もっと利益を生み出そう」とさらに働いて、空いた時間を埋めようとする。人手不足をどうやって技術で埋めようかと考えているうちは、永遠に忙しい。この風潮が変わらなかったら、格差がもっと広がっていき、不幸な未来がやってくると思います。

もし空いた時間をさらなる利益追求ではなく、余暇や創造的な行為に使えるようになったら、みんなが豊かに暮らせる良い社会がやってくるのではないでしょうか。

――AIが私たちの生活や暮らしに与える影響を考える前に、大前提としての経済や社会の未来をどう考えていらっしゃいますか?

日本では急速に人口減少が進んでいますが、世界でも21世紀後半には100億人をピークに人口は減っていくと言われています。最大限まで人口が膨んだのち減っていくとき、我々はどうしていくのか。縮小再生産とは違う新しい価値観を見つけられるかが重要です。

今でも地方に戻って自分のリズムで暮らしたり、ボランティアやリサイクルをしたりするなど、自分なりの価値観で暮らし始めている人も増えています。でも、まだ社会全体として新しい価値観がはっきりとは見えていないのが現状ですよね。

――現在は基本的に経済発展を重視していますが、今後はお金ではない幸せを見つけられるかが鍵ですね。

きちんと社会が回ればいいと考える、いわゆる本当の意味での「経済」であれば考え方は違ってくると思います。ですが、現在の自由主義的な経済では、結局のところGDP、つまりお金を増やすことが「経済成長」なんですよ。

だから、本来の「経済」という概念を再形成していく必要があると思います。たとえば、東日本大震災のとき、計画停電や節電でみんなが電気を消していましたが、それなりに暮らせていました。けれども、今では煌々と照明をつけながら、「電気が足りない」といって供給量を増やそうとしている。そこまで街を明るくする必要があるのかな、と私は思います。

――不幸な未来を避けるためにメディアができることはありますか?

今の世の中は、経済的に豊かになりたい人、成功している人にとってはハッピーな社会ですよね。でも、おそらくそうじゃない何かがあると思うんです。

世の中は一体どうなっていくのか。そんな漠然とした不安をみんなが抱えている中で、「こういうふうしたら楽しいよ」「こういう暮らし方もいいんじゃない?」という、経済的な成長だけが成功ではない、という情報を出していくことではないでしょうか。

それができるのがメディアなのか、政治なのかは分かりません。でも、全体的にもう少し、さまざまな成功のあり方を伝えていってもいい気がするんですよ。

人間の「メディア化」で起こることは?

――今後はサイバー空間とフィジカル空間が融合し、社会自体が「メディア化」していくと考えています。そんな世界観が想定される中で、そもそも榊原さんはメディアとは何だと思いますか?

私は、ネットワークやバーチャルな世界に情報が乗ることを「メディア化」と考えています。リアルな世の中に存在するものはそれ単体ではメディアではないのですが、それが情報空間につながった瞬間に「メディア化」される。

以前はテレビやラジオ、電話しかメディアはありませんでした。しかし今は、世の中にあるリアルな存在がインターネットを通して、画像や音声やテキストとして全てメディア化されるようになってきました。

また、スマホは個人をも「メディア化」しつつあります。つまり、スマホ一台持っていれば、その人が何をしているか、どこにいるか、ひょっとすると何を考えているかも分かってしまう。2040年頃には、スマホは人間の身体にプラグインされ、データのインプットもアウトプットもダイレクトに行える、まさに「人間のメディア化」が起こるのではないでしょうか。

そのデータを元に、AIが物事の判断をしていく。そうなると、従来のようにメディアと人間を別々に考えるのではなく、境目がなくなり溶け出していくと思います。

――SNSなどでアカウントを使い分ける「マルチアイデンティティ」についてはどう考えていますか?

複数の自分を演じると人生が面白くなるという意味での「マルチアイデンティティ」の願望はもともと存在していて、「劇場社会」という言葉もあったくらいです。

バーチャルの世界がどんどん広がっていき、一人の人間が場に応じてアイデンティティを切り替えて行動する「マルチアイデンティティ」がやりやすくなり、今後も増えていくと思います。

SNSでも「裏アカ」など、アカウントをいくつも持っている人たちがたくさんいて、「こっちではこういう人」「あっちではこういう人」と人格を使い分けています。

学生にSNSの「裏アカ」の話を聞くと、2年くらい前まではリアルな世界で「裏アカ」を持っていることをオープンにするのはなんとなくはばかられる雰囲気がありましたが、今はそれも普通になっている。「裏アカ」をやっていること自体が当たり前になりつつある印象です。

でも、アイデンティティは一つだからアイデンティティなのであって、それが曖昧な状態で複数演じていると情緒不安定になってしまう可能性がある。一つの芯がありながら、演じていることを認識している状態が大切です。

ジャーナリズムや広告に残された役割は「価値の提案」

――メディアや広告、ジャーナリズムなどは、今後どうなっていくと考えていますか?

雑誌「広告批評」の創刊者である天野祐吉さんは、「ジャーナリズムには3階層あって、1つ目は事実、2つ目が解説、3つ目が提言」とおっしゃっていました。

そして、広告にも同じように、事実としての「機能情報」があって、解説としての「使い心地情報」があって、最後に「こういう商品があったらいいよね」という提案がある。でも、事実と解説はインターネット上にすでにたくさん出回っていて、情報過多になっている。だから、プロフェッショナルが最後にできるのは価値提案だけだ、と指摘されました。

ジャーナリズムでいうと、さまざまなところから入ってくる事実情報がフェイクなのか事実なのか見極めることは大切ですが、それはネット上でもある程度できます。でも、なぜそれが起きたのかという解説や、これから私たちが何をしなければならないのかという提言については、やはりジャーナリズムがやらなければいけないと思います。

ところが、今の日本の報道は、視聴率や接触率が取りやすい、映像のインパクトが強い情報を優先的に取り上げているのではないでしょうか。さらに、解説する人も少なくなってしまった印象があります。提言はもっとできていない。新聞の社説などが担う部分ですが、そこまでたどり着いていない情報がほとんどですよね。

情報を取捨選択して、最後に判断するのは生活者である自分たちです。そのためには正しい情報や、さまざまな視点に立った解説を聞くのが重要なのは言うまでもなく、判断するという体験をさせること。つまり、生活者が判断する力を養う助けになることも、ジャーナリズムの役割として、とても大事なのではないでしょうか。

たとえば、災害が起きた状況を体感できるVRは有効かもしれません。津波や事故、火事を事前に体験することはできませんが、それが起きたときの3次元映像を見れば、人はもっと防災に本気になれはずです。こうした新しい情報提供の形を積極的に利用することは、これからのジャーナリズムにおいて、とても大事な取り組みだと思います。

――解説や提言を伝えるために、ジャーナリズムはどういうあり方が理想なのでしょうか?

理想は、プロのジャーナリストが複数いて、いろんなものの考え方があることをしっかりと伝えられる場を作ることではないでしょうか。今はインターネットやラジオで、社会問題について解説をしている専門家がたくさんいます。そういった場で、自分の名前を出して喋る機会がもっと増えてもいいと思います。

人々にはそれぞれ意見の相違がある。それをきちんと伝えることはとても大切です。でも今は、日本の新聞もテレビも、すべて同じような意見ばかりになっていて、以前よりも情報が均一化している感じがします。これでは健全なジャーナリズムが期待できるとは、到底思えません。

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2023年10月23日インタビュー実施 
聞き手:メディア環境研究所 冨永直基
編集協力:矢内あや+有限会社ノオト

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。