AIが加速する社会のメディア化 メディアとメディアビジネスの未来について考えてみた @メ環研の部屋

2022年夏のメディア環境研究所フォーラムでは、長期的な視座に立ちメディア環境の未来の姿を考える「2040プロジェクト」の成果として、「MORE MEDIA 2040 ~メディアは、体験し、過ごす空間へ~」を発表しました。

このレポートでは、その後のテクノロジー進化なども踏まえ、「AIが加速する社会のメディア化」を切り口に、メディアやメディアビジネスの未来の姿についてより具体的に考えていきます。担当はメディア環境研究所 上級研究員の冨永直基です。

未来の社会を捉える3つの視点

2022年夏のフォーラムでは、、2040年のメディア環境を「多層化・多場化・多己化」のキーワードで捉え、メディアが「体験し、過ごす空間」になることを浮かび上がらせました。

関連リンク 【MORE MEDIA 2040】メディアは「体験し、過ごす空間」へ ~多層化、多場化、多己化するメディア環境@メ環研フォーラム2022夏

しかしながら、生成AIやXR技術など、その後のメディアを取り巻くテクノロジーの進化は想像を超えるほど速く、人々が考える未来の姿に非常に大きな影響を与えています。そこで、昨夏以降の動向も踏まえ、メディアビジネスの未来の姿について、さらに具体的な可能性を考察。まずは、未来の社会を捉える視点を3つ紹介します。

視点1:メディア化する社会

サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合し、多層化・多場化された社会自体をメディアと捉えるべきという考え方です。

これまでも、サイバー・フィジカルシステム(CPS)やユビキタス社会、IoT社会、アンビエント・コンピューティングなどとも呼ばれてきました。日本政府がSociety 5.0と称する、情報社会の次に来るものとして描かれる社会とも言えます。

冨永上級研究員
冨永上級研究員

私たちが生活している世界や社会全体が高機能のメディアになり、車内や街中、店内やスタジアムなど、あらゆるフィジカルな空間でもメディア化が進むことでしょう。

オランダのメディア研究者・ドゥーズが語る「メディア・ライフ:with media から in media へ。メディアはどこにでもあり、ゆえにどこにもない」という言葉が、これからのメディア化する社会を象徴しているのではないでしょうか。

視点2:スマホの次にやってくるパーソナルAI

スマートフォンの次に生活の転換点になるのは、パーソナルAI。私たちの思考や行動など日常生活全般を、個人に最適化し、半自律的に支援してくれる存在です。


2023年11月時点で、すでにOpenAIのGPTsやマイクロソフトのMicrosoft Copilot Studioなど、個人用にカスタマイズして動かせるAIが登場しています。

冨永上級研究員
冨永上級研究員

一般的なスペックのPCなどスタンドアローンの機器で、パーソナルな情報を基盤にしたモデルを作れる時代になりました。こうしたものがあれば、AIは自分だけのアシスタントとして一層活躍できるようになるでしょう。

その例の一つが、Humane社が2023年11月9日に発表した「Ai Pin」。AIをどこにでも持ち運ぶ生活ができる、存在感のないコンピュータです。

冨永上級研究員
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「Ai Pin」にスマホのような画面はありませんが、必要な情報をプロジェクションしたり、カメラやスピーカーを活用して文脈や状況に応じて、電話や翻訳をしたりすることができるそうです。食品をスキャンして栄養を分析することなども想定した、これからのパーソナルAIの一例として期待されています。

他にも様々な企業がこの分野での開発を競い合っています。使えるアプリやUIも含めた、トータルのパッケージが成功の鍵になるでしょう。

視点3:マルチアイデンティティ時代

博報堂生活総合研究所は、1997年に「平成モザイク消費」と称して、「一人十色。1人が10人くらいのいろいろな顔を持って行動している」と分析していました。現在のSNSアカウントの使い分けのようなものとも言えましょう。

冨永上級研究員
冨永上級研究員

今後はサイバー空間とフィジカル空間を自由に行き来し、パーソナルAIと共に、場に応じてアイデンティティを切り替えて行動する。すなわち多己化していくことが想像されます。生身の人間やアバターなど様々な姿かたちで、1人の生活者が複数のアイデンティティを持つのも当たり前になるでしょう。

ディアビジネスの具体的な可能性は?

これらの視点を踏まえて、メディアやメディアビジネスの可能性について具体的に考えていきましょう。「ジャーナリズム」、「エンタメ」、「スポーツ」、「生活情報」、「広告」の5つの分野にわけて見ていきます。

#1:ジャーナリズム:理解・共感・行動変容を促す存在

冨永上級研究員
冨永上級研究員

事実を報道するという役割については、フェイクかどうかを判断できればインターネットの情報でも十分であり、それ以外の解説・提言を充実させるべきではないでしょうか。

誰もがいつでもどこでも写真や動画を撮り、情報を発信できる時代において、大事なのは人々がその内容を正しく理解でき、その状況や当事者に共感できるかどうかです。未来のジャーナリズムは事実の報道のみならず、理解や共感を獲得したり、行動変容のサポートを促したりするために役立てるかもしれません。

具体的なアイデアの一つが、VRやARを活用してライブ感覚でニュースを体験する「体験型ジャーナリズム」です。戦地での過酷な状況や、スマートモビリティの可能性と危険性、あるいはスポーツ選手の動きなどを間近で味わう、既存の360度動画を超えた体験など。ジャーナリストの視点や解釈を間近で聞きながらのライブ体験も想定できます。

また、読者や視聴者の問題意識をもとに報道化を検討する「ジャーナリスト・コミュニティ」も考えられます。生活者の意見や課題意識、メディアの情報で気になる点や難解な点を掘り下げ、報道コンテンツ化していく。そんなかたちで、解説や提言を充実させれば、生活者とジャーナリストがつながるコミュニティになる可能性もあります。

#2:エンタメ:生活者がコンテンツへ積極的に関与す

エンターテインメントビジネスにおいては、生活者が積極的にコンテンツに関与していくことが想像されます。関与度に差はあるとしても、自分が入り込む余地のあるエンタメが増え、さらなる盛り上がりが期待できます。

ゲームがわかりやすい例ですが、生成AIの普及によって誰もがサイバー空間やコンテンツを作れるようにもなり、プレイ(参加)したり共創したりできる機会が増えています。多様なメディアを介して、好きなものを、好きなときに、好きな場所で、好きなように楽しむ動きが出てくるでしょう。

例えば、仮想現実上のドラマとして、生活者が登場人物を演じる、セミオーダーVRドラマが生まれるかもしれません。こうした体験は実空間のイベントやアミューズメント施設でも可能ですが、これからは、VR空間で行われることが増えていきそうです。

また、生活者が制作プロセスに関わり、一緒に楽しみながらコンテンツを共創する、クリエイターとのエコシステムも重要になっていきそうです。

冨永上級研究員
冨永上級研究員

一方で、ライターやディレクターをはじめ、優れたクリエイターの発掘・育成や、制作したコンテンツをいかに届けていくかという課題もあります。マネタイズや権利関係の処理、グローバル展開なども見越して、メディア企業がこうしたコミュニティやエコシステムに参加していけば、今後幅広いジャンルでも活用できるのではないでしょうか。

#3:スポーツ:五感を使い、データや解説と併せて楽し

スポーツを見るだけではなく、五感で楽しんだり、選手個人やチームの実績といったデータを眺めたりと、勝負以外の部分も楽しむ余白が広がっています。

現地でのライブ体験のみならず、家でデータや解説、他の人の反応を眺めながら観戦するなど、場所やつながりの選択肢も多様化するはずです。

スポーツのXR観戦にも期待が持てそうです。家にいてテレビやスマホといったスクリーンを前にして没入感を味わったりもできますし、空間コンピューティングデバイスを現地に持ち出して観戦する楽しみも生まれていくでしょう。

また、スポーツ体験をXR環境下でシミュレーションする機会も増えるかもしれません。すでに5分間程度のVRトレーニングによって、けん玉の技の習得が上達するという事例も生まれています。

#4:生活情報:行動や体験に移せるパーソナルな情報に価値

AI時代において、情報はそのままでは価値が低く、活用し行動や体験に移してこそ価値が高まります。

不特定多数に向けた無料情報が氾濫する中で、選択肢を適切な範囲や規模に整えて、いかに行動につなげられるかという観点が欠かせません。行動や体験に移せる、個人の生活を支える情報こそが価値になるのです。

欲しいものや必要なものが目の前に現れ、すぐに入手できるショッパブル・コンテンツは、価値ある情報の一例。YouTubeやInstagramを見ているときに、クリック一つで関連商品をすぐに買える体験が象徴的です。

冨永上級研究員
冨永上級研究員

アメリカのNBCは番組の下にQRコード付きの広告を流し、スマホで読み取り購入ページへ遷移する仕組みを作っています。こうした情報をパーソナルAIとうまく組み合わせれば、さらに相思相愛のマッチングが生まれるでしょう。

一方で、超ローカルな情報にも価値が見出せます。テレビで遠い場所の情報を見てもすぐには体験できませんが、生活者自身が発掘した身近な生活圏の情報であれば、共有後すぐに使えますから。地域に住む人を巻き込みコミュニティ化していくことが、より一層の価値を持つようになると思われます。

#5:広告:パーソナルAIへの想定を超える提案に期待

今回のテーマに関連して行った有識者インタビューでも、「『広く告げる』という意味での広告の役割は、限界に近いと考えられる」という意見がありました。

現在、スマホを筆頭に注意喚起型の広告が「不快」という意識は強くなっていますが、対照的に、想定を超える提案は「快」として受け入れられます。個人の要望に応え、想定を超えたセレンディピティを感じられる提案があれば、なお良い反応を得られるでしょう。

冨永上級研究員
冨永上級研究員

情報の洪水の中で提案を届けるためには、生活者の欲望を知るパーソナルAIが鍵になります。企業のAIがパーソナルAIに対して選択肢を示し、最後は個人が選ぶといった状況も生まれてくるかもしれません。

「コンテクスチュアル・プロポーザル」は、状況に応じて個人が求める提案を的確に届ける仕組みです。その場の文脈や状況に合わせたパーソナルな対応を行うもので、提供する情報やコンテンツの程度によって無料・有料の差を設けることも想定されます。

エージェント(広告会社など)が企業と生活者のどちら側に立つか、という視点にも変化が起きる可能性があります。もしかしたら、生活者のコミュニティ側に立って行動するエージェントが現れるかもしれません。

とめ:AI時代のメディアの役割とは?

AI時代のメディアは公共性と娯楽性、即時性と常時性という2軸で上の図のようにマッピングできます。メディアやメディアビジネスが展開する上に、ビジネスレイヤーとして広告やマーケティング活動が乗るイメージです。

メディア業界の変化を辿ると、情報が希少でマスメディアが優位だった過去に比べて、インターネット登場以後はコンテンツホルダーやソーシャルメディアが台頭してきました。

情報が氾濫する中で、今後はKOL(Key Opinion Leader)をはじめとした個人の発信や、生成AIが作るコンテンツの増加が想定されます。氾濫する情報への対応という意味でも、パーソナルAIの活用が強力に進んでいくでしょう。

こうしたAI時代におけるメディアには、価値ある情報やコンテンツを提供する従来の「情報提供メディア」としての役割に加え、生活者を動かす「行動駆動メディア」としての役割が重要になります。

その際には、AIをパートナーとしながら、生活者をはじめとしたステークホルダーや関係者とのコミュニティを強固にしていく必要があると考えられます。

最後に、発表を聞いたメディア環境研究所メンバーからのコメントを紹介します。

日本人はよく、場所に合わせて話す内容や価値観が変わると言われます。複層化するコミュニティやテクノロジー環境においては、さまざまな場に馴染み多様な価値観を受け入れる性質が、むしろ活かされそうなのが面白いですね。

森永上席研究員
森永上席研究員

国際的な場では、文化の背景とそれに基づく決断に関わる価値観へのギャップを意識せざるを得ない場面たくさんあります。曖昧さ・中庸さを良しとする文化が主流の国と、二者択一や上下関係を重視する文化が主流の国がぶつかるときも悩ましい場面の一つですが、それぞれの国の全員が同じ価値観とは限りません。今後バーチャル空間で、お互いの所属する国を意識しないアバターの姿で過ごす人が増えていったら、案外わかりあえて、多くの人がいい関係でいることのできる社会につながるかもしれません。

今回は未来を考えるための視点と、具体的なメディアビジネスの可能性を紹介しながら、AI時代のメディアの役割を考えてきました。どうやってAIと付き合っていくか、これからも考え続けていくことが必要ではないでしょうか。

(編集協力=淺野義弘+鬼頭佳代/ノオト)

登壇者プロフィール

冨永上級研究員
冨永直基
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上級研究員
1984年博報堂入社。以来、様々な企業のマーケティング、コンサルティング、事業開発/イノベーション業務に従事。2003~2012年度には未来洞察を行う博報堂フォーサイト/イノベーションラボ(現 博報堂ブランド・イノベーションデザイン)にも創設メンバーとして参画。2004~2005年度/2015~2017年度には、博報堂生活総合研究所に複属/客員研究員として所属。2018年からメディア環境研究所に。
山本泰士プロフィール写真
山本泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてコミュニケーションプラニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?〜情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等
森永上席研究員
森永真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化、若者研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。著作に「欲望で捉えるデジタルマーケティング史」「グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)」がある。

※掲載している情報/見解、研究員や執筆者の所属/経歴/肩書などは掲載当時のものです。